7月24日(土)午後5時=約7㌔=
江東区役所集合→崎川橋→宇宙人→清澄公園→清洲橋→蛎殻町公園(休憩)→ロイヤルパークホテル→水天宮→重森永信堂→板倉屋→築地銀だこ→うぶけや→大観音寺→きく家→日本橋小→魚久→玉ひで→快生軒→ブックスビスモ→らーめん処萬佑→双葉→おか吉→亀井堂→草加屋→快生軒→浜町公園解散
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水牛のような2本の角があり、鋭い目つきの宇宙人がビルの窓に張り付いて見下ろしている。
◎629回[夕涼み新参者探索]
7月24日(土)午後5時=約7㌔=
今年も夕涼みウォークの時期になった。朝から何となく落ち着かず、時間ばかりが気になる。午後4時になったところで家を出る。脳みそまで茹ってくるような酷暑も、午後4時を過ぎると吹く風も少し和らいできたようだ。
7月24日、江東区役所横の広場に52人が集合、今後の予定の伝達や下見協力を呼びかけ、MNさんのリードで体操して出発する。
四つ目通りを渡って木材健保会館を過ぎ、大門通りを北上、葛西橋通りを渡って左折。テレビドラマ「同窓会ラブアゲイン」に出ていた崎川橋を渡って仙台堀川に沿って進む。今日の水面は手が届きそうに近い。遊歩道に今にも溢れそうなぐらい水嵩が増えている。木場公園大橋をくぐり、夕日を追いかけるように三つ目通りを渡る。亀久橋から一般道を行くと、水牛のような2本の角があり、鋭い目つきの宇宙人がビルの窓に張り付いて見下ろしていた。
木更木橋から水辺に戻り、清澄通りを渡ると、A班が休んでいたのでB班も深川図書館前で休憩。清澄公園を通り抜け、清洲橋を渡る頃は陽も随分傾き、水色の橋桁が金色に輝いていた。川上にはスカイツリー、川下には大川端リバーシティのビル群を望み、隅田川を渡る。
人通りの少ない落ち着いたビルの日本橋蛎殻町をくねくね行くと、水天宮の裏門が見えた。夜は門が閉まって通り抜けられない。人形町通りへ出ると人通りが急に増える。
これは、東野圭吾描く小説「新参者」がテレビドラマになり、主人公加賀恭一郎に扮した阿部寛の人気で盛り上がったもの。この主人公加賀恭一郎はすでに7冊の作品があるが、この「新参者」で一躍有名になった。それにこの小説、第1章から第9章まであり、一種の連作もの。およそ5年かかって完成し、それでいて犯人は最後に判るという斬新な構成。それぞれの章でも疑わしき人物が出てくるが、実は下町の人情味豊かな伏線が張られ楽しくなる。煎餅屋、料亭、瀬戸物屋、時計屋、洋菓子屋、清掃屋、民芸品屋等人形町に実在するお店が出てくるため、見物客が増えたようだ。
仲間にはぐれないよう余所見もそこそこに、からくり時計の「からくり」も分らなかった。人形町交差点で対岸へ渡り、大観音寺の細い道へ入ると井戸があった。みんなコキコキ漕いで冷たい水にさわり喜ぶ。日本橋小学校で何かイベントをやっていたようで、可愛いゆかた姿の子供達が行き来していた。人形町通りへ出るとA班が曲っていくのが見えたので、B班もそのまま甘酒横丁を直進。程なく浜町公園へ到着し一緒に体操をして解散。皆さん三々五々、薄暗くなってきた夕闇に消えていった。
帰りのバスの窓からまん丸のお月様が見え、「今日は満月だから大潮で水面が膨らんで上昇していたんだ」と思った。 [KM記]
7月17日(土)午前8時=約9㌔=
総武線新検見川駅(受付)集合→検見川神社→大賀ハス発掘の地→東大緑地植物実験所(休憩)→しらさぎ公園→花見川千本桜緑地→真蔵院→秋葉神社・昆陽神社・青木昆陽甘藷試作地→海浜幕張駅解散
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約2000年も地下で眠っていたハスの実が見事開花して連綿として続く生命の素晴らしさを示している大賀ハス。
◎628回[大賀ハス発掘の地と海浜幕張を訪ねる]
7月17日(土)午前8時、総武線新検見川駅で受付を済ませ、集合したのは39人。朝が早いせいと梅雨明けの暑い日差しでいつもより少なかった。次回から夕方出発になる注意を中心に打合せを行い、体操は省略してスタート。
まず、検見川神社に立ち寄る。この神社は約1,200年前に創祈されたといわれ、下総の国、神祇三社として親しまれている。
大賀ハスは約2,000年も地下に眠っていた1粒のハスの実が発見され、この実が1951年発芽したもの。生命というものが連綿と続き、2,000年前のハスが生きていることを示している。つまり生きるということが自分だけでないことが分かる。人間も同じだ。あまりにも誕生ということに拘ったために自分だけ生きていること、そして亡くなることで一巻の終わりという考え方が、人間を不幸せにしているような気がしてならない。
東大緑地植物実験所で休憩した後、しらさぎのモニュメントが建つしらさぎ公園にも大賀ハスが咲いていた。花見川千本桜緑地を歩き、武石三郎胤盛の菩提寺、真蔵院に着く。
しばらく歩くと秋葉神社、昆陽神社、青木昆陽甘藷試作地とかたまってあった。これは天明・天保の大飢饉の際、昆陽の甘藷栽培のおかげで幕張の地では餓死者がなかったことを讃えて祀られたもの。
ここからゴールの海浜幕張駅まで直進。解散した。
7月10日(土)午前10時=約8㌔=
猿江恩賜公園・集合→横十間川うるおいの木かげ道路→柳島橋→北十間川→東京スカイツリー→業平橋(休憩)→大横川親水公園→大横川→木場公園ミドリアム・解散
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北十間川に写る建設中の東京スカイツリー
◎627回[大横川と横十間川](128回実施分利用)
7月10日(土)午前10時=約8㌔=
昨晩は結構な雨だったが、起きると晴れていた。涼しい風が吹いている。
猿江恩賜公園の新大橋通り側入口は、お日様がサンサンと照って暑いので、少し入った木立の中でみんなを待っていると、北から南からパラパラと集まってきた。会長が、奈良・熊野のお土産・小梅ゼリーを皆さんに一つずつ配っていた。10時、54人が集合。次回はハスの花見学のため8時新検見川駅集合のことを再度連絡し、MNさんリードで体操をして出発する。
猿江恩賜公園を抜け、清水橋をくぐって横十間川を進む。中学生らしい5人のクルーがボートでサァーッと川面を走っていった。堅川との交差点の建物二階からクレーンが迫り出してきて、ボートが降りてきた。どうも船の格納庫らしく数人の学生達が操作していた。
横十間川うるおいの木かげ道路から、東京スカイツリーがチラチラと見えていたが、柳島橋を渡ると真正面に見えた。浅草通りを渡り、見物人がいっぱいの十間橋から北十間川の川面に映る「逆さツリー」を見る。残念ながら長すぎて一枚の写真には全体が入らなかった。北十間川に沿って東京スカイツリー見物客でごった返す中を歩く。押上・業平地区町内会などが頑張って「おしなりくんの家」ができているそうだ。
浅草通りの業平橋をくぐると仮設の建築物があり、通り抜けて大横川親水公園の涼しい木陰で休憩する。A班の姿はもうない。見上げると木立の隙間から東京スカイツリーがちょこっと顔を出していた。大横川親水公園の水辺で子供達が水に入って遊んでいた。縁日のようなショッピングコーナーやゲームコーナーが出来ていた。長崎橋信号を渡る時、肩や頭に鳩が纏わり付いて離れないご老人が、我々に何か説明していたようだけどよく聞き取れなかった。
撞木橋から歩道に出て菊花橋を渡り、南辻橋から大横川水辺を歩く。大横川沿いは橋の下をくぐれないので、いちいち信号まで迂回しなければならないので少々面倒だが、皆さん真面目に進んでいく。新高橋を渡り、小名木川との交差点から東京スカイツリーと扇橋閘門を眺める。扇橋から清洲橋通りへ出る。「現代美術館周辺は食べるところが無い」ということで、B班はここで解散、三方に分かれる。
私は現代美術館まで歩き、バスで帰宅。本日の歩数13,310歩。
日曜日からの遠出、青岸渡寺・熊野神社の458段昇降がたたってか、腿の後ろが痛い。 [KM記]
(116回実施分利用)
7月3日(土)午前10時=約10㌔=
明治神宮北参道入口集合→明治神宮→代々木公園→代々木八幡・福泉寺・竪穴住居→ヴェトナム大使館→富ヶ谷小学校→ニュージーランド大使館→富ヶ谷公園(休憩)→コートジボアール大使館→古賀政男記念館(代々木上原駅徒歩2分)→トルコ大使館文化部→北沢公園解散(→小田急線東北沢駅徒歩3分または →下北沢駅 約900m徒歩11分)
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代々木公園にはブルガリア・ローズが見事に咲き誇っていた。
◎626回[代々木・下北沢めぐり](116回実施分利用)
今日の集合場所は明治神宮北参道入口となっている。どの駅から行くのが良いか、JR線・大江戸線代々木駅か、副都心線北参道駅かと考えたが、結局、JR線が一番便利ということで代々木駅に到着。駅前はスクランブル交差点で、さてどの道へ行けばいいのか、また考える。山手線の内側に入らないよう、交番の右の道を進む。ビルのウィンドーの中に生花か造花かわからない大きな生け花が並んでいた。
明治神宮北参道の鳥居の横でみんなを待つ。
HWさんに駅前でみんなを誘導してもらうよう頼む。7/4下見グループに地図と下見費を渡し、7月と8月の下見の都合を問合せ、年会費の領収書を渡す。神宮橋から来た人達もいて、10時、57人が集合。第2四半期の皆勤者11人に賞状と記念品の竹製ランチョンマットを差し上げる。樋口さんは5/1に休んだと自己申告があったので渡さなかった。「体操はここでしてはいけない」そうなので、そのまま出発する。薄暗い玉砂利をザクザク歩き、みんな本殿へお参りしたが、私は川上益さんに伝達があるので直進して先回り。
神宮橋で会長が抜け、大きな丸が書かれた原宿門から代々木公園に入る。公園にはブルガリア・ローズが見事に咲き、踊りの練習をしている人、親子でシャボンを飛ばしている人、伴走者と一緒に走る視覚障害者等、健康を謳歌する人達で賑わっていた。みんなから離れてしまったので、「日本初飛行の地」へ回ると、思索の道は青テント部落になっていた。かまぼこ型の洒落た形もあったが、いずれにしても不法占拠者たちだ。
参宮橋門を出て、渋谷「はるのおがわ」プレーパークを覗き、小田急線の横の細道を進む。
代々木八幡駅手前で線路を渡り、天台宗福泉寺へ細い階段を登る。百段近くあるみたいでお寺に着いたときは足はガクガク、頭で脈を打っていた。代々木八幡を臨み、柵の中の竪穴住居を見て、休憩しているとC班の数人が来た。
山手通りの地下道を確かめたかったけれど、明日の旅行のこともあり、今日はここでドロップアウトとした。
みんなと別れて、山手通りから下の通りへ降りて千代田線代々木公園駅へ辿り着き、帰宅。
コースはその後、ヴェトナム大使館、富ヶ谷小学校、ニュージーランド大使館、富ヶ谷公園で休憩、コートジボアール大使館、古賀政男記念館、トルコ大使館文化部とめぐり、北沢公園で解散することになっていた。 [KM記]
6月26日(土)午前10時=約9㌔=
中目黒GTプラザ(中目黒駅改札口徒歩1分) 集合→蛇崩川緑道→駒繋神社→丸山公園(休憩)→小泉公園→親和橋→駒沢緑泉公園→駒沢公園(解散)→呑川駒沢支流緑道→氷川神社→呑川本流緑道→東急東横線都立大学駅
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蛇崩川緑道は「花のある街やさしい風」ということで花いっぱいの緑道
◎625回[蛇崩川追跡世田谷緑陰](122回実施分利用)
梅雨真っ只中の6月26日、中目黒駅を降りると、幸い薄日程度で雨も降らず、涼風も吹いて心地よい。タクシー乗り場脇で並木の剪定作業をしている人を見ながら、中目黒GTプラザへ出る。10時広い通路に50人が集合。退院後初参加の会長から今後の予定を伝達、HWさんの体操をして出発する。
改良工事中の中目黒駅に沿って、自転車置き場になっている蛇崩川(ジャクズレガワ)緑道を進む。ガード下をくぐり、緑道に入る予定が、右側を歩いたものだからA班はちょっと寄り道してしまった。ヤマモモの実、アジサイ、ブーゲンビリア、サルビア、コエビソウ、サボテン、ハンゲショウ、ノウゼンカズラなど様々の花が咲き競い花の名前を教えあいながら緑道を進む。小さな赤い橋を渡って駒繋神社に寄り道し、手入れされた緑道を進み、玉川通は信号を渡り、子供たちが結構たくさん遊んでいる世田谷丸山公園に到着。AB揃って休憩する。
水分補給をしてまた出発。環7の駒留陸橋をくぐり、これまた子供たちが一杯の小泉公園を過ぎ、親和橋で信号を渡り、くにゃくにゃと駒沢緑泉公園にはいる。たくさんのウォーカーとすれ違ったが、私鉄リレーウォークの参加者達だった。私鉄リレーウォークは15キロほども距離があるので、最近は敬遠している。何だか我々よりも平均年齢は若そうに感じた。
流れのある涼しい駒沢緑泉公園を通り抜け、玉川通を信号で渡り、駒沢大学を過ぎて広々とした駒沢公園に到着、入って最初の三叉路でB班は体操をして解散した。A班もチリリン広場で解散し、駒沢大学駅へ向かったとのこと。
3人だけで、駒沢公園第2陸橋をわたり、閉鎖された室内球技場を眺め、呑川駒沢支流緑道を進む。八雲学園の手前を左折、氷川山虚空蔵寺金蔵院を見て、旧衾村の鎮守・氷川神社に脇から入る。高い木立の薄暗い境内は何だか別世界の感がある。参道を真っ直ぐ下り、呑川本流緑道へ左折して入る。目黒通りを渡り東横線ガード手前を左折すると都立大学駅。1時になっていたが、そのまま乗車して帰宅した。歩数18,642歩。10キロ以上あったみたい。疲れたせいか、水分ばかりが欲しかった。[KM記]
6月19日(土)午前10時=約12㌔=
分倍河原駅→分倍河原駅ロータリー広場(受付)集合→府中市郷土の森博物館(有料)→府中四谷橋→京王百草園(有料)→高幡不動尊(境内・大日堂前)解散→高幡不動駅
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田植えしたばかりの田んぼに、逆さの木や空が映り、アメンボが動き回っていた。
◎624回[多摩地区のアジサイの名所を訪ねて]
いよいよ関東地方も入梅とか。じっとりした空気に長い傘を持って家を出る。分倍河原の駅を降りると雨が落ちていない。「しめた!」と思いながら、駅前のロータリー広場の受付で京王の地図を貰い、片町公園の一角に集合していると、またパラパラと降り始めた。
6月19日10時、46人が集合。皆さんに会長の入院、手術、退院の報告とお見舞いのお礼を言う。7月17日のJR新検見川駅はハスの花見学なので、集合時間が8時となること、桃園川のコースは7月31日に実施すること、24日のコースとしてMKさんが人形町・新参者コースを考えてくれていること、などを伝達し、体操は省略して自由歩行で皆さん、出発する。年会費分割払の後期分4000円を3人から預る。
片町公園を新宿方面へ出て、かえで通りを右折、小さな伏見稲荷を過ぎて税務署前信号を左折。小学校前のきれいなレンガの歩道にはアジサイが咲き、並木もあって心地いい。信号を渡って下河原緑道に入る。脇の家族農園ではジャガイモやトマトなどの花が咲いていて、せっせと手入れ中の人々がいた。黄色に赤の斑入りのカンナや色んなアジサイ、白い栗の花、ひまわり畑を楽しんでいるうちに、案内の誘導で新田川緑道へ曲る。
府中市の花「梅」がガードレールにあり、並木の根元にも梅の絵の踏み板が敷いてあった。産み立て卵の自動販売機がある奥は養鶏農家だった。お菓子工場を過ぎ右に入ると、府中郷土の森公園。芝生広場前をVターンして、府中市郷土の森博物館入口を左に見て信号を渡り右へ進む。
また下河原緑道の丸くなった部分へもどり、白、青、ピンク、紫、黄のアジサイを楽しむ。並木の外にもう、夾竹桃のピンクの花が咲いていた。田植えしたばかりの田んぼに、逆さの木や空が映り、アメンボが動き回っていた。水がないときアメンボはどこで生きているのかな・・・?
コースは福祉センターを左へ曲るが、私は直進して緑道を進む。5人の子供の群像が遊んでいた。南町第三公園の神社ではと達が貰ったえさを食べていた。緑道がただの歩道になり、京王線をくぐると中河原駅。今日はここから帰ることにした。
福祉センターから、コースは中河原公園を抜けて多摩川へ出て、長い府中四谷橋を渡り、京王線も渡って、坂道を上り六地蔵を過ぎて京王百草園へ。百草八幡、七生緑小、百草台自然公園、給水塔を巡り、川崎街道を渡って向島用水親水路で水車を眺め、浅川土手を回って高幡不動尊の境内・大日堂前へゴールとなっている。 [KM記]
6月12日(土)午前10時=約9㌔=
大森駅中央改札口(受付)集合→磐井神社→旧東海道(美原通り)→大森ふるさとの浜辺公園→海苔のふるさと館(休憩)→平和の森公園→鈴ヶ森刑場跡→天祖諏訪神社→坂本龍馬像(立会川)→大井公園(山内容堂墓所)→仙台坂タブノキ→大井町駅解散
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大森ふるさとの浜辺公園に到着。
目前に砂浜が広がり、子供が砂いじりをしていた。
◎623回[「海苔の街と坂本龍馬」歴史を訪ねるハイキング]
6月12日(土)午前10時=約9㌔=
大森駅下車、中央改札を出てJRの受付をする。数人が先着していたので、どこに集合しようかと相談、東口階段を下りて駅前ロータリーに出ると、目の前にちょっとした広場があったのでここに決める。KTさんを置いてみんなに知らせに行き、MNさんに誘導をお願いして広場に戻る。ベンチで寝ている人もいたし、はとの糞があちこちに落ちていたが、コースのすぐ脇だし、邪魔にはならないだろう。
6月20日と27日の下見担当者の人数を揃えて下見費を預ける。「糞バクダンに気をつけて」などいいながら、10時、54人が集合。本日初参加のESさんを紹介して、体操は省略、夏のような日差しの中、各人出発する。
会長は月曜からの入院を控え歩かないので、一人で出発。ウォーカーの流れに乗って大森ベルポート、イトーヨーカドーと進み、京急線のガードをくぐって15号線へ右折。大森北公園、歩道に並ぶ固定式駐輪場を眺め、磐井神社に到着。でっかいイチョウの木を見上げて国道に戻り、平和島口の信号を渡り、旧東海道(美原通り)に入る。
南、中、北原をまとめて三原通りと呼ぶ商店街は一方通行で急に細くなり、海苔屋さんが並ぶ。つい試食しておいしかったので「しそあじ」など2袋500円で買ってしまった。
薬局前で黄色のパーカーに誘導され左折、内川案内板が立つ新橋で内川を渡る。鷺之森稲荷神社の金網に入った狐さんに挨拶し、ジャック・ニクラスゴルフセンターを過ぎると、コースに沿って涼しそうな緑道が見えたので行ってみると貴船堀緑道だった。車止めを左折、随分干上がった船溜りに沿って、アジサイを見ながら進むと、大森ふるさとの浜辺公園に到着。
目前に砂浜が広がり、子供が砂いじりをしていた。前回来た時よりも土手の緑がしっかり根付き、木々も大きくなり、テントの付いたベンチが5箇所出来て、充実していたが、白い砂浜が狭くなったように感じた。テニスコート、マンション群、倉庫群が周囲を囲み、対岸に浅瀬もくっきり出来ていた。裸で甲羅干ししている人や水際で戯れている人達を「暑い中ご苦労さん」と眺めながら、浜辺橋を渡り、海苔のふるさと館でちょっと休憩。
平和の森公園は涼しい風が吹き、アスレチック場からは子供たちのにぎやかな声が聞こえていた。「そういえば昔は元気に子育てしていたな」と思い出をたどったりして……。
しながわ区民公園入口を過ぎ、鈴ヶ森刑場跡を見学。暑さに辟易しながら旧東海道を北上して、天祖諏訪神社へ入る。池で涼しそうに泳ぐ鯉を眺め、裏へ抜けて弁天橋を渡ると、大勢の人だかり。「若き日の龍馬がゆく」と題した紙芝居をしていた。
目前に緑色の「坂本龍馬像」が立っていた。仲町稲荷の裏口だが、以前立会川駅前に立っていたのと同じかな……と思って立会川駅前に行くと、その場所はプレハブのお店になっていた。江戸時代、土佐藩の鮫洲抱屋敷が(浜川)砲台を作ったそうな……。
自販機の冷たいカフェオーレを飲んだら、もう歩く気がなくなって、立会川駅から乗車、帰宅した。
コースは運河沿いの花街道を歩き、大井公園で山内容堂墓所を見学、仙台坂タブノキを見て大井町駅へゴール、解散することになっている。 [KM 記]
6月5日(土)午前10時=約11㌔=
有栖川宮公園集合→広尾ガーデンヒルズ→骨董通り→こどもの城→キャットストリート→キラー通り→神宮外苑→いちょう並木→青山2丁目解散
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有栖川宮記念公園の池の畔ではカルガモの親子がのんびりと暮らしていた。
◎622回[広尾・原宿、青山](120回実施分利用)
6月5日(土)午前10時=約8㌔=
広尾駅1番出口を出て左へ曲り、公園へ向かう道は何だか日本じゃないような雰囲気。道端のテーブルでコーヒーを飲む姿が周りに溶け込んでいるカップルがいるなと思ったら何と我がGNPの仲間。「決まってるよ! カッコイイ!」と冷やかして、有栖川宮公園に入る。新緑が深まり木々は清々しく、池には釣り人が点々といて、カルガモの親子がのんびりと暮らしていた。池のほとりでは可愛い外人の幼児が鳩と戯れている。森の上のラッパをもった金色の像「末日聖徒教会(モルモン教)の尖塔らしい」がやたら目立つ。
6月5日、公園の少し広くなった通路に52人が集合。19日の京王土休券配布、20日と27日下見の地図を2組に渡し、会長がラジオ体操第1に続いて第2のDVDをかけ、HWさんが別の体操をリードして皆さん戸惑いながら半ば強引に延々と体操させられる。
公園入り口を出て細い路地に入り、外苑西通りを横断、広尾ガーデンヒルズの鬱蒼とした並木道を上る。涼しい風が吹きぬけるが結構な登りだ。日赤医療センターから右折、六本木通りへ出て高樹町地下横断歩道をくぐる。この辺りはかつて下渋谷村の内だが、家康入国直後から武家地となり、大部分は丹南藩高木氏賜邸だったそうだ。高木主水正の名から里俗に主水町、高木町と呼ばれていたそうだ。
何となくビカビカしない骨董通りを進み、青山通りを渡って左折。国連大学本部前のファーマーズマーケットをチラチラ眺めながら、こどもの城に到着。建物の中の椅子に陣取ってお楽しみ会を始める連中もいて、長い休憩になってしまった。
のんびり組を追い立てて再出発、坂を下ってキャットストリートに入り込む。ユニークなお店が続き、表参道を歩道橋で渡って再びキャットストリートを進む。はぁとぴあ原宿、ピンクのフラミンゴを見て熊野通りへ。外苑西通り(キラー通りと書いてあった)を渡り、熊野神社、高徳寺を過ぎスタジアム通りを左折、近代ボウリング発祥の地を見て、絵画館前を横切る。外苑総合グラウンドをぐるっと回って、深い緑の涼しいいちょう並木に到着、ABが揃い、クールダウン体操をして、解散した。
久方ぶりに全コース歩いたが、やっぱり過激すぎたようで、やっとの思いで辿り着いた感じ。満足感と疲労感が半々、青山1丁目駅が遠く感じた。 [KM 記]
5月29日(土)午前10時=約8㌔=
田端駅(受付)集合→田端操車場→平塚神社→地震の科学館(防災センター)→旧古河庭園→六義園→富士神社(休憩)→ギャラリーフェーマス→高源寺→旧安田楠雄邸→田端銀座商店街→大龍寺→東覚寺→田端文士記念館→田端駅解散
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旧古河庭園ではお屋敷をバックに真っ赤なバラの花が満開。
◎621回[緑あふれる街と寺社、文学の田端を歩く]
5月29日(土)午前10時=約8㌔=
メトロで行って西日暮里から歩こうかと思ったけど止めて、JRで行くことにする。田端駅北口を出て、いつもの通りJR東京支社ビルの前で受付、ビルの前でみんなを待つ。雲が空に広がって涼しい風が吹き、ウォーキングには絶好の天気だ。
10時46人が集合。会長が、嬉しそうに持ってきたDVDプレーヤーを鳴らし、体操を始めた。屋外では音が通らず第一体操だけしかできなくて、HWさんが続きの準備体操をやってくれた。
今日は自由歩行ということで、各自出発。新田端大橋を渡り左折して坂を下り、田端操駅(旧田端操車場)をぐるりと周る。尾久操車場への引込線があった。車坂跨線橋を渡って上中里駅を横目に、平塚神社の階段を望み本郷通りへ出る。平塚神社参道、地震の科学館(防災センター)を眺め信号を渡る。
西ヶ原交差点あたりに行列が出来ていたのは、旧古河庭園へ入るためのものだった。バラのシーズンで見物客が押し寄せたようだ。並んで団体割引50円で中に入る。薔薇はなんとなく少なくてちょっと寂しかった。
お茶を飲んで少し休み外に出る。本郷通りを南下。霜降橋、駒込駅を過ぎる。以前雨降りの中で集合したコンクリートの駅前広場は木々が伸び緑の公園になっていた。大国神社は改築工事中だった。六義園は素通りし、富士神社は裏から抜け、鉛筆の積まれたギャラリーフェーマスはガラス越しに眺め、吉祥寺で大仏様を見上げる。向丘2を左折し、初代松本幸四郎の墓がある栄松院、金ピカの観音様がおられる光源寺と巡る。入口に「水族館劇場」と書かれた看板が立ち鉄パイプと廃材が組み立てられた廃墟のようなのがあったが、野外テント公演をやっているそうな。「前売券あります」と手書きの案内が入口に貼ってあった。
駒込学園を過ぎて路地に入り込む。くにゃくにゃと裏道を進み、団子坂上からの明るい色のきれいな道に出た。この辺りは昭和40年頃まで駒込林町といったそうだ。雑木林の千駄木山の内で千駄木御林と称し上野寛永寺創建後は将軍家霊廟の材木を供給したそうだ。文京千駄木の郷の隣に旧安田楠雄邸があった。GNPの始めの頃の下見で、高村光太郎旧居跡を探しても見つからなかった路地が近くにあった。
ちょっと疲れを感じたので、田端銀座商店街、大龍寺、東覚寺、田端文士記念館は省略。田端駅に戻らず千駄木駅から帰宅することにした。
旧安田楠雄邸は玄関だけ見て前の道に入る。住宅の塀に溢れる薔薇を見て、須藤公園に入る。滝の上から下の池が見下ろせ、鬱蒼とした木々の隙間から小橋と赤いお宮が覗く。トイレと遊具があり、駅からすぐだし集合場所に使えそうだ。
千代田線千駄木駅2番出口から下りて帰宅。家に帰って食事にありつく。
5月22日(土)午前10時=約10㌔=
戸山公園スポーツセンター横集合→箱根山→穴八幡神社→早大正門→江戸川公園→新江戸川公園(休憩)→神田川→おとめ山公園→氷川神社→高田馬場公園解散→高田馬場駅徒歩3分
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神田川遊歩道を悠然と靴を履いて散歩する亀様。
◎620回[目白台・早稲田・落合](119回実施分利用)
=約10㌔=
5月22日(土)午前10時、戸山公園スポーツセンター横に集合したのは42人。意外に人が少なかったのは、いい季節を反映して海外旅行や宿泊旅行を楽しんでいるせいか。
初夏の爽やかさをそのまま表現したような今日の日和。空は雲ひとつなく紺碧の色合い。木々は若緑が徐々に深まっていくような雰囲気で眺めているだけで生気が漲ってくる。微風まで私たちを祝福するようにそよそよとまるで音がするようだ。
今日のコースは起伏に富み、坂が多い。まず箱根山。ここは都区内の最高地で標高48m.ただ頂上に立っても周りのビルから睥睨されて高さの実感が湧かない。
箱根山を下り、箱根山通に出て諏訪通を右折、穴八幡神社を見上げて早稲田通を渡り早大正門へ着く。大隈庭園を見学しようと思ったが、11時から開放と書いてあり、断念してコースに戻る。ガーデンハウス入口に阿吽の獅子が門を守っていた。
神田川に出て大滝橋を渡り、みんな元気に江戸川公園の階段を登っていった。ちょっと弱気の人は、上らずに後姿を見上げ、新江戸川公園へ川沿いに直行する人もいた。川沿いの道では台車(?)を曳いた人が歩いていた。「茶色の砂袋を乗せてるのかな」と思いながら近づいていくと、なんと一匹の亀!
台車のタイヤに見えたのは亀が履いていた(多分お手製らしい)赤いベルトで足首を締めた黒革の靴だった。体長70センチほどもある茶色の陸がめがゆったりとマイペースで歩いていた。噛み付いたりはしないんだろうな・・・。抱えたら重たそう・・・。
新江戸川公園に着くと、既にA班が休憩していた。入口が松聲閣側の木戸から大きい門に変っていた。大泉水へ流れ落ちるせせらぎですずめが水浴びし、花はキショウブ、ニホゼキショウ、カルミヤなどが咲き、深い木立から涼しい風が吹き、相変わらずステキな和風庭園だ。間もなくB班も到着、一緒に休憩する。
A班が出発し、B班も11時25分出発。
神田川に戻って豊橋、中之橋、みしま橋、面影橋を過ぎ、曙橋を渡り薄暗い緑道を進む。道が鋭角に曲ったら高戸橋を渡る都電の線路が見え、新目白通に出る。明治通を渡り高田橋を渡る。高田橋の下は高田馬場分水路があり、神田川が3本に見えた。
新目白通を進んでいくと、対岸に行列。始まりを探すと「ラーメン二郎」だった。
歩道に、ブラシの木が真っ赤に咲き、夏が近いのを知る。赤い花を眺め、ジョナサンの角から右折しておとめ山公園に入る。泉があり、池があり、小川があるこの公園では、今ザリガニ釣りが真っ盛り。しばらく眺めて頂上の見晴台で休憩。
この後、氷川神社横から新目白通を渡り、神田川を越え、早稲田通を横断。「この先行き止まり」の看板の先が高田馬場公園だった。静かな公園はGNP一同によって瞬く間に賑わい、珍しく一緒に整理体操をして解散し、揃って高田馬場駅へ向かった。
5月15日(土)午前10時=約12㌔=
高井戸駅→高井戸地域区民センター広場(受付・集合)→玉川上水→中川遊歩道→粕谷村地蔵尊→蘆花恒春園→桜上水駅北口解散
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杉並区「花咲かせ隊」の手入れできれいな花が花壇いっぱいに咲いていた。
◎第619回[玉川上水と蘆花恒春園の新緑を楽しむ]
5月15日(土)午前10時=約12㌔=
澄み切った青空に清々しい風、一年で一番快適な季節だ。高井戸駅に降り立ちウォーカーの流れに乗って歩道橋を渡り、階段を登って高井戸地域区民センター前の広場に到着。黄色のウィンドブレーカーの案内で京王の受付を済ませ、地図とカードを受取り、建物の日陰に陣取って仲間を待つ。既に4,5人が来ていた。
会報を配り、出席をとり、明日の下見グループへ地図を渡し、1回目下見の残りチームSK組へ下見・実施日程を延ばす相談をして了解を得る。
7月3日までの予定ができていること、夕涼みウォーク、今年1回も下見していない人は便乗して下見して、などを話し、HWさんに体操をお願いする。遅刻した会長が到着し、本日の出席者50人、自由歩行で出発する。私は高井戸から桜上水へ最短コースで行く予定で、グーグルの地図を用意した。
高井戸地域区民センターをぐるりと回って井の頭線を越え、神田川中の橋に突き当たって、コースでは右折するところを左折、魚の頭の車止めから左岸を下る。左手にこども発達センターという名の施設があったが、何をするところだろう。
流れに沿った石畳の遊歩道は気持ちよい。脇の畑にジャガイモの花が咲いていた。
神田川は井の頭池を水源とし、善福寺川、妙正寺川と合流し、約25キロ流れて隅田川へ注ぐ。杉並区「花咲かせ隊」の人たちがせっせと手入れしてきれいな花が花壇いっぱいに咲いていた。木陰も涼しく車も通らず、コースに使いたい道だ。
乙女橋緑地、堂ノ下橋と下り、塚山橋を渡って塚山公園に上る。高木、低木が新緑に光り、池の縁には黄と紫のショウブが満開、カメも甲羅干しをして静かな平和を感じる。案内図によると、古墳時代の復元住居があるそうだ。
また神田川に戻り、八幡橋、睦橋と進み、藤和緑地には竹林の道があった。川沿いに水の無い石畳の水路があり、張り紙によると、濾過装置が故障して今年は水を出せないのだそうだ。これから水遊びの季節になるのに、残念だな。
向陽中学を過ぎ、神田橋から右に曲って車道を歩く。細い道に通行量も多いのでウォーキングには向かない道。端に置いた段差石に躓いて転びそうになった。たった700メートルほどの距離で桜上水駅に着いたが、歩くのに苦労した。
駅北口の受付で完歩賞の液体部屋干しトップ2包入りとスタンプを貰い、解散。コーヒーを飲んで涼んでいると、間もなくA班が到着、「早いねー! 今日のはいいコースだったよ!」と自慢しきり。 [KM 記]
本来のコースは、中の橋から玉川上水緑道に入り、牟礼橋で緑道を離れ、水無川(中川・三鷹用水)遊歩道を歩く。粕谷村地蔵尊を眺め、蘆花恒春園で休憩。その後、松沢公園、桜上水公園を経て桜上水駅北口で解散するというもの。
5月8日(土)午前10時=約10㌔=
日暮里駅駅前広場(受付、集合)→尾久八幡神社→隅田川スーパー堤防→都立尾久の原公園→都電荒川線沿線のバラ→泊船軒→荒川自然公園(休憩)→日暮里繊維街→日暮里駅解散
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都電荒川線の沿線では地元の人たちが丹念にバラを育てていた。
◎618回[下町商店街とバラの街「あらかわ」めぐり]
=約10㌔=
5月8日(土)午前10時、日暮里駅前広場のJR受付を済ませ、集合したのは51人。簡単な打合せを済ませ、体操は省略してスタート。まず、尾久八幡神社に向かう。約1人、日暮里・舎人ライナーに乗車、熊野前で都電荒川線に乗り、宮ノ前で下車。八幡神社の創建ははっきりしないが、14世紀、上尾久、下尾久、船方三村の鎮守とされていた。
続いて隅田川スーパー堤防を眺めながら都立尾久の原公園に到着。旭電化尾久工場跡地に出来た湿地を保護し、多様な生物が生育できる環境づくりを目的に、平成5年に造成された都立公園。中央の池はトンボの生息地になっていた。
今度は南下して都電荒川線に沿って西進。沿線には、地元の人が丹精込めてバラを育て、140種13.000株のバラが色とりどりに咲いていた。
泊船軒というと何となく旅籠のようなものかと思ってしまうが、実はこれが、臨済宗妙心寺派の寺院。本堂の天井には小室翠雲作の「雲龍図」が描かれ、境内には太田道灌の故事による「山吹の塚」がある。
荒川自然公園に入り、やっと休憩。初夏の陽気で日陰が恋しい時期になり、小さな池では亀が首を伸ばして日向ぼっこ。交通公園や野草公園、昆虫観察園など施設が充実、数多くの来園者で賑わっていた。
荒川区役所と荒川公園が同居している中を通り抜け、荒川仲通商店街を縦断、尾竹橋通を南下。日暮里中央通で右折、日暮里繊維街に入る。ここは服地、附属品、繊維製品関係の店舗が約90軒並ぶ問屋街。国内有数の生地集積地として、アパレルメーカーから趣味で裁縫をする個人まで全国各地から多くの人が集まってくる。毎年11月には国際的なファッションショーも開かれ、アジア、欧米各国からも多くの観光客が訪れるエリアに成長している。ここでゴールの日暮里駅に到着。人ごみの中で解散した。
5月1日(土)午前10時=約9㌔=
蒲田駅西口広場集合→蓮沼駅→多摩堤通り→むさしにった商店街→新田神社→武蔵新田駅→大田区民プラザ(休憩)→六郷用水→さくら坂→丸子橋→多摩川浅間神社解散→東急多摩川駅
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破魔矢の始まりといわれる新田神社。
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コース図は実費でお分けします。メールで請求ください。宛先: taichiro.murata@gmail.com
第617回[初夏の多摩川散策と歴史めぐり]
=約9 ㌔=
5月1日(土)、5連休の初日の今日はカラッと晴れた五月晴れ。集合地の蒲田駅西口の大きな木の周りには多くの人が たむろしていて、GNPのメンバーを探してしまう。集合したのは57人。会長から来週の例会の説明を受けて、すぐ出発。
多摩堤通を東へ1km位ぐらい直進。矢口南を右に折れて、むさしにった商店街に入る。八百屋 雑貨屋 飲食店が雑然と並ぶなかに新田神社がある。南北朝時代に新田義興(新田義貞の次男)が味方を装った敵方に騙されて多摩川の矢口の渡しから舟に乗り、その舟が浸水し 矢を射かけられて、非業の死をとげる。その後 義興公の怨霊が騙した敵将の前に現れ、無念を晴らした、という。義興公の霊を慰めるために、村人達が新田大明神として、義興公が亡くなった1358年に新田神社を創建し崇め奉った、といわれている。江戸時代に入ると、平賀源内が歌舞伎や浄瑠璃の「神霊矢口渡」の題材とした。また破魔矢は新田神社から始まった、といわれている。江戸時代の末頃には神社社地の茶店で新田家家宝の『水破・兵破』の2本の矢にならい、「義興の矢」、矢守りとして2本セットで売られていたらしい。1本は奉納し1本を持ち帰り、厄除け開運、邪鬼退治を祈願した。それを平賀源内が新田神社の円墳(義興公の墓)にしか生えないという篠竹で矢守りを作り、新田家の旗印、白地に黒1本線の短冊をつけたのが、破魔矢の元祖と伝えられている=写真=。他にも大きな災害を乗り越えた樹齢700年の御神木の欅がある。木に触れると病気平癒や若返りなどのご利益がある。
さて、新田神社を後にして15分程歩くと下丸子駅そばの太田区民プラザに着く。小休止。続いて環八、多摩川堤通、鵜の木駅から線路沿いを歩き、ユキモーターズを直角に右折して西嶺浄苑に着く。続いて観蔵院裏手の六郷用水の遊歩道に入る。ここはせせらぎがあり、湧水も湧き清らかな水が流れている。湧水に鯉が泳ぎ、かわいいオタマジャクシも見た。五分咲きのツツジを見、密蔵院の高い塀の新緑の向こうからウグイスの高い声が私達をおどろかせ、また喜ばせてくれた。5月の爽やかな風も吹いて来る。六郷用水は1597年から14年かけて、多摩川を水源とし世田谷領と六郷領(現、狛江市から大田区)に至る用水路を作った。主に農業用水として供給され、全長30km灌漑面積1500ha、50ヶ村の村々が以後300年余の間恩恵を受けたといわれている。現在は暗渠となり、鵜の木駅付近から多摩川駅まで2.14kmが遊歩道になっている。わたしたちは沼部駅近くの東光院まで歩き、東光院門前を右折してゆるやかなさくら坂を登る。
さくら坂信号で左折し、まっすぐ田園調布せせらぎ公園を目指し ひたすら歩く。公園の入口では少年達が野球の練習をしている。樹木に覆われ、ひんやりとした急坂の道を下り、整備された緑のある静かな公園の一角で解散した。 [YC 記]
4月24日(土)午前10時=約10㌔=
東盛公園(日比谷線・三ノ輪駅3番出口徒歩7分)集合→一葉記念館→飛不動→入谷鬼子母神→小野照崎神社→円光寺→ねぎし三平堂→書道博物館→子規庵→凌雲橋→寛永寺霊園→(篤姫墓)→寛永寺→東京都美術館→上野動物園正門前(休憩)→時の鐘→上野大仏→五條天神社→不忍池弁天堂→境稲荷神社→暗闇坂→弥生美術館→弥生坂→弥生土器発掘ゆかりの地碑→異人坂→お化け階段→根津神社解散
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写真は上野公園の青々とした桜青葉。お日様に映えて初夏を感じさせる。

コース図は実費でお分けします。メールで請求ください。宛先: taichiro.murata@gmail.com
◎第616回[上野の山・下谷巡り=約10㌔=
4月24日(土)午前10時、東盛公園に集合したのは、53人。2月の気候と5月の気候が変わりばんこにやってくる4月の気候。何しろ、1日違いで15℃も変化する気温にはなかなかついていけない。今日はそのうち快晴で暖かい1日。豊満な八重桜の花の下で打合せの後、しっかり体操をしてスタートした。
新装成った一葉記念館も3年余り経ってすっかり落ち着いた雰囲気。中には入らなかったが、竜泉地区のシンボルになっている。飛不動、鷲神社、弁天院公園と巡り、入谷地区に入る。向うに見える入谷鬼子母神は1659年に創建された安産と子育ての神といわれ、他人の子を奪って食べた夜叉鬼子母神が、お釈迦様の戒めに改心し善神となったもの。毎月8日、18日、28日が祈祷日で、7月6日~8日は朝顔市で賑わう。
つづいて、小野照崎神社、円光寺、ねぎし三平堂、書道博物館と歩き、。「坂の上の雲」で有名になった子規庵に着く。
正岡子規は、明治27年この地に移り、故郷松山より母と妹を呼び寄せ、子規庵を病室兼書斎と句会歌会の場として、多くの友人、門弟に支えられながら俳句や短歌の革新に邁進した子規没後も、子規庵には母と妹が住み、句会、歌会の世話をつづけたが老朽化と大正12年の関東大震災の影響により 昭和元年に解体、旧材による重修工事を行った。昭和2年、母八重(83歳)没。同年7月子規の遺品や遺墨等を保管するため土蔵(子規文庫)建設に着工。昭和3年、子規門弟を中心とする子規庵維持保存会が財団法人子規庵保存会として認可され、初代理事長には正岡律が就任した。昭和16年妹律(71歳)没後、同20年4月14日の空襲により子規庵は焼失。幸い土蔵は残り貴重な遺品が後世に残された。現在の子規庵は昭和25年高弟、寒川鼠骨等の努力で再建され、同27年東京都文化史蹟に指定されて現在に至っている。
ケバいホテル街を抜け、言問通りの下をくぐり、鶯谷駅北口前から細い路地へ入り元三島神社を仰ぐ。凌雲橋を渡り、寛永寺霊園、寛永寺、東京都美術館の裏を通り、上野動物園正門前で休憩した。上野公園の桜はわずかに八重桜が残っているだけで、青々とした桜青葉。お日様に映えて初夏を感じさせる。
時の鐘、上野大仏、五條天神社を散策。不忍池に入り、弁天堂を抜け、境稲荷神社から暗闇坂を通る。建物としても素晴らしい弥生美術館を眺め、左折して「弥生土器発掘ゆかりの地碑」を眺め左折。異人坂からお化け階段を下り根津神社に入る。根津神社では恒例のツツジまつり。少し早いせいか5分咲きという感じ。それでも人出が多くごった返す中で解散した。
4月17日(土)午前10時=約13㌔=
飛田給駅受付(集合)→調布市郷土博物館(無料)→多摩川沿い→染地せせらぎ散歩道→深大寺自然広場→深大寺(休憩)→鬼太郎茶屋→布田天神社→天神通り→調布駅解散
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天神通商店街は水木ワールドの世界。ゲゲゲの鬼太郎はじめ妖怪たちがあちこちに屯している。
◎615回[春風に吹かれて調布市内を歩く]
=約13㌔=
4月17日(土)午前10時、飛田給駅の受付に集合したのは、44人。最近では少ない人数だったのは天候不良のため。4月も半ば過ぎたというのに、雪が降る東京。45年ぶりとのこと。風は吹くし、霙交じりの雨は冷たい。急遽冬支度で集合。手袋やマフラーも着用した。ところが、出発時間には天候が回復。青空が見え始め、雨具は無用の長物になってきた。簡単な打合せを駅前で行い、体操は省略してスタート。
まず、上石原若宮八幡神社に立ち寄った。「若宮八幡」の名は応神天皇の御子、仁徳天皇が祀られているところからきているとのこと。続いて調布市郷土博物館に入る。ここには、市内の遺跡出土の土器や石器などの考古資料、江戸時代の村絵図や古文書、明治時代以降の教科書、古写真、太平洋戦争関係資料などの歴史資料、多摩川に生息する魚類の剥製など自然その他の資料、郷土ゆかりの美術資料など多彩な展示物が置かれている。
今度は京王フローラルガーデン・アンジェ。今の時期、花の豪華さ、香り、豊かな花色で人気のマグノリアが楽しめるとのこと。マグノリアとは木蓮や辛夷などの花木の総称とのこと。多摩川沿いを多摩川市民広場まで直進。ここで右折して染地せせらぎの散歩道に入る。
つづいて野川沿いを歩いて、深大寺自然広場を越え、中央高速道をくぐり、深大寺で休憩した。この門前に鬼太郎茶屋があり、水木ワールドが再現されている。この2階には妖怪ギャラリーがあり、水木さんの紹介、妖怪フィギュア、著作、境港市紹介などがある。
ゴール近くの布田天神社は、多摩地方有数の古社といわれ、社伝では垂仁天皇の治世に創建されたとされる。ここから調布駅までの間が天神通り商店街。「ゲゲゲの鬼太郎」の著者水木しげる氏の事務所が近くにある縁で通りには鬼太郎、子泣き爺、ぬりかべ、一反木綿、猫娘、ネズミ男などの像が置かれ、おりから放映されているNHKの「ゲゲゲの女房」にあやかって、一大ブームが起こっている。
ゴールの調布駅に到着。無事解散した。
4月10日(土)午前10時=約9㌔=
西日暮里駅集合→藍染川通→都電町屋2丁目→尾久の原公園(休憩)→扇大橋→桜並木→西新井橋→北千住駅解散
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枝垂桜がすっかり満開になった尾久の原公園
◎第614回[荒川の桜] =約9㌔=
4月10日(土)午前10時、西日暮里公園に集合したのは55人。駅前にある公園なのだが、ここにたどり着くには階段か急坂を上らなくてはならない。たった2分ぐらいのことだが、息が切れる。
桜吹雪の花びらに覆われた園内で打合せ、それに第1四半期12回の皆勤賞を手渡した。今回はL版の小さな賞状もつけたが、意外に好評。しばらくは続ける予定。体操の後、スタート。
藍染川通、都電町屋2丁目を経て尾久の原公園に行くことになっているが、日暮里・舎人ライナー西日暮里駅で乗車、熊野前駅で下車。直接、尾久の原公園に向かう。のんびり右左を眺めながらゆっくり公園に到着すると殆ど同時にA班グループも到着。いっしょに休憩した。
未だ若々しいが、枝垂桜がすっかり満開。園内一杯に広がる桜並木は、今後、名所になることは必定。10年後の姿を想像していると、私が車椅子に乗ることになり、その介護者まで選定された。
扇大橋で隅田川と荒川を渡り、北詰で右折、荒川堤を歩く。この堤には明治の中期からサトザクラが植えられ、桜並木として名所となる。ソメイヨシノよりも開花時期が遅く、しかも開花期間が長い。これからがシーズンのようだが、すでに満開のものもあり、そぞろ歩きで楽しむには絶好の季節だ。コースはここから西新井橋を渡り、北千住駅に向かうことになっているが、足立六中入口バス停からバスに乗車、北千住駅で皆を待つことにした。
なお、A班グループは「虹の広場」まで足を伸ばし、7色のチューリップが整然と植えつけられ、虹をイメージしている様子に歓声を上げた。
4月3日(土)午前10時=約12㌔=
中野駅北口受付→紅葉山公園(集合)→東中野氷川神社→神田川沿い桜並木→新井薬師→新井薬師公園→哲学堂公園(休憩)→百観音明治寺→法務省矯正研修所東京支所→薬師あいロード商店街→中野ブロードウェイ商店街→中野サンモール商店街→中野駅解散
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◎第613回B[春を求めて中野さくらウォーク]
中野駅北口を出て今年度最初の駅からハイキングの受付をして、北口に回り線路沿いに進み、なかのZERO手前から右折し、紅葉山公園へ入る。機関車の広場に49人が集合、HWさんのリードで体操して自由歩行で出発する。
岩の庭園の紅葉橋を渡り、文化センターの建物をバックに薄ピンクのしだれ桜を見下ろし、もみじ山通りへ右折。三味線橋からきれいに整えられた桃園川緑道に入り、堀越学園、実践学園を裏から見て山手通りの信号を渡り、大久保通りを行く。東中野の氷川神社は行ったことがなかったので寄ってみる。神輿蔵や大木のうろがあり、1030年大宮の氷川神社から勧請したという古い神社とのこと。
末広橋から神田川沿いを北上、桜並木の遊歩道を進む。夕べまでの寒さはどこへやら、明るい日差しの中一斉に開いた桜の花=写真=を、老若男女、大勢の人たちがパチパチ写している。日本人は本当に桜が好きなんだなと思う。神田川の流れもきれいで、平和を実感する。中央線の線路をくぐって左折、ユニゾンタワーを回って東中野駅に突き当たり右折、山手通りの信号を渡る。山手通りの地下は高速道路が通っていて、3月28日に大橋ジャンクションで首都高3号渋谷線の高架と繋がったというが、白くて高い首都高の排気塔が中央分離帯に点々と見えた。
桜川橋から中央線を眺めると、ピンクの桜と黄色の菜の花が線路南面に延々と続いていた。橋の手すりはプラスティックで全面塞がれ、透明とはいっても白内障のように煙って見難い。背伸びしてカメラだけ出して写したが、うまく撮れなかった。線路沿いを歩き、明大中野を過ぎて歩道橋があったので、上がって桜並木の線路を眺める。
黄色い案内人の右折の指示を無視して文園通りに入り、新井薬師、新井薬師公園、哲学堂公園、百観音明治寺、法務省矯正研修所東京支所、薬師あいロード商店街、中野ブロードウェイ商店街は省略。北野神社におまいりして中野サンモール商店街へ直行、コースに合流して中野駅に到着、天然水とバッジなどの袋をいただき解散した。 [KM記]
4月3日(土)午前9時=約11㌔=
南北線後楽園駅集合→播磨坂桜並木→六義園→湯島天満宮→日本サッカーミュージアム→南北線後楽園駅解散
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◎第613回A[春と歴史のかおる下町さんぽみち]
=約11㌔=
4月3日(土)午前9時、南北線後楽園駅に集合したのは、6人。コース図によると播磨坂桜並木、六義園、湯島天満宮、日本サッカーミュージアム、と巡り、スタートの南北線後楽園駅に戻ることになっている。参加者が少なかったので、これを下見コースと考え、今後の例会に役立てることにした。
コース図の取得だけで、実際の下見をしたことにして、花見を兼ねて猿江恩賜公園に向かい、満開の桜を鑑賞。どこからでも見ることの出来るスカイツリーをここでも楽しんだ。写真は花見客が所嫌わず、敷物を開き宴会は酣。日本一になったスカイツリーも花を添えている。 [TM記]
3月28日(日)午前10時=約12㌔=
蒲田駅中央改札NEWDAYS前受付(集合)→多摩川大橋→ガス橋→丸子橋→多摩川台公園(休憩)→浅間神社→さくら坂→六郷用水→新田神社→蒲田駅解散
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3月28日午前10時、蒲田駅中央改札NEWDAYS前で受付、6人が集って相談。
JRのコース地図には14.1キロと長いので、半分に短縮する工夫を考え、今後の下見コースとして歩く。ゴールを多摩川駅とし、後半のコースを逆行してみようということで、蒲田駅から出発。進む方向が分かるのに時間がかかった。途中、何度もJRの案内人や向うから来るウォーカーに怪訝な顔で尋ねられ、その都度「逆に歩いているんです。」と答えた。
3月27日(土)午前10時=約7㌔=
大井町駅中央改札口受付(集合)→品川神社→養願寺→一心寺→荏原神社→品川寺→八潮橋(休憩)→大井ふ頭緑道公園→大井ふ頭中央海浜公園→東京モノレール大井競馬場前駅解散
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◎第612回[旧東海道から京浜運河沿いの緑道公園を歩く]
=約9㌔=
3月27日、大井町駅中央改札口を出て受付、アトレから品川区総合区民会館「きゅりあん」へ繋がる広場に10時、53人が集合。次回はABのどちらに参加するか聞き、体操は省略して出発、長いスロープを下る。東口信号を渡り大井銀座商店街へ曲り、浅間台公園を過ぎ、ゼームス坂を下る。
白い塀から枝垂桜があふれている天龍寺の境内に入ると、白い舗装の庭に、ピンクの枝垂桜、朱色のミツマタ、白いこぶし、アセビなどが咲きそろい、別世界のよう。国道15号線を左折するのを忘れ京急線ガードを過ぎて曲る。戻るのも嫌なのでそのまま荏原神社へ向かう。品川神社、養願寺、一心寺を回ってきた仲間と合流、鳥居の脇の恵比寿さんにご挨拶する。旧東海道へ出て、品川寺のお地蔵様を見上げ、鮫洲公園でトイレ休憩。八潮橋のスロープをくるくる3回転して上ると、穏やかな京浜運河上を行くモノレールや荷物船が一望できる=写真=。
八潮橋を渡り、何度も通った京浜運河緑道公園でなく、今日は大井ふ頭緑道公園に入る。堤を見上ると黄色い大木が聳えていたが、ミモザの花らしい。湾岸道路と八潮パークタウンの境にある大井ふ頭中央海浜公園は「海の自然を回復し、水辺に親しみながら、スポーツやレクリエーションが楽しめるように作られた海上公園の一つ」とのこと。林の中の土の道と雨が溜まった小川や池が、元からあった自然のように感じられ、埋立地というのが嘘のように思える。大井中央陸橋をくぐり、陸上競技場を過ぎて大井ふ頭中央海浜公園へ入ると、二、三分咲きの桜並木、ほんのり緑の柳の木、金網越しに野球に励む少年達の姿があり、ゆったり時が流れている。でっかい大田スタジアムの前に、金網に囲まれたせせらぎの森があったので入ってみる。整備前からあった水溜りを利用した自然池に歩道が作られ、枯れた葦と真っ白な雪柳が同居していた。
スタジアム前は佐川急便の倉庫と駐車ビルが壁のように建っていた。臨海斎場前の信号を渡り、新平和橋手前から、また大井ふ頭中央海浜公園へ入る。京浜運河に沿って北上、夕やけなぎさの入り江からモノレールを眺め、観察小屋、工事中の管理事務所、なぎさの森を過ぎ、勝島橋を渡る。
会報に約7キロとあったが、やたら足が疲れている。地図をよく見ると8.6キロと書いてあった。なるほど、体は正直だ。だが、旧東海道と長く続く遊歩道はいいコースだった。
東京モノレール大井競馬場前駅に到着、解散する。モノレールを待っているホームでほんわか漂ってきた匂いは、すぐ横に競馬場の厩舎があるせいなのだろう。(KM記)
3月21日(日)午前10時=約12㌔=
渋谷駅南改札口受付(集合)→表参道→キャットストリート→電力館→明治神宮→代々木公園(休憩)→スペイン坂→鍋島松涛公園→西郷山公園→代官山→氷川神社→金王八幡宮→渋谷駅解散
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東京ミッドタウンの約120㎡の芝生一面に敷き詰められた和紙で作られた芝桜。
◎番外[渋谷駅開業125周年最先端の街・渋谷を再発見]
3月21日(日)午前10時、渋谷駅南改札口受付に集合したのは、5人。好天に恵まれ、表参道、キャットストリート、電力館、明治神宮、代々木公園、スペイン坂、鍋島松涛公園、西郷山公園、代官山、氷川神社、金王八幡宮と回り渋谷駅に戻り解散する約12㌔のコース。殆どを省略して六本木の東京ミッドタウンのガーデンに直行。和紙で作られた芝桜を見学。約120㎡の芝生一面に敷き詰められた芝桜は雨にも耐えられるように特殊加工されていた。
平成22年3月20日(土)午前10時=約12㌔=
高尾山口駅受付(集合)→多摩森林科学園→豊受姫尊稲荷→八王子城址跡→出羽山公園→船山運動公園→遺跡公園(休憩)→真覚寺→万葉公園→めじろ台駅解散
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川の土手に一本だけ満開に咲く桜
◎第611回B[裏高尾の山里に早春を訪ねて]
3月20日(土)午前10時、高尾山口駅受付を済ませ集合したのは、6人。多摩森林科学園、豊受姫尊稲荷、八王子城址跡、出羽山公園、船山運動公園、遺跡公園、真覚寺、万葉公園、めじろ台駅で解散する約12㌔のコース。
京王ウォーク参加してきました。白梅・紅梅・コブシ等花いっぱい、天気良好で気持ち良く歩きました。川の土手に一本だけ満開の桜が咲いていました。 [MO記]
3月20日(土)午前10時=約12㌔=
元町公園集合→壱岐坂下→菊坂→本郷3丁目→御霊神社→湯島天神→上野公園水上音楽堂(休憩)→無縁坂→竜岡門→三四郎池→東大正門→本郷館→こんにゃくえんま→竹早公園解散
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春を迎えようとしている東京大学安田講堂
◎第611回A[本郷、後楽園](第109回実施分利用)
3月20日、水道橋駅を降りると袴姿がちらほら、若い人たちがいっぱいだった。外堀通りお茶の水坂を上り、元町公園に到着。午前10時45人が集合。打合せ体操を済ませて、暖かい日差しの中、出発する。建部坂、壱岐坂下、新坂の階段を上り、春日通へ出て、菊坂、本郷3丁目と回り、本郷座跡を曲り、御霊神社を抜け、清水坂を左折、湯島天神へ突き当たる。絵馬がどっさり掛けてあるのを眺め女坂を降りて不忍池水上音楽堂で休憩する。水面に茂る蓮の枯れ葉は誰が片付けるのだろうか。ピンクの桜花と黄緑の柳が美しい。A班に続きB班も再出発し、無縁坂を上り、初めて鉄門から東大に入る。駐車場入口の脇から三四郎池を巡り、安田講堂を眺めて東大正門を出る。路地に入り、三角形の交差点を右に進み、木造三階建の本郷館を眺める。中に人の姿があり、今でも住んでいる人が居た。地震は大丈夫なのか、気になる。菊坂下を過ぎ白山通りを越えて源覚寺のこんにゃくえんまを覗き、千川通りを進む。小石川植物園前から播磨坂を上る。文京さくらまつりの提灯が連なる中、黄梅が咲く緑道を通り、竹早公園に到着、体操をして解散した。快い汗をかいた。茗荷谷から帰宅する。[KM記]
3月13日(土)午前10時=約12㌔=
江戸川公園集合→小日向神社→筑土八幡神社→神楽坂→市谷亀岡八幡宮(休憩)→市谷駐屯地→市谷柳町→宝竜寺坂→矢来公園解散→矢来能楽堂→神楽坂駅
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矢来公園ではなぜだか、リスの親子が迎えてくれた。
◎第610回[神楽坂・市谷](第111回実施分利用)
=約9㌔=
このところ土曜日毎に雨が続いたが、今日は久しぶりに晴れ、吹く風も爽やかで初夏を感じる。江戸川公園入口の寒緋桜にめじろが一羽、せわしなく食事中。会長が前日、黙々と四字熟語を編集していたが、これがホワイトデーのチョコに利用されるとは思ってもいなかった。
3月13日(土)午前10時、53人が集合、来週はABに分かれるので、京王に参加する人は連絡するようになど伝達し、軽装になって、体操し出発する。
音羽通りの信号を渡り、急な鷺坂を登る。この坂上の高台は徳川幕府の老中職を勤めた久世大和守の下屋敷のあったところで「久世山」と呼ばれており、大正以降住宅地になり堀口大学、三好達治、佐藤春夫らによって山城国の久世の鷺坂と結びつけた坂名「鷺坂」が世人に受け入れられてきたとのこと。真っ白なこぶしが青空に光っていた。
大日坂を突ききり、細い石段を上り右折、石段を下って脇から小日向神社を抜け服部坂を下り、古川橋で神田川を渡る。石切橋で目白通りを渡り水道町信号を左折、直進して細い路地へ入り右折。くにゃくにゃと曲って筑土八幡神社に裏から入る。本多通りを上がり神楽坂へ出て、左折のところをB班は右折して善国寺へ曲る。牛込城跡の光照寺を過ぎ、中町公園へ。コース通り歩いたA班もほどなく到着し一緒に休憩する。
この公園の地下は雨水貯留・浸透施設になっている。宮城道雄記念館は工事中で幕がかかっていた。
牛込中央通を左折し、払方町の二又を右へ進み、江戸三大仇討の一つ、浄瑠璃坂の仇討が行われたという浄瑠璃坂を下る。外堀通りに出て右折、市谷見附を過ぎて亀岡八幡宮の急な階段を登る。灯篭に亀甲の模様があった。裏へ通り抜け、右近坂のビルで衣類のバーゲンをしているのを見て、防衛省自衛隊東京地方協力本部を過ぎ、ジャイカ、お札と切手の博物館を過ぎ、市谷仲之町を右折、工事中で道幅がでこぼこしている道路を進み、大久保通の市谷柳町を過ぎ、宝竜寺坂を上る。
林氏墓地辺りは電話工事中で狭い路地がもっと狭くなっていた。牛込一中を曲り北上すると、矢来公園に到着。ここは若狭国小浜藩邸跡で、杉田玄白もこの屋敷内で生まれたそうだ。今日は高低のあるコースで結構疲れた。
皆さん、体操もなしで解散、瞬く間に公園から人影が消えた。矢来能楽堂を回ってそれぞれ東西線神楽坂駅、大江戸線牛込神楽坂駅、JR飯田橋駅へ向かった模様。 [KM記]
3月6日(土)午前10時=約10㌔=
飯田駅東口受付→東京大神宮集合→筑土八幡神社→神楽坂・善国寺→東京理科大近代科学資料館→宮城道雄記念館→お札と切手の博物館→靖国神社遊就館(休憩)→イギリス大使館通り→日本カメラ博物館→外濠公園遊歩道→市ヶ谷駅解散
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写真は縁結びにご利益のある東京大神宮
◎第609回[飯田橋から市ヶ谷へ 大使館街を歩く]
=約10㌔=
3月6日(土)飯田橋駅東口で受付を済ませた53人は、午前10時、東京大神宮に集合した。
「東京のお伊勢さま」といわれて親しまれているこの神社、明治13年に伊勢神宮の遥拝殿として日比谷に創建されたもので、昭和3年に現在地に移転したとのこと。神前結婚式創始の神社とされ、神前結婚が意外に新しいものだとわかった。そんなことで、縁結びにご利益があるということで、この日も大勢の若いカップルが神前で手を合わせていた。
小雨が降り、寒々としたこういう日、九州では「シロシイ!」という。簡単な打合せを行い、体操は省略してスタート。約1200年前の創建といわれ、東京では意外に古い筑土八幡神社、先日立ち寄った日蓮宗池上本門寺の末寺である神楽坂・善国寺と回る。
明治39年に旧東京物理学校が建築した木造2階建て校舎を復元した東京理科大近代科学資料館を見学。ここには江戸時代の和算家、関孝和の和算書や算木、そろばんから現代のコンピュータまで計算機の歴史が展示され、数学が江戸時代から世界的なレベルに達していたことが如実に分かる。
宮城道雄記念館、お札と切手の博物館と歩き、靖国神社遊就館で休憩。
靖国神社は明治2年、東京招魂社として創建。幕末から第2次世界大戦までの間、国を守るために亡くなった約246万柱の英霊を祀っている。遊就館には遺書や遺品、「ゼロ戦」など戦争に関する資料などが展示されていた。
つづいてイギリス大使館通り、日本カメラ博物館、外濠公園遊歩道を歩いた。外濠公園は、江戸城の外濠である牛込濠、新見付濠、市ヶ谷濠に沿って、JR飯田橋駅から市ヶ谷駅、四ッ谷駅まで約2キロにわたる公園で、春は桜の名所として知られ賑わうが、今日の寒空では、ウォーキング仲間以外は殆ど見当たらず春景色には程遠かった。
市ヶ谷駅で解散した。
2月27日(土)午前10時=約11㌔=
◎第608回B「坂のまち、麻布界隈から東京タワーへ!」。
2月27日(土)9時、南北線麻布十番駅に集合したのは28人。コースは麻布十番商店街、仙台坂、有栖川宮記念公園、天現寺橋、プラチナストリート、八芳園、明治学園、清正公前、魚藍坂下、泉岳寺、札の辻、慶応大学、東京タワー、飯倉と回遊して麻布十番駅に戻る約11㌔。雨中のウォーキングは、景色を満喫するわけにも行かず、意外に苦しい。
2月27日(土)午前10時=約12㌔=
池袋駅メトロポリタン口受付→池袋西口公園(ふくろう)・集合→御嶽神社(ふくろう)→谷端川緑道→旧江戸川乱歩邸(外観)→西池袋公園→元池袋史跡公園(みみずく)(休憩)→サンシャインシティ→大塚台公園→天祖神社→雑司が谷→豊島みみずく資料館→鬼子母神→目白駅解散
◎第608回A[ふくろうとみみずくの街、池袋を歩く]
池袋駅でぐるぐる回って記憶にあるエスカレーターを上り、やっとメトロポリタン口に着いて受付。ようやく集合場所の池袋西口公園に到着した。入口に獅子か人間か分らない狛犬が迎えてくれた。傘を差して会報を配り、明日下見はしないことを連絡、体操は省略して雨の中、20人が出発する。まだ来ない人を10分過ぎまで待って私も後を追う。
西口公園前を右折。池袋二丁目交差点から、ごみ焼却場のエントツが雲に突っこんでいるのを見あげる。案内係に導かれファミリーマートを左折、駐車場の向うの白いこぶしの花を眺め、また案内係の誘導で左折、御嶽神社に脇からお参りする。お神輿蔵、並んだ赤い鳥居、ふくろうの親子を眺め、表の鳥居をくぐる。表の道は長い空地が続き、どうやら道路になるようだ。高速道路手前、御嶽橋を左折、谷端川緑道に入る。煉瓦の遊歩道には梅、ボケの花が咲き、つつじの植込みが続く。要町通りに出て左折、祥雲寺でかわいいふくろうに挨拶して光文社の前を右折、「借地借家相談室」って何だろうと考えながら、整った並木道を歩く。立教大学に気をとられ旧江戸川乱歩邸には気が付かなかった。「蔦の絡ま~るチャペルで・・・」と口ずさみながら、立教の正門や建物を眺め、西池袋公園に入る。冷たい雨の降る水溜りに5羽の鳩が浸かって行水していた。思わずこちらが寒くなって身震いしてしまった。
元池袋史跡公園のみみずく達を横目に、メトロポリタン口の横を下りて、山手線、埼京線、西武池袋線の下の長い地下道をくぐり地上へ出る。地下道を見下ろすと「冠水注意」の看板があった。大雨の時こんなところで車が水没したんだ・・・と思った。
南池袋1の信号を渡り、東口五差路から有楽町線の上を進む。サンシャインシティへ向かう新しい道路へ左折、ちょっと近道して造幣局に沿い坂を下って都電を渡る。雑司が谷霊園を掠め、また都電を渡って東(あずま)通りを進む。サンシャインに向かう計画中の道路用地に古びた蔵が残っていたのが寂しげだった。南池袋小学校で「豊島みみずく資料館」が公開中だったので見学する。みみずくの耳は羽角と言って耳じゃないんだって。
東通りで案内人に指示されて曲った道は、鬼子母神へ行くのに何回か通ったことがある法明寺の裏道だった。門の中の石塔の上の字、山に8が2個入っているのが読めない。幽頸なのかな・・・。
表に抜けて雑司が谷鬼子母神に着く。薄暗くて鬼子母神の鬼に角が無いかどうか確認できなかった。2羽のみみずくのベンチと3羽の子ふくろうが居た。
明治通へ出て千登勢橋下で渡り、上の目白通に上がる。学習院大のしっとりした佇まいを眺め、目白駅に到着、解散する。雨は降っていたが、びちょびちょにはならずに歩けた。でも雨の日はメランコリーになってしまうな。
2月20日(土)午前10時=約9㌔=
上野駅入谷改札口受付→不忍池弁天堂(集合)→根津神社→団子坂→円乗寺→新坂→菊坂→東大赤門前→壱岐坂上→傘谷坂→湯島天満宮(休憩)→無縁坂→下町風俗資料館→アメヤ横丁→上野駅解散
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ボートが繋がれた不忍池には色んな鳥達がのんびり休んでいた。
◎第607回[上野周辺坂巡りウォーキングと湯島天神梅祭り]
=約11㌔=
2月20日(土)、JR山手線の上野駅少し手前で停止信号が出たとかで停車、集合時間午前10時に遅れそうで走りたくなる。入谷改札口を出て受付、ブラスバンドの演奏を気にしながら上野公園へ向かう。「時忘れじの塔」を見て、何の時だろうなどと考えながら、京都にそっくりの「清水観音堂」を抜けて不忍池へ降りる。
弁天堂脇には既にみんなが集まっていて、先行した会長が慌てて会報を配っていた。47人が集合、27日「東京まちあるき」の当選葉書8枚を受け取り、JR池袋に参加する人が20人ほどあることを確認し、体操は省略して青空の下、弁天堂の回廊をくぐって出発する。
不忍池の半分は一面茶色の蓮に覆われ、ボートが繋がれた池は色んな鳥達がのんびり休んでいた。積み木のようなホテルは無くなり、高層ビルが2本建築中だった。北側の池は水上動物園専用で網の中だった。
不忍通りを大勢のウォーカーが北上し追越禁止状態なので、根津1丁目を過ぎて裏道を歩いたが、曲り遅れて不忍通に出てしまった。また流れに乗って根津神社にお参りする。神社の手前に日本医科大学大学院が出来ていた。団子坂、円乗寺、新坂、菊坂、東大赤門前、壱岐坂上、傘谷坂、湯島天満宮は省略。
赤い大鳥居をくぐり、白梅を楽しみ、池の鯉と亀さん達を眺め、お手洗いに寄って、お化け階段へUターンした。階段は広く明るくきれいになって、何だかつまらない。古い雰囲気の異人坂を下り弥生坂(言問通)へ出て信号を渡ると「弥生式土器発掘ゆかりの地」の石碑が建っていた。暗闇坂へ曲り、東大弥生門を過ぎると弥生美術館、4階建ての煉瓦造りでしっとりした雰囲気。いい感じの木立を透かして屋根の尖塔が見えた。鹿野氏邸の築地塀にはさしえ画家高畠華宵の記念碑が飾られ、竹久夢二記念館に続き、暗闇坂は大正ロマンを感じる坂だった。
東大入口の門のそばに、忍ヶ岡(上野台地)と向ヶ岡(本郷台地)の境であることに由来した「境稲荷神社」と義経が奥州に向かう途中弁慶が見つけた「弁慶鏡ヶ井戸」の石碑が建っていた。
無縁坂からコースに戻り、不忍池の水上音楽堂に着き、またまた下町風俗資料館、アメヤ横丁も省略して、勝手に解散し、1時間に1本しかないバスにうまく乗れて帰宅した。 [KM記]
(第106回実施分利用)
2月13日(土)午前10時=約10㌔=
明治神宮一の鳥居前(千代田線明治神宮前駅3番出口徒歩2分)集合→代々木公園(体操)→公園一周→NHKスタジオパーク→めがね博物館→スイス大使館公邸→鍋島松涛公園→日本近代文学館(休憩)→駒場東大駅前→セントラル病院→神泉駅→道玄坂交番→渋谷駅ハチ公前解散
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寒々とした冬の代々木公園
◎第606回[明治神宮から駒場](第106回実施分利用)=約10㌔=
2月13日(土)玄関を出ると何か空から落ちてくる。雨でもなく、雪でもないよう。天気予報で夕方から雨と言っていたが、早まったのかもしれない。とに角、集合場所へ向かう。9時半、明治神宮駅の2番出口そばのエレベーターで神宮橋へ出る。すでに二人来ていた。雨の降らない場所はないかと一の鳥居辺りを歩いてみたが、屋根のあるところはない。幸い、このくらいの雨では、こんもり茂った木の下は濡れないようだ。鳥居脇の立て札の辺りに集まることにする。屯していると何か言われるか、と心配しつつ。
10時、明治神宮一の鳥居前に52人が集合、会長の挨拶のあと体操は省略して傘を差して出発する。A班、MNさん、B班、KYさん、MNさん、C班、FIさん代理HIさんの先導で歩き始める。代々木公園原宿門への通路は整備工事中で、門の際から代々木公園一周に入る。薄暗く肌寒い空の下、カラスが目立つ園内は、学生や視覚障害者とペアで走っている人達がマラソンに励んでいた。池の噴水が淋しそうに佇んでいたが、歩いている我々は、ほっかほっかしていた。
バラ園から歩道橋に上る。左右の柱に赤と青の大きな絵があったが前からあったのかな? 歩道橋の下の道路に警察の車がずらーっと並んでいたが何の警備だろうか? NHKの前にはバンクーバー冬季オリンピックの中継を見せるらしい巨大テレビ画面があった。CCレモンホール、勤労福祉会館前を過ぎ右へ入る。氷の文字のそばに鉢植えが置いてあるなと思ったら、急に動き出しびっくりした。葉っぱを着た人間だった。シネマライズ前を左に下ると、派手な狭い路地。文化村通に出て道玄坂2丁目信号を渡る。めがね博物館は分らなかった。松涛郵便局前を右折、スイス大使館公邸は不明。観世能楽堂に突き当たり左折。戸栗美術館、鍋島松涛公園を横目に見て 山手通りを右折、駒場東大に沿って上原2丁目を左折する。
瀟洒な邸宅に見とれながら駒場通りを進み、右に入ると駒場公園に到着。日本近代文学館、和館、旧前田公爵邸を眺め、芝生広場で休憩。A班も休憩していた。
ぬかるみに気をつけながら紅梅を愛で、南門へ出る。駒場東大前駅を過ぎ、京王井の頭線路沿いの柵の中を進む。初めて通る道だ。東大教養部の正門前から安田講堂のような建物の時計塔が見えた。立派な歩道橋(駒場東大前駅東口)で線路南側へ渡り、梅園が見えて踏切を渡り線路を右に見て進む。線路際に建つ細い三角形の家から線路を離れ、くねくねと進み、松涛2丁目で山手通りを渡る。神泉町、円山町の表の道を一路ハチ公目指して進み、渋谷駅前の雑踏に揉まれ、ハチ公前に到着、サァッと解散した。雪とも雨ともいえない水が暗い空から落ちていたが、傘を差したり閉じたりして、ぐっしょり濡れることも無く、快適に歩けた。いよいよ春の到来だ。 [KM 記]
(第105回利用)
2月6日(土)午後1時 =約10㌔=
都庁広場(新宿駅徒歩5分)集合→新国立劇場→初台駅→玉川上水緑道→代田橋駅→井の頭通り→神泉橋→和泉熊野神社→弁天橋→方南橋→栄橋→中野富士見町駅解散
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大幅にコースを省略した会長、中野坂上に出る途中、成願寺に立ち寄り、惚けた味の仏像に出会った。
◎第605回【幡ヶ谷・玉川上水追跡・神田川】
(第105回利用)
丸の内線西新宿駅から地下道でほぼ徒歩5分歩き、都庁広場に到着。地下空間から真っ青な空に都庁のコンクリートブロックが聳え立つのを仰ぎ見る。日陰だった広場が瞬く間に明るい日光に包まれ、陽だまりに55人が集合。2月27日はA、Bのコースにする等の連絡をしてMNさんリードで体操して出発する。
A班はSTさん、B班C班をMIさんとTT&Tで先導し、半円形の広場をぐるっと回って、排気ガスたっぷりの地下道へ出る。十二社通りを左折、角筈を右折して山手通に出る。高速道路に沿って初台を過ぎ、玉川上水旧水路緑道へ入る。まだ茶色の景色だが、梅の花やジンチョウゲの蕾が春の到来を告げていた。
暖かい陽射しのなか、緑道を辿って笹塚駅を過ぎ、環七をくぐって向岸地蔵尊に挨拶、玉川上水緑道を離れる。代田橋駅を過ぎ、井ノ頭通へ出る。和田堀給水場の日陰にはまだ先日の雪が残っていて、すっかり雪のなくなった江東区と世田谷区では随分気候が違う。甲州街道を渡り玉川上水公園に到着、A班も休憩していた。
じっとしていると、汗がひいて寒くなってきたので早々に歩き始める。今度は神田川に沿って下る。和泉熊野神社は金網の向うの細い道にあり、覗けなかった。神泉橋、宮前橋、番屋橋、一本橋、和泉橋と下り、大きな鯉の群れや鴨たちを眺める。工事中の弁天橋を渡って住宅街をコチョコチョと抜け、クリスマスツリー壁画の塀を眺め、神田川に戻る。対岸に深い川の流れに下りる階段が出来ていた。方南第一橋を渡り、環七通りを方南橋信号で渡って川沿いを進む。向田橋、神田橋、栄橋、和田見橋で善福寺川と合流し、丸の内線中野富士見町駅に到着、解散する。久しぶりに全コース完歩し、10キロよりも長かったように感じた。[KM]
1月30日(土)午前10時=約11㌔=
つばき公園(東武伊勢崎線堀切駅徒歩6分)集合→多聞寺・毘沙門天→白髭神社・寿老神→向島百花園・福禄寿→長命寺・弁財天→弘福寺・布袋尊→三囲神社・恵比寿・大黒天→隅田公園(休憩)→スカイツリー見学→錦糸公園解散
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牛島神社の撫牛。子育て撫牛といわれ、赤い涎掛けが印象的。
◎第604 回[隅田川七福神めぐり](第104 回実施分利用)
今日は出来るだけ交通費を安くしようと考え、都バス1日券500円を購入。枝川2丁目から業10業平橋駅前行きに乗車、終点で墨38東京都リハビリテーション行きのバス停を探す。路線沿いに探すうち、次の向島3丁目まで1駅歩いてしまい、1時間に2本しかないバスの時間まで、目の前に聳え立つスカイツリーを観察、3本のクレーンがパイプを吊り上げていく姿をお尻をムズムズさせながら見上げた。3角形の土台から伸びて現在約280メートルの円形になったとか。何故かねじれて傾いているように見える。向島3丁目から再度乗車、墨田2丁目で下車、鐘ヶ淵陸橋交差点を渡って、七福神めぐりの案内に従って進むとつばき公園へ到着。 既に4,5人が来ていた。東武伊勢崎線の堀切駅から来るより近かったかもしれない。
下見担当のMKさん、YIさんが堀切駅前、YTさん、KAさんが多聞寺の曲り角に立って皆を案内してくれ、怪しかった空模様もすっかりよくなって、つばき公園に55人が集合した。打合せと体操を済ませ、休憩場所の向島百花園を目指して出発する。
公園を出て多聞寺を遠望し左折、細い路地を右折して墨堤通に出て東白鬚公園に入る。隅田川の堤防代わりに建設された都営住宅もすっかり落ち着いた雰囲気になっていた。梅若橋を渡り、七番纏のモニュメントを過ぎ、隅田川神社で白梅の香りを楽しみ、園内の道を南下すると正面にスカイツリーが見えてきた。白鬚橋東詰交差点を渡り墨堤通を南下、白髭神社にお参りする。表に抜けて向島百花園へ到着、殆どが入園しカリン、梅、ボケなど眺め春の気配を楽しむ。
細い路地を進んで墨堤通に出るとウォーカーで一杯だった。これは「東武健康ハイキング」の一行。しばらくはその流れに沿って命寺・弘福寺と巡ったが、あまりの混雑に耐えられなくてわき道へ抜ける。検番通を進み三囲神社へ参ると、狛犬の横にライオンがいたが、三越池袋店から去年の10月に移築されたものとか。テレビカメラが来ていてCHさん達を撮影していた。翌朝、TBSでその模様が放映され、色めきたって眺めた。
A班はここからコース通りスカイツリーの根元まで行ってから牛島神社に戻った。B班は隅田公園からスカイツリーの遠景を眺め、牛島神社で解散した。牛島神社の撫牛、よく見ると角が丸く、頭の上に玉が載っている。[KM記]
(第103回実施分利用)
1月23日(土)午前10時=約8㌔=
池上五公園(東急池上線池上駅徒歩3分)集合→曹禅寺・布袋尊→微妙庵・毘沙門天→馬頭観音堂・大黒天→厳定院・弁財天→本門寺(休憩)→本成院・福禄寿→妙見堂・寿老神→養源寺・恵比寿→西馬込駅解散
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本門寺に上る階段は急だが、池上会館からエレベーターでも上がれる。
◎第603回[池上七福神めぐり](第103回実施分利用)
=約8㌔=
1月23日、蒲田から東急池上線に乗り池上駅で下車。踏切を渡って改札を出る。駅前がすっきり広くなり駐車スペースが出来ていた。若めやおばさま系おっさん系とか色んなグループが寄り集まっては本門寺の方へ歩いていった。いつもの先着組と一緒にだべっていると、ぞろぞろと10人あまりの仲間が降りて来てそのまま通り過ぎていった。慌てて声を掛け、SKさんに会報を半分預けて集合場所へ先行してもらう。
会長が来たので一緒に池上五公園へ移動する。
49人が集合、班毎に12周年記念特集号と20、21年分下見交通費補助を配布。HWさんのリードで体操して、A班MOさん、B班TY.EY夫妻、C班STさんの先導で、池上七福神めぐりに出発する。
会長は休憩場所へ直行するとのことなので右と左に分かれる。
東急線の踏切を渡り遅れ、あせって曲がると、向うの通りをGNPの旗と団体がサァーッと通り過ぎていった。早く曲って最初の七福神をとばしてしまったのでコースを戻る。
曹禅寺には小さなお堂の中に木彫りの布袋尊が楽しそうに笑っておられた。またまた急いで皆を追い、東急池上線を渡り左折。商店街を進み右折、微妙庵(毘沙門天)を覗き、第2京浜に出てすぐ右、六郷用水物語の標識が立つ遊歩道に入る。石段を上がった古い民家の庭の馬頭観音堂(大黒天)から他のグループが大勢降りて戻ってきた。我々はお参りしてそのまま直進、呑川を渡って厳定院へ。祠の中の可愛らしい弁財天を拝んで、大坊前から工事中の宝塔を見ながら階段を上がり本門寺へ参る。境内では節分会の準備が始められいて人は少なかった。五重塔を仰ぎ、池上会館の屋上からエレベーターで1階に降り休憩。正面の石段を仰ぎ、本成院(福禄寿)を覗き、呑川を下る。妙見堂(寿老神)は見損なったようだ。
養源寺(恵比寿)の10月桜を愛で、赤ちゃんを抱いたお地蔵様を眺め、貴船坂をふうふう登る。坂上をまっすぐ進めば西馬込駅に出るが、長い跨線橋を通ってみたかったので左折する。「道とめ木橋」と書いて「どゝめきばし」と読む橋から広々とした線路と都営の車両が望め、階段を下りて第2京浜に出た。少し歩くと西馬込駅に到着、数人の仲間に会って解散した。ガラス越しに楽しげに食事中の仲間の顔も見えた。 [KM 記]
1月16日(土)午前10時=約12㌔=
北野駅集合→北野天満神社→梅胴寺→打越弁財天→北野台中央公園→大塚山公園→絹の道資料館(休憩)→小泉家屋敷→小山内裏公園→多摩境駅解散
◎第602回B[八王子市郊外の冬と公園と小泉家屋敷を歩く]
=約12.5㌔=
1月16日(土)午前10時、京王線北野駅に集合(5名)。連絡事項(下見予定表)の伝達後、すぐにスタートする。空は抜けるような青さ、だが空気はひんやりと冷たい。寒波が来ているのもうなずける。富士のお山もくっきり見えた。六本杉公園内の小径は霜柱が立ち、池は凍っている。さすがに八王子は、我々の本拠地、江東区内よりもかなり寒そう。
梅洞寺、打越弁財天と起伏のある道を進み、いしばしいり緑地でひと休憩。北野台の住宅街を通り、鑓水峠入口の急階段を登り、絹の道に入る。一昨年11月に歩んだと同じ道をたどり、絹の道資料館に寄る。数十人のウォーカーが縁台、縁石、館内にとあふれている。ずっと歩いたので、ひと休みするのにもってこいの場所なのであろう。
茅葺きの小泉家屋敷に立ち寄り、鑓水公園を通り小山内裏公園に入る。太田切池を見下ろすデッキで小休止。全面が氷に覆われている中に枯れた木が林立する風景を眺めながら、ここは寒い! と実感する。公園内には「どんどん焼き」の柱(書き初め、門松の炊きあげ用)が立てられ、明日が実施日のようだ。三千~四千人が参集する盛大な火の祭典との事。高台となっている公園を下ると多摩境駅が見えてきた。
駅で参加賞を受け取り帰宅の途に着く。時計を見ると13時半、とても疲れた一日だった。[TC 記]
1月16日(土)午前10時=約12㌔=
JR与野本町駅集合→一山神社・恵比寿神→上町氷川神社・福禄寿→天祖神社・寿老神→円乗院・大黒天(休憩)→円福寺・布袋尊→鈴谷大堂・毘沙門天→弘法尊院(二度栗山観音)・弁財天→与野本町駅解散
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◎第602回A[新春初歩き!与野七福神めぐり]
1月16日(土)午前10時=約8㌔=
浮間舟渡より先の埼京線に乗ったのは初めてで、車窓から荒川を見下ろし、真っ青な空に雪をかぶった富士山の姿を眺め、何故だか嬉しくなる。与野本町駅のホームからも望めた。
東口に出てJRの受付をする。コース方向の反対側に屯して35人が集合。会報を配り、今日は2コースに分かれていること、今後の下見予定を書いているので各グループで相談してほしいと伝えて、体操は省略して各自、自由歩行で出発する。日本全国で雪に悩まされているのに、関東地方は乾いた空っ風。冷たいけれどありがたいと言わなくちゃ。西口のほうへ出るガードをくぐるとき地図を見ようとして、歩道の段差でひっくり返ってしまった。カッコワルーッ!
与野本町小に沿って右折し、左折。本町通に出て一山神社の細長い参道を進み、同じ参道を戻って本町通に出る。結構交通量が多い道なのに、向うからもウォーカーの列が続く。GNPの先行組に手を振ってすれ違ったが、上町氷川神社まで続いた。このJRのコース設定は、地域の迷惑だし、危険だし、面白くないからよくないと思う。上町氷川神社の扇の要のような赤い鳥居をくぐりお参りする。
さっきと同じ危険な道は通りたくないので、出世稲荷を覗いたついでに細道に入る。大きな道に出てジャスコの前を通り、東電を左折、南下する。途中に石屋さんがあり、墓石、観音像、ふくろう、飛行機、女の子、猫などが並べてあり、ちょっと眺める。高速道路に突き当たる前を左折して与野高校をぐるりと回り、与野公園に入る。与野七福神の色々の幟がはためく天祖神社に参り、裏の池を回ってすり鉢山を仰ぎ、本町通に出る。右折するとすぐに円乗院の赤い多宝塔があり、中に入ると丸い玉のなで大日如来、にこやかな大黒さまがあった。本殿の欄間の龍の隣に、周囲に馴染まない白とグレイの猫の姿が見えたが、どんな謂れがあるのだろう。千代桜、親子亀の手水鉢、地蔵立像、六地蔵、大提灯と盛だくさんのお寺だ。
住宅街を抜けて、高速道路をバックにベージュの塀が続き、円福寺の屋根が見えた。お腹の出た布袋尊、箒を手にしたおそうじ小僧を眺め、すぐ左折。大きな道を行くと右手に彩の国さいたま芸術劇場の建物が続く。与野西中を右に曲り、天神社を覗き、次は鈴谷大堂。毘沙門天とは多聞(一切を漏らさず聞く事が出来る大智者)といわれるインドの神なんだそう。埼京線をくぐって川を渡り、信号を右折。ここでも対岸をウォーカーが逆に歩いていた。信号を左折し、案内に従って左折すると、二度栗山の案内標識。石段で高台に上がると弁天様が琵琶を弾いておられた。「四国八十八カ所霊場巡り」では巡礼塔、石仏を周り、1周ごとに1回、阿波、土佐、伊予、讃岐と4回鐘を突くと四国霊場を巡拝したのと同じ功徳が得られるのだそうだ。でも弘法尊院がどの建物を指すのか分らなかった。下って左折し、中央通を北上する。与野中央公園に紅白の梅が咲いていた。梅にしては随分高い木だったが、ひょっとして四季桜だった?
信号を左折して鴻沼川沿いを歩き、与野本町駅へ到着、そのまま解散した。久しぶりにちゃんと歩いたせいか、何か疲れた。[KM 記]
平成22年1月9日(土)午前10時=約7㌔=
深川公園集合→清澄公園→清洲橋→萬年橋→新大橋→浜町公園→日本橋七福神→水天宮→茅場町→八丁堀→八重洲通→咲くら京橋店・ランチ(総会)
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[永代橋から眺めた佃島の高層建物群]
◎第601回[深川発、咲くらで昼食会(総会)]
平成22年1月9日(土)午前10時、改装中の深川公園に集合したのは、57人。打合せは、総会で行うこととし、MNさんの体操を実施した後、直ちにスタート。コースは、清澄公園、清洲橋、萬年橋、新大橋、浜町公園、日本橋七福神、水天宮、茅場町、八丁堀、八重洲通、咲くら京橋店となっているが、短縮組は永代橋を渡り、直進するコースをたどった。もっとも、途中、門前仲町1丁目にある旧東京市深川食堂に立ち寄った。東京大空襲での全焼を免れ、幾度かの名称変更を経て、昨年から深川東京モダン館となった。
咲くら京橋店に到着したのは、11時30分。若干、店舗前で屯した後、A班の到着を待って入店。TCさんの司会で総会を開催。
無事、退院できたTM会長の挨拶があった後、皆勤賞、精勤章の授与、会計報告、本年度の事業運営などの検討、予算案の承認が行われ、総会は無事終了。
昼食会に移った。
昼食会の席上で会費の納入も行われ、和気藹々のうちに終了。
HWさんの音頭のもとに、全員で一本締め。本年度の発展と幸運を祈り、散会。三々五々、家路に向かう。
12月26日(土)午前10時=約7㌔=
小松橋区民館集合→猿江恩賜公園→堅川親水公園→旧中川→亀戸中央公園(休憩)→亀戸天神解散
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[猿江恩賜公園で平成21年最後の体操をするGNP一行]
◎第600回[600回記念納会] =約7㌔=
12月26日(土)扇橋二丁目の小松橋区民館に午前10時に集合(集まったメンバーは56人)。GNPの例会600回を記念して、年度区切りの納会を実施。発足以来12年間(年50回×12年)続けてきたことになる。TM会長が突然18日深夜入院(29日退院)で、会長不在の中で行われた。
内容はまず、会費値上げ。これは、下見補助が20年、21年と2年にわたって出来なかったことと、今後は確実に補助するため、年間9,000円とすることとした。続いて来年の例会実施の基本は第3年度(平成12年)の実施分とし、その他、JR等を適宜加えること。その他、総会(昼食会)の運営等について検討を行い、会員の同意を得て納会は終了した。
その後、区民館近くの公園で今年最後の締めの体操をMNさんのリードで実施。“全員の集合写真”を近くの猿江神社で、神社の本殿をバックに写真を撮る。
いよいよ今年最後のウォーキングのスタート。四つ目通りを横切りスーパー・ライフを横目に見ながら左折し、細い道路に入る。猿江恩賜公園南園より入園し、落ち葉の厚く積った日本庭園の小径を歩く。公園内の小さな池には十数羽の鳥たちが羽を休めている。カルガモ、オナガガモ、もう一種見慣れないカモ、なぜだか1羽だけゆりかもめが混じっている。小さなかえで橋を渡り、ティアラこうとうの裏手を通って横十間川沿いの歩道を歩く。木村橋の下を潜り抜けて、猿江恩賜公園の北川地区に入る。公園内の桜の葉っぱはすっかり散ってしまい、傍らの水路は落ち葉のせせらぎにと変わっている。
公園を出て右折し、清水橋を渡り、堅川河川敷公園に入る。公園は土・砂利が所々に積み上げられ、公園整備の真っ盛り。
河川敷跡の公園なので両側がコンクリート護岸になっている。そのコンクリート壁に大きな絵が描かれ、小学校の名前も書かれている。数十カ所に描かれ、動物・魚・風景・抽象的な物等いろいろ。「堅川護岸ギャラリー」のプレートが貼り付けてあり、江東区の表示がある。絵の鑑賞をしながら歩いているうちに旧中川にぶち当たる。
逆井橋下を通って旧中川沿いを北上する。北風が川面をなでながら吹き付けてくる。ふれあい橋の先で土手を上がり、亀戸中央公園に入る。公園名物のサザンカが一面に咲き誇り寒空の公園に彩りを添えている。公園の東屋で休憩する。
公園を出て亀戸水神駅横の踏切を通り、亀戸水神社を右折し、蔵前通りを横切って香取神社に向かう。本殿横の「恵比寿様・大黒様の水掛像」に前の甕より神水を掛けて祈願し、ついでに残った神水を自分の手に掛けたところ暖かい。井戸より汲み上げた水なので、この寒空でも暖かく感じる水となっているのだろう。
神社を出て、4~500m歩いて亀戸天神社に到着。結婚式が行われているようで正装の男女を見かける。きれいな和服のお嬢さんもいた。名物の亀は3~4匹が池の岩の上で甲羅干しをしているのみで、姿は殆ど見えない。池の底で冬眠をしているようだ。年内納めのお参りをする。新年の総会での再会を約し解散した。 [TC 記]
12月19日(土)午前10時=約12㌔=
つつじヶ丘駅(南口)集合→野川緑地公園→龍泉寺→弁財天の池→狛江市古民家園(休憩)→兜塚古墳→伊豆見神社→多摩川サイクリングロード→飛田給駅解散
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i二階建ての鐘楼がある雲松山泉龍寺
◎第599回 [晩秋に誘われて多摩川と古民家を訪ねる]
12月19日(土)武蔵野の京王線つつじヶ丘駅に集まる。受付を済ませ、駅舎の外で全員の集合を待つ。(集まったメンバーは44人)「あれ! 今日は会長夫妻、来ていないな! 何かあったのかなあ」等々話しながらも、暖かい日射しの中で配布された会報を読み、雑談しながらスタートを待つ。
10時過ぎ、コース途中にある近くの神社に向けてまずスタートする。道路際に小さな神社があり、高い木々が茂り日射しは殆ど地面に届いていない。HKさんから説明があり、「会長が体調不良で昨晩突然入院することになり、今は集中治療室に入っている。2~3週間は入院する事になる」との話。その後、MNさんのリードの体操で体をほぐして出発する。
八反田児童遊園の暖かい日だまりで元気よく遊んでいる子供達を眺めながら神代団地横を右折し、野川橋で野川を渡る。この辺り一帯は住宅地、畑地で高い建物はなく、殆ど影になることのない日射しの中を歩く。風は冷たく、ほおをなぶりながら吹いていく。手は少々冷たく感じたが、顔は温かい日射しと相まってとても気持ちが良い。快適なウォーキング日和だ!
レストラン「華屋与兵衛」の角で左折し、前原公園を通る。やや大きな公園で、いろんな種類の遊具があり、子供達が歓声を上げながら遊んでいる。公園の原っぱの真ん中にポツンと一本大きな木が立っている。思わずTVでよく聞く日立のCMソング「この木なんの木」のイメージを浮かべてしまい楽しくなってしまった。
直進して野川緑地公園に入る。幅2~3 m位の遊歩道だがその両側に低い木が植栽されており、名札も付けられている。木々の林が幅 数メートル位になったり、十数メートル位になったりし、延々と続いている。地元の人の話に寄れば、この野川緑地は元の野川の本流で暴れ川として知られ、頻繁に氾濫・洪水を繰り返していた。途中より支流を作り野川の本流をそちらに移したとの事(現在の野川)。今は、この緑地公園の地下に下水道が通され、隣の世田谷区よりもずっと早くこの狛江市の下水道が完備したとの事。
少々広くなっている箇所で土が盛り上がっている。霜柱だ! 早速、足で地面をこすると3~4cmの霜柱がキラキラ光って表れる。傍を通った親子連れも足を止めてしゃがみ込み、珍しげに触っていた。この一両日の寒波襲来で霜柱が出来始めている。
小田急線の手前で右折し緑地公園から離れ、狛江駅前を通り弁財天の池を抜けて泉龍寺に入る。「雲松山泉龍寺」は曹洞宗のお寺で、奈良時代に良弁僧正が開いたとされている。如何にも禅宗のお寺というような静かな佇まいを見せている。山門から本堂までの参道の真ん中に「2階建ての鐘楼」があり、その下を潜って本堂にお参りするというちょっと変わったお寺。
泉龍寺を出て、古民家園に寄る(江戸時代後期の村方医師であった荒井家の住居、平成4年に解体した物をその後復元)。兜塚古墳(5~6世紀)の横を通り、伊豆見神社に入る。この神社も歴史が古く、889年に六所官として鎮祭したと言う。長~い参道を往復してお参りし、多摩川に向かう。
300 m程歩くと多摩川の土手に出た。相変わらず風は冷たいが、日射しが強い為すがすがしく気持ち良く感じる。川の遙か向こうに富士山がくっきり見え、昨日の遭難事故が嘘のようにおごそかな姿を見せていた(冬は人を寄せ付けない霊峰か!)。多摩川の堤防のサイクリング道路を1km程歩いてから土手を降り、桜堤通りに沿って歩く。
日活撮影所の前を通り、調布高校前、京王相模原線のガード下を通る。稲荷橋の信号を右折し、鶴川街道に出る。鶴川街道信号で左折し、旧品川道を進む。所々にある畑の野菜を見て歩いているうちに目的の飛田給駅に到着する。スタンプを押して貰い、参加のお土産を貰って帰途につく。 [TC記]
12月12日(土)午前10時=約7㌔=
大宮駅(中央改札正面)受付集合→氷川神社→NACK5スタジアム大宮(外観)→大宮公園→盆栽村(休憩)→鉄道博物館(見学)→大宮駅解散
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「秋を浴び悠々泳ぐ命かな」 太仁 大宮公園ボート池にて
◎第598回[鉄道のまちを歩こう!in大宮]
12月12日(土)午前10時、大宮駅中央改札正面の受付横に集合したのは、37人。簡単な打合せを済ませ、体操は省略して直ちに出発した。2キロはあるといわれる氷川参道は、ケヤキ、スダジイ、エノキ、クス等多種類の樹種で並木が形成されている。
2000年以上の歴史を持つ氷川神社を参詣したあと、収容人員15,000人を誇るNACK5スタジアム大宮の周りを巡り大宮公園に入る。
この公園は日比谷公園を設計した本多静六博士が手がけたもので、規模が大きい。
ボート池に映る紅葉は秋の終焉を伝えていた。
東武野田線を越えると盆栽村だった。漫画会館があり、盆栽町会館、盆栽四季の家と続き、 ここで休憩した。大宮はわが国屈指の盆栽郷として知られ、四季折々の樹影が楽しめ、来春3月には大宮盆栽美術館がオープン予定。
宇都宮線の踏切を越え、西進、高崎線のガード下をくぐり、鉄道博物館駅構内に入る。駅舎そのものが鉄道博物館になり、今年の10月「夢の超特急0系新幹線」の公開が始まったばかりだ。中に入るのは躊躇して構内に展示してあった車輪やD51のレプリカの見学で満足してニューシャトルに乗車する。東北・上越新幹線に併走して動くシャトルカーの車輪はタイヤ。東京のゆりかもめと同じで音が静かで可愛い。大宮駅で下車。
そのまま解散して駅前でお昼を食べた。=約7㌔=
12月5日(土)午前10時=約7㌔=
大塚駅受付集合→巣鴨教会→東福寺→とげぬき地蔵→本妙寺→妙行寺→猿田彦大神→明治女学校跡→大塚台公園(休憩)→造幣局東京博物館→護国寺→大塚公園→天祖神社→大塚駅解散
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とげ抜き地蔵で有名な巣鴨高岩寺だが、黄金色の銀杏も素晴らしい。
◎第597回[都電を歩こう23(32系統)][都電沿線の風景を楽しむ=約9㌔=]
12月5日(土)、今朝は真っ青な空に帯のように白い雲が中天を横切り、何だか胸騒ぎがする。
メトロの新大塚駅を下車してJRの大塚駅に向かって歩いているはずが、都電の向原に着いてしまってびっくり。勘違いして春日通を来たようだ。三角形の二辺を来てがっくりしたが、都電沿いに薔薇や銀杏を見ながら大塚駅南口へ到着、JR駅からハイキングの受付をする。
駅前は工事中で通路も広いので、脇の方に47人が集合、19日の京王土休券を配り、「600回記念納会」の件、1月9日「新年昼食会」の件、本日からの古石場文化センター「区民映画コレクション展」1月8日からの「江東シネマフェスティバル」、1月30日の「エンカペラG」の公演、などの打合せを済ませ、大塚台公園を休憩場所として出発する。
JRに沿って都電を渡り、駅前を右折してプラタナス通を南下。黄色のウィンドブレーカーのお兄さんに誘導されて左折すると白い巣鴨教会があった。そのまま進み巣鴨小を左へ回ると東福寺の石段にぶつかる。左へ回り何だか懐かしい住宅街を進むと、休憩したことのある江戸橋に出た。見覚えのある十文字学園を過ぎ、右に曲ると2階に幟が並んだお寺のような建物。門を入ると江戸六地蔵の立て札がありそこは真性寺だった。何か違うと感じたのは、江戸六地蔵尊は京都で修理中で不在、身代わりの小振りの地蔵様が留守番されていたからだった。表に抜けて、いつも混雑している巣鴨地蔵通商店街へ出る。黄金色の銀杏の高岩寺は洗い観音への行列であふれていた。
白山通りを渡り、中央卸売市場豊島市場を回り、徳栄山本妙寺へ。真っ赤な鐘楼を眺め、これまた懐かしい感じの朝日通商店街を進み、都電を渡って妙行寺へ。魚河岸供養塔、うなぎ供養塔があった。
中山道に出て都電を渡り、猿田彦大神で真っ赤な法被に帽子のお猿さんに挨拶して庚申塚にお参りし、また都電を渡って、明治30年に麹町から移転し同41年閉校の「明治女学校之址」を確認し、銀杏の古木に誘われて大日堂を覘く。
都電巣鴨新田駅へ出て右折、空蝉橋で山手線を跨ぎ、大塚台公園へ到着。すでに休憩を済ませて出発する仲間に会った。C58機関車を見学して再び歩き始めると、予報通り雨が降り始めた。
朝、間違って通った向原電停を過ぎ、路地を進むと造幣局東京博物館へ着き、見学する。目の保養をして門の前の路地を下り、都電を渡って左折すると坂下通りに出た。赤煉瓦の蔵や坂道を覗きながら進むうち、何だか興味をそそられる道があったので入り込むと、坂の奥に真っ赤な色が見えた。そこは玉砂利に紅葉が降る吹上稲荷神社だった。通り抜けて坂下通りへ戻り、不忍通を左折。護国寺には寄らず、大塚3を左折して北上。大塚公園に着くと急に疲れを感じて新大塚で脱落、メトロで帰宅した。あとで都電ものしり博物館を見ればよかったなと反省。コース完遂組は天祖神社を回って大塚駅へ戻り解散した。 [KM記]
◎第596回[帝都東京タイムスリップウォーク]
11月28日(土)午前10時=約12㌔=
神田駅受付集合→常盤橋→三菱一号館→東京国立近代美術館工芸館(休憩)→常燈明台→ニコライ堂→万世橋駅跡→神田駅西口商店街解散
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天に向かって増殖していく造形は、文明の創造や再生を暗示している。
◎第596回[都電を歩こう22(40系統)][帝都東京タイムスリップウォーク](JR駅からハイキングNo.01915)
11月28日9時半、神田駅南口を出て受付を探す。びゅうプラザ前で受付。地図を貰い、駅前を避けてコース通りに歩き、鎌倉橋に集合として出発する。
12月19日の京王土休券の申込など打合せをして、体操は省略、鎌倉橋交差点に戻ってコース通りに行くグループ、浜松町へ向かうグループ、北の丸公園へ直行するグループとそれぞれ歩き始める。
竜閑橋を過ぎJRをくぐり、常盤橋から路上住宅先の黄色いイチョウを覗き、一石橋を渡り、呉服橋を右折。永代通りのガードをくぐり左折、東京駅丸の内側を回り南口信号を渡る。中央郵便局が改築中のため道路が塀で塞がれ、曲る道が解らず、TOKIAの前に出た。目の前は東京国際フォーラム。ふっと右側を見ると、彼方に皇居前広場が見えた。そして高層ビルの谷間の植え込みの向うに、赤レンガの古風な建造物があった。これが「三菱一号館」だろう。入口のそばで説明してくれる人がいて、中に入れるとのこと。古めかしい石段で中に入ると右手の部屋には木製の小ぶりの窓口が並んでいた。左手は展示なのかお店なのか棚が迷路のように並ぶ部屋。駒場の前田公爵邸の雰囲気そっくりだった。中庭は高層ビルの反射で光が満ちる緑一杯の庭園で、屋外美術館にもなっているそうだ。たくさんの人達がそぞろ歩き、ビルの隙間は洒落たヨーロッパの街角の感じだった。
しっとりしたケヤキ並木の丸の内仲通を歩き、東京駅正面、日本工業倶楽部屋上の工夫と織女の像を仰ぎ、永代通で右折、工事中のみずほ銀行を曲り丸の内線の上を北上。左手に朱色の筒たちが磁石でくっつけられたような巨大な物体があったが、アレクサンダー・リーバーマンの「イリアッド・ジャパン」という作品で大地から生えた柱を軸に天に向かって増殖していく造形とのこと。
鎌倉橋で左折し、高速道路に沿って神田橋、錦橋、一ツ橋、如水会館、共立女子大と進み宝橋を渡る。と、巨大なガラス張りの千代田区役所の脇に出た。右手に九段会館、左にお壕が見える。目白通りを渡って清水門から北の丸公園に入る。
石垣が清水濠の水面に映り、ビル群と紅葉とで絵になる景色だ。清水門をくぐり、鍵の手に曲り、幅の広い石組みの段々を登り、吉田茂像を見上げ、北の丸公園の赤、黄、茶、緑、白と秋の光に輝く紅葉の中を歩く。
東京国立近代美術館工芸館の庭に凸面鏡の集合体が立っていて、トンボの眼に周りの景色が映っているようで面白かった。休憩もせず代官町通を進み、高速道路が地下に潜るのを見て千鳥ヶ淵公園に入る。
若い集団がしゃべりながらぞろぞろ繋がってダラダラ歩いているのにイライラして、千鳥ヶ淵に気を向ける。水面すれすれまで紅葉が下りていてこれまた一幅の絵になっていた。植え込みもしっかり根付き、桜の古木と馴染んでいた。
靖国通りへ右折し常燈明台を見て、九段坂を下り、昭和館、俎橋、神田古書街を通り、ニコライ堂、万世橋駅跡は省略して、須田町から神田駅へ直行。ゴールの西口商店街で絵葉書とバッチを貰って解散した。
◎番外 [荘村清志ギター・リサイタル]
11月27日(金)午後6時半、ティアラこうとう入口に21人が集合し、7時から荘村清志さんのソロリサイタルを鑑賞。ギターなのにチェンバロのような音色を不思議な感覚で聞いた。大ホールで、マイクは使わず、見事な指の動きと優しい音に堪能した。
スペイン北部の曲に続き、聞き覚えのある早春賦、虹の彼方に、禁じられた遊び、と、2時間の生演奏を満喫した。
◎第595回[南を回って、東京探訪!]
11月21日(土)午前9時=約9㌔=
日比谷公園にれのき広場集合→汐留シオサイト→竹芝桟橋→増上寺→芝公園(休憩)→東京タワー→愛宕神社→国会議事堂→日比谷公園にれのき広場解散
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芝公園では、真っ青な空に真っ赤な東京タワーが聳え立っていた。
◎第595回[南を回って、東京探訪!] =約9㌔=
11月21日午前8時30分、少々肌寒い日比谷公園にれのき広場には、既に行列が出来ていた。パスモのピンク色のウィンドブレーカーの人たちが忙しそうに、ウォーカー達を4列に並べたり、テントの準備などに動き回っていた。
9時に葉書を持った列が動き始め、受付が進む。GNPは薔薇園の近くに集合して、ギターリサイタルの希望をとり、打合せをして南茂さんの体操をして出発する。
西幸門前に出て、図書館、公会堂を望み、内幸町信号を右折、日比谷通りを西新橋で左折して外堀通を進む。この辺から先頭グループは行列の多さに辟易してそのまま直進。汐留シオサイト、竹芝桟橋、旧芝離宮恩賜公園を省略して芝公園に向かう。一方、正当組はJRをくぐって第1京浜をちょっと歩き、汐留シオサイトを回って海岸通に出る。竹林を過ぎ芝商高を入り竹芝桟橋でUターン、旧芝離宮恩賜庭園の前に集合場所にもってこいの児童公園があるのを見て、そのまままっすぐ増上寺へ突き当たる。
芝公園へ入り、真っ青な空に真っ赤な東京タワーが聳え立つのを見ながら休憩。ここからも先頭組は芝丸山古墳に上り、桜田通を直進、国会議事堂から日比谷公園に入る。一方、正当組は芝生の広場を抜けて弁天様の池に下り、タワー下の紅葉谷を抜け、愛宕通を北上。愛宕神社を見上げ、西新橋1を左折。元文部省に放送大学の募集垂れ幕が下がっているのを見て、外務省に沿って左折、国会議事堂のてっぺんをみて和式庭園に入る。
秋景色を楽しみ、警視庁、法務省を眺め、日比谷公園へ戻る。管理事務所前に日比谷公園の木の実が展示してあり、しばらく勉強する。出発時と違う明るい穏やか木漏れ日の林の中を、ゴールのにれのき広場に到着、パスモカードにスタンプをもらい、バッチとエコパックカイロをいただき解散した。
11月14日(土)午前10時=約7㌔=
新橋駅烏森口受付集合→日比谷公園→法務省→国会前庭南地区(和式庭園)→国会議事堂→国会前庭北地区(洋式庭園)(休憩)→衆議院憲政記念館→最高裁判所→豊川稲荷→高橋是清翁記念公園→乃木神社→ミッドタウン・ガーデン→赤坂サカス→山王日枝神社→新橋駅解散
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日比谷公園はすっかり秋景色。紅葉色に染まった園内は美しい。
◎第594回[都電を歩こう20(22系統]
11月14日(土)午前10時、新橋駅烏森口受付のはずが、雨天のため、びゅうプラザ前に変更され、おかげさまで新橋駅構内を一周して集合。参加者ゲストを含め48人。簡単な打合せを済ませた後、体操は省略して雨の中をスタート。雨は大したことはなかったが、風が出てきて傘がひっくり返ったり悪条件の中で、当初から有志で計画していた地下道ウォークに変更。日比谷公園から地下に潜った。
地下の気温は適度に快適、その上、どういうわけか微風が漂い気持がいい。ただし、当然のことながら周りの景色は見ることが出来ず、殺風景な壁だけだが、その壁にいろんな花が描かれていた。壁を見ると必ずといっていいほどスプレーで落書きをする輩がいるようだが、何かちゃんとしたものが描かれているとその上にスプレーをかけることはないようだ。薔薇かなとか、この花何の花? とかいいながら日比谷駅、二重橋前駅、とたどり、大手町駅で喫茶店が見つかり、入店。わいわい世間話や政治話に夢中になっている間に昼を迎え、東京駅日本橋口のスパゲティ屋さんに入り昼食。有志一同1万歩足らずのウォーキングになってしまった。
一方、コースどおりたどったウォーカーはオバマ大統領来日の警戒で警官がどこからでも瞠っている中を法務省、国会前庭南地区(和式庭園)、国会議事堂、国会前庭北地区(洋式庭園)、衆議院憲政記念館、最高裁判所、豊川稲荷、高橋是清翁記念公園、乃木神社、ミッドタウン・ガーデン、赤坂サカス、山王日枝神社と盛りだくさんのコースを歩き、スタートの新橋駅に戻り、解散した。=約7㌔=
11月7日(土)午前10時=約9㌔=
都営新宿線船堀駅南口集合→船堀公園(体操)→荒川→江戸川競艇場→善照寺→小松川境川親水公園→西蓮寺→くらさぎ通→銀杏並木→一之江境川親水公園→三島橋→さくら公園(休憩)→宮元橋→陣屋橋→陣屋橋通→一之江古川通→古川親水公園→妙勝寺→江戸川→瑞穂大橋→今井橋→瑞江大橋→一之江駅解散
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二之江さくら公園の並木はすっかり紅葉になっている。
◎第593回[都電を歩こう19(26系統)]
11月7日、思ったより早く船堀駅に着いてしまったので、タワーホールを見上げて駅周辺を見物し、体操場所の船堀公園を探しに行く。金網のグランドの横に遊具のある公園があるのを確認して、集合場所の船堀駅南口に戻る。
10時、48人が南口に集合して、次回JR新橋駅の別コースとして銀座周辺のアンテナショップを巡りながら都電1系統を辿るのはどうだろう、などの打合せをして出発。
新宿線のガードをくぐり、ゴルフ練習場のネットを見上げ、団地を右折、トイレの奥にある船堀公園の遊具のそばで体操、立冬を過ぎ並木も色付いて、晩秋の澄んだ空気の中を歩き始める。
船堀橋の下を抜け、堤防の下の道を行くと白い建物の江戸川競艇場が見えてきた。青と白のツートーンの建物を見ながら中を抜け、表門を出る。玄関の両側に白と黒の埴輪の兵士が構えていたが、どちらも下を見据えている。何故なんだろう。
細道を入り、善照寺を回り小松川境川親水公園にはいる。先行組はもう視界に入らない。小さな滝らしいのを見つけて親水公園を離れ、地図を頼りに進む。児童公園を二つ、突き当たって右に曲ると先行の姿がチラッと見えてほっとする。
源法寺の電柱を左折、船堀街道の角にコンビニがありコースよし。昔都電が走っていた今井街道(くらさぎ通)へ出て右へ進む。銀杏並木通入口を右折、南下する。二又の左側、植え込みのある細い方の道へ進み、堀建工業を左折すると一之江境川親水公園に辿り着いた。地誌によると江戸川区の金魚養殖は、江東区辺りから移ってきたものが多いそうで、戦時中は食糧増産のため真鯉の稚魚を生産していたそうだ。
流れに沿って遊歩道や植物、銅像などが配置され、快適な「健康の道」となっている。新大橋通りを越え、二之江さくら公園の藤棚辺りで休憩する。汗はかいたが、直ぐに治まる。ケヤキやさくらの葉は黄色に色付き、ピラカンサスは真っ赤な実をたわわに付けて、ウォーキングの季節を謳歌した。
休憩した後、陣屋橋で左折、陣屋橋通から古川親水公園に入る。環七通を越え、有名な長屋門を眺めながら新中川沿道を通り、ゴールの一之江駅前に到着。ここて解散した。
10月31日(土)午前10時=約13㌔=
京王相模原線京王よみうりランド駅集合→多摩川→二ヶ領用水→東生田緑地→東高根森林公園(休憩)→電車とバスの博物館→→東急田園都市線宮崎台駅解散
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東生田緑地への144段の階段を上る。
◎第592回[自然と歴史を訪ねて歩こう] =約13㌔=
10月31日(土)午前10時、京王よみうりランド駅に到着、南口の受付でカードを出して地図をもらう。コースどおり線路に沿って西へ行った所で皆を待つ。会長から電話があり、乗り越したので遅れるとのこと。とりあえず会報を配りながら待つ。
5分ほど遅れて45人が集合。12月5日のJR申し込みが30日開始なので忘れないで申し込むように伝え、体操は省略し、東高根森林公園を休憩場所として、それぞれ出発する。私は遅れてくる仲間を待って出発。京王のガードをくぐって右折、多摩川に向かって歩く。矢野口橋を渡り榎戸交差点を右折、川崎街道を過ぎて南武線をくぐり、多摩川に出ると、6連の白くて長い多摩川原水道橋が伸びていた。アカシア通を渡り土手へ下りて水道橋の下をくぐり、多摩川の稲田堤を下流へ向かう。
来るとき、京王相模原線からウォーカー達が見えたが、その鉄橋の下をくぐり、矢野口排水樋管の出口、対岸へ続く黄色の桁、野球少年たち、白鷺たち、一人でいくつもの釣竿を立てている人などを見ながら、土手いっぱいに大勢のウォーカーが延々と連なる。4つの塔が繋がった堰が二ヶ領用水の出口で、布田橋をくぐって多摩川を離れる。
400年前に小泉次大夫が作ったという二ヶ領用水の護岸は親水緑道が続き、南武線踏切を越え、中野島橋を過ぎて右折、土渕から川崎街道へ出る。枡形1丁目を右折、くにゃっと階段と坂を登る。リレーウォークの赤矢印に導かれて、東生田緑地への144段の階段を上る。日向山の森は程よく手入れされ、柔らかな光に包まれた広場は心地よいが、息が切れてものも言えない。
やっとこさ、呼吸が落ち着いてきたので、再出発、坂を下る。根岸稲荷神社の赤い幟が並び左を登ると神社の社があったが省略。陸橋を渡り、降りて小田急線沿いを左に進む。猛烈に疲れが来たので、松本橋からコースをはずれ、向ヶ丘遊園から帰路に着くことにした。[KM記]
実際のコースは、樹齢150年といわれる東高根のシラカシ林、弥生時代の集落跡といわれる東高根遺跡、それに湿生植物園もある東高根森林公園で休憩した。その後、本日に限り無料となっている電車とバスの博物館で楽しみ、東急田園都市線宮崎台駅で解散した。
10月24日(土)午前10時=約8㌔=
東北本線赤羽駅北改札口受付→駐輪場前歩道集合→赤羽八幡神社→赤羽台公園→諏訪神社前→浮間橋→荒川土手→浮間公園(休憩)→舟渡→志村橋→板橋区洋弓場→志村坂下→志村3丁目→薬師の泉解散(都営三田線志村坂上駅徒歩2分)
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浮間公園のオランダ風の風車
◎第591回[赤羽八幡から浮間公園散策]
10月24日(土)午前10時、東北本線赤羽駅北改札口で受付を済ませたのは、45人。当初、駐輪場前歩道に集合としていたが、少々分かりにくい場所だったので、そのまま受付前に集合した。赤羽駅の変貌は素晴らしく、かつての素朴さは影を潜め、明るくなっている。打合せを簡単に済ませ、体操は省略し、JRコースをそのまま歩く3人を除いて独自のコースをたどることにする。
東口側からスタート。JRの高架下にしたがって宝幢院前で左折。ガードをくぐって右折、赤羽八幡神社に向かう坂道は省略して左折、赤羽台公園に入る。ここまでは順調だったが、右折して赤羽桜並木通が見つからず、いつの間にか赤羽緑道公園を辿っていた。なかなか素晴らしい公園で気持よく歩いていたが、どうも南下している感じ。とにかく西に向かうべきだということで、右折したが、とうとう到着したのは体育館通。何が何だか分からなくなり、歩行者に諏訪神社の場所を聞くと、右に曲がって左に下りて右に行くと……、との説明。とにかく小豆沢公園前で右折、正面に東京メガシティーが現れ、地図上の拠点が見つかる。
ここから新河岸川沿道に出て北上、浮間橋を渡り、やっと本来のコースに戻る。ここから先の荒川土手は省略し、「人と緑と太陽の道」という格好いい名称の道を歩き、浮間公園に到着。すでに休憩していた面々と合流、オランダ風の風車を眺めながらやっと落ち着く。水辺に狂い咲きしたアヤメに驚く。
帰り道でもコースを間違え、一本手前で左折、志村橋を渡る予定が、平成橋を渡り、17号線手前の細い並木道を辿り、志村坂下、志村3丁目を通り、薬師の泉庭園に到着した。
ここは、志村三泉(薬師、見次、出井)の一つといわれ、徳川吉宗が「清水薬師」と名付けたところからという。今でも清泉が湧き出ており、こじんまりした庭園だが、癒される思い。紫式部やホトトギスなどの可憐な花が印象に残った。8キロの予定だったが約12キロ歩いた。ここで解散し、志村坂上駅にそれぞれ向かった。
10月17日(土)午前10時=約10㌔=
久我山駅(久我山中央緑地)集合→兵庫橋公園→玉川上水→禅林寺(森鴎外・太宰治の墓)→諏訪神社→深大寺(休憩)→武蔵野の路→調布駅解散
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深大寺に到着。釈迦堂、池の鴨や鯉を眺めた。
◎第590回[玉川上水緑道と武蔵野に秋を探しに]
10月17日(土)大勢のウォーカーに混じって久我山の駅を出て、神田川沿いに久我山中央緑地へ到着。もう暑くはなく、さわやかな風が吹き、広葉樹が色付き始め、すっかり秋になった。京王の受付で地図をもらって仲間を探す。もう3人も来ていた。ベンチの一角で店開きし、目印の旗持ち、会報配り、名簿記入、土休券配布と、手分けしてやってもらう。
明日の下見を数人にお願いし、10月31日の土休券を販売し、47人、体操をしてグループごとに出発する。神田川から宮下橋公園に入り、人見街道を越えて玉川上水沿いを歩く。兵庫橋、牟礼橋、宮下橋、井の頭橋と進み、鯉がうようよ泳ぐ新橋を渡って上水を離れ、明星通りを進む。ウォーカーの流れに乗って大通りを左折、狐久保を右折、追い越し禁止状態で細い歩道を行く。禅林寺を過ぎ八幡大神社を左折、連雀中央公園を回って、三鷹通りを南下する。
人見街道、東八道路を越え、諏訪神社を過ぎると金網の中に芝生の公園があり、若い木もあって、ピンクの桜の花が咲いていた。今秋初めての十月桜だ。
小高い芝生の丘があったが、それは調布市総合体育館だそうだ。地下にあるのかな。お椀状なのかな。
「右、神代植物園正門」の石標があり、塀沿いに石畳の歩道が続き、橋をくぐると、間もなく深大寺に到着。釈迦堂、池の鴨や鯉を眺め、門を出る。鬼太郎茶屋がすっきりきれいになっていた。深大寺信号を渡り、坂を上り下る。橋場橋手前を右折し、野川に沿って御塔坂橋を左折、広く美しくなった武蔵境通を南下し、広大な電気通信大学を見ながら下石原交番を左折、甲州街道を進む。調布駅入口信号を右折、ゴールの駅階段を1列に並んで進み、スタンプとマグネットクリップを頂き、解散した。
帰りの電車で、席を譲られてびっくり。そんなに憔悴していたのかな。名実ともに間違いなく老人になっちゃったのだな。 [KM記]
10月10日(土)午前10時=約12㌔=
田園都市線江田駅コンコース受付・集合→鴨池公園→ささぶねのみち→都筑中央公園→横浜市歴史博物館→大塚・歳勝土遺跡公園→都筑民家園(休憩)→大善寺→徳生公園→くさぶえのみち→驚神社→西勝寺→たまプラーザ テラス サウスプラザ・ゴール・解散
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都筑中央公園では市民マラソンが実施され、仮装ランナーとも出会った。
◎第589回[江田~たまプラーザ やさしい緑の薫る街を巡る]
10月10日(土)午前10時、田園都市線江田駅コンコースで受付を済ませ集合したのは47人。台風一過、秋晴れを期待したのだが、実際には雨模様。雨具を持たず戦々恐々の中で、打合せを済ませ、体操は鴨池公園で行うことにして、早速スタート。
鴨池公園の鴨池は濁っていて鴨も泳ぎにくそうだった。ささぶねのみちは都築中央公園と結ぶ道。道沿いにせせらぎが流れ、かつて丘に挟まれた谷すじだったようだ。都筑中央公園は広大で起伏に飛んでいる。ちょうどここで市民マラソンが実施され、仮装ランナーとも出会った。
ここから横浜市歴史博物館に向かうコースだ。北に向かいコースを省略して牛久保西公園に直接向かった怠け者もいた。大半は横浜歴史博物館、大塚・歳勝土遺跡公園、都筑民家園、大善寺、徳生公園、くさぶえのみちとコースどおりに歩いた。
かつては雑木林のしがない丘陵地帯で狸や猪のすみかであったが、今では瀟洒な住宅地域で、ビルの下には小奇麗な店舗が立ち並んでいる。横浜市営地下鉄ブルーラインが通り、交通も至便な地域になっている。
驚神社、西勝寺と続くが、ここからたまプラーザ テラス・サウスプラザまでの坂道がきつい。やっとの思いでゴールにたどり着き、「300cc入るふたつき携帯コップ」を景品にいただき解散した。
起伏の激しいコースだったが、途中の公園はバラエティーに富み、施設や遺跡も十分に整備され、もう一度歩きたいと思える素晴らしいウォーキングコースだった。
10月3日(土)午前10時=約9㌔=
四ッ谷駅受付・集合→聖イグナチオ教会→尾張徳川家中屋敷跡→清水谷公園→紀州徳川家上屋敷跡(グランドプリンスホテル赤坂)→市谷亀岡八幡宮→お札と切手の博物館(休憩)→自證院→消防博物館→須賀神社→西念寺→新宿歴史博物館→四ッ谷駅・解散
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写真は皇居桜田濠の中で作業を実施している珍しい風景。
◎第588回[尾張・紀伊徳川家と四ツ谷駅周辺の歴史散策]
10月3日(土)午前10時、四ッ谷駅で受付を済ませ、駅前に集合したのは、48人。雨が降り始め、急遽、店前の庇に避難しながら打合せ。
コースは、聖イグナチオ教会、尾張徳川家中屋敷跡、清水谷公園、紀州徳川家上屋敷跡(グランドプリンスホテル赤坂)、市谷亀岡八幡宮、お札と切手の博物館、自證院、消防博物館、須賀神社、西念寺、新宿歴史博物館、四ッ谷駅解散となっているが、傘を差して、大勢で歩くのに、嫌気が出てコースを変更、新宿通を皇居に向かうことにした。およそ20人がついてくる。
道が広く、歩道もしっかりしている新宿通は歩き易く、あっという間に半蔵門に着く。半蔵門からは左回りでお濠巡り。まず、桜田濠! 半蔵門から桜田門まで一番皇居周りでは長いお濠だ。そのお濠の中に珍しく人がいる。作業船が出て、土嚢が積み上げられている。どうも石垣の修繕らしい。よく見ると確認できるだけで3ヶ所、作業をしている。
お濠の水は相変わらず、ドロンとしていて今にも悪臭がにおって来そうだ。日本の中心地! この水を呑めるぐらい美しくする技術を発揮してほしいものだ。
日比谷で地下道に入る。東京駅周りの地下道は発展している。日比谷駅、二重橋駅、大手町駅と地下鉄に乗らなくとも地下道を歩いて通れる。その大手町で解散。
一方、コースにしたがって歩いた方たちは、まず聖イグナチオ教会に入り、天井の模様に驚いたようだ。「聖イグナチオ」と聞くと古い時代の方かと思っていたが、15世紀の人。スペイン生れで、日本でも有名なフランシスコ・ザビエルと大学時代の同窓生とのこと。
急に身近な感じがするが、それでも600年近く離れている。
雨の中のウォーク、黙々とコースを歩き、無事終了した。
9月26日(土)午前10時=約13㌔=
西武拝島線東大和市駅受付→東京都薬用植物園集合→小川橋→一宮神社→玉川上水駅→上宿橋→残堀川→昭和記念公園上水口→コスモスの丘(お弁当)→日本庭園→西立川口解散
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見渡す限り全面に咲く素晴らしいコスモスの景観
◎第587回[薬用植物園と昭和記念公園]
9月26日(土)午前10時、西武拝島線東大和市駅で受付を済ませ、東京都薬用植物園入口に集合したのは、42人。打合せを30分遅らせ、その間、薬用植物園の見学に当てた。昭和記念公園の入場料を集めたところ、32人が入場することになり、他の方はそのままリレーウォークに参加したり、玉川上水駅で解散したりすることになった。
小川橋までは自動車道路で面白くもなんともなかったが、ここから玉川上水緑道。水量が多く見えたが、よく見ると底は浅い。こんなところで入水してもなかなかあの世にはいけないね、などの物騒な話をしながら木陰に恵まれた歩きやすい緑道を快適に歩く。橋を見るたびに名前を確認。西中島橋、上水小橋、清願寺橋、先手橋,宮の橋、金比羅橋、見影橋、新家橋と続き、すずかけ橋がやっと見えた。この橋は残堀川に架かる橋で玉川上水の北岸を渡るもの。南岸を渡る橋は、上宿橋となっている。満々とたたえる玉川上水は上を流れ下を流れる残堀川は渇水状態といえるほどちょろちょろとした川の流れ! 何だか引力に反した現象を不思議な思いで眺め、これが江戸時代に造られたと思うと人間の英知、進化しているとは到底思えない。
ここから左折して残堀川沿いに遊歩道を結構歩いて昭和記念公園上水口にたどり着く。しんがりを歩く会計をしばらく待って団体入園券を購入。入園した。ところが高低差のある場内の地図は平面となっているため、目指すコスモスの丘に行くのに迷う。とにかく西に向かえばとこもれびの丘を優雅に歩くがいつの間にか日本庭園の南側に出る。本来は北側を歩く予定がこもれびの里に出てしまい、今度は北上、やっとコスモスの丘にたどり着いた。
見渡す限り全面に咲くコスモスの景観は素晴らしい。未だ7分咲きと見られるが、ピンク、白、 黄色、青と色とりどりのコスモスが我々を迎えてくれた。丘の頂上近くで弁当を開き、全面に広がるコスモスを眺めながらの食事は平和そのもの。こんな贅沢をしていいのかと秋晴れの好天の中で思いを新たにした。
ここで現地解散。それぞれ、公園の雰囲気を満喫しながら西立川駅に向かうが、途中、似た人に会い、怪訝な気持になるが、やはり当人。コスモスに彩られると皆さん10歳は若返るようで別人に見えるから不思議だった。
9月19日(土)午前10時=約12㌔=
聖蹟桜ヶ丘駅(西口)集合→関戸橋→府中多摩川かぜのみち→是政橋→円照寺→東方公園(休憩)→三沢川→京王よみうりランド駅解散
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府中多摩川かぜのみちでは真っ赤な彼岸花が咲き誇っていた。
◎第586回[多摩川の梨畑と果樹園の田園を歩く]
9月19日京王線聖蹟桜ヶ丘駅西口を出ると大勢のウォーカーで賑わっていた。受付で地図をもらって皆を探す。皆は駅前の隅っこで屯していた。10月10日東急土休券の申し込みをして、本日の出席者は48人、午前10時、次回はお弁当持参などを打合せ、体操は省略してコースどおり各自出発する。
川崎街道を左折、ピンク色の京王の案内矢印二従って左折、ろくせぶ公園を通り抜け、大河原公園に入って左折。巨大な関戸橋を渡ってその下をくぐり、多摩川対岸の府中多摩川かぜのみちへ出る。
土手には真っ赤な彼岸花や黄色や白い花が咲き、爽快な秋の風が吹き渡っていた。
土手を下りて多摩郵便局信号を渡り、多摩南町公園に入り緑道を進む。左折して福祉センター前を右折、下河原緑道を進む。重そうに垂れ下がった稲穂の波がネットの下で揺らいでいた。府中郷土の森博物館に沿って右折し、いこいの森公園に入る。ここでトイレ休憩。会長は枯れかけた蓮池の鴨達を眺めながら持ち込んだ梨10切れを10人に分配。つかの間の秋を味わったそうだ。
電車が並ぶ交通遊園を見て二ヶ村緑道を進む。
進行方向右前方に大きな青っぽいゲートが見えてきたが、それが是政橋だった。この橋を渡って地図B面に進む。川の中州の浅瀬に白鷺が30羽ほど屯してお食事中。下流側の歩道はまだ工事中で通れない。
府中街道の細い歩道を1列縦隊で歩き、大丸用水を右に曲り、南武線の踏切を渡り、川崎街道の信号を渡って城山公園に入る。会長は九の丸から八の丸まで延々とした上り坂を背中を押されながら歩き、上りきった広場で足を伸ばして休憩。息を整えるのに20分近くかかったそうだ。
この城山公園を省略して城山通りの坂を登って中央図書館へ。延々と登って城山公園信号を左折、向陽台1を左折、くねくね曲って東方公園を過ぎ左に曲って稲城福祉センター入口を左折、市役所の前を渡り、JA東京みなみへ。梨の試食で人だかりになっているのを通り抜け三沢川に沿って進む。馬橋を渡り川の右岸を進む。梨畑、本郷公園を過ぎ西の橋を渡って左岸へ。きれいに整備された花壇のある三沢川親水公園、勢いよく伸びた朝顔に3階のベランダまで覆われた家を眺めて、矢野口橋を渡り、新田橋を右に入るとゴールの京王よみうりランド駅が見えた。
受付でスタンプとメンソールウエット爽快テイオーをいただき解散した。はじめから皆に遅れ休憩もしないで歩いたが、歩数は19,928歩。しっかり歩きは14,106歩だった。そのまま乗車して新宿で食事して帰宅。 [KM記]
9月12日(土)午前10時=約12㌔=
奥沢1丁目公園・集合(自由が丘駅徒歩5分)→九品仏川緑道→ねこじゃらし公園→等々力5丁目→深沢公園→中の橋→呑川本流緑道→呑川駒沢支流緑道→駒沢オリンピック公園(休憩)→自由通り→駒沢大学駅・解散
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五重塔の宝輪のような「オリンピック記念塔」と屋内競技場
◎第585回【九品仏川・呑川・駒沢支流追跡】
9月12日(土)午前10時(第135回参照)=約7㌔=
自由が丘駅に着くと結構ひどい雨。地図に書いていた集合場所の奥沢1丁目公園という名は間違いで、本当は奥沢2丁目公園だった。
集合場所に着いていたISさんに電話して、皆さん駅南口へ戻ってもらう。駅舎の庇の下に集まって西武土休券の配布、邪魔になるのでガード下で打合せをしてザザ降りの中へ出発する。
雨に煙る九品仏川緑道へ出ると、YIさんから電話が入り北口にいるそう。直接休憩場所の駒沢オリンピック公園へ行くよう話しながら駅へ戻るとKTさんと会って、もう皆には追いつけないので近道の自由通りを歩くことにする。[先発隊も大井町線との交点で豪雨に出会い建物の中で雨宿り! 15分ぐらい待ってコースを端より学園通を北上、呑川本流緑道に突き当たり右折した]
呑川本流緑道へ右折し、すぐ呑川駒沢支流緑道を入る。しっぽり雨に濡れた緑道は物思いに浸るのに似合う。自由通りを渡り、昔の都立大学は駒沢ハウスという落ち着いたアパート群になっていた。
駒沢オリンピック公園の手前「やくも街かど公園」で後から来るであろう皆を待つことにする。会長に電話しようとしたら、今来た道の彼方に傘を差した見慣れた一群が見え、ずんずん近づいてきた。たいした差がなくやってきた皆、さすがはGNP!と感心する。にぎやかに合流して広い公園へぞろぞろと入る。
「ここは深沢公園?」と聞かれて不審に思ったところ、ねこじゃらし公園、等々力5丁目、深沢公園、中の橋は省略したそうな。
屋内競技場の脇から入ると先方に、五重塔の宝輪のような「オリンピック記念塔」が望めた。駒沢通を陸橋で越え、雨が当たらない陸上競技場出入り口で休憩。
階段で地面に下り、秋色の林を抜けて、学生たちが運動している姿を眺めながら、色んな植物が植えられた脇を通り、駒沢1丁目公園から自由通りへ出て、駒沢ガーデンハウスを過ぎ、玉川通を右折すると、田園都市線駒沢大学駅に到着、そのまま解散した。今日は1万歩にならなかった。雨降りだから仕方ないか……。 [KM記]
9月5日(土)午前10時(第84回参照)
公団金町駅前団地広場(JR金町駅北口徒歩2分)集合→葛西神社→江戸川堤防→東金町5丁目→水産試験場跡(オニバス見学)→花菖蒲園→水元大橋→伝五郎の松(昼食、第1次解散)→メタセコイアの森→水生植物園→水元かわせみの里→大場川閘門橋→自由広場→冒険広場→香取神社→南蔵院(しばられ地蔵)→東水元公園→金町駅解散=約13㌔=
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花壇で彩られた水元公園のメーンロード。
◎第584回【水元公園巡り】
9月5日(土)午前10時、金町駅北口を出ると、東急の先に100円ショップなど出来て随分きれいになっており、前回集合した”みだりにたむろしてはいけない「公団金町駅前団地広場」”は緑にあふれ、秋ぐちの蚊もいっぱい集まってきた。集合した45人、早々に打合せを済ませ、体操もしないで葛西神社へ向かう。
葛西神社境内に露店が出ていたのでそのまま通り抜け、日当たりのよい江戸川堤防の上を歩く。都立水元公園釣仙郷入口から桜並木に下り、東金町5丁目から水元公園に入る。ごんぱち池のアサザ、オニバスは見損なったが、今日は行楽日和の真っ只中。小合溜対岸のみさと公園(埼玉県)も人がいっぱいだった。ゆったりした小合溜に沿って水元大橋を渡り、反り返る裸婦像を眺め「涼亭」の前で若干が留まり、大半は水元公園一周へ向かう。
メタセコイアの森、芝生広場から続く石畳の記念広場を過ぎ、草刈作業中の人と話した後、けもの道を抜けてバードサンクチュアリを覗く。水は相当濁っていた。アシ、マコモ、ハスなどが茂る水生植物園を眺め、小合溜に沿って延々と歩く。
かわせみの里が見えたと思ったら、そのそばに黄色の旗を先頭にした一群が見えた。わがGNPの元気組は一気に近づき、口々に「食事中のかわせみを見た!」と大喜びで自慢する。私も急いだが、残念ながら既に遅く、三脚を構えた二人の人間と、彫刻のようなアオサギがゆったり周りを見回していただけだった。
裏に回り、明治43年建造、レンガ造りアーチ橋の大場川閘門橋に着く。歩行者と自転車専用となっている橋を脇から覗くと、閘門の堰板を必死で差し込んでいる二人のブロンズ像があった。ひなびた閘門橋と平行する葛三橋は車がひっきりなしに通る。
江戸時代、この辺りは古利根川(現在の中川)、小合川(現在の大場川、小合溜)が入り込んだ複雑な地形で古利根川の氾濫地域であり、古利根川と小合川の逆流を防ぎ、水田の水源確保のため、さらに岩槻街道の流通路として閘門と橋が造られたとのこと。
水元公園に戻り、大場川から落ちる滝を眺め、かわせみの里に降りて揚水工事完成の碑を眺め、さっきのアオサギを確認すると同じ場所にいた。繋がれているのかなと考えながら通り抜け、ポプラ並木に沿って戻る。広場でバーベキューを楽しむ大勢の人の中を通り、広大な芝生広場を流れるせせらぎを見て、そのきれいな流れが水路にいくと水面がレンガ色に変っているのを覗く。小合溜に沿っていくと再び涼亭。既に皆は持参したお弁当で食事中だった。
帰途は伝五郎の松をもう一度見学し、外溜に沿ってさくら堤下の細道を進み、途中放し飼いの可愛い雄鶏を眺め、白い板橋を渡って堤に上り、下って南蔵院へ。荒縄で縛られたしばられ地蔵尊を拝み、解き縄入れを覗き込んで、時折吹く涼風に癒されながら、日差しの中を集合場所の公団金町駅前団地へ戻り、金町駅で解散した。歩数は2万歩を越えていた。[KM記]
[伝五郎秘話]
よく氾濫を繰り返していた小合川のほとりに堰作りの名人伝五郎が居たが、小合川の自然を愛し、頑として堰を作ることに反対していた。地元の庄屋は説得に当たり完成の暁には自分の娘を嫁に出すと約束した。ところがその娘は伝五郎の兄太一郎と恋仲にあり、その挟間に立って完成した小合溜に身を投じてしまった。嘆き悲しんだ伝五郎はその場所の松の畔でたたずんだまま、朽ち果てた。兄太一郎は不憫な弟の気持を思いやり、その松を「伝五郎の松」と名付けたという。
(インターネットで調べても水元公園管理事務所に尋ねても由来が判明しないため、勝手にGNPで創作した秘話です)
8月29日(土)午後4時=約7㌔=
田町駅前(JR田町駅南口徒歩1分)集合→芝浦工大跡地→芝浦ふ頭→旧芝離宮恩賜庭園→汐留シオサイト(休憩)→新橋→日比谷公園→和田倉噴水公園解散
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夕闇迫る和田倉噴水公園の雄大な噴水。
◎第583回[夕涼み都電を歩こう17(2系統)]
まだまだ暑さが残る中、田町駅芝浦口は海江田万里候補の選挙演説の真最中。すっかり様変わりした田町駅東口(芝浦口)2階のデッキに集合したのは初参加者を含めて45人。会長が寄り道して購入した東急土休券のセットと配布。今回で夕涼みウォークが終わり、来週から朝10時集合になること、本日参加したKTさんの紹介をして出発する。
エスカレーターを下り、新芝橋、豊洲に移転した芝浦工大の跡地を過ぎ、渚橋を渡ると芝浦アイランド。運河にテラスがあり高層住宅が立ち並び、別世界が広がっていた。
体操をするためプラタナス公園へ入ろうとすると、また海江田組に会い、応援を送ったり、握手したりと大騒ぎしたが、翌日の衆議院選挙で見事当選! 民主党大勝の一幕を見届けた。ようやく体操して歩き始める。
高速下をくぐって、交番前を入りオンワード前を進み、ゆりかもめ下の道路の簡易階段を上下して左折。人通りの少ない歩道をゆりかもめに沿って北上する。
芝浦ふ頭駅、バーク芝浦、日の出駅とゆりかもめの高架下を歩き、新浜崎橋を渡る。ここから浜崎橋をとおしての眺めはなかなかのもの。
竹芝駅を過ぎ、芝浦ふ頭公園横の客船ターミナルで休憩。公園には帆船に模したオブジェが空に向かって聳えていた。十分涼んで出発。
四季劇場へ向かう人の群れに逆らって芝商高前を進み右折。アクティ汐留の整備されたイタリア庭園に入り、東京ツインパークスから2階通路に上がり、汐留駅、人でごった返す日本テレビ、汐留シオサイトを眺め、左折して新橋駅の人ごみを抜ける。
JRガードをくぐり、西新橋を右折、日比谷通に出る。台風11号の前兆か、涼しい風が吹き、汗は出るけれど心地よい。日比谷公園を通り抜け、祝田橋から皇居外苑の中を進み、和田倉噴水公園に到着。クールダウン体操をして解散した。
汗で濡れた服が冷たくて風邪を引きそうなので、東京駅のトイレで早々に着替えて帰宅した。
8月22日(土)午後4時=約10㌔=
江戸川公園(江戸川橋駅1a番出口徒歩1分)集合→関口台公園→新大塚公園→教育の森公園→窪町東公園→簸川神社→千石駅→富士前公園→車庫跡公園(休憩)→動坂上→道灌山下→よみせ通→へび道→上野動物園前解散
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江戸川公園入口のスケッチ画
◎第582回[夕涼み都電を歩こう16(20系統)]
8月22日(土)午後4時、江戸川公園に集合したのは、47人。1週休んだせいか、いつもの顔ぶれが新鮮に見える。打合せと体操をして、スタート。
江戸川公園の中心部からジグザグの階段があり、関口台に上る。この坂道が炎天下の中では結構きつい。上ってしまうと今度は下り。日陰を求め高速道路の下を歩き、右折して音羽通を渡り、筑波大付属高とお茶ノ水女子大の間を通り抜け教育の森公園に到着。
木陰の多い散歩道を快い気持で歩き窪町東公園を縦断。簸川神社に向かう。読みにくい名前は「ヒカワ」という。ここから千石駅まで路地を西に向けて突き当たると右か左に曲がりまた西に向けて歩くというジグザグ行進。左側に不忍通というかつての電車道を頼りに無事中山道に着き、渡って直進、本郷通を渡り、左折。旧電車道の不忍通を一寸歩き、右折して車庫跡公園で休憩。
ここは公園の名前からもわかるとおり、以前は都電の神明町の車庫跡。そのため児童の教育の場として、この公園内に都電を置いている。都電6000形一両と、貨物車の乙2号一両が保存され、この6000形は290両が製造され、台数としては一番多い車両とのこと。この公園にはじゃぶじゃぶ池があり、憩いとふれあいの場として近所の子供たちが遊んでいた。
ここから、動坂上、狸坂、道灌山下と歩き、よみせ通に入り、南下。くねくねと曲がりくねったへび道を歩く。へび道は、今は暗渠(地下の水路)になってしまったが、藍染川が流れていた場所。つまり道路のあるところは、元は川だったということ。藍染川は上野の不忍池に注いでいた川。へび道がくねくねしている理由は元が川だからである。
池之端に出て、上野動物園正門前に到着。ここで解散した。=約10㌔=
8月8日(土)午後5時=約7㌔=
新宿御苑新宿門(新宿御苑駅1番出口または新宿3丁目駅C5出口徒歩2分)集合→多武峯神社→左門町→信濃町→権田原→北青山一丁目→赤坂八丁目→東京ミッドタウン(休憩)→飯倉→神谷町→芝公園みなと図書館前解散
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桧町公園では蒲の穂が池の中から見えた。
◎第586回[夕涼み都電を歩こう15(33系統)]
=約9㌔=
8月8日(土)午後5時、新宿御苑新宿門に集合したのは47人。来週のお休みや次回の集合時間は午後4時になることなどの打合せの後、体操をしてスタート。
御苑横に続く緑道は樹木が生い茂り涼しい。快適な気分で四谷4丁目交差点手前の路地に入る。多武峯神社を横目に見ながら外苑東通を渡り、慶應医学部前を通り、中央線と高速道路を跨ぐ跨線橋を渡ると目の前が外苑。
これを半周していちょう並木に出る。冬の黄金色に輝く並木とは一変して濃緑に覆われた並木はまるで日食のように陽を遮り500メートル続く。青山通から外苑東通に入る。複雑な地形になっている乃木坂陸橋を越えると別世界、東京ミッドタウンだ。
かつて、ここは、江戸時代、萩藩毛利家下屋敷だった。明治時代に陸軍駐屯地となり、終戦後には米軍将校の宿舎、日本に返還された後は防衛庁の檜町庁舎として、実に400年あまりの間、一般には閉ざされた土地として使われていた。その場所が再開発によって甦り一般に開放されたのが2年前。今でも当時の樹木や石垣が形を変えて使われている。
桧町公園で休憩。蒲の穂が池の中iに生えていた。ここで兎が出てくると出雲の話になるが、さすがに兎はいなかった。
六本木からそのまま外苑東通を歩き、物々しい警護をしている狸穴のロシヤ大使館を眺めながら飯倉で左折。神谷町で右折。芝公園みなと図書館前に到着。ここで解散した。
8月1日(土)午後5時=約8㌔=
礫川公園(後楽園駅または春日駅5番出口徒歩1分)集合→東京ドーム→飯田橋高層ビル街→西神田→一ツ橋→神田橋公園(休憩)→常盤橋→呉服橋→八重洲→数寄屋橋解散
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ソニービル前に大きな水槽が設置され、ちょっとした水族館。
◎第580回[夕涼み都電を歩こう14(17系統)]=約8㌔=
8月1日(土)午後5時、礫川公園に集合したのは、46人。ところが会報持参人が届かない。とりあえず、MNさんの体操を先に始め、やっと終了した頃、タイミングよく会報到着。早速、個別に配布したところで簡単な打合せ。そそくさと出発した。
まず、東京ドームを半周。イエローボックス(場外馬券発売所)の閉鎖時間に行き合わせたのか、競馬新聞に目を留めながら歩く群衆を掻き分けながら飯田橋に向かう。馬券の買い方も知らない品行方正なGNP一行に「馬券とは!」とちょっとした薀蓄を語りながら小石川橋を渡り、別世界に出る。正面にメトロポリタンエドモンドホテルを眺めながらアイガーデンテラスに入る。ガーデン・エアータワーとか横文字の高層タワーが続き、日本と思えない街並みになり、コンクリート道にもかかわらず、深い並木に囲まれ涼しい道になっている。様変わりした飯田橋高層ビル街を抜け、新川橋から西神田に出る。ここから南下、共立女子大横から左折。美土代町まで直進、ここで右折して神田橋公園で休憩した。
この後は、一種の橋めぐり、鎌倉橋、竜閑橋、新常盤橋、常盤橋、一石橋、呉服橋と続く。神田川に架かる橋のことだが、神田川はよどんでいてどぶくさい臭いがしている。流れのない川の流れを流暢にする方法はないのだろうか。外堀通の正式名称は「東京都道405号外濠環状線」といい、皇居(旧江戸城)外濠に沿った環状の特例都道である。延長12375m、外堀通の起点と終点は東京駅前。その東京駅前を歩き、八重洲通、鍛冶橋通を越え、晴海通を渡った目の前が「数寄屋橋ここにありき」の碑が建つ数寄屋橋で解散した。その向側のソニービル前に大きな水槽が設置され、ちょっとした水族館。大きなエイが泳ぎ、その横で小魚が群れを成して泳いでいる。さまざまな魚が同居している姿は、平和そのもの。いつまでも見飽きない見世物を見ているうちに夜の帳が訪れてきた。
7月25日(土)午後5時=約8㌔=
音無親水公園 (王子駅北口徒歩3分)集合→王子神社→金剛寺(紅葉寺)→八幡神社→西巣鴨→掘割→庚申塚→江戸橋通→江戸橋公園(休憩)→明化小→指ヶ谷小→柳町小→礫川公園解散
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王子神社境内でラジオ体操をするGNP一行
◎第579回[夕涼み都電を歩こう13(35系統)]
7月25日(土)午後5時、音無親水公園 に集合したのは、44人。飛鳥山にケーブルカーがついたということで、試乗したかったが、午後4時までで終電とのこと。打合せは公園で行ったが、体操は王子神社に上り、境内でMNさんの指揮のもと、元気よく行う。
王子神社の境内に「おみくじの神歌」が掲げてあった。その内の大凶の部に興味を持ったので、2,3紹介してみる。
人目には見えねどひとりつつしめよかくりに神の在すと思いて
邪しまの心ますますさかりにて人を羨み世をばかこちて
吉事をば願えど身をば怠りて何つとむべき業を知られず
音無橋をくぐり、石神井川緑道を歩き、金剛寺(紅葉寺)境内に入る。可愛い七福神の石像が印象的。それにまるで緑のくらげが浮かんでいるように見える松の盆栽が不思議だった。
滝野川橋を越え、けやき緑地の先にある小さな階段で石神井川を離れ、八幡神社に向かう。少々寂れている滝野川八幡通商店街を通り、白山通を越え、明治通を少し歩き掘割から旧中仙道に入る。庚申塚から折戸通、江戸橋通を歩く。通りの由来となっている江戸橋を渡り、左折。江戸橋公園で休憩する。
ここからは文京区の小学校めぐりのような様相になり、まず、明化小学校まで直進。突き当たって右折。すぐに左折。この繰り返しで指ヶ谷小学校、柳町小学校と突き当たる。すぐ横を白山通が続いているのだが、そこに入らないようにウォーキングしているようなものだ。小石川3丁目で大通りに出て、こんにゃくえんま前、富坂下と人通りの多い道を歩き礫川公園に到着。ここで解散した。=約10㌔=
7月18日(土)午前17時=約8㌔=
金王八幡宮(渋谷駅徒歩5分)集合→渋谷氷川神社→広尾北公園→笄公園→十番稲荷神社→狸穴公園→芝公園(休憩)→塩釜神社→桜田公園解散
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渋谷とは思えない静寂さをたたえる金王八幡宮。
◎第578回[夕涼み都電を歩こう12(6系統)]
=約8㌔=
朝からむしむし暑い真夏日、今日から恒例の夏バージョン「夕涼みウォーク」である。
毎年のことだが、7月18日(土)午後5時集合ということで、時間割の変更があると午前中の過ごし方が違ってくる。7時前に目が覚めるが、そのままだらだらとテレビを見てしまう。やっとの思いで10時過ぎ、床から離れる。いろんな整理がたまったままだが、手がつかない。
渋谷駅周辺はなかなか覚えられないので、午後3時、用意を始め、3時30分、家を出る。
銀座線終点で下車、明治通を通路で越え、歩道橋を渡り渋谷警察を見て路地に入り、六本木通の一つ裏の道を進むとこんもりした森があり、金王(コンノウ)八幡宮にスムースに4時20分には着いてしまった。まだ早いので目の前にある豊榮稲荷神社を見学する。渋谷周辺にあった色んな神々が合祀されているとのことで、石碑がずらっと並び、赤い鳥居が連なっていた。
金王八幡宮に集合したのは40人。児童公園で明日の下見、8月15日のお休みなどを打合せ、MNさんの体操をして出発。正面の階段を下りて直進、鬱蒼とした森へ突き当たり長い参道を見下ろして、薄暗い氷川神社の森を抜ける。国学院大、東京女学館に面した頻繁にバスが通る道を進み、日赤医療センターへ突き当たり左折。
日赤通をちょっと通り、広尾ガーデンヒルズを横に見て細い堀田坂を下る。くにゃっと曲ると外苑西通り、日赤病院下信号を渡り人出の多い笄(コウガイ)公園で休憩する。笄小学校横の細い坂を上がり、警官が番をしている中国大使館前に出て信号を渡り、狐坂を下る。狸坂を見上げて左折、鳥居坂下の信号を渡る。麻布十番温泉がなくなっていた。
十番稲荷の七福神の石像を覗き左折。信号を渡って狸穴公園を過ぎ、道なりに進むと、麻布タワーへ出る。桜田通を渡り右折、すぐ左に曲り時代劇の料亭のような「とうふ屋うかい」を横目に坂を下ると、東京タワー下信号。弁天池を渡って段々を上がると、目の前に東京タワーが聳える広い芝生の公園に出た。バラの花が残っていた。旧徳大院霊廟総門に下り、しだれ桜の脇で休憩。落日はしたがまだ明るい。若干解散し、半数以上はゴールへ向かう。
増上寺前の信号を渡り、港区役所前の長い緑道を北上、赤レンガ通に出て、塩釜神社を通り抜けると、道の両側に建物が何にもない場所があった。看板を見ると、東京都建設局の環状第2号線の道路トンネル工事が行われており、工区は新橋4丁目から虎ノ門外堀通に抜ける約8ヘクタール。新橋第1工区の工期は20年3月から22年3月までとのこと。こんな街中で大工事が進んでいる。新橋はまだまだ変化していくようだ。
ようやく、ゴールの宵闇迫る桜田公園に到着。体操をして解散した。汗をかいたシャツが冷たくて、コーヒー店で着替えすっきりして帰宅した。
7月11日(土)午前10時=約8㌔=
豊洲公園(ゆりかもめ線豊洲駅徒歩5分)集合→新豊洲→市場前→有明テニスの森→有明→センタープロムナード→潮風公園(ガンダム見学・休憩)→東京ビッグサイト解散
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潮風公園に現れた身長18メートルの巨大ガンダム
◎第577回[豊洲からガンダムを見に行こう]
7月11日(土)午前10時=約8㌔=
豊洲公園に集合したのは、49人。来週からしばらく夕涼みウォークということを伝え、体操をしてスタート。新豊洲、市場前、有明テニスの森、有明とユリカモメの高架下を歩く。歩道は広く、周りは土盛りが出来ているだけで、ほとんど未開発。東京オリンピックが実現した暁には選手村になるという看板が出ていた。
有明を過ぎたところでセンタープロムナードに入る。国際展示場前までは木陰があって意外に涼しいが、途中から工事中の塀が出来て横道にそれる。樹木移植工事のため、9月いっぱいまで歩けないとのこと。パレットタウンを過ぎて右折し、フジテレビ前に出て、左折。潮風公園に向かう。この辺に来ると続々と人出の波。
巨大なガンダムが見えてきた。人波に流されながらぞろぞろと歩くと囲いがあり、その中がガンダムの居場所。まず、お尻から拝見。素材は鉄骨と強化プラスチックで、高さはアニメの設定と同じ18メートルとのこと。この製作はバンダイナムコグループが行ったとのことで、準備は1年ほど前から始まり、両目など50ヶ所から光を放ち、頭部も動き、胸や背中などから排気に見立てた霧も噴出するという。本日は公開初日で1万人ぐらいの人出。頭部が動くシーンだけは見学できたが、他の動きは見学できなかった。見た目では今にも動きそうな雰囲気があったが、実際には立像である=写真=。
ここで第一次解散とし、ゴールの東京ビッグサイトには有志だけで向かった。
7月4日(土)午前10時=約8㌔=
代田橋駅(京王線)集合→玉川上水緑道→笹塚駅→玉川上水第二緑道→初台→参宮橋駅→明治神宮(見学・休憩)→原宿駅→代々木公園一周→原宿駅解散
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初台駅近くの玉川上水緑道を歩くGNP一行
◎第576回A[玉川上水緑道と代々木公園]
7月4日(土)、今にも降りそうな梅雨空の中、大原稲荷神社を見ようと少し早めに代田橋駅に着く。駅北側の鬱蒼とした森に古めで威厳のある社があり、境内を掃除する人と挨拶する。山奥に来たような感じになった。
踏切を渡り、南口を過ぎて玉川上水緑道へ向かう。ゆずり橋の手前にコバルト色の小さな可愛い三輪カーがぽつんと淋しくいた。 暗い空のせいか、緑道は薄暗く、お地蔵さんの表情も読めない。夕闇が垂れ込めているようだ。
TCさんが駅前で案内に立ってくれ、ぞろぞろとみんなが集まってきた。早く来た人に「橋の上流が深山幽谷だよ」と案内する。午前10時、玉川上水緑道に集合したのは、50人。まず、4月から6月までの第2四半期13回の例会に皆勤した13人の会員に記念品(レジャーシート)を差し上げ拍手で称える。会長からシンポジウムの報告、下見の予定などの説明があり、MNさんの体操をして、じっとりと湿気の高いなか、出発する。
この辺の玉川上水は蛇行していたようで、笹塚駅前に接触したかと思うと直角に右折れ、五条橋で左に折れる。
ここから「玉川上水旧水路緑道」と名前が変わり、比較的なだらかな曲線を描く。初台駅の近くに遊具が置いてあり、トイレもあったので、ここで小休止。人工的な水の流れが設置されているのを眺めていると、後続組が大挙してやってきた。後続組は途中で休憩したとのことで、一緒になって山手通を渡り、高速道路をくぐり、右折して参宮橋に向かう。
明治神宮北門から神宮に入り、うっそうとした砂利道を踏みしめる。いつものことだが、神域に入るとどんな暑い日でも涼しく感じられ、身も心も清々しくなるのが不思議だ。本殿にお参りすると、白無垢のお嫁さんと婿どのがいて、外人観光客や若いギャルが取り巻いて喜んでいた。
そのまま南参道を歩き、一の鳥居前にたどり着く。
コースはここから代々木公園一周となっているが、変調を来たしてきた頭の具合を考慮して、中断。元気のいい他の会員を見送る。
代々木公園一周は約3.5キロ。その間を利用して一の鳥居横の茶店に中断したお二人と入り、40分ほどで完歩した連中が戻るまで歓談。いかにも完歩したつもりになって解散した。
日照りもなく、風もあり、歩きやすい天候だったが、やっぱり汗びっしょりになった。
=約8㌔=
6月28日(日)午前10時30分から国立Olympic記念青少年総合センターでシンポジウム「12週間ウォーキング教室の20年」が開催され=写真=、全国から約250人の聴衆が集まった。
内容は次のとおり。
健康センターとしての企画運営 健康センター理事長 秋山 邦彦
参加者の前後の健康診断結果 共立女子大学教授 川久保 清
自主グループの活動状況 GNP代表 村田太一郎
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6月27日(土)午前10時=約8㌔=
鶴見駅集合→トゥイニー・ヨコハマ(見学)→日産自動車横浜工場エンジン博物館(見学)→新子安駅解散
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昔懐かしいダットサンの可愛い姿
◎第575回[京浜臨海部産業観光もの知りウォーク]
6月27日(土)午前10時=約8㌔=
むしむしと暑いJR鶴見駅に集合したのは41人。しばらくは駅舎の庇の下に集まっていたが、バス停脇の木陰に移動、打合せと体操をして、真夏日という暑さの中へ出発する。小田急経堂駅からの私鉄リレーウォークにも2人参加した。
京浜急行を過ぎ、東口中央通のしっかり木陰のある並木道から地下道にもぐって右折。地上に出て第1京浜を行くと少し道幅が狭くなった。国道駅へ左折し暗いトンネル街を出て右折、旧東海道を進む。街道には朝の早い魚屋が点在し、もう店仕舞いにかかっていた。
生麦事件発生現場を眺め左折、歩道橋を上り下りして首都高大黒線下の陰を延々と歩く。ヤマタネ、味の素、日産自動車、三菱レイヨンなどの工場や倉庫が続く。黄緑色のコース案内人に導かれ、門を入ると東京電力横浜火力発電所。正面に大きなエントツ2本と小さ目のプロペラが立っていた。トゥイニー・ヨコハマの建物に入り、ミニタオルをいただき、見学がてら涼む。クイズに答えてメモ帳をもらった人もいた。
長居すると出たくなくなるので、また暑い中へ出発。コースどおりは日向なので、今来た日陰の道を新興駅まで戻り左折。ヨコレイ物流、高島屋、新日本石油などの倉庫や上屋が続く中を左側の多少陰のある方をひたすら歩く。古めの建物が見えて、共同防災センター前で対岸に渡ると日産自動車工場ゲストルーム、エンジンミュージアムだ。可愛いダットサンや沢山の歴代エンジンが展示され、車好きにはたまらない博物館だろう。スカイラインのミニカーをいただき、冷たい水を飲んで涼む。
あと1.5キロ、と、また炎天下へ出発。リュックの汗よけグッズを売っていたおじさんを冷やかし、恵比寿町の歩道橋を渡って右折、新子安駅を目指す。昭和電工をすぎ、えびすばしを渡ると日本ビクター本社の平屋の建物があり、壁に「蓄音機に耳を傾ける犬」の銅板が懸かっていた。
坂道を上ると下に線路があった。貨物引込線らしい。階段を下りて高速道路をくぐり、階段を上がって第1京浜を渡る。黄緑色のコース案内人に導かれ、階段を下ると新子安駅、小さなうちわとスタンプを押してもらい解散。JR、京浜急行と各々帰途に着く。
いよいよ真夏のウォーキングだ。身体中から汗が噴出し、シャツもズボンもびっしょり。熱射病対策に日傘や冷凍タオルも必要なようだ。
6月20日(土)午前10時=約12㌔=
新宿駅京王西口集合→靖国通→区立新宿歴史博物館(有料)→消防博物館→お岩稲荷→赤坂御用地→神宮外苑銀杏並木(休憩)→表参道→渋谷駅(井の頭線出口)解散
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外濠公園で見事に咲き誇る紫陽花。
◎第574回[都心の風情と神宮外苑を歩く]=約12㌔=
6月20日(土)午前10時、雑踏を極める新宿駅京王西口に集合したのは58人。騒音の激しさに辟易して、急遽、新宿御苑新宿口に再集合した。28日のシンポジウムの件、夕涼みウォーク下見の変更などの打合せを行い、MNさんの体操を実施した後スタート。
本来の京王沿線ウォークのコースを避けて、四谷坂道コースをたどった。下ると必ず上りがあり、階段も上ったり下ったり、一体いくつあったのだろう。うろ覚えでも七つぐらいあった。
あまりにも多い坂道のせいか、町名も昔のままが多く、家並みも古くさい木造のものと瀟洒なコンクリート建造物が混在。やっとの思いで、本塩町の大通りに出る。
新宿通を横断すると目の前に迎賓館が現れる。若葉東公園の向かい側にある四谷見附公園で一休み。すると目の前の道をぞろぞろと制服を来た小学生とその父母らしき正装した一行が通り始める。何事かと興味津々で、誰かが聞き出すと学習院初等科の父親参観日の帰り道とか。
延々と続き、途切れそうにないので、痺れを切らして向かい側に渡り東宮御所寄りを歩き始めると、みなみもと公園前で歓声が上がった。よく見ると、まず雅子様を確認、続いて愛子様をみつけ、もっと凝視すると皇太子殿下もいらっしゃる。しばらく立ち止まって眺め、東宮御所前に着くと、皇太子ご一家も横断歩道を渡り、目の前でお会いする。その距離2メートルあまり。笑顔の素敵な雅子様、可愛らしい愛子様。にこやかな皇太子殿下。コースを外れたウォーキングで思わぬ僥倖に恵まれ、感激する。
そうなるとその話に夢中になり安鎮坂を上ったのも忘れて、外苑東通を左折。青山一丁目手前で、いきなり事故! 何と靴底が分離! ぺたぺた音がし始めると、もう歩けない。思い切って靴底の表面をはがす。はだしになるわけにも行かず、ついに中断。青山一丁目から帰路についた。
他のメンバーは青山通の裏道を歩き、青山学院に突き当たり、青山通に戻り、ゴールの井の頭線の渋谷駅に到着。景品をいただき、解散した。
6月14日(日)午前9時30分、副都心線新宿3丁目駅E1番出口に集合したのはゲストを入れて16人。本日は番外編ということで自由歩行とした。
コースは、東新宿、新宿中央公園、明治神宮宝物殿(見学・休憩)、北参道、表参道、副都心線明治神宮前駅ゴールとなっている。
連日組の中には途中を省略して単純に明治通を直進。明治神宮御苑に入苑してちょうど手入れ中で、こういう作業で鮮やかな菖蒲田=写真=となる有様や清正井を楽しんだものもいた。
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6月13日(土)午前10時=約8㌔=
千鳥ヶ淵公園自由の群像前(半蔵門駅東口徒歩7分)集合→桜田門→日比谷公園→新橋→浜離宮恩賜庭園(見学・休憩)→築地市場→勝鬨橋→月島解散
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都心のオアシス浜離宮恩賜庭園の景観
◎第573回[都電を歩こう11(11系統)]=約8㌔=
6月13日(土)午前10時、千鳥ヶ淵公園自由の群像前に集合したのは56人。打合せと体操の後、スタート。お濠側と対岸組に分かれて出発。
信号のないお濠側組はB班中心だったが、桜田門、日比谷公園と先着。日比谷公園では、お菓子の「三笠山」を話題に三笠山に上り、はるか下を通り抜けるA班を見下ろす。
新橋4丁目からほぼ一直線で途中、建設中のトンネルを抜けて浜離宮恩賜庭園中の御門に到着。半額組22人と正当額組11人で入園、花菖蒲を中心に見学した。
古木と池の調和が絶妙でいつ見ても落ち着いた雰囲気。船着場から上がってきた外国人観光客も感嘆の眼でカメラに収めていた。帰りは正門から出場。
ここでも築地市場側と対岸組に分かれて出発。市場側組は場内と場外の歩行者天国になっている境界道の中心を歩く。場外の喧騒を眺めながら小さな波除神社に軽く手を合わせ、縁日の屋台をキョロキョロ見ながら勝鬨橋に到着。ここで、対岸組と遭遇。
一緒になってゴールの月島仲通商店街(通称もんじゃ通)に入り解散した。
6月6日(土)午前10時=約7㌔=
代々木駅西口集合→国立能楽堂→鳩森八幡神社→神宮外苑(休憩)→東郷神社→竹下通り→原宿駅前→明治神宮御苑(花菖蒲)→代々木駅解散
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明治神宮御苑で見事に咲き乱れる花菖蒲
◎第572回[花菖蒲と代々木の歴史を訪ねて]
6月6日(土)午前10時=約7㌔=
JR代々木駅西口にゲスト1人を入れて49人が集合した。
駅は傘をさした人で混雑しておりストレッチもできずになんとなく出発する。
この雨ふりはウォーキングが終わるまで、ずっと続いた。
さて、駅のガードをくぐり青山街道と書いてある踏切を渡り、次の信号を左折し、国立能楽堂を回り込んで鳩森八幡神社へ出た。
ここで軽く手を合わせ直進し外苑西通りへ出る。
この観音橋の信号から短縮ルートにしようと、歩き始める前に数人で密約していたが、真面目さがたたり結局正式ルートをきちんと歩くことになってしまった。
まっ!いいか! 今日の総距離は約7,8キロメートルだもんね。
そして神宮外苑に入り、何せこの天候なので薄暗いイチョウ並木を通り抜ける。
さらに前進。東郷神社では、境内で新郎新婦が写真撮影のポーズをとっていた。
原宿駅を過ぎ、いよいよ明治神宮御苑(菖蒲田)へと足を運ぶ。
東門で拝観料を支払い、木立の中をぐにゃぐにゃ歩き、やっと花菖蒲の場所へ到着。
じっくりと花を観賞した後は、ゴールの代々木駅へ向かい、いつものバッジを受け取り解散した。 [AM記]
一方、参加者のあまりにも多いのに辟易した有志4人で7月4日のための下見がてら、代々木→明治神宮→参宮橋→初台→玉川上水緑道→大山町→東北沢→駒場野公園→西郷山公園と雨の中を歩き通した。
5月30日(土)午前10時=約13㌔=
宮崎台駅(田園都市線)集合→菅生緑地→保木公園→王禅寺→王禅寺ふるさと公園(休憩)→鶴亀松公園→新百合ヶ丘駅解散
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生田緑地ばら苑の彫刻は今にも降りそうな曇天の中でも不思議なことに光り輝いていた。
◎第571回[宮崎台駅から新百合ヶ丘駅まで]=約13㌔=
5月30日(土)午前10時、宮崎台駅に集合したのは43人。会長は何を考えていたのか、渋谷に出ずに新宿に出てしまい、ままよと向ヶ丘遊園に向かったそうだが、惚け現象が心配だ。
その内、20人はコースを離れて生田緑地ばら苑に向かい、艱難辛苦してバラ苑に到着して薔薇の鑑賞。
もともと小田急向ヶ丘遊園として運営されていたものを平成14年川崎市が引き継ぎ、市民ボランティアが維持管理。現在130種4,700株のバラが植わっている。そのバラには克明に名前と出産地が記され、鑑賞者の便に供している。
園内の彫刻はバラの中に調和して建てられ、今にも降りそうな曇天の中でも不思議なことに光り輝いている。開花時期の春と秋だけの限定開園となっているが、十分堪能しバラの香りに酔いしれて向ヶ丘遊園から帰宅した。
残りの23人はコースに乗って、菅生緑地、保木公園、王禅寺、王禅寺ふるさと公園、鶴亀松公園と歩く予定だったが、あまりの人混みに辟易して、清水台から左折せずにそのまま直線的に歩き小田急新百合ヶ丘駅に到着して解散。まともにコースどおりに歩いたのは数人にとどまったようだ。
5月23日(土)午前10時=約10㌔=
美竹公園(渋谷駅東口徒歩7分)集合→水野学園→表参道→原宿団地北→勢揃坂→明治公園→国立競技場→いちょう並木→高橋是清翁記念公園(休憩)→赤坂見附→永田町→清水谷公園→千鳥ヶ淵公園→昭和館解散
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黄金色の銀杏からは想像できない緑青の豊かなイチョウ並木はなかなかの見もの。
◎第570回[都電を歩こう10(10系統)]
5月23日(土)午前10時=約10㌔=
渋谷駅に着いて構内案内図を見ると地図になかった13番出口が見つかり、13番出口を出ると目の前が美竹公園。もっとも13番出口まで改札口から5分近くかかったが、便利になった。
この美竹公園に集合したのは58人。打合せと体操をしてスタート。元都電通とは離れてじぐざぐと歩き、表参道に出る。そのまま横断して路地を歩く。原宿団地北に突き当たり、キラー通を横断。熊野神社を横目に見ながら勢揃坂を下る。
明治公園から外苑に入り、国立競技場の回りを半周していちょう並木通に到着。黄金色の銀杏からは想像できない緑青の豊かな並木はなかなかの見もの。ちょうどその緑の中で花嫁、花婿の撮影があり、微笑ましかった。
青山通を横断、一線右側の道を青山通に沿って歩く。イラク大使館、ドイツ文化会館、カナダ大使館を裏から眺めながら高橋是清翁記念公園に到着、ここで休憩した。
こんどもそのまま裏道を歩き、外堀通を横断。赤坂見附で歩道橋を渡り諏訪坂に出て平河2丁目で左折。下って清水谷公園に入る。下ると必ず上りがあると分かりながら階段で上り文芸春秋社の巨大な建物を眺めながら半蔵門に出て千鳥ヶ淵公園に入る。
新緑に包まれた公園を汗まみれになって昭和館に到着。暑さのせいかくたくたになってしばらく座り込んでから解散した。
5月16日(土)午前10時=約8㌔=
日暮里駅北改札口受付集合→天王寺→日暮里繊維街→藤の大滝→荒川公園→荒川区自然公園→若宮八幡宮→ふるさと文化館→素盞雄神社→南千住駅解散
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浅草三社祭りでiこやかに神輿を担ぐ女性の姿
◎第569回B[芭蕉旅立ちの日(碑)と下町商店街散策]
5月16日(土)午前10時、日暮里駅北改札口前に集合したのは、52人。JRコースの混雑を避けてHKさんが用意した「ほっとする街、懐かしい街日暮里~湯島」を歩く。
夕焼けだんだんを下って谷中銀座からよみせ通に入る。途中で左折して細い道をくねくねと歩き、急階段を上る。観音寺の築地塀がすごい。瓦を何枚も築地で重ねたような塀で今にも崩れそうな感じだが、関東大震災にも耐えた頑丈なもの。端から見ると幅が60センチぐらいある。
三崎坂を左折して宗善寺に突き当たり、右折。三浦坂は急な下り坂。途中ユニークなお店「ねんねこ屋」があるが、残念ながらお休み。「ごめんね!」というコメントが印象的。ある人の表現によると「ナマネコのためのお店でなく猫グッズ専門店」とのこと。
根津神社で休憩。先日までツツジで賑わった光景が嘘のように人出も少なく、静かな境内だった。
お化け階段を上り言問通に出て左折。不忍池に出て「下町風俗資料館」前で第1次解散。
浅草で「三社祭」があるということで、浅草まで足を伸ばす。仲見世通はそのままでは歩けないほどの人出。やっとの思いで浅草寺前まで出たが、もう動けない。しばらくそのまま立ちんぼで神輿を待つ。やがて威勢のいい神輿の行列がやってきたが、よく見えない。手を伸ばし、やみくもにシャッターを切るが、どんなものになるか見当もつかない。
いつの間にかGNPの仲間からはぐれ、居るのは見知らぬ人ばかり。そのままとぼとぼと電車に乗って帰宅した。=約10㌔=
5月16日(土)午前10時=約8㌔=
八幡山駅(京王線)集合→希望丘公園→烏山川緑道→石仏公園→豪徳寺(休憩)→松蔭神社→目青不動尊→北沢川緑道→駒場東大前駅解散
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◎第569回A[烏山川緑道で草花と神社仏閣を訪ねて]
5月16日(土)京王沿線ウォークに集まったのは僅かに6人。八幡山駅で受付(地図・スタンプカードを貰う)を済ます。GNP会報を受取り、個々に出発する。
駅前をスタートし、松沢病院の広大な敷地を左に見ながら歩道を進み、住宅地を抜けると烏山川緑道に入る。
いきなり新緑の鮮やかな色彩の木々が目に飛び込む。木々に囲まれた緑道を暫く歩く(ついつい森林浴のつもりで深呼吸をしてしまった)。木々がとぎれるとツツジは既に終わっているが、いろんな花が咲き乱れ、目を楽しませてくれる。いつもであれば、花の名前を教えてくれるA班のお姉さん方がいない、綺麗な花なのに名前が分からないのが残念!
烏山川緑道を外れたり、戻ったりとしながら勝光院、豪徳寺、松陰神社、目青不動尊と訪ねる。
印象的だったのは豪徳寺。さすがに、「彦にゃん」で有名な彦根藩主、井伊家の菩提寺となっている豪壮なたたずまい。長い山門の両側に新緑に彩られた松が整然と並び、広い境内と高い木々。一抹の清涼感を感じさせてくれる。ここは、江戸で亡くなられた井伊家の藩主、藩主夫人達のお墓となっている(また、福を呼ぶ招き猫でも有名=写真=)。
烏山川緑道から北沢川緑道に入り、駒場野公園を抜けてゴールの駒場東大前駅に到着。スタンプを押して貰い、キッチンペーパーのお土産を頂いて、帰宅の途に着く。[TC記]
5月9日(土)午前10時=約10㌔=
音無親水公園(JR王子駅西口徒歩1分)集合→飛鳥山公園→地震の科学館→旧古河庭園→六義園(見学・休憩)→富士神社→天祖神社→吉祥寺→根津神社→本郷通→言問通→礫川公園解散
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六義園池の端で豪華に花開くツツジ。
◎第568回[都電を歩こう9(19系統)] =約10㌔=
5月9日(土)午前10時、前回のゴール音無親水公園に集合したのは、49人。はじめは狭い親水公園の渓谷で打合せのつもりだったが、上を見上げると鳩の群れが枝に止まりGNP一行を見下ろしている。彼等にはところ嫌わず糞攻撃が出来る。糞害に恐れをなして、急遽、飛 鳥山公園まで歩いて噴水のそばで、打合せを実施。
MNさんの体操をした後スタート。天候に恵まれたが、すでに夏の兆し、後で聞くと今年最高の気温28度に達していたとのこと。日照りの中は当然30度を超えていた。
七社神社はこじんまりした境内だが、なぜか落ち着いた雰囲気を感じる。細い裏道には近所の人が丹精をこめた草花が咲き乱れ、目を楽しませてくれる。
上中里駅の手前から細い坂道を上がると滝野川公園。周りには体育館や地震の科学館があり、中央には滝のある人工池があってなかなかの風情だ。平塚神社前から本郷通を横断。染井坂通を左折して妙義神社に立ち寄る。境内では珍しくクレマチスが咲き乱れていた。
ここから本郷通に出て山手線を越え、六義園に入る。見学を兼ねて休憩。ツツジとサツキの違いは、何と咲く時期が違うというだけのこと。ツツジは一般的に5月に咲き、サツキは6月に咲く。「サツキが6月とはこれいかに」という感じだったが、サツキを旧暦で表現しているということで納得した。
富士神社の富士塚、天祖神社の長い境内を歩き、横に見えているのに本郷通にいったん出てとんぼ返りのように吉祥寺境内に入る。雨だれがかかっているせいか、泣き顔に見える大仏を拝み、薪を背負って本を読む二宮尊徳像を眺め、横門から出る。すぐ横に458号線が通っているにもかかわらず、道に出ることが出来ない。私道のような小さな道を通ってやっと458号線に出て徳源院前から日本医大前まで一直線。
左折して根津神社境内に入る。下見のときは身動きできないほどの人出だったが、今日は閑散としていた。つまり、ツツジが散ったせい。正門から出てすぐ左折、急坂を上ってくにゃくにゃ歩くのは東大のせい。やっとの思いで本郷通に着き、今度は言問通を下り、こんにゃくえんま前で左折。礫川公園にたどり着き、体操をして解散したが、真夏を思わせる日差しの中で結構疲れてしまった。
5月2日(土)午前10時=約8㌔=
赤羽公園(JR赤羽駅東口徒歩3分)集合→岩淵橋→旧岩淵水門→荒川治水資料館(見学)→熊野神社→志茂銀座→北運動公園→神谷銀座→清水坂公園(休憩)→十条銀座→富士神社→名主の滝公園(休憩)→音無親水公園解散
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真っ赤に彩られた勇壮な旧岩淵水門。
◎第567回[都電を歩こう8(27系統)]
5月2日(土)午前10時=約8㌔=
南北線赤羽岩淵駅で下車、赤羽東本通を南下。ステキな教会の尖塔を見ながら赤羽消防署を左に入ると、集合場所の赤羽公園に到着。子供を乗せた馬の像を中心に藤棚などが配置されきれいな公園に51人が集合。メトロの葉書が1枚しか当たらず取りやめることなど打合せし、HWさんの体操をして出発する。
きらきら輝く快晴の中、ダイエー、スズラン通と進み、元都電通の北本通を通って八雲神社を覗き、新河岸川を岩淵橋で渡る。急に視野が開け、広々とした荒川河川敷に赤い旧岩淵水門、青い岩淵水門が見えた。坂を下りて水門先の公園を回って荒川治水資料館に入館、見学する。
今度は志茂橋を渡り裏から熊野神社に参り、志茂銀座を南下する。
北本通に出て高いエントツの北清掃工場へ曲り、北運動公園、教育未来館、神谷銀座と歩き、右折直進し、トンネルをくぐり清水坂公園で休憩する。鯉のぼりがはためき、子供たちが大勢遊んでいた。
富士見銀座、十条銀座と進み左折、富士神社で登山し、十条台小学校を左折、階段を下り名主の滝公園へ入ってちょっと休憩。王子稲荷、王子神社を仰ぎながら音無親水公園に到着、解散した。
今日は日差しが強かったせいか、汗をかいたし大いに疲れた。また暑さ対策の時期になった。
4月25日(土)午前10時=約8㌔=
八広公園(京成八広駅徒歩5分)集合→いろは通商店街→曳舟文化センター→新タワー建設予定地→墨田区役所1階ロビー(休憩)→吾妻橋→誓教寺(葛飾北斎の墓)→下谷神社→上野駅解散
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墨田区役所ロビーに飾られた折鶴の絨毯。平和を祈念したモニュメント。
◎第566回[都電を歩こう7(30系統)]=約8㌔=
4月25日(土)午前10時、降りしきる雨の中を八広公園に集合したのは、さすがに少なく41人。小さな東屋で打合せ、半分以上は傘を差したまま、話を聞く。体操を省略してスタート。
四つ木橋南で水戸街道を渡り、玉の井いろは通商店街を歩き、東武伊勢崎線に突き当たり、そのまま線路沿いを通る。途中東向島駅前に出るが、ここは玉の井駅だった。玉の井は遊郭のあるところで有名だったが、この地名を避けて今では東向島という味気ない地名になっている。
続いてユートリアで休憩、というより雨宿り。ガラスがふんだんに使われている瀟洒な建物だが、これも区の施設。バブル時代の遺物ともいえるが、これからこういう建物は公共施設としては考えられない時代になってきた。
曳舟文化センターも立派な建物だが、これは横目で眺めたまま曳舟川通を少し歩き京島1丁目から京島2丁目まで曲がりくねった道を通る。四つ目通に出るが、江東区を通る四つ目通に繋がっているとは信じがたい。押上駅交番前に出てやっと認識できる。
ここから北十間川だが、東京スカイツリー建設中で広大な土地の中で、ニョキニョキとクレーンが立ち上がっていた。2年後の平成23年には完成とのこと。その際には610メートルの超高層タワーがお目見え!
そんなことを考えながら源森橋を渡り、右折して突き当りが墨田区役所。1階ロビーに入るといつものことだが折鶴で作られた巨大な絨毯が、3階からの吹き抜けに飾られてあった。もう18回目になるというから歴史的にも価値が出ている。本来はここは休憩場所だったが、雨脚も強くなってきたので、ここで解散。
吾妻橋から上野駅までのコースは後々のお楽しみにした。
4月18日(土)午前10時=約8㌔=
新宿御苑新宿門集合→大木戸門→四谷四丁目→曙橋→新坂→杉大門通→四谷三丁目→津ノ守坂通→三栄通→四ッ谷駅→市ヶ谷駅→ライト工業→東郷公園(休憩)→代官町通→北桔橋門→皇居東御苑二の丸庭園解散
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皇居東御苑二の丸庭園の鮮やかなつつじの群像
◎第565回A[都電を歩こう6(12系統)]
4月18日(土)午前10時、新宿御苑新宿門に集合したのは、38人。折から麻生太郎総理大臣主催の観桜会が開かれたとかで、大勢の警官が警備に当たり、園内に入れない。新宿門前の通路で打合せ。体操は省略して大木戸門に向かう。
ぞろぞろと観桜客が帰る中に大きな武蔵丸親方を見つけ、スナップ。外苑西通で左折。住吉町で右折。新坂、杉大門通を歩き、四谷三丁目、津ノ守坂入口から三栄通で四ッ谷駅に出る。外濠公園グランドを通り、市ヶ谷見附で中央線を横断。
外濠公園の土手の上を歩き、ライト工業横で右折。東郷公園に入り、休憩。三番町、千鳥ヶ淵と通り、代官町通から右折して北桔橋門から皇居東御苑に入る。江戸城天守閣跡、汐見坂を下ると目の覚めるような鮮やかなつつじの群像が開け、ここが二の丸庭園。
しばらく中央の休憩所に屯して、真っ赤な中にきらっと光る白のつつじ、紫色のつつじに堪能して解散した。=約8㌔=
4月18日(土)午前10時=約10㌔=
取手駅東口受付集合→壁画アート→本多作左衛門重次墳墓→本願寺→埋蔵文化センター→かたらいの郷→利根川河川敷→旧取手宿本陣→長禅寺→取手駅東口解散
◎第565回B[アート・歴史・観光のまち・とりで宿めぐり]
4月18日(土)午前10時、JR取手駅の東口に降りて、すぐに受付を済ませた。出席者12人が揃ったところで出発する。今日は雲が少しかかっているが、薄日が射し、ウォーキング日和である。駅をぐるりと西口に回りこんだ所に「梟家族」と題した梟2体が立っている像を見かけた=梟は取手市の鳥=。何とも微笑ましい顔をしている。JRの企画なので、もっと多くの人がいて歩きにくいと思っていたが、割合少なめで歩きやすいし、ポイント毎に黄色い上着を着たスタッフが声かけをしてくれ、地図を片手にどんどん進む。半分ほどの場所、かたらいの郷(多目的福祉施設)で休憩を取った。
後半は、利根川の土手を歩く。河川敷には、野球グランド、テニスコート等、整備された運動公園が広がっており、目に映る緑が心地良く、とても気持ちよく歩けた。
ゴールは、スタートと同じ東口で、バッジをもらい、紙コップに入った麦茶を受け取り、各々解散した。[AM記]=約10㌔=
4月11日(土)午前10時=約8㌔=
永代橋西詰集合→鉄砲州→銀座→新橋→芝公園(休憩)→赤羽橋→一の橋→三の橋→有栖川記念公園解散=約9㌔=
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芝公園で咲く「キクモモ」
◎第564回[都電を歩こう5(5系統)]
4月11日(土)午前10時、永代橋西詰の広場に集合したのは57人。打合せと体操を実施した後、スタート。テラスに下りて長閑な隅田川を眺めながら中央大橋をくぐり、南高橋手前から地上に出て、鉄砲州稲荷に着く。ここから銀座1丁目まで直進。ここで左折。晴海通をくぐる。つまり地下道を通ったのだが、暗くて飲み屋街があってなんとなく終戦直後にタイムスリップした感じ。天下の銀座に未だ残っている雰囲気を感じるのもウォーキングの効用だ。みゆき通で右折する予定が左右の変化に見とれているうちに二筋ほど通り過ぎあわてて右折、中央通でみゆき通に戻る。今度は山手線のガード下を歩く。薄暗くて店舗の裏道だ。新橋近くで第一ホテルの脇を通り、赤レンガ通に出る。そのまま芝公園に着き、休憩。八重桜が残る広々とした公園でしばらく歓談した後、赤羽橋、一の橋、三の橋と歩き、起伏の激しい道を少々へばりながら有栖川記念公園に到着。
近くに大使館が多いせいか、さまざまな異国人が子供連れで散歩している姿を眺めながら整理体操をして解散した。=約9㌔=
4月4日(土)午前10時 [第78回逆コース] =約9㌔=
中野駅北口受付→中野区役所前公園(集合・打合せ・体操)→中野通り→新井薬師→哲学堂公園(休憩及び見学)→上高田公園→青原寺交番前→東中野駅→神田川→蜀江坂→成子天神下→新宿中央公園解散
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神田川両岸から咲き誇り、川面が半分しか見えないほどの景観
◎第563回[中野・哲学堂・新宿]
4月4日(土)午前10時、中野駅北口で受付をすませ、中野区役所前公園に集合したのは、53人。
第1四半期の皆勤者22人に「ナンプレブック」を贈呈。打合せと体操を実施してスタート。
約3キロにわたる中野通の桜並木は見事に満開。新井薬師前を通り、哲学堂公園に入り、休憩と見学。花見客がシートを敷いて、場所の確保に大童。未だメンバーが集まらない先から盛り上がっているグループもいた。池のほとりは静かな花見のそぞろ歩き。10分ほどの休憩の後、工事中の妙少寺川を渡り、上高田公園を横に見ながら山手通を横断。東中野駅の西側を通り、神田川に着く。
神田川の東側はほとんど桜並木が連なって見事な満開。ところが中間点で両岸から咲き誇り、川面が半分しか見えないほどの景観もあった。青梅街道を横断して、今度は新宿中央公園に入る。ここも花見の名所。ところ嫌わず、花見客のシートで埋まっていた。解散場所としていた水の広場は、フリーマーケットが、広場いっぱいを占め、体操をする余地がないため、手前で屯。天気に恵まれ、花吹雪もない絶好の花見時をお互いに称えあいながら、軽い整理体操を実施して解散。三々五々ランチタイムとなった。=約9㌔=
3月28日(土)午前10時=約8㌔=
御茶ノ水駅臨時改札口集合→法真寺→東大(赤門・安田講堂)→弥生美術館・竹久夢二美術館→不忍池(休憩)→旧岩崎邸庭園→湯島天神→麟祥院→霊雲寺→神田明神→おりがみ会館→御茶ノ水駅解散
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江戸通の街路樹はこぶしの花が満開。
◎第562回[都心の史跡と文化を訪ねて]=約8㌔=
3月28日(土)午前10時、御茶ノ水駅臨時改札口で受付を済ませ、湯島聖堂大成殿前に集合したのは、臨時参加の方を入れて53人。前週の遠征状況などの打合せと体操を済ませ、早速スタート。
今回もJRの作ったコースは混雑が激しいので、これを避け、別コースを歩く。まず、工事中の聖堂内を歩き、孔子像を眺め、正門から出て、聖橋をくぐり、御茶ノ水橋を渡る。途中からマロニエ通に入り、左折して男坂の階段を降り猿楽通を歩く。
起伏の激しい場所で途中の錦華公園はその起伏を利用して造られている。富士見坂から神保町に出て、神田すずらん通を通り、明大通で右折。正則学園の手前で左折して直進。司町、須田町1丁目で右折、神田駅を越えて今川橋で左折。紺屋町を通り、岩本町1丁目で右折。十思公園に入り休憩した。
この公園も工事中で殺風景だったが、数本の桜が2分咲き、来週が見ごろのようだ。小伝馬町から江戸通を歩くが、街路樹のこぶしの花が満開。純白の花は、白木蓮に似ているが、小ぶりで花弁が開いているところが違う。中央通を越え、日銀通で左折。重厚な日本銀行の建物を右手に眺めながら西河岸橋を渡り、永代通に出る。
東京駅丸の内北口で解散する予定だったが、メトロ大手町駅の入口があったので、ここで解散することにして、JRガード手前でクールダウン体操を実施した。
3月20日(金)午前8 時=約10㌔=
[初日]東京駅集合→上越新幹線8:24発→10:38新潟10:59→鶴岡12:47着→鶴岡市内ウォーキング→酒田泊
[2日目]酒田駅→相馬楼→山居倉庫(庄内米歴史資料館)→旧鐙屋→本間家旧本邸→本間美術館→酒田駅解散→市内見学→酒田18:00発→東京22:28着
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山居倉庫に向かう。ここは米蔵。数えてみると12戸の巨大で豪壮なもの。裏側には41本の欅並木が米蔵を挟んで続き、対照の妙が素晴らしい。
◎第561回A[酒田雛街道ハイキング]
3月20日(金)午前8 時24分東京駅上越新幹線に乗車した一行12人。新潟10時59分発の特急いなほ3号に乗り換え、鶴岡12時47分到着。水の食卓といわれる「百けん濠」で昼食。その後、致道館、庄内神社、鶴岡公園を散策。南岳寺まで足を伸ばし、即身仏を見学。帰りは鶴岡商店街雛めぐりをしながら鶴岡駅に戻り、酒田駅に向かう。酒田で夕食の後、ホテルで宿泊。本日の歩行約20,000歩。
2日目はホテル8時出発、最上川に面した海洋センターまで歩き、朝食。一度、ホテルに戻り、荷物をまとめてホテルに預け、酒田駅で受付。ところが本日の参加者、全員で60人とのこと。何とGNPメンバーが5分の1を占めていた。歩行は全くの自由とのことで、市内地図と景品をもらい、12人だけで歩く。まず行ったのは本間美術館。7つの見所があったが、一番の見所は庭園の門から眺めた鳥海山。真っ白になった緩やかな頂は優雅で美しい。続いて本間家旧本邸に向かう。木造の2階建て。贅を尽くした建造物は古くても味のあるもの。建具の一つ一つに意味があり、欄干一つでも木目を生かして創られている。昼食後、相馬楼に向かう。料亭となっているが、どうも昔は格式のある遊郭らしい。その名残か小部屋がいくつもある。続いて山居倉庫に向かう。ここは米蔵。数えてみると12戸の巨大で豪壮なもの。裏側には41本の欅並木が米蔵を挟んで続き、対照の妙が素晴らしい。最後の見学場所は旧鐙屋。廻船問屋としてその名を残している。いずれの場所でも由緒あるお雛様が飾られ、雛街道として今や庄内地方で観光資源になっていた。酒田駅18時発に乗り、東京22時28分定刻到着。この日も約20,000歩に達した。=約20㌔=
3月21日(土)午前10 時=約10㌔=
笹塚駅集合→清岸寺→多田神社→酒呑地蔵→幡ヶ谷不動尊→玉川上水緑道(休憩)→東京ジャーミー→古賀政男音楽博物館(有料525円)→駒場公園(旧前田公爵邸)→駒場野公園→駒場東大前駅(西口)解散
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浄土宗清岸寺では、たくさんの石塔、大勢の地蔵様たちが並び、にぎやか。
◎第561回B[早春の都心に歴史と異国情緒を探しに]
3月21日(土)午前10 時=約10㌔=
昨日からの風雨も去り、すっかり晴れ上がった笹塚駅北口の駅前広場の京王受付で京王沿線ウォーキングの地図を受け取る。午前10 時、東京残留組38人が集合、打合せをして体操は省略して出発する。
10号通り商店街を眺め、中野通を渡り北上、浄土宗清岸寺に立寄る。周囲のビルや住宅の中にぽっかり異空間が広がり、がっちりした幡ヶ谷観音菩薩やたくさんの石塔、大勢の地蔵様たちが並び、本堂からは念仏も聞こえてきて不思議にほっとする。お彼岸のお参り客も多いようだ。
笹塚3からわき道に入り、住宅街を進む。新山小学校、南台3丁目公園と過ぎ、多田神社に参拝。20年以上も前に子育てしていた町だが、鳥居や石柱、社務所もすっかり立派になっていて記憶が戻ってこない。子供が屋根に上って叱られた場所など確認できなかった。神社を抜け、コースを外れて、寶福寺、多田小学校を回り、通学路だった租税資料館横の坂を下りる。方南通を左折、住んでいたアパートは色こそ塗り替えられていたが昔のまんま。昔の我が家を見たことで良しとして、方南町から帰宅した。
コースは渋谷区本町の酒呑地蔵、不動通商店街を通り、幡ヶ谷不動尊を眺め、山手通から甲州街道を越えて玉川上水緑道に入り、五條橋から井の頭通りへ曲り、東京ジャーミー、古賀政男音楽博物館を通り右折。上原2を左折して、駒場公園(旧前田公爵邸)を通り抜け、駒場野公園手前から井の頭線駒場東大前駅(西口)へゴールとなっている。 [KM記]
平成21年3月14日(土)午前10時=約8㌔=
錦糸公園噴水広場集合→錦糸橋→亀戸公園→緑道公園→新開橋→境川→南砂緑道公園→区役所→大横橋→木場公園(休憩)→鶴歩橋→和倉橋→赤札堂→永代橋→茅場町→日枝神社解散

大横川に咲く河津桜は満開。雨模様にも負けず鮮やかな朱色は、薄桃色のソメイヨシノに比べ強い印象が湧く。
◎第560回[都電を歩こう4(38系統)]=約8㌔=
平成21年3月14日(土)午前10時、昨晩からの雨が降り続き、錦糸公園はぐちゃぐちゃ、とりあえず地下鉄錦糸町駅の階段下に集まり、会長からホワイトデーのお菓子を配る。通路に集合した46名は、次回は酒田と笹塚になること等を打合せ。体操は省略して雨の中へ出発する。
錦糸橋を渡り、すぐに右折。京葉道路を少し歩き、カーブしている貨物線の下で右折。亀戸公園の中を通って左折、今度は亀戸南公園を斜めに通り抜けて亀戸緑道公園と大島緑道公園を通る。この緑道公園は、38系統の都電軌道跡をそのまま緑道にしたもの。ところどころにそのまま軌道を残してあったり、電車の車輪が記念に置いてあったり、当時の雰囲気を醸し出している。
新開橋を明治通で渡り、そのまま直進。途中、休んでいるKAさんが8階のベランダから顔を見せ、互いに手を振って久しぶりの挨拶を交わした。境川を渡り、弾正橋を越え、南砂3丁目から南砂緑道公園に入る。ここもかつての城東電車の軌道跡地。停留所跡だけが膨らみ、面白い緑道だ。
白木蓮が満開とのニュースに、そのまま、永代通を渡り、直進して潮風の散歩道に入る。暗い雨空に向かって咲く白木蓮は満開。残念ながら雨空では清楚に白さが映えない。それでも散歩道沿いにいっぱい咲く白木蓮は完全にひとつの名所として区外からも楽しむ人が訪れるようだ。東陽橋の下をくぐり、久しぶりに健康センターに立ち寄り、休憩した。
休憩した後、また散歩道に戻り、南開橋から地上に上がり、州崎緑道公園を歩き、沢海橋から大横川河畔に出る。河畔に咲く河津桜は満開。雨模様にも負けず鮮やかな朱色は、薄桃色のソメイヨシノに比べ強い印象が湧く。そのまま木場公園に入るが、雨脚が急に激しくなったので、ミドリアム前で解散した。
3月7日(土)午前10時=約11㌔=
池袋駅メトロポリタン口集合→自由学園・明日館→上り屋敷公園(打合せ・体操)→立教大学正門→下田橋→谷端川緑道→御嶽橋→御嶽神社・三社神社→池袋の森(休憩)→長汐病院→池袋中央通商店街→氷川神社→西前橋→下板橋通→南板橋公園解散
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池袋の森公園は小さい小さい公園だけど自然観察池では蛙が息づいていた。
◎第559回 [花と歴史の薫るレトロな街並み散策]
=約11㌔=
3月7日(土)午前10時、池袋駅メトロポリタン口に集合、各自受付を済ませる。朝からきれいに晴れ上がった中、集まったGNPメンバーは57人。広場のコーナーで会長の報告・連絡事項(4月分の駅からハイキングの申し込み等)を受けた後、上り屋敷公園へ向けてスタートする。
ホテル・メトロポリタンの横を通り、住宅地の細い路地を右に左に曲がりながら進んで行くと、由緒ありそうなたたずまいの建物の前を通る。自由学園明日館(ミョウニチカン)で、80年前に建てられた建築物は国の重要文化財に指定され、現在も使用されている。横目で眺めながら、目的の上り屋敷公園に入る。
MNさんのリードで、体操、ストレッチで体をほぐし再スタートする。西池袋公園を通り、立教通りに入る。道路の両側の建物(校舎)は赤煉瓦作りで、落ち着いた雰囲気の中にも豪華さを漂わせている。立教には大学だけでなく、小学校、中学、高校も配置されている。学年末の休みの時期に入っているためか、ひっそりして学生の姿は見かけなかった。こんな雰囲気の所で勉強する学生達は、どんなセレブの家庭のお坊ちゃま、お嬢ちゃまがたなのだろうか?
霜田橋で右折し谷端川(ヤバタガワ)緑道に入る。2m幅ぐらいの細い道だが両側にツツジが植えられ、ところどころにバラ、藤のトンネル状のアーチが架かっている。花の咲く季節はさぞかし見事であろうと思い馳せながら、歩みを進める。レンガ状の化粧タイルの道になっており、足下がとても綺麗でしかも歩きやすい。余りにも気持ちよく歩いていたためか、緑道から離れる場所を通り越してしまった。御嶽橋で緑道を離れる予定が、約300m通り過ぎてしまう。予定とは異なる所を歩き、劇場通りに出る。劇場通りを川越街道に向かって歩き、川越街道の高架下を抜けて、当初予定の公園に向かい、公園で休憩を取る。
一休みしたら、元気を回復! 全員 同時出発。池袋中央商店街を歩き、池袋の鎮守氷川神社に向かう。氷川神社は長い参道があったが、横手から潜り込む。池袋富士(富士塚)を遠目に見ながら、氷川神社を抜け西前橋で 再び谷端川緑道に入る。
東武東上線が傍を走っており、広大な電車車庫もある。この付近の緑道には車両、運転席など電車からみの遊具が設置されていた。下板橋駅で踏切を渡り、緑道ともおさらばし、終点の南板橋公園に向かう。
公園が見えてきて、ホットする。大きくはないがゆったりとした公園だ。各自、足のストレッチ等をし、疲れをほぐす。今日は久々振りの快晴で、日射しも暑く感じられるような陽気だった。気分良く歩けたからか、A・B・C班のみんなが一緒に歩き、完走する。 [TC 記]
2月28日(土)午前10時=約10㌔=
渋谷公会堂(渋谷駅徒歩10分)集合→国立代々木競技場→神宮橋→東郷神社→熊野神社→外苑前駅→いちょう並木→噴水広場(休憩)→権田原→若葉東公園→弁慶堀→永田町駅→三宅坂→桜田門→日比谷公園解散
◎第558回[都電を歩こう3(9系統)]=約10㌔=
2月28日(土)銀座線終点渋谷駅で降りてくるくると階段を下りるとモアイ像の前に出た。自分としてはハチ公前に出る予定だったので一瞬混乱した。渋谷は未だに良く分からない。
ぐるっと回ってハチ公の雑踏を抜け、スクランブル交差点を渡り、一人で西武、丸井、勤労福祉会館前と公園通りを進む。バウムクーヘンの一部のような渋谷区役所を過ぎ左折、広場へ入る。植え込みに日中友好記念の「緑萼梅」という名の緑色の梅の花が満開だった。
雨の予報が外れ、すっかり晴れ上がったCCレモンホール前の広場にゲストのETさんを含め50人が集合。本日は会長が転んで身体中が痛くて欠席することを皆さんに伝え、Wさんの体操をして出発する。今回は、都電第3弾、9系統路線のうち、Nさん立案の渋谷から日比谷公園までを歩く。
NHKを横目に代々木公園に入り、サーカスのテントを眺めながら右折、神宮橋を渡る。原宿駅前のものすごい雑踏を歩道橋で抜けて神宮前を左折、東郷神社を横目に明治通を通り、また歩道橋を渡ってキラー通りを行く。外苑西通を越え、熊野神社を過ぎ、秩父宮ラグビー場を右に曲ると外苑前駅。青山通を少し歩いて銀杏並木へ入る。枝だけの4列の並木が整然と並び、所どころ青いツタが巻き付いていた。歩道緑地帯改良工事中で歩道の半分が掘り下げられていた。土壌を改良しイチョウの木を元気にするためだそうな。突き当りの噴水の前に既にA班が休憩していた。B班も休憩。
権田原交差点を渡り、明治記念館脇の安鎮坂を下る。東宮御所前の洒落た交番、南元町公園、若葉東公園と進み、紀ノ国坂を下る。高速道路越しに弁慶堀を眺めると、真っ白に綿を被ったような木があったが、何だろう。弁慶堀の対岸の遊歩道を覗き、高速道路で蓋をされた隙間から高層ホテル群を仰ぎながら進み、弁慶橋信号を渡る。この辺りはすり鉢の底のような地形なのかも知れない。
青山通のダラダラ坂を上り、歴史薫る赤坂見附跡を眺め、最高裁判所手前の隼町で信号を渡る。三宅坂のカーブから、地下を走る高速道路の騒音を聞きつつ、普段通らない内堀通の外側を歩く。国会議事堂前のだだっ広い交差点をぐるっと回って、ごっついコンクリートの網籠のような警察総合庁舎に沿い、桜田門信号を渡る。東京名所レンガ造りの法務省建物の植え込みに米沢藩上杉家江戸藩邸跡の説明塔が建っていた。祝田橋信号を渡り、ゴールの日比谷公園に到着。A班は既に解散していた。満開の寒桜を見ながら体操をして解散。日比谷公園では下向きに咲く寒緋桜が鮮やかだった。
平成21年2月21日(土)午前10時=約10㌔=
上野駅入谷改札口集合→浅草通→松葉公園(打合せ・体操)→矢崎稲荷神社[福禄寿]→雷門→浅草寺[大黒天]→浅草神社[恵比寿]→馬道通→吉原神社[弁財天](休憩)→飛不動[恵比寿]→吉野通→南千住駅解散
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写真は吉原弁財天
◎第557回[上野周辺七福神めぐり]
=約10㌔=
2月21日(土)午前10時、上野駅入谷改札口で受付を済ませ、松葉公園に集合したのは52人。打合せと体操を実施して、スタート。雨という予報だったが、天気は回復し、快晴。気温は上がらなかったが、快適なウォーキング。
まず矢先稲荷神社で福禄寿を拝み、右折して国際通まで直進。左折して少し歩き右折して伝法院通を通り、仲見世通から浅草寺に入り、大黒天を拝む。すぐ隣の浅草神社で今度は恵比寿様を拝む。言問通を横断して馬道通の一筋左側の通りを直進。左折して吉原弁財天を探すが、なかなか見つからない。右往左往してやっと見つけ久しぶりに弁天様に出会うが、かつて福福しく感じた吉原弁天、少々顔が細くなって目がきつくなっている。こちらが年をとったせいか、それとも何か加工されたのか、印象が違ってきた。前の小公園で休憩。日陰と日向では全然違う冷え込みで、日向にほとんどのものが屯した。続いて鷲神社で、寿老人を拝む。この界隈も前は朽ち果てて今にも倒れそうな家屋があったが、きれいに整理され、跡地は駐車場になっていた。このあとは半分以上がシャッターに閉ざされているいろは商店会を通り、吉野通で左折、直進して南千住駅の陸橋を渡り、延命寺に入る。ここはかつて小塚原の処刑場だったところで、江戸時代には酸鼻を極めたとのこと。安政の大獄といわれた処刑者や二二六事件の処刑者も埋葬されている。延命地蔵、俗に首切り地蔵といわれる地蔵は花崗岩の坐像で高さ3.6メートル、1741年に建立されたもの。今ではその横に愛犬、愛猫の卒塔婆が掲げられているが、違和感を持った。
ここで解散。それぞれ昼食に向かった。
平成21年2月14日(土)午前10時=約11㌔=
ビッグボックス前広場(高田馬場駅徒歩1分)集合→諏訪公園(打合せ・体操)→西早稲田→グランド坂下→大隈講堂→天祖神社→鶴巻南公園→榎町公園→赤城神社→白銀公園(休憩)→筑土八幡神社→神楽坂→若宮公園→白百合学園→北の丸公園→皇居東御苑→大手門解散
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皇居東御苑梅林坂から眺めた満開の白梅
◎第556回[都電を歩こう2(15系統)]=約11㌔=
2月14日(土)午前10時、ビッグボックス前広場に集合したのは、何と58人。2月にもかかわらず初夏の陽気。後で聞くと都心の温度は25度とか。打合せを広場前で実施した後、諏訪公園に向かう。途中、人一人しか通れない路地や階段を下りたり、階段を上ったりしながら捨て猫が屯する公園に到着。4ヶ月に亘る世界旅行ですっかり垢抜けたN女史の久しぶりの気合のかかった体操で体をほぐす。あまり一所懸命に取り組んで歩く前から一歩きしたような気持になってダウンコートをお腹に巻いて出発した。
明治通を渡り、目に障害のある人のために路上にあるぶつぶつの目印をたどりながら歩く。突き当りを左折して、早稲田通を渡り裏道を通り、西早稲田で一瞬再び早稲田通をかすめ、グランド坂通を下る。新目白通の手前で右折、今度は大隈通を歩き、大隈講堂を眺め、早大正門を通り、天祖神社、鶴巻南公園を眺めながら外苑東通に出る。正面に見える済松寺は徳川家光が建立したもの。臨済宗のお寺で風格がある。人間一人しか通れなくて金網で囲まれた路地を抜けて小さな殺風景な榎町公園に入る。
ここから赤城神社までの道はほとんど直線。ところが緩やかに上っている。こういう道、意外に苦しい。黙々と歩いて届いた先が階段。大した段数はないが、上り坂を歩いた身には息切れがしてしまう。そこにある赤城神社は見る影もなく工事中で仮設の塀に囲まれていた。またまた狭い道をくねくね歩いて白銀公園に入り、休憩。この公園、国際色豊かで混血の幼児たちが大勢遊んでいた。初夏の陽気になっているせいか、元気よく遊んでいる子供たちは公園の佇まいに程よくマッチして休んでいても楽しい。
つづいて筑土八幡神社参拝。急な階段を手すりにつかまりながら下って今度は神楽坂に向かう。神楽坂はもともと料亭街として発展していたが、その料亭もほとんどレストランになっている。そんな路地を通り抜け、若宮公園を横目に眺めながら牛込橋を渡る。瀟洒な白百合学園、靖国神社の大鳥居を見ながら田安門から北の丸公園に入る。吉田茂像の手前で一休み。寒緋桜と寒桜が満開。その違いを間近に観察。寒緋桜のほうが紅いことが分かった。
北拮橋門から皇居東御苑に入る。この橋の「拮」という字、「はねる」という意味で、よく見ると城側に綱を通す穴があり橋をはね上げたことが分かる。入ってすぐ左に折れて梅林坂に向かった。ちょうど太田道灌が植えたといわれる梅林は真っ盛り。貫禄のある黒ずんで曲がりくねった樹木と紅梅、白梅とのコントラストは見事。
二の丸庭園を散策して大手門で解散した。
平成21年2月7日(土)午前10時=約9㌔=
田端駅北口集合→東潅森稲荷神社→尾久銀座→熊野前→首都大学東京→尾久の原公園(休憩)→尾竹橋公園→荒川自然公園→荒川公園→三ノ輪駅解散
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尾久の原公園の湿地に架かる木道。
◎第555回[田端・尾久下町のレトロな街並を訪ねて]
2月7日(土)午前10時、JR田端駅北口を出て新田端大橋を渡り、JR東京支社ビル前で受付、広場に集合したのは56人。快晴ながら冷たい風が吹く中、広場で2月19日下町舞台ツアーの申込、今日の別コースの説明等打合せ、体操をして出発する。
新田端大橋から下の道へはそのまま真っ直ぐ進めず、スロープを下りてガードをくぐり、橋の下の道へ戻る。滝野川4小を過ぎ、東潅森稲荷神社で鉄パイプの赤鳥居をチラッと覗いて東北本線をくぐり、田端新町2で明治通を渡る。二又を右に進み、尾久銀座へ入ると、老若男女結構人出が多く活気がある商店街だ。JRコースが左折する分岐で、右手は川の手もとまち、GNPは、「はっぴいもーる熊野前」へ直進する。東尾久8で都電荒川線へぶつかり右折、日暮里・舎人線が上を通る尾久橋通を熊野前交差点で渡って、首都大学東京の前を過ぎ、尾久の原公園へ入る。
この辺り一帯は、かつて旭電化の工場と隅田火力発電所があり、太平洋戦争が始まって4ヶ月、昭和17年4月18日、本土初の空襲を受けアメリカ軍B25爆撃機の標的にされた。戦後、工場の転出後跡地利用をめぐって紛糾し、何年かの月日が経つうちに雨水が溜まりヨシなどの湿生植物が生い茂り数多くの動植物が回帰。特にトンボは希少品種を含む30種、野鳥も60種以上が確認された。自然保護団体などの努力により、平成5年、自然を活かした「尾久の原公園」としてオープンした比較的新しい都立公園である。水深が分からない広い湿地では、鳥たちが歩いているのか泳いでいるのか、のどかに遊んでいた。湿地に架かる木道でじーっと水面を眺めるお年寄り、広々とした芝生で走る幼児、若者ものんびり歩いていた。近くの学校や幼稚園の子供たちが自然観察に良く来るそうだ。
公園をぐるりと回って隅田川の土手に出て、カミソリ堤防の内側を歩く。まだ整備されておらず、ボロボロの建物や設備がそのままになっていた。尾竹橋で前に進めなくなって上がり、細道をぞろぞろ、くねくねと歩く。集団迷子にもならず、第七峡田小を過ぎ、突き当たって右折、町屋ひろば館北を左折、荒川第五中を右折、予定コースにある町屋ひろば館を過ぎ、京成本線をくぐって、ようやく荒川自然公園へのスロープに辿り着き、ほっとして上る。三河島水再生センターを眺めながら公園に入り、交通園前の広場で休憩する。
園内の名残のばら、梅を楽しみ、池では人懐っこい白鳥に噛み付かれ、オオムラサキの飼育舎を眺め、「万両・千両・百両・十両・一両」の説明板を読み、自然公園を出て坂を下る。都電を渡って区役所東を左折、荒川区役所に隣接する荒川公園に入って解散した。それぞれ明治通へ出て日比谷線三ノ輪駅へ向う。
予定した川沿いの道が通れず、おろおろしたせいか、三ノ輪駅までの道が随分長く感じた。迷ったけれど、渋滞の追越禁止よりもずっと快適だった。お昼を食べて元気になって帰宅。
平成21年1月31日(土)午前10時=約10㌔=
錦糸堀公園集合→猿江恩賜公園→猿江神社→小名木川→森下文化センター→芭蕉記念館→新大橋→浜町公園(休憩)→甘酒横丁→水天宮→霊岸橋→亀島橋→桜川公園→築地川公園解散

猿江神社では狭い境内の中に仮設の舞台が立ち上がっていた。
◎第554回[都電を歩こう1(36系統)]
平成21年1月31日(土)午前10時、本来の集合場所は錦糸堀公園だったが、雨降りのため、急遽、雨宿りのできる竪川河川敷公園に変更。少年野球チームの喧騒と同居しながら45人で打合せ。3月20日からの酒田雛街道の会費集金、3月分JRの申込などの伝達を行い、体操は省略してスタート。
まず猿江恩賜公園の日本庭園に入った。この公園にはよく入るが、日本庭園まで行く機会が少ないため、落ち着いたしっとりした雰囲気に参加者は歓声を上げ、出口近くには紅白の梅花が儚げに咲いていたのが印象的。
つづいて猿江神社では狭い境内の中に仮設の舞台が立ち上がっていたが、これはどうも節分の豆まき用らしい。小名木川の沿道を歩くつもりだったが、水溜りがあり足許がおぼつかないので省略して直進。森下文化センターに入り休憩。今では「のらくろ館」として有名で田河水泡さんの生い立ちや作品が飾られている。
ここから西進、芭蕉記念館で右折、新大橋を渡る。風が激しく傘がひっくり返り大変。幸い雨脚が少なくなってきたので傘をすぼめて歩く。
浜町公園、甘酒横丁は省略して水天宮、霊岸橋と渡り、亀島橋脇にある堀部安兵衛武庸之碑を見る。34歳で亡くなったと記載されており、当時禄高二百石。吉良邸に乱入と記されているのが印象に残った。
そのまま新大橋通りを歩き入船橋からゴールの築地川公園に入る頃にはすっかり雨も上がり、無事解散。三々五々築地の場外に入り、お寿司の昼食にありついたようだ。=約10㌔=
首都高10号晴海線豊洲出入口が2月11日開通するが、それに先立ち「首都高スカイウォーク in 晴海」が1月25日(日)に開催された。この日、GNP有志7人もこの行事に参加。午前11時、ゆりかもめ新豊洲駅横の首都高豊洲出口に集合、自由歩行で出発した。快晴で澄み切った青空の下、富士山もくっきりビルの合間から眺めることが出来た。今後二度と歩けない高さから新しい豊洲や臨海副都心が睥睨でき、出口道からこれも普通は通れない保安道路をくぐり入口道に出て下った。約2㌔足らずの道程だったが、1時間余り楽しんだ=写真=。
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平成21年1月24日(土)午前10時=約8㌔=
大井町駅集合→在宅サービスセンター→天祖神社→なぎさの森→グリーンスタジアム→大井埠頭中央海浜公園→京浜運河緑道公園(休憩)→しながわシーサイド駅→東品川海上公園→天王洲公園→東八つ山公園解散
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大井埠頭中央海浜公園内自然観察舎前で休憩。
◎第553回[旧東海道と品川の歴史を訪ねて]
=約10㌔=
平成21年1月24日(土)午前10時、大井町駅で受付を済ませ集合したのは、53人。駅前の雑踏の中で簡単な打合せ。JRコースを避けて「なぎさの森」に向う。
途中、東芝病院から天祖神社までの道は自分の位置が確認できず、戦々恐々の心境だったが、方向感覚はそんなに違っていなかった。
なぎさの森の運河側にはモニュメントが設置され眺めも絶好だったが行き止まり。仕方なくバックしたが、後続隊と顔を見合わせると、おもはゆい気分になり、思わず苦笑してしまう。自然観察舎前で休憩。
グリーンスタジアムは省略して大井埠頭中央海浜公園を歩き、京浜運河緑道公園を通り、八潮橋を渡って対岸に出てJRのゴール、しながわシーサイド駅に着く。
ここからさらに天王洲通を歩き、東品川海上公園に入る。続いて天王洲公園を通り、天王洲アイル駅前から左折、ふれあい橋で天王洲運河を渡り、古くさい楽水橋を渡ると目の前がゴールの東八つ山公園。
そんなに長い距離ではなかったが、意外に疲れる。天候に恵まれ、春と見紛うほどの陽気のせいかもしれない。簡単な屈伸運動をして解散。それぞれ品川駅に向かい帰路に着いた。
平成21年1月17日(土)午前10 時=約12㌔=
久我山駅集合→井の頭恩賜公園→山本有三記念館→玉川上水緑道→牟礼の里公園→大盛寺別院(三木露風の墓)→高源院(烏山の鴨池・休憩)→医王寺→八幡山駅解散
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高源院の中にある「烏山の鴨池」
◎第552回[武蔵野の冬と烏山寺町を訪ねて]
=約12㌔=
平成21年1月17日(土)午前10 時、久我山中央緑地公園で受付を済まし集合したのは53人。打合せと体操を済ませ、京王ウォークの雑踏を避け、人見街道を直進、玉川上水を牟礼橋で渡り、小さな祠のような御嶽神社に到着。
ここから寺町通を歩き高源院に入る。この中には「烏山の鴨池」といわれる名園があり、おりしも薄氷の張った池の中に鴨の親子が屯。氷の上を歩く鴨が足を滑らせて腹ばいになる姿に思わず拍手喝采。見とれているうちに仲間からはぐれ、そのまま寺町通を南下。
中央高速をくぐり、甲州街道を渡り、千歳烏山駅入口の交差点で、烏山通を歩いた仲間に遭遇。そのまま念仏堂、烏山神社を眺めながら休憩場所の世田谷文学館を目指した。ところが回りが工事中で小さな仮道路を訳も分からず不安いっぱいで歩き目の前に瀟洒な建物が見えたところ、それが文学館!
中に入ると広々とした空間があり、天井が高く明るい。これが公共施設かと信じられないほど立派。ロビーでくつろぎ、喫茶室でコーヒーをいただく。喫茶室から眺める日本庭園は清楚で落ち着きがある。2階の展示室には上がらなかったが、常時、様々な企画展が催され、世田谷区の文化向上に寄与しているようだ。
ここから芦花公園に向かい、蘆花恒春園を見学。徳富蘆花の旧居跡で蘆花の生い立ちや文学活動の展示もあり自然の佇まいはかつての武蔵野の面影が残っている。ここでもぼやぼやしているうちに仲間からはぐれ、とぼとぼと環八通を北進。
ゴールの八幡山駅に到着。仲間に出会い景品のホッカイロと紙石鹸をいただき、解散した。
平成21年1月10日(土)午前11時=約8㌔=
亀戸天神集合→(自由歩行)→砂町文化センター午後1時再集合→第12回定時総会(午餐会)
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冬の亀戸天神全景
◎第551回[亀戸天神参拝及び定時総会]=約8㌔=
平成21年1月10日(土)午前11時、亀戸天神の境内に殆どの方が元気で明るい顔で集合。お互いに新年の挨拶を交わし、間違って2度、3度と交し合って苦笑する姿もあった。境内は冬景色に覆われていたが、すでに早咲きの紅梅、白梅もほころび始め、折からの青空に輝いていた。打合せ等は総会の席上で行うことにして、早速、自由歩行ということで、総会会場の砂町文化センターを目指してスタートした。
コースは香取神社、亀戸水神社と参拝して亀戸中央公園を巡り旧中川の遊歩道をふれあい橋、中川新橋、虹の大橋とくぐり、大島小松川公園に入る。広大なこの公園はよく整備され、すっかり定着してきた。その後、中川船番所資料館で休憩。仙台堀川公園を辿って砂町銀座に入り砂町文化センターに到着。
ただし、コース通りに歩いたのは、A班の一部で、大半の方は丸八通を南下、一路、会場に向った者や、直接、自宅から会場を目指した方など、自由歩行を最大限活用したようだ。
午後1時、総会会場に集合したのは57人。手際よく全員で会場の準備を終え、C班が用意した午餐会に入る。
午後1時30分、Nさんの司会で第12回定時総会を挙行。A班班長の開会の辞で開始。会長から次のような挨拶があった。「会員の絶大な支援のもとで12年目を迎えることが出来た。今後もお互いがポックリするまで元気で長生きしたい」
続いてM議長の下、議事に入り、20年行事実績、同収支報告、同監査報告、21年度行事計画、同収支予算(いずれも11周年記念特集号参照)を審議。いずれも全員一致で承認を受けた。
その後、ささやかな賞品授与式を行い、第4四半期皆勤賞として16人の方に「日焼け防止長手袋」、年間皆勤賞3人の方に「掛け時計」、年間25回以上出席者55人に「くっつきにくいしゃもじ」を精勤賞としてそれぞれ贈呈した。
最後に今回の総会の幹事を務めたC班班長の「閉会の辞」で無事終了した。
12月27日(土)午前10時=約10㌔=
深川公園集合→富岡八幡→永代通→木場駅→汐浜橋→汐浜運河→しおかぜ橋→八枝橋→えこっくる江東→さざなみ公園→漣橋→辰巳の森海浜公園→辰巳の森緑道公園→夢の島公園(休憩)→夢の島大橋→明治通→新砂1→新砂橋→しおかぜの散歩道→南開橋→洲崎緑道公園→洲崎神社解散
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しおかぜの散歩道から東陽橋を臨む。
◎第550回[歳末の区内巡り]
12月27日午前10時、深川公園に集合したのは57人。今年最後の打合せと体操と記念撮影をしてスタート。
まず、富岡八幡で参拝。そのまま永代通を歩き、木場駅前で右折。イトーヨーカドー前から汐浜橋を渡り、汐浜運河に入る。続いてしおかぜ橋を渡り、八枝橋を渡り、えこっくる江東に入る。
ここは「環境学習情報館」といわれ、清掃事務所が併設したもの。ごみ問題を中心としたあらゆる問題に対して展示がされ、ことに大量生産、大量消費に対する警告が発せられ、生活改善などの有意義な提言が行われている。
新装成ったさざなみ公園を通り、漣橋を渡り、貯木場を眺めながら辰巳の森海浜公園を歩き、辰巳国際水泳場の威容を仰ぎ見ながら夢の島公園に入る。
夢の島公園では第五福竜丸展示館を見学。昭和29年に水爆実験で被爆、廃船になったものを展示したもの。平和の願いを改めて誓った。夢の大橋を渡り、新砂1丁目からしおかぜの散歩道を歩き、南開橋で地上に上がり、洲崎緑道公園を通り、ゴールの洲崎神社に到着。
無事今年も50回の例会を達成した喜びを皆で分かち合い、三三七拍子で、1年を締め解散した。
12月20日(土)午前10 時=約12㌔=
若葉台駅集合→馬引沢南公園→聖ヶ丘遊歩道→都立桜ヶ丘公園→瓜生せせらぎ遊歩道→貝取南公園→一本杉公園(旧有山家・加藤家住宅・休憩)→多摩中央公園(旧富澤家住宅)→京王多摩センター駅解散
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しゃれたレンガ造りの校舎。とても小学校には見えない。
◎第549回[師走の多摩丘陵と歴史薫る古民家を訪ねて]
12月20日9時半、京王若葉台駅に到着。家を出るとき曇っていた空がいつの間にか真っ青に変わってのどかな小春日和。電車が着くたびにワァーッと人々が出てきて込み合い、受付で地図をもらって人々が歩き始め、人影がスーッとまばらになる。
午前10 時、若葉台駅南側の広場に集合。定時総会の件、健康ウォーキングの講座が終了したこと、1月17日の京王土休券申込、今日の休憩場所は瓜生公園とすること等を打合せ、体操をして出発する。地図は裏表に続いていて、方向が分かりにくかったが、昨日グーグルで調べたので、ある程度は理解できた。
駅北側のエスカレーターを昇り、商業施設や駐車場の中の広々とした通路を通り、若葉台公園に入る。西橋を渡ってかわいい保育園、しゃれたレンガ造りの校舎。とても小学校には見えない。階段を下りて広い道に出る。多摩東公園信号を渡って右に行くとの馬引沢南公園へ入る。落ち葉の中をカサカサ歩き、階段を下る。
聖ヶ丘遊歩道を進み坂を下って緑色の橋をくぐると都立桜ヶ丘公園に入った。記憶のある運動場とキャンプ施設があり、大谷戸公園に出る。陸橋を渡り右折、左折して乞田川遊歩道を歩く。鴨やハクセキレイを眺め、永山橋を潜って左に上がり、瓜生せせらぎ遊歩道を歩く。瓜生公園で休憩している仲間。お菓子や栗をいただき、元気になってまた歩き始める。
瓜生一里塚跡を見て、瓜生緑地の流れに沿って初冬の木々を眺め、陸橋を渡っているとき、会長から電話が入る。まもなくゴールとか。仲間の姿は見えない。
遊歩道を進んでトンネルをくぐり、貝取南公園に入る。恵泉女学園大学前の信号を渡り、一本杉公園通りを進む。「よこやまの道」標識を左折、大きな石の門を入ると一本杉公園だった。すのこの床のある旧有山家住宅、日当たりのいい旧加藤家住宅を見学し、トンネルをくぐって枯れた川に沿って上り、長い一本杉橋を渡る。下を見ると車が通っている車道と資材が並べられた広い中央分離帯が広がっていた。落合東遊歩道を進み落合第2歩道橋を渡ると、突如アパート群が建ち並ぶ住宅街。コースは商店街には行かず、左に曲って橋を渡り、赤い山茶花の絨毯を横目に落合南公園を抜ける。階段を下ったところで、数人が小さいみかんを枝からもいでいたが、いいのかな? 一言確かめるべきだった。
信号を渡り青木葉公園先を左折、130段ばかりの階段を上って一息つくと、目の前にどっしりした門があった。くぐってみると池の向こうに旧富澤家住宅が見下ろせた。旧富澤家は、江戸時代初期から連光寺村の名主を務め、明治天皇始め皇族方の御小休所として利用されていたという。裏門から出て竹林を覗き、多摩中央公園の広い芝生でカイトを揚げている子供たちを望み、駅に向かう。
吹奏楽が聞こえてきて、幅の広い通りに出ると、ギリシァ風の石柱の向こうからだった。見下ろすと階段下のハローキティー広場に半円形の人だかりがあり、中心に金管楽器を吹いている5人の男女の姿、しばらくリズムと音色に浸って楽しむ。
クリスマスイルミネーションを眺めながら広い通りを下る。老若男女、結構人出が多い。
多摩モノレール、小田急、京王が繋がる多摩センター駅にようやく到着したが、ゴールでカードを忘れたことに気がつき、慌てる。新カードにスタンプを押してもらい、「次に一緒にしますので大丈夫ですよ」と慰められ、がっかり。「すっぽりケータイケース」をいただく。
12キロとのことだったが、歩数は22000歩を越えていた。ハイキング程ではないが、上り下りが多く大いに疲れた。でも、気持ちのいい道だった。[KM記]
12月13日(土)午前10時=約10㌔=
泉岳寺(都営浅草線泉岳寺駅徒歩2分)集合→聖坂→東京タワー→愛宕神社(休憩)→浅野内匠頭終焉の地→同邸跡→永代橋→深川公園解散=約12㌔=
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義士祭の最中、泉岳寺境内で体操をするGNP一行。
◎第548回【逆走赤穂浪士帰還の道】
(第98回コース再挑戦) =約11㌔=
12月13日(土)午前10時、泉岳寺に集合したのは48人。どういうものか、この「赤穂浪士帰還の道」を歩くときは47人ないし48人が集まる。赤穂義士は、47人か48人か定かでないようだが、引き寄せられるようにGNPメンバーもその数になる。大石内蔵助像の下で打合せと体操=写真右上=。明日が義士祭ということだが、すでに大勢の人が集まっている。
泉岳寺の細い裏道を歩き、伊皿子から聖坂を下り桜田通に出る。ここから見える東京タワーは見通しがよく東京のシンボルとして馴染んでいる。エスカレーターで愛宕神社参拝。ここで休憩した。羽織袴スタイルと日本髪スタイルとの新郎新婦が記念撮影中で思わず盗み撮りをしてしまった。
裏道を下って浅野内匠頭終焉の地碑を探したが、工事中のため避難させられていた。新橋駅のガード下を潜り抜け、銀座四丁目で左折。築地本願寺裏で左折。築地川公園を縦断して浅野内匠頭江戸屋敷跡に来た。当時の屋敷は約9千坪あったといわれ、現在の聖路加病院もすっぽり収まることになる。
ここから佃大橋のガード下を潜り抜け、鉄砲洲通を直進。鉄砲洲稲荷神社に入った。この神社、841年に建立されたといわれ、小さな神社ではあるが由緒ある神社で氏子は湊、明石、入船、銀座と広範な地域に亘っている。
南高橋を渡り右折、中央大橋ガード下を潜り抜け、しばらく隅田川テラスを歩き、永代橋を渡って永代通を直進。門前仲町交差点から深川公園に向い、ここで解散した。
12月6日(土)午前10時=約12㌔=
神田駅南口(受付)集合→平川門[篤姫]→皇居東御苑(江戸城大奥跡休憩)→桜田門[井伊直弼]→練兵館跡[高杉晋作、桂小五郎]→蕃所調所跡[勝海舟]→小栗上野介邸跡→玄武館跡[千葉周作]→伝馬町処刑場跡[吉田松陰]→神田駅西口商店街解散
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写真は皇居東御苑の色鮮やかな紅葉の群像
◎第547回[江戸から東京へ幕末と明治維新を歩く]=約12㌔=
12 月6 日(土)昨日と比べてぐっと寒くなった師走の神田駅北口で地上に出ると、JRの受付は南口とのことでぐるっと回る。GNPの集合場所を平川門を入った皇居東御苑として、お二方に伝達のため残ってもらって、先発隊は出発する。
錦町河岸を過ぎ、篤姫がしばらく滞在した一橋徳川家屋敷跡を眺め、平川門から皇居東御苑に入る。別名不浄門、お局御門は今回初めて通ったような気がする。
10 時を過ぎ44人が集合。先週の続きの都電系統図配り、下見担当に地図渡し、次回13日は泉岳寺集合、20日京王土休券の注文とり、27日深川公園からの区内コースは多少変更あり、新年10日の総会会場予約を頼んで、体操は省略して各々出発する。
天守閣跡、江戸城大奥跡、松の廊下跡、石室、富士見櫓、百人番所を見学。広々とした御苑は紅黄緑茶紫と初冬の色に染まって、ビジネスマン、外国人、観光客、ウォーカーと色んな人達で溢れている中を、のんびりとそぞろ歩いていた。大手門から出て、富士見櫓を外から仰ぎ、お壕に沿って井伊直弼で有名な桜田門をくぐる。
桜田濠、半蔵濠に沿って千鳥ヶ淵へ、千鳥ヶ淵四季の道は工事中だった。練兵館跡の靖国神社は遠く望み、靖国通りを東へ進む。昭和館のそばに蕃書調所跡を確かめ、神保町の古書街を覗きながら進む。学生たちや親たちが歩道にあふれ、気がつくと御茶ノ水駅の前にいた。うっかり曲がり損なったようだ。急に疲れが来て、仕方なく線路沿いに歩き、須田町に抜けて神田駅のゴールへ向かう。
本来のコースは小栗上野介邸跡から千葉周作の玄武館跡、伝馬町処刑場跡の十思公園を回って、神田駅西口商店街へゴールする。
神田駅北口に着いたがゴールが分からない。線路沿いに行くと駅員の制服の人が誘導してくれ、神田西口商店街のまん中に「ゴール」のプラカードを発見、バッジとボールペンを頂き12時15分やっと解散。今度は地下鉄銀座線の入口を探し回ってしまった。 [KM 記]
11月29日(土)午前9時=約9㌔=
新宿三丁目駅受付→新宿御苑新宿門集合→大木戸門→四谷4丁目→(外苑西通)→国立競技場→明治公園→(スタジアム通)→外苑前→銀杏並木→迎賓館・若葉東公園(休憩)→豊川稲荷→薬研坂→赤坂サカス→檜町公園→東京ミッドタウン→国立新美術館解散
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初冬の国立新美術館(左側)
◎第546回[新宿3丁目から国立新美術館へ]
11月29日(土)午前10時=約9㌔=
今日は盛りだくさんの予定があり、8時20分に家を出る。
木場から飯田橋へ行き、JRの受付。9時前だったがもう始まっていた。飯田橋からスタートするメンバー数人と会う。彼らは新宿御苑まで歩いていくことになっている。私はそそくさとメトロに乗り、四谷で乗換え、新宿3丁目で降りる。メトロの受付は副都心線のコンコースの方で、大勢の人達で渋滞していた。5人分の受付をしてコース通りに流れてみるが、通路いっぱいで流れののろいこと! 地下から上がり右に出て明治通りを右に曲がると花園神社に出た。お酉様か提灯が並び店も出て賑わっていた。靖国通りを少し歩き新宿御苑へ。赤、黄色、緑、茶のグラデーションが朝日に光っていた。9時30分新宿門前でみんなを待つ。
遊歩道を行く川のような流れからパラパラと離れて、メンバーが集まってきた。12月20日の京王土休券の申込みと、来年の都電コースをそれぞれの担当者に配っていると、日本ウォーキング協会の依頼に協力した木場公園組(10人)に会ってから回った会長も着いて、コース番号が違っていたのに気づき、急遽回収。バタバタと見直しして再度配る。出席48人、打合せをして体操は省略、各自絶好の景色の中、流れに乗って、あるいは少しコースを変えて出発する。
コースは新宿三丁目駅をスタートし、新宿御苑横の遊歩道、明治公園、神宮外苑いちょう並木、赤坂迎賓館正門前、豊川稲荷、赤坂サカス、檜町公園、東京ミッドタウンを通り、国立新美術館までを歩くことになっているが、人混みを恐れて反対コース、新宿門から新宿高校沿いの路地へ入ると懐かしい風景があった。ツタに絡まれた家を見て明治通りを少し歩き、作り掛けで止めた様なビル、今にも崩れそうな家の向こうにドコモの尖塔が聳え立つのを見上げ、格子塀越しに新宿御苑の森を覗き、千駄ヶ谷に出る。
国立競技場駅で下を通るウォーカーの人達を見下ろして、国立競技場に沿って銀杏並木へ向かう。赤黄ツートーンのボンネットバスが走っていた。真っ青な空に黄緑がかった黄色のイチョウが映え並木道は人で埋まっていた。クラシックカーフェスタが開催されていてかっこいい車がたくさん走っており、カメラマンが大勢車道の中まで出ていた。
青山通りに出てそのまま外苑東通りを南下、乃木坂駅を過ぎて国立新美術館へ。坂を下ってくる流れに合流してメトロのゴール、ボディタオルをいただく。
11月22日(土)午前9時=約11㌔=
日比谷公園にれのき広場集合→勝鬨橋→月島→隅田川→永代橋→水天宮→(休憩)→日本橋→日本銀行→皇居→日比谷公園にれのき広場解散
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日比谷公園の噴水広場では真っ青な快晴の空に映えて七色の虹が見えた。
◎第545回[第10回皇居ぐるっとウォーク]
11月22日(土)午前9時、真っ青な空に、秋の朝の日比谷公園は光り輝いていた。黄、赤、茶、緑の木々を背景に大噴水に虹がかかって素晴らしい。パスモのピンクジャンパーの人達が、ぞくぞくと集まる人々を、誘導していた。
日比谷公園にれのき広場の[第10回皇居ぐるっとウォーク]の幟の立ったテントで受付、参加カードをもらって、少し離れた位置に57人(10時受付分も含む)が集合。次回JWA木場公園協力の打合せで冷えあがり、陽だまりへ移動して体操をする。
今日は各自自由歩行、大勢の人の流れに乗って、日比谷交差点から勝鬨橋へ向かって出発する。
晴海通りは両側とも歩道は人でいっぱい。追い抜きも出来ず、道を外れて歩いた人もいた。コースは勝鬨橋、月島と進み、相生橋から隅田川テラスへ出て、越中島公園から永代橋を渡り、豊海橋、隅田川大橋、水天宮、人形町と歩き、日本橋、日本銀行、大手町から皇居へ出る。
とうとう痺れを切らして、築地辺りから別コースをとる。と、我が仲間に出会う。ではついでに赤穂浪士の下見をと、築地川公園から浅野内匠頭江戸屋敷跡を確かめ、聖路加看護大学の緑道を通り、鉄砲洲稲荷へ向かったが、カトリック築地教会の壁の展示に見入って方向転換、新大橋通りを行くと、桜川公園が新しくきれいになっていた。
堀部安兵衛の碑を見てから、今日のコースへ戻るため、八重洲通りを北上する。
工事中ながら混雑する八重洲地下街も通り抜け、皇居前の銀杏並木、緑の松林を愛で、楠正成公を仰ぎ、大勢の人の流れに戻って祝田橋を渡る。ゴールまでの日比谷公園外の歩道は渋滞で追越し禁止。中に入って鶴の噴水、黄色のツワブキを眺め、にれのき広場に到着する。ゴールで「パスモロボットのキーホルダー」と「ラグビーボールのストレス解消ニギニギ」をいただき、パスモの参加カードにスタンプをもらって解散。ちゃんとコース通り歩いたグループも到着していた=約11㌔=。
真っ青な空に雲ひとつ無く大噴水の虹もいよいよ輝いていた。快晴の中、汗もかかずにウォーキング、いい季節だ。
11月15日(土)午前10時=約9㌔=
長沼駅集合→都立長沼公園(霜降の道→野猿峠ハイキングコース)→光照寺北→北野台えくぼ公園→白山通→高嶺小→北野台3→大塚山公園→絹の道→絹の道資料館(お弁当・休憩)→嫁入橋→小泉家屋敷→鑓水公園→小山内裏公園(パークセンター→多目的広場)→赤石公園→南大沢解散
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紅葉真っ盛りの小山内裏公園、早実グランド横を歩くGNP一行
◎第544回[多摩ニュータウンと「絹の道」を歩く]
11月15日(土)午前10時、長沼駅改札前のガード下に40人が集合。ぐるっとウォークの参加証の葉書を渡しWさんの体操をして、うす曇の空に、黄、赤に染まり始めてきた都立長沼公園へ向かって出発した。
いきなり急坂の霧降の道に入り、落葉を踏みしめ、鬱蒼とした山道を登り頂上で一休み。今度は野猿峠ハイキングコースを下り、途中、C班を中心とした一群は「峠の小さな美術館」を見学。淡い配色の風景画を堪能した。
光照寺北信号を渡り、絹一通りを上り北野台えくぼ公園の階段を下りて白山通りに出る。高台に広がる庭付きの住宅街は整然として美しいが何だか住むにはアップダウンが多く大変そうだ。中央公園、高嶺小学校を過ぎ左折、北野台3丁目バス停から石段を登る。上がり口は2本だが、途中から1本になり左に曲がると鬱蒼とした竹林に出た。ここまで144段。
山道を進み大塚山公園の階段下で、道了堂跡を見学してきたA班と合流。一緒になって、明治の中ごろまで輸出用の生糸が運ばれたという「八王子絹の道」を下る。絹の道入口を過ぎて、11時半、絹の道資料館に到着。見学してお弁当を食べ休憩する。白い粉が飛んでいると思ったら、ユキムシだって。これはアブラムシの一種で体長4mm程度。わずか一週間の命とのこと。
遅れた会長も到着、12時10分、揃って出発する。
大栗川の御殿橋を渡り柚木街道を渡り、小泉家屋敷を眺める。入口で野菜を直売していたので、100円で柿を買う。鑓水板木の杜緑地から鑓水公園、穂成田(ぼなりだ)歩道橋、小山給水塔と進み、小山内裏公園へ入る。
武蔵野の道(尾根道)は通らず、林の中の鮎のみちへ進む。駐車場を過ぎると枯れ木が池の中に立つ大正池のような大田切池を眺めて一休み。パークセンターからちょっと一般道を歩き、多摩ニュータウン通りを跨ぎ、早実グランド横を歩き多目的広場の大きな滑り台を横目に関東山歩道橋を渡って、南大沢小、赤石公園と秋色の道を進む。南大沢輪舞歩道橋の上で体操をして解散。イトーヨーカドーを抜けて南大沢駅へ。
曇り空のためか、赤も黄色も輝いてはいなかったが、ススキの白、ハゼとニシキギの赤、桜とイチョウの黄色と緑のグラデーションが美しく、深まる秋を楽しんだ一日だった。
[KM記]
11月8日(土)午前10時=約8㌔=
西荻窪駅北口集合→東京女子大学→善福寺公園(休憩)→善福寺→井草八幡宮→観泉寺→ロケット発祥之地の碑→荻窪八幡→杉並アニメーションミュージアム(休憩)→荻窪駅解散
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写真は、寒々とした初冬の善福寺公園で咲き乱れるつつじの狂い咲き。
◎第543回[晩秋の杉並を訪ねて公園、お寺、神社を回る]=約8㌔=
11月8日(土)午前10時前、西荻窪駅改札を出て北口でJRの受付を済ませ皆を待つ。通路に屯していると、若めのお兄さん二人連れが「あ、ちょっとごめんよ!」と我々の中を2回も通り抜けていった。通路を塞ぐなという意思を伝えているのだろう。IさんからAさんの葉書を見せてもらう。お腹をこわしてるそう、船の修理とか天候とかで随分遅れ、帰国は来年とか・・・。同情する。
10時、47人が集合。皇居ぐるっとウォーク、都電のアンケート等の打合せをして体操は省略、冷たい雨模様のなか出発する。最初から反対に向かう人達がいた。
駅北口から右に進み、段差のない歩道の商店街を歩く。右、左とかぎに曲り、青い住宅に突き当たって右折、東京女子大学を眺めて坂を下り善福寺公園に入る。
枯れた葦、赤や黄に色付いた木々、晩秋の景色。水面にはたくさんの水鳥たちが雨に濡れながら泳ぎ回っていた。一羽の赤い眼鏡をかけたようなガチョウがじーっと立ち止まって我々を見ていた。ちょっと離れて二羽のガチョウがクワックワッ賑やかにつま先立ち歩きで池に向かい、スイーッと滑り込んでいった。下池、上池、遅の井とめぐり、公園を出る。
善福寺を覗き、青梅街道に出る。井草八幡宮の赤い燈籠を眺めて早稲田通りを直進、上井草3を右折して観泉寺を覗きちょっと休憩。広々とした桃井原っぱ広場をぐるっと回って、ロケット発祥之地碑を見る。日産プリンスの敷地の一隅に旧中島飛行機発動機発祥之地の石碑と並んでいた。青梅街道に出て、可愛い七五三晴れ着姿をほほえましく眺めながら荻窪八幡をぬけ、杉並アニメーションミュージアムを見て、また青梅街道をひたすら歩き、荻窪駅に到着、解散した。誘導された場所が、普段出入りする改札口と違っていて、頭が混乱した。
もう11月中旬、そろそろ、ネックウォーマーやハンドウォーマーなど、冬支度の必要があるようだ。 [KM記]
11月1日(土)午前10時=約10㌔=
兵庫島公園特設テント(二子玉川駅徒歩5分)受付・集合→二子玉川緑地運動場→野川散策→慶元寺→稲荷塚古墳→知行院→次大夫堀公園・民家園(休憩)→世田谷区大蔵運動公園→砧公園→岡本公園・民家園(休憩)→静嘉堂緑地・静嘉堂文庫美術館→フラワーランド→用賀プロムナード→無量寺→世田谷ビジネススクエア・ゴール・解散→用賀駅
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フラワーランドで色んな花を見学。見本花壇は見事だった。
◎第542回[世田谷の緑と歴史の宝庫「国分寺崖線」を辿る]=約10㌔=
11月1日(土)午前9時20分、多摩川に張り出した二子玉川駅で下車。駅前は開発途上で随分変っていた。玉川通をくぐって河原へ出る。兵庫島公園特設テントで東急沿線エコウォークの受付、申込人数5人分のワッペンとパンフレットと水を受け取ってみんなを待つ。先着のSさんの話によると9時ごろは人でいっぱいだったそうだ。
10時、47名集合。11月22日ぐるっとウォークの組み合わせ、11月29,30日に日本ウォーキング協会からの木場公園の協力依頼、来年のコースのために都電のコースを各人3つ選ぶことなどを打合せ、久しぶりの真っ青の空の下、Wさんリードで体操をして、出発する。
広大な二子玉川緑地運動場は整備され大勢のスポーツマンでいっぱい。ウォークは要所要所に誘導者が配置され、住宅地をくねくねと迷わずに野川水道橋へ出る。番いの白鷺や生産緑地を眺めながら川沿いを散策。高速道路をくぐって「せたがやそだち」の看板が立つ畑を眺め、慶元寺、稲荷塚古墳、知行院を周り、次太夫堀公園で民家園を見学、民家園前ではのんびり鴨がたむろしていた。ちょっと休憩する。
流れに沿ってパズルトンネルをくぐり、大正橋で野川を渡り、中之橋で仙川を渡り、大きなサイの牙の大蔵運動公園案内塔から坂道を上る。結構、疲れてしまい、砧公園は陸上競技場を一周しただけ。グランド橋で東名高速を跨ぐ。高級住宅が並ぶ尾根道は右も左もすごい坂道で怖いくらい。丸子川に下って、岡本公園に入り、民家園の縁台でのどを潤す。八幡宮の階段を背にまた丸子川に出て静嘉堂緑地を覗き、坂道を上がって静嘉堂文庫に裏門から入る。レンガの静嘉堂文庫の立派な建物の前庭で、妙な匂いがしたのは銀杏の実だった。
坂道を下って谷戸川を渡り、急坂を登り、フラワーランドで色んな花を見学。花のトンネル、 水車、見本花壇や苗の即売など、たくさんの人達が活発に動いていた。この三連休何かイベントが行われているのかな。
知らない花を夢中で見ていたらうっかり道を間違え環八を少し歩く。環八東名入口の長い歩道橋を渡り用賀プロムナードを通り、やっと世田谷ビジネススクエア1階の受付へゴール。エコバックを貰って解散する。国分寺崖線を上下したからか、歩数よりも疲れたように思った。
用賀駅周辺は、去年来た時と比べると、すっかり落ち着いた雰囲気を感じた。
◎第541回[新橋から池袋まで環状線縦断ウォーク]
10月25日(土)午前9時=約9㌔=
新橋駅集合(JR受付)→虎ノ門→霞ヶ関2→大蔵省上→総理官邸前→参議院通用門前→(日本テレビ通)→市ヶ谷駅→市谷田町→(牛込中央通)→神楽坂駅→牛込天神町→(江戸川橋通)→江戸川橋→護国寺駅(10時30分メトロ受付)→東池袋駅解散
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表通りから見た護国寺
◎第541回[新橋から池袋まで環状線縦断ウォーク]
10月25日(土)午前9時、新橋駅に集合してJRの受付を済ませたのは、51人(直接、メトロ受付を澄ませた者を含む)。簡単な打合せを済ませ、護国寺までのオリジナルコースを歩くことにする。
先ず、虎ノ門まで直進、右折して財務省と外務省の間の霞ヶ関2丁目で左折した。続いて首都高速道路を渡り、総理官邸前で右折。参議院通用門前で左折して、そのまま日本テレビ通を直進、市ヶ谷駅前で右折。市谷田町で左折。牛込中央通を直進、神楽坂駅前で左折して牛込天神町で右折。江戸川橋通を直進。江戸川橋の袂にある江戸川公園で休憩した。
続いて音羽通を直進、護国寺に到着したのは、11時近くなってしまった。先着したメンバーにメトロの受付を依頼していたため、10時30分に締め切られたメトロの受付も間に合った。
待ち合わせをしたメンバーと合流して直接ゴールの東池袋駅を目指して歩き、メトロの記念品をゲットして解散した。
10月18日(土)午前10 時=約12㌔=
京王線高尾駅集合→陵南公園→南浅川緑地→吉祥院→多賀神社→多賀公園→浅川→極楽寺(休憩)→台町見晴公園→富士森公園→子安公園→京王八王子駅(中央口)・解散
10 月11 日(土)午前10 時=約8㌔=
JR大崎駅南改札口集合→目黒川沿い→不動前駅前商店街→かむろ坂→目黒不動尊→都立林試の森公園(休憩)→武蔵小山商店街→戸越銀座商店街→大崎駅南改札口解散=約8㌔=
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かむろ坂を上がった小さな公園で可愛い銅像に出会った。
◎第539回[目黒不動尊・林試の森公園と下町商店街]
10月11日(土)午前10時、小雨の降るJR大崎駅南改札口の外に集合したのは46人。京王高尾の土休券、広島旅行のお土産の配布、皇居ぐるっとウォーク、東急エコウォークの出席確認、東急土休券の申込、第3四半期皆勤者8人へ景品贈呈、など汗だくで打合せし、自由歩行で雨の中に出発する。大崎は何だかいつも雨になるようだ。
大崎ゲートシティ、夢さん橋の露店の中を抜け、目黒川沿いを進む。御成橋公園、光の滝公園など新しいものが出来ていた。ふれあい橋を渡り五反田駅をくぐり国道1号線を越え、市場橋から左折。東急目黒線沿いに進み不動前駅を右折、商店街からかむろ坂を上り、可愛い銅像に出会った。続いて目黒不動尊へ向かう。ウォーカーばかりの不動尊境内で、紫色の甘藷まつりの横断幕が淋しそうに雨に濡れていた。
東門から秋雨にしっとり濡れた都立林試の森公園に入る。出会いの広場から南門へ出ると、直径12センチはある大きなみかん(ザボン? 文旦? 実は同じもの)が重そうに生っていた。小山台小、小山台高、武蔵小山駅を過ぎると、有名な武蔵小山パルムの商店街が600メートルほど続き、中原街道平塚橋の歩道橋を渡って今度は戸越銀座商店街。東急線、1号線、新幹線、妙光寺と、約2キロほどうんざりするほど歩いてJR線に突き当たる。線路沿いに左へ行くとビル群が眼前に聳えていた。百反通を過ぎ、和太鼓の演奏に迎えられて階段を登り、大崎駅西口に到着。ゴールしてそれぞれ解散した。雨のためちゃんと休憩をとらなかったせいか、結構疲れた。=約8㌔=
10月3日(金)新幹線6時発→広島。原爆ドーム・宮島散策。広島泊。
10月4日(土)浜田、海洋館アクアスでシロイルカを見る、畳ヶ浦散策。希望者のみ夜・石見神楽鑑賞。 浜田泊
10月5日(日)石見銀山。バスで広島。東京駅着23時32分着
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勇壮で動きの激しい石見神楽を間近に見て感激の極み
◎第538回B[三つの世界遺産を訪ねて]
10月3日(金)東京駅新幹線6時で出発した一行12人は、広島で原爆ドームを見学。そのあと宮島で散策。広島泊。
10月4日(土)レンタカーで浜田へ。途中、海洋館アクアスでシロイルカを見たあと、畳ヶ浦散策。国民宿舎に荷物を置いた後、浜田の今宮神社で舞台に上がり、石見神楽を鑑賞。勇壮で動きの激しい御神楽を間近に見て感激の極み。
10月5日(日)は石見銀山見学。大久保間歩から坑内に入り、かつての掘削現場を見た後、釜屋間歩まで登った。続いて大森代官所跡から町並み地区を散策。当時の賑わいを偲んだ。その後、高速道路で中国山脈を横断、広島でレンタカーを返還。新幹線で定刻23時32分東京駅に無事到着し、解散した。
10 月4 日(土)午前10 時=約8㌔=
JR東十条駅集合→東十条商店街→子育地蔵尊→名主の滝公園→王子稲荷神社→北区中央図書館→中央公園(休憩)→音無川散策→音無橋→旧古河庭園→飛鳥の小径→七社神社→西ヶ原一里塚→飛鳥山公園→王子駅北口解散=約8㌔=
◎第538回A[徳川家日光御成道沿線と江戸の行楽地]
(JR駅からハイキングNo. 01804)
10月4日(土)午前10 時、JR東十条駅北口改札を出ると目の前に受付が並んでいた。コース進行方向の反対側の通路に集合。ピースボートから届いた有居さんのはがきを回し読みし、残留組37人、体操も省略して、名主の滝公園を休憩場所として、秋晴れの中、自由歩行で出発する。
駅の階段を下り、東十条商店街、桜田通り、東十条南口通り商店会と矩形に歩き、JR線を地蔵坂跨線人道橋で越え、子育地蔵尊を拝んで坂を下り、線路沿いを進む。井頭地下道を覗き、高台の十条台小を仰ぎ見て、名主の滝公園に辿り着く。江戸時代から続く清々しい滝を眺めて、しばらく休憩。ほぼ全員の顔を見た。
王子稲荷の坂を上って王子稲荷神社にお参りし、本郷通りへ出て図書館前の広い公園を横断、左に北区中央図書館の赤レンガ、右に自衛隊のグランドを眺め、北区中央公園に入る。陸軍の第一造兵廠本部だった白亜の文化センター前庭の日時計=写真=を見て、滝野川橋から石神井川へ出る。
音無橋まで川沿いに進み、都電の線路を越え、西ヶ原一里塚を望んで、本郷通りを旧古河庭園まで歩く。いつ見ても洒落た洋館を望み、上中里駅への坂を下る。切符売り場を過ぎ、印刷局滝野川工場の表札を見て、甍の塀が続く線路沿いの飛鳥の小径を通り、七社神社への坂を上る。
神社からコースを外れ、坂を下る。飛鳥山公園の資料館の庭や古墳群を裏から見上げ、王子駅東口の歩道橋を渡って都電沿いを歩き、中央口の歩道橋上でゴール。
それぞれ解散した。(約8㌔)
9 月27 日(土)午前10 時=約8㌔=
JR横浜線十日市場駅集合→三保市民の森→新治市民の森(休憩)→中山駅解散
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道端に咲く彼岸花を愛でながら歩く
◎第537回[横浜線開業100周年自然満喫ウォーク]=約8㌔=
9 月27 日(土)午前10 時、JR横浜線十日市場駅に集合したのは、41人。打合せを簡単に行い、体操は省略してスタート。緑テニスガーデンまでの道程も三保市民の森までの道もだらだらと上り道で、意外に疲れる。アップダウンの激しい三保市民の森の手前で、横道に入り、人気のないあぜ道を通り、遊歩道にたどり着く。黒い帽子や黒い上っ張りを懸命に参加者が脱いでいる不思議な光景。よく見ると凶暴なスズメバチは黒いものを襲うとの注意看板が出ていた。その中に「ゆっくり下がりながらそして逃げる」とある。難しい注文に戦々恐々で歩いたが、幸いに出くわさなかった。
広大な新治市民の森に入り、「森の工房」で、ちらっと木工製品を眺めて池ぶち広場で休憩。トイレで長い行列ができ、入るのを我慢して出発。道端に咲く彼岸花を愛でながら新治小学校を越えて右側に入るコースを略して左側の道に入り、横浜線に着いた。
ここからも結構長い道程があって、道は平坦だったが、なかなかゴールの中山駅に着かない。やっとの思いでゴールしたが、駅構内に入る短い階段を上がるだけで息が切れ、少々弱っている自分を発見して解散した。
9 月20 日(土)午前10時=約10㌔=
木場公園ミドリアム前集合→福富川公園→清澄公園→芭蕉庵史跡展望公園→小名木川緑道公園→猿江恩賜公園日本庭園(休憩)→横十間川親水公園→仙台堀川親水公園→木場公園解散
◎第536回[秋の区内緑道めぐり]=約10㌔=
9 月20 日(土)午前10時、木場公園ミドリアム前に集合したのは39人。当初、JR、京王の企画に乗るつもりだったが、台風13号のため、中止とのことで、連絡したが、朝、天候を見ると台風一過、晴れ間も見えたので、急遽、コースを変え、連絡。ある人の独白。「昨日、メールを貰ってがっかり! 朝起きて晴れた天気を見てがっかり! 実施のメールを貰ってニッコリ!」とのこと。
打合せと体操の後、スタート。手入れの行き届いているしっとりとした福富川公園を縦断して、黒々とした桜並木の続く仙台堀川に入る。清澄橋を渡り、秋色漂う清澄公園内を歩いて、今度は隅田川テラスに出る。しばらく歩いて万年橋を渡り、新装なった芭蕉庵史跡展望公園で小休止。昼と夜では芭蕉像の向きが変わるという仕組をしばらく探索。
続いて広くなった芭蕉庵通を直進。森下文化センター横から小名木川緑道公園を歩く。エンゼルトランペット=写真=が印象的だ。大横川で地上に上がり、猿江橋を渡り新大橋通りで右折。猿江恩賜公園日本庭園に入り、休憩。猿江恩賜公園のゆったりした空間の中でティアラこうとうはすっかり馴染んで、こういう中で仕事ができる職員が羨ましくなってくる。
横十間川親水公園の右側を歩くが、クローバー橋から左側を歩く。萩橋で右折、仙台堀川親水公園を通り、ゴールの木場公園に到着。すっかり快晴になって体は汗ぐっしょり。ミドリアムの中でしばらく休憩。汗を冷やしてお昼に向う。
9月13日(土)午前10時=約10㌔=
渋谷区役所集合→山手通→松涛2丁目→玉川通陸橋下→池尻→緑道分岐点→茶沢通→太子堂(休憩)→円泉寺→烏山川緑道→三宿池尻→池尻小学校→世田谷公園→蛇崩川→東横線ガード→駐輪場→中目黒駅前街角公園解散
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色とりどりの草花で飾られた目黒川緑道
◎第535回[渋谷から世田谷・中目黒]=約10㌔=
9月13日(土)午前10時、渋谷区役所裏のCCホール前に集合したのは、50人。打合せと体操を実施してスタート。
観世能楽堂や鍋島松涛公園を眺めながら正面のGOLDWINの異様な建物に目を見張りながら山手通に入り、左折。松涛2丁目の交差点で右側を歩き、松見坂を下った。氷川神社手前から
C班はそのまま山手通を直進。ゴールの中目黒に向った。
正式ルート組は工事中の山手トンネルやインターチェンジの大規模工事で大変貌の様相を見せる中を池尻大橋から目黒川緑道に入る。暗渠になっている緑道にわざわざ下水道を再生した水を流すせせらぎを作った沿道に近所の人たちが様々な花を育てている。緑道分岐点は北沢川と烏山川の合流点。A班はコース通り北沢川緑道へ向い、せせらぎ公園で休憩。茶沢通から太子堂(円泉寺)を見学して、烏山川緑道に入ったが、B班は分岐点から左の烏山川に入り、三宿通で左折した。玉川通を渡り、池尻小学校で左折、世田谷公園で休憩した。
くねくねと曲がりくねってまるで蛇がのたうっているような川で一旦大雨が降るとそこかしこが崩れて洪水を起こすところから蛇崩川と名づけられた川も今では暗渠になって蛇崩緑道となっている。この緑道を歩き、東横線ガードに沿って中目黒駅前ゲートタウンに到着。体操をして解散。三々五々、食事に向った。
9月6日(土)午前10時=約7㌔=
玉川上水駅集合→玉川上水緑道→上水公園(休憩)→美大通→小川寺→神明宮→四季の小路→野火止緑地→東大和市駅→薬用植物園(見学)解散
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薬用植物園で案内人の説明を聞くGNP一行
◎第534回[玉川上水、野火止緑地、薬用植物園]
9月6日(土)午前10時、玉川上水駅南口集合となっていたが、この南口がよく分からない。迷った挙句やっと見つけたが、改札口からその場に行くには案内が必要。構内の表示がよくない。ゲスト1人を含めて45人で南口駅前広場で打合せと体操。
すぐに玉川上水緑道に入り、左側を歩く。途中、橋を渡らず、水辺に降りて右側に出る一寸した険路があり、恐々と皆で渡る。日が余り当たらないせいか、湿気を帯びて滑りやすい。後はただただ直線的に上水公園まで歩き続ける。ここで休憩。天気はいいのだが、湿度が高く蒸し暑い。しかし木陰は涼しく秋の気配を感じながら汗が引くのを待つ。
ここから左折して美大通を歩き、小川寺、神明宮を横目に西武拝島線の沿道を「四季の小路」と称しているところをわずかに通り、左折して野火止緑地に入る。自然林の合間を踏みしめて歩く心地はなかなかいいもの。東大和市駅に突き当たると南側に薬用植物園が広がっている。
無料の植物園だが、ボランティアの案内人も居て詳しくいろんな説明をしてくれる。規定の時間ではなかったが、大挙して押し寄せたGNPメンバーを見つけて案内。漢方薬の原料、製薬原料、民間薬原料と区別があるが、薬と毒が殆ど同じものともいえる。「良薬は口に苦し」というが、自然界の中で、動物があらゆる意味で植物の恩恵にあずかっていることが、よく分かる。駅前で食事をして解散した。=約7㌔=
8月30日(土)午後4時 (第423回実施分)
豊洲公園(有楽町線豊洲駅ゆりかもめ出口徒歩5分)集合→春海橋→トリトンスクエア(休憩)→晴海大橋→木遣り橋→東雲1丁目→東雲橋→豊洲公園解散=約10㌔=
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豊洲公園を彩る跳ね橋はまるで勝鬨橋のミニ版だ。
◎第533回[夕涼み豊洲・晴海・東雲]
8月30日(土)午後4時 、新装成った豊洲公園に集合したのは41人。生憎の雨模様で打合せをそそくさと終え、105日間に亘って世界一周旅行に旅立つAさん、Nさんご両人に送別の拍手を贈り、体操も省略してスタート。
ららぽーと豊洲の庭園を通り晴海橋を渡る。晴海橋公園は高い塀で封鎖され、潤いがない。晴海1丁目の交差点から屋上庭園を歩く。樹木や草花がいつの間にか定着して、コンクリート造りの屋上に自然を振り撒いている。小雨が降っている割に蒸し暑い。トリトンスクエアで休憩中、ソフトクリームを食べて涼を摂り落ち着く。
古い地図やナビでは海上となっていて歩くことの出来なかった道が晴海大橋と木遣り橋によって開通。新豊洲でゆりかもめを仰ぎ見ながら都橋通まで直進ここで左折。江東区第3、第4の大学、花田学園、三浦学園が建設中、来年4月には開校とか。いよいよ、江東区も学園都市の仲間入りしたようだ。
運送会社や倉庫が乱立する中で東雲橋を渡り、雨雲の中、天辺は隠れてしまいそうな超高層シェルタワーを見上げながらゴールの豊洲五公園に到着。解散した。=約10㌔=(第423回実施分)
8月23日(土)午後5時=約6㌔=
新宿御苑新宿門(新宿三丁目駅A1出口徒歩5分)集合→北参道→明治神宮前→宮下公園解散

カラオケ大会で賑わう宮下公園
◎第532回[夕涼み副都心線を歩こう②]=約5㌔=
8月23日(土)午後5時、新宿御苑新宿門に集合したのは、43人。小雨降る中での参集のため、若干少ない感じがするが、大きな木陰の下で、打ち合わせを実施。気温が25度以下と涼しくじっとしていると寒くなってくる。そそくさと終わらせ、体操も省略してスタートした。
明治通に入り、一路、渋谷まで直進。途中、本来は、明治神宮、代々木公園をたどる予定だったが、大雨にならないうちにと先を急ぎ、目的の副都心線が、明治通の下を走っていることを頼りに歩く。
明治通は古くから通じているせいか、歩きやすく、歩道も広いので、自動車の交通量の多さも意外に気にならない。途中、新宿や原宿の雑踏は目立つが、新しい北参道駅、明治神宮前駅もちゃんと確認してカラオケ大会で賑わう宮下公園=写真上=に到着。無事解散し、何でこんなに人出が多いのか疑問の湧く渋谷駅から帰途に着いた。
8月9日(土)午後5時=約6㌔=
南池袋公園(池袋駅徒歩5分)集合→雑司が谷→西早稲田→東新宿→新宿三丁目→新宿御苑解散
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雑司ヶ谷鬼子母神の中にあるお稲荷さんの幟は赤くまぶしい。
◎第531回[夕涼み副都心線を歩こう①]=約6㌔=
8月9日(土)午後5時、まだ暑さが残る南池袋公園の広場は人でごった返し、よく見ると行列が出来ていた。どこかからカレーの匂いがしていたのは、炊き出しのものだったらしい。何故か気が引けて、端っこの空き地に陣取る。
三々五々仲間が集まってきたが、戸惑ってか、皆さん塊になってやって来た。集合したのは45人、蚊に刺されながら屯して、次の土曜はお休み、532回の集合は午後5時、明日の下見は無しなどを打合せ、体操をして出発。新しく開通した副都心線を2回に分けて歩く企画の今日は1回目だ。
南池袋公園を出て妙興寺を左折、南池袋2丁目を右折して法明寺参道に入る。お寺が並び、観静院を出るとすぐに雑司が谷鬼子母神。こんな近くとは思わなかった。雄大な銀杏の木を眺め参道を出ると都電鬼子母神前の停留所がある。ここは副都心線雑司が谷駅との乗換駅になっている。
角をはしょってそのまま直進し、目白通に出て、田中真紀子さんの店とお宅を眺め幽霊坂を下りる。薄暗い路は片側が工事中で急な下り坂、何とも気味が悪い。門の閉まった新江戸川公園を曲がり、神田川を駒塚橋で渡る。
夕空にドコモのアド気球船が浮かび、カラスのアベックがビルの屋上でギャーギャーと楽しんでいた。リーガロイヤルホテル前を通りグランド坂を上ると早稲田通りに出る。
前方に見えていたAグループの姿が急に見えなくなって大慌て、行き止まりを戻ったりして、ようやく諏訪町の交差点に辿り着く。ここが西早稲田駅だ。学習院の真っ赤な門柱を眺め、戸山公園子供の広場辺りで休憩。
若い人たちがスポーツしたり、演奏したり、宵の公園は賑やかだった。早稲田理工学部の銀杏並木を抜けて明治通りへ出る。箱根山は省略して、涼風の吹く中、明治通りを南下し、東新宿駅へ。大久保通りを越え、解散場所を少し手前の花園神社に変更し、神社の前で軽い体操をして解散。それぞれ新宿三丁目駅などへ向かう。
久しぶりで結構疲れたが、立秋を過ぎ、涼しい風が吹いて、気持ちよい夕涼みウォーキングだった。
8月2日(土)午後5時=約8㌔=(9回参照)
健康センター集合→三ツ目通→古石場親水公園→相生橋→佃公園(休憩)→佃大橋→南高橋→永代橋→越中島公園解散
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佃に飾られた3年に一度の住吉神社の御柱
◎第530回[夕涼み健康センターから区内公園巡り②](約8㌔)
8月2日(土)午後5時、夕方とはいえまだまだ蒸し暑い外界を逃れ、改装された健康センターに入って涼んだのは48人。時間になり、暑い外へ出て玄関前に集合、Nさんのラジオ体操をして、涼風が吹き始めた「潮風の散歩道」へと出発する。
南開橋をくぐり大門通りに出て西洲崎橋を渡り、三ツ目通を歩道橋で渡り、古石場川親水公園へ入る。流れはよどみ、風が無い。ワンちゃんが水に入って涼んでいるのがうらやましい。 牡丹町公園で外に出て清澄通りへ。相生橋手前の越中島公園で小休止、落日を眺めながら水分を補給する。浴衣姿の人が見受けられ、花火大会かな、と、言い合いながら、佃公園は省略して中央大橋へ出る。屋形船や納涼船が隅田川を下っていった。今日は川の水がテラスの際まで打ち寄せ、永代橋の下は水没して通り抜けられなくなっていた。永代通りに出て、解散場所の越中島公園は不便なので変更、門仲交差点で解散した。
A班はコース通り、本来の休憩場所の佃公園へ回り、3年に1度行われる住吉神社大祭に遭遇し、普段水中に埋めて納められている御柱が大空に屹立しているのを見上げたそうだ。カットして皆さんと一緒に見られず残念。申し訳ないことをしたと思う。
7月26日(土)午後5時=約8㌔=(415回参照)
健康センター集合→南開橋→しおかぜ橋→潮見運動公園→辰巳の森海浜公園→辰巳の森緑道公園(休憩)→夢の島公園→新砂1丁目→江東運転免許試験場→南砂緑道公園解散
◎第529回[夕涼み健康センターから区内公園めぐり①]
7月26日(土)午後5時、江東区健康センターに集合したのは48名。ここは、何時もお世話になっている施設で、全員が冷房の効いた1Fフロアで和やかに談笑している。本日よりGNPウォーキングは夏時間となり、夕方5時集合の夕涼みウォーキングに変わる。西の空の雲行きが怪しい雰囲気。夕立だけならまだしも、雷が来るかも。今日のコースでは雷を避ける場所のないところもある。急遽相談し、コースの危ないところを短縮する(辰巳の森、湾岸道路、夢の島を省略して、コース距離は約半分)。外に出て集合し、連絡事項及び今日のコースの短縮の説明を受ける。MNさんのリードでラジオ体操とストレッチを実施。各班ごとにスタートする。スタートする頃は、上空まで黒い雲が流れてきて、怪しい空模様。
汐浜運河沿いのしおかぜの散歩道を通り、南開橋から大門通りに出る。メトロの地下鉄検車区の横を通りしおかぜ橋を渡る(平成10年3月の完成で、GNPと同じ年齢だ)。三ツ目通りに出て、潮見運動公園前で左折、江東区清掃事務所前、潮見消防訓練所前を通り、潮見駅方面に向かう。
日陰の少ない道路だが、夕涼みタイムに入っていることでもあり、頭上からの暑さはさほど気にならない。涼しい風が吹いてきて、汗も殆どかかない。潮見駅を過ぎ、曙北運河を渡ると明治通りだ。
新砂1丁目信号で左折し、江東区運転免許試験場方面に向かう。第九機動隊前、運転免許試験場前を通り永代橋通りに出る。機動隊前・運転免許試験場前の一帯は、戦前プロ野球の洲崎球場があり、巨人軍のホームグラウンドであった。後楽園球場が出来る前の公式戦のメイン球場の一つとして利用され、大勢の観客を集めていた。現在はオルガノ(株)、日本デジタル研究所、他の会社の建物が建っている。日本デジタル研究所の建物は非常に鮮やかで目立つ。
永代橋通りを渡ると直ぐに南砂緑道公園の入口だ。今日のコース予定ではここがゴールであったが、コースを短縮したため、緑道の終点の明治通りまで歩く事に変更していた。夕方で薄暗くなっている緑道を歩き、明治通り際でゴールとなった。この緑道には元都電(城東電車)が走っていて、昭和47年に廃止されるまではちんちん電車の愛称で親しまれていた。現在は、春に見事な桜並木のトンネルとなり、江東区の桜名所の一つとなっている。
幸いにも雨に遭うことなく、本日のウォーキングは終了。各自、帰途についた。=約6㌔=
7月19日(土)午前8時=約11㌔=
JR新検見川駅(総武線)集合→大賀ハス発掘の地→東大緑地植物実験所→しらさぎ公園→花見川千本桜緑地→真蔵院→三代王川神社→青木昆陽甘藷試作地(休憩)→旬菜厨房菜のは→幕張海浜公園→見浜園→幕張の浜→海浜幕張駅解散
◎第528回B[大賀ハス発掘の地と海浜幕張を巡る]=約11㌔=
7月19日早朝8時。新検見川駅に集まったのは21名プラス1。久しぶりに参加された会長が近況と連絡事項、打合せを行い、明日の下見の参加者を募った。集合場所が狭かったこともあり、体操を省き全員揃って歩き始めた。東京大学検見川総合運動場沿いを進み、大賀ハス発掘碑のあるハス池にたどり着いた。大輪の四つのピンクの花が咲いていて私達を迎えてくれたが、以前行った行田の大賀ハスの方が綺麗だったと愚痴を言いながら東大緑地植物実験所に立ち寄った。
実験所のハスは大輪でピンク、白、黄色の、一重、八重があり、見事で、本当に目の前で目の高さで手に取って見る事ができ、思わず香りを嗅いでしまった。石鹸を花にしてちょっとだけ甘い香をたしたらこんな感じかなと思われるさっぱりとした香りだった。出口でハスの香水を付けて貰い(こちらはもう少し甘い香)満足して実験所を後にした。
実験所には園芸品種を中心に樹木約400種600品目と、大賀ハスを中心とした草木100品目が栽培、保存されているとのことだった。
ちょっとだけ短縮して花見川千本桜緑地に着くとよく冷えた500㍉㍑のアクエリアスのサービスがあった。一気に飲み干し喉の渇きを潤した。瑞穂橋を渡り炎天下11㌔㍍も歩けないと又々短縮コースを行く。幕張駅を右に見ながらJRの線路上の歩道橋を越え、京成千葉線の踏切りを渡り、国道14号線に出る。右折してイトーヨーカドーから左折、本ルートに合流した。そのまま真っ直ぐに進み「旬菜厨房奈のは」に着く。ここで紙パックの十六茶を貰いくじを引く。GNPのメンバーは誰も何も当たらなかったようだ。
ここで実質の解散。コーヒーショップで休みそれぞれ帰路に着いたようだ。
海が見たかったのでまた本ルートに戻る。幕張海浜公園でとてもウィットに飛んだ休憩所があったので思わず立ち寄ってしまった。幕張の浜の手前は椰子の木が植えられ南国に来たようだった。海に出て真夏を謳歌し、この日明けた梅雨を喜んだ。 [Y.Y.記]
7月19日(土)午前10時=約8㌔=
練馬駅(西武線・都営線)集合→北江古田公園→東福寺→水の塔公園→哲学堂公園(休憩)→沼袋氷川神社→新井薬師→落合公園→中井駅解散
◎第528回A[街を抜け緑濃い都会の道をめぐる]=約8㌔=
7月12日(土)午前10時、西武池袋線練馬駅中央口に集合したのは29名。受付を済ませ、久々にK.M.さんより連絡事項説明を受ける。西武主催のウォーキングなので、一般参加のメンバーに混じってGNPメンバーも適宜グループを作ってスタートする。
じりじり照りつける太陽の下、目白通りを歩き、環七を横切り、豊中通りを脇目もふらず町中を歩く。全く日陰がない。ようやく江古田公園に入る。大きな木々、木陰、涼しい風が我々を迎えてくれる。ウォーカー達が一息ついている。ペースを大幅に緩め、涼みながら樹木のトンネルを進む。それほど大きくない公園だったので、汗も引き切らない内に公園を後にする。
再び炎天下を歩き、東福寺に到着。将軍吉宗の鷹狩りの御膳所となったお寺ということで寄ってみる。お参りをし、綺麗に並んでいる石物六地蔵に見送られ、哲学堂に向かう。
流れる汗をぬぐいながら歩く。前方にポツンとそびえる大きな円柱状の塔が見える。野方配水塔だ。江古田のシンボルにもなっている30m余りの給水塔だが、今は災害用給水槽になっている。水の塔公園を横切り、蓮華寺に入る。蓮華寺には哲学堂を造った井上円了博士の墓所がある。境内を抜けて、中野通より哲学堂公園に入る。
哲学堂公園は緑の木々が多く、入口から通路が日陰になっている。炎天下を歩き続けてきたのでホット一息つく。蝉の鳴き声が聞こえる。今年初めて聞く蝉の声『ミ~ン、ミ~ン』。姿を捜すが見つけられず。ここはコースの中間点、内部を散策しながら休憩することにする。涼しい風の中を、哲学的名前の付けられた施設・場所、庭などを見て歩く。
哲学堂公園を出て、熱気に包まれたような中野通を歩き、沼袋氷川神社に入る。南北朝時代より続く、歴史のある神社で須佐之男命を御祭神としている。“幸せを呼ぶ『三本願い松』”があり、松に幸せを願うと必ず叶うという謂れがあるとのこと。松に手や頬を寄せてつぶやいている人も見受けられる。
氷川神社を出、西武新宿線沿いに歩き、新井薬師公園に入る。新井薬師でお参りし、駅前商店街歩いてゴールを目指す。さすがに炎天下のウォーキングはきつく、このあたりまで来ると、日陰をたどって歩く人、日陰で一息つく人等々いる。落合公園に入る。ここの地下には、大雨時の暴れ川、妙正寺川の水を一時的に呼び込む地下貯水槽が設けられている。地上は子供達の大型複合遊具がたくさんあった。
落合公園を出て、妙正寺川沿いに歩くと直にゴールの中井駅に着いた。汗をぬぐい、参加賞を受け取り、帰宅の途につく。帰宅後の夕刊に関東も今日梅雨明けのニュースが掲載されていた。 [T.C.記]
7月12日(土)午前10時=約8㌔=
アロマスクエア(蒲田駅東口徒歩4分)集合→稗田神社→梅屋敷公園→弁天神社→貴船堀公園→大森ふるさとの浜辺公園→海苔のふるさと館→平和の森公園→平和島競艇場→しながわ区民公園→天祖神社(立合川駅徒歩2分)解散
【大森ふるさと浜辺公園:海で戯れる子供達】
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◎第527回[蒲田から大森の公園めぐりウォーク]
7月12日(土)午前10時、蒲田駅前のアロマスクエアに集合したのは39名。連絡事項・打ち合わせを済ませ、MNさんのリードで体操を実施。各班ごとに出発する。
多摩堤通りに出て、呑川の菖蒲橋(あやめばし)を渡り左折する。かつての蒲田の地は梅と共に菖蒲(あやめの)群生地として知られ、広大な敷地の菖蒲園もあったようである。東邦医大通りを進み左折し、稗田神社前を通り、京急踏切を渡って、梅屋敷公園(正式名称は聖跡蒲田梅屋敷公園)に入る。 ここは江戸時代に富豪の薬屋(山本家)が造り、将軍家の鷹狩りの休憩所にも使われた由緒ある純和風庭園。明治天皇が大変気に入り、9度も通った記録も残されている。
公園を抜け、貴船神社前を通り貴船堀公園に入る。今日の初めての涼しい木陰のある公園だ。僅かな風ではあったが、額の汗も引いていく感じがする。公園の中を進むうちに、磯の香りがしてきた。貴船水門を左折すると、突然目の前に浜辺が一面に広がり、大森ふるさと浜辺公園に着く。全体的にはこじんまりした場所だが、砂浜は広く海水浴が出来る。子供達が海に入り遊んでいる。ここはもう真夏だ。じりじりと照りつける太陽の下、ひたすら歩く。
浜辺を過ぎ、芝生にはいると「大森海苔のふるさと館」がある。内部の見学を兼ねて休憩。今年の4月にオープンの真新しい館内には、海苔の育成から船による採集、加工等の写真・道具類の展示があり、ビデオによる説明もされている。冷房の効いた館内でゆっくり涼み、再びスタートする。
隣接する、平和の森公園に入る。アーチェリー、フィールドアスレチックを楽しむ人を横目に、緑の木陰の間を縫って歩く。所々にウッドチップが敷き詰められ、歩き心地が良い。童心に返ってリズミカルに歩く。
公園を抜けてレジャーランド平和島のBIG FUNの前を通り、平和島競艇所に出る。勝平橋を渡り、しながわ水族館に到着。水族館に繋がるしながわ区民公園歩き、鈴ヶ森橋下のトンネルを抜けると急に緑の大きな樹木の森に入る。入口のトリムの森で小休止。ここは東側に大井競馬場が位置し、南側に有名な鈴ヶ森刑場跡がある場所だ。
引き続き緑のトンネルがずうっと続く小道を気持ちよく歩く。涼しい風も時折吹き、猛暑を忘れさせてくれる。公園を抜け、天祖神社に向かう。天祖神社前の通りは広くもないが、昔のメイン通りの旧東海道だ。左側の奥まった所に天祖神社があった。ゴールだ! 真昼の炎天下にゴールしたのは二十数名。軽いストレッチ体操をして、解散する。三々五々立会川駅に向かって歩き出す。直ぐ帰る人、お昼を食べに行く人等思い思いに行動する。
7月5日(土)午前10時=約8㌔=
和田倉噴水公園(メトロ大手町駅C13A出口徒歩2分)集合→日比谷公園→電通ビル→銀座東武ホテル→三原橋→三越→松屋→メルサ→鍛冶橋通→八重洲通→永代通→三越→貨幣博物館(見学)解散
◎第526回[日比谷公園、銀座、日本橋をたどる]=約8㌔
7月5日(土)午前10時、和田倉噴水公園に集合したのは58人。打合せを済ませ、吹上げる噴水をバックにNさんのリードで気持ちよく体操を実施。A班より皇居外苑に向かって順次出発する。
内堀通りを歩く。皇居外苑前広場は明るい初夏の光を浴びて、芝生の緑、松の緑が眩しいくらいに目に入ってくる。いつ見ても綺麗に手入れがされ、清々しい感じがする。ところが、その光景の中に警察官の姿が、大変多く目に入って来る。車や自転車でフラフラ走っている人を止めて、尋問している感じ。どうやら、北海道洞爺湖サミットが始まる2日前なので、チェック体制を強化しているようだ。祝田橋で皇居外苑を抜けて、日比谷公園に入る。
直ぐに公園内の小さな山・三笠山を一気に踏破(?)。公園造成時に池を掘った残土で作られた標高10mの小山で、三笠山というかわいい名の山に感激する。自由の鐘、草地広場、雲形池、日比谷公会堂前を通り、第二花壇のソーラー時計の前を通って日比谷門より出る。緑の樹木の多い日比谷公園を半周したことになる。
日比谷通りを突っ切り帝国ホテル前を通ると、山手線のガードが見えてきた。ガード下を抜けるともうそこは銀座だった。銀座に入ってからは銀座一丁目から七丁目の碁盤の目のように交叉した道路のアチコチを右に左にと闊歩。
松坂屋、三越、松屋、ブランタン等々有名店を眺めながら銀座を歩く。三越前の和光本館の大時計塔が幕で覆われ見えない。耐震工事中で11月に完了するようだ。ショーウィンドウのディスプレイがとても綺麗で気になった。数人がカメラを構えている。私も割り込んでカメラを構えてパチリ。
銀座を抜け、中央通り高島屋の前を通り、永代通りに当たる。右折し、証券会社の林立している日本橋兜町をぐるり一周し、中央通りに戻る。日本橋川で童謡にも謡われたお江戸 ”日本橋”を渡る。三越本店の角を左折するともうゴールの貨幣博物館だった。貨幣博物館は豪壮な歴史を感じさせる日銀の側に位置している。ここで本日の解散とし、後は各自の自由見学とする。
団体見学の入場受付を済ませ、2階に上がる。ゆったりした応接風のロビーで休憩をし、各々見学する。館内には日本の貨幣だけでなく、世界各国の貨幣が集められており、日本との違い等興味深く見て回った。一億円相当の偽札束があり、持ち上げてみる。かさといい、重さ(10kg)といい、容易に持って逃げるとか、さらに走れるものではなかった。また、時代小説で豆板銀、丁銀という言葉が出てくるが、初めて本物を見た。とてもお金には見えない形状の物で、江戸時代にはこんなお金もあったのだなと感心する。
6月28日(土)午前10時=約14㌔=
小田急喜多見駅集合→次大夫堀公園→砧公園→馬事公苑→駒沢オリンピック公園→呑川緑道→田園調布駅解散
◎第525回「喜多見駅から田園調布駅まで」=約14 km =
6月28日(土)午前10時、小田急線喜多見駅に集合したのは45人。広い駅前広場の一角で、連絡事項等打合せを済ませ、Nさんのリードで体操をしてカラダをほぐし出発する。
スタート後、まもなく野川に突き当たり、川沿いに歩く。一旦世田谷通りに出て、雁追橋で野川を渡り、川沿いに歩いて次太夫堀公園に到着。次太夫堀は江戸時代の初期に代官・小泉次太夫の指揮のもとで15年の歳月を要して作られた農業用水路で、多摩川で取水して世田谷区、大田区の全長23 kmを流れ、六郷用水と呼ばれていた。現在はすぐ側の野川からポンプでくみ上げ、この公園内600mを流れる水路を作り小川、水田への水の補給等昔を再現させている。公園内には数件の古民家も移築され、一般に開放されていた。民家園を出て、多摩堤通り下のパズルトンネルに潜り、左折する。トンネル内の壁には卵から鳥が生まれてくるパズルのパネルが貼り付けられて、通る人の目を奪っていた。
途中で世田谷通りに入り、きつい勾配の上り坂道が続く。仙川を横切り、東宝撮影所のある「東宝前」バス停、日大商学部前を通り、大蔵団地前で右折する。大蔵運動公園の中を抜け、砧公園に入る。
入口から見ると両側から樹木が迫り、緑のトンネルがずっと先まで続いて見える。樹木のトンネルの中は爽やかな涼しい風が通り、ホッと一息をつく。うっそうとした樹木のトンネルを抜けると急に明るくなり、両側に広い芝生が広がる。広大な芝生の中に家族連れ・2人連れがポツンポツン見える。休日ともなれば大勢の人が集まるのだろうが、それでも十分な広さがあると思う。この公園は元、ゴルフ場で、芝生・樹木・小川とすばらしい形で残されている。小川の吊り橋を渡り、世田谷美術館の脇を抜けて、やっと砧公園を出る。
公園沿いに歩き、世田谷通りを横切り、馬事公苑の裏門側に着く。垣根沿いにぐるり半周し、表門より入る。公苑内は広く、いくつもの馬場があり、ちょうど競技大会を開催している馬場があった。スタンドの周囲の観覧席には200~300もの人が見物していた。今日参加のウォーカーも、弁当を広げ見物していた。カッコイイお姉さんの馬術競技姿を見つけたので、心の中で失礼しますとつぶやきながら1枚パチリとさせて頂く。余りノンビリもしてもおられないので、馬事公苑を後にして、次の目的地に向かう。
馬事公苑を出て、しばらく公苑の垣根沿いに歩く。陸上自衛隊駐屯地前を通り、大山通りに当たり、信号を左折する。歩いていると歩道の傍らに、桜新町駅におりる階段の出入り口が誘うように大きな口を開けていた。この道路の地下を、東急田園都市線が走っている。(ここまで8kmも歩いてきたのだ。)
新町一丁目信号で玉川通りに当たり、駒澤大学前を通って駒沢オリンピック公園に入る。ここは昭和39年の東京オリンピック時の第2会場でバレーボール、サッカー、レスリング等々が行われ、日本選手が活躍した場所だ。(東洋の魔女達の活躍が特に記憶に残る。)
公園を出て直ぐに呑川駒沢支流緑道の入口に到る。川は暗渠化され、緑濃い並木道が続く。やがて呑川本流緑道に突き当たり、右折する。宮前小学校で緑道を離れ、住宅街の中を進む。ケニア大使館の前を通り、目黒通りを横断し、住宅街を抜け、繁華街に入ったと思ったら、そこは自由が丘だった。九品仏川緑道を通り、東急大井町線の踏切を渡る。
最終ゴールの田園調布駅に向かってひたすら歩く。環八通りを横切り、大きな樹木の道路を進んで行く。お屋敷と呼べそうな閑静な住宅街を抜けると田園調布の駅前だった。ゴールでスタンプを押して貰い、帰宅する。
6月21日(土)午前10時=約12㌔=
京王笹塚駅集合→玉川上水緑道→文殊院→東運寺(釜寺)→妙法寺→桃園川緑道→高円寺→善福寺川緑道→西永福駅解散
◎第524回 [高円寺と善福寺川に夏の訪れを探しに]=約12㌔=
6月21日(土)午前10時、京王線笹塚駅に集合したのは50人。近くの広場で打ち合わせ。会長より長男の通夜、告別式に大勢の参列を賜ったお礼、会社の引き継ぎの件、孫の件等で暫くの間多忙になり、会員には多少迷惑を掛けるかもしれないが、今まで通りGNPを続けていく気持を伝える。体操するには狭いので省略して班毎にスタート。
すぐに玉川上水に当たり、上水沿いに進む。昨夜雨が降ったせいか深く切れ込んだ川底を水がゆったりと流れているのが見える。上水全体が土のままで昔の面影を失っていない。上水を見ながら歩いていくと、突如全体が暗渠状態となって、上面は公園広場になっている。10m幅位の公園広場が300m位続く。遊具、遊歩道、花壇、桜並木等住民の憩いの場所となっているようだ。
環状七号線の下を通り、首都高新宿線の歩道橋を渡る。首都高を過ぎて住宅街の細い道を歩き文殊院につく。続いて住宅街の中の道を歩き神田川の一本橋に出る。神田川沿いを歩き、再び環七に当り、信号を横切って東雲寺(釜寺)に入る。この環七の交通信号が今日の最初の信号だった。一般道でありながら3km余りを信号機無しの道を歩いてきたことになる。妙なことに感心しながら釜寺を後にし、方南中央通り商店街を歩く。方南町信号で環七を渡り、住宅街の中を歩き善福寺川に出る。堀之内橋を渡り直進して妙法寺に到着。入口の両側に仁王様を配し、大変広い境内のお寺だ。ほっと一息をつきたくなるような静寂なたたずまい。お参りし、小休止する。
妙法寺を出て再び環七を横切り、蚕糸の森に到着。緑の木の多い静かな公園だが既に休憩を取ったので、横切ってひたすら歩く。抜けると東高円寺駅前だった。青梅街道の信号を渡り、桃園川緑道に入る。緑道を高円寺方向に歩き、環七に突き当たったところで緑道から外れ、高円寺の門の前を通る。お寺の名前から地名・駅名が後から出来たということである。暫くして五日市街道に突き当たり桃園川緑道に戻る。緑道を300m程歩いて左折し、住宅街を歩く。幅3mもない車の通らない道路の真ん中に、何ヶ所か小さな滑り台が設置してある。道路が小さい子供達の遊び場所になっているようで、これも密集地域のアイディアなのかと感心した。
【住宅街 道路の真ん中にある滑り台】
青梅街道を横切り、梅里中央公園前を通って相生橋で善福寺川に突き当たる。善福寺川の歩道は広く、木々も多く、空気がとても爽やか、思い切り深呼吸をした。ジョギングコースにもなっているようで、時々ランナーとすれ違う。白山前橋で左折、緑の多い場所ともおさらばし、井の頭線・西永福駅を目指してひたすら歩く。ゴールしたときには汗びっしょりだった。
スタンプを押して貰い、参加賞を頂き帰宅。梅雨時なのに傘の出番はなく、蒸し暑く曇天のままの1日だった(天気予報は、事前の大雨予報が直前には曇りと変わっていた)。
6月14日(土)午前10時
光が丘けやき広場(大江戸線光ヶ丘駅A3出口徒歩7分)集合→土志田八幡宮→稲荷山憩いの森→清水山憩いの森(休憩)→もみじ山憩いの森→びくに公園→小泉牧場(見学)→中島公園解散→大泉学園駅
◎第523回[光が丘から白子川に沿って小泉牧場まで辿る]
6月14日(土)午前10時、光が丘けや木広場に集合したのは47人。打合わせと体操の後、午前10時25分に出発。
心地よい風の吹く光が丘公園内を抜け、土支田通を歩き土支田八幡宮へ、細い道を入り稲荷山憩いの森に入り休憩。
もみじ山憩いの森を通り抜け、白子川沿いの道を歩く。大泉ICで目白通を渡る。びくに公園でかっこいいユニフォームを着た小学生の女の子のソフトボールを横目で眺め工事中の白子川沿いを歩く。工事中で架設の外山橋を渡り、白子川を離れ弁天池公園に寄らず(B2班は寄る)住宅街を歩き、東西橋を渡り正午に小泉牧場へ、A班、B1班一緒に到着。しばらくしてB2班の方も到着。
日差しが強くなり汗をかいた身体には特効薬のおいしいアイスクリームを頂きながら牧場主の有意義なお話を聞いて解散。夫々大泉学園駅に向かった。都営に乗る人は12時35分のバスに乗った。 [M.N.記]
6月7日(土)午前10時=約10㌔=
小岩駅北口集合→なかよしこみち→上小岩親水緑道→江戸川堤防→小岩菖蒲園→善養寺→柴又街道→下小岩親水緑道→フラワーロード→かるがもひろば(小岩駅徒歩3分)解散
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五分咲きの花菖蒲を愛でる小岩菖蒲園
◎第522回 [小岩の水路を辿り菖蒲園と善養寺影向の松を]
6月7日(土)午前10時、小岩駅北口に集合したのは56人。打合せと体操、それに少々出し遅れた日光土産を配り、スタート。
小岩駅前北口通と蔵前橋通を歩き、なかよしこみちに入る。かな書きの緑道では横道から可愛い女の子が飛び出してきそうな雰囲気だが、誰にも出会わず、上小岩親水緑道に入る。流れが速い割に水の濁りが気になるが、そこで泳ぐ鯉は丸々と太って大きい。終点では三段の滝になっていて水量も意外に多い。ここで小休止。快い風が汗ばんだ体に気持よく涼を楽しむ。
階段を上り江戸川堤防に出る。川原は野球場のメッカ。少年野球、青年野球、それに女子のソフトボールまで多彩な野球が展開され、堤防の斜面ではその模様をゆったり眺めている。川の流れにはボートやカヌーの練習風景が点在して正に初夏を謳歌している。
京成本線の手前で小岩菖蒲園に到着。ここで5分咲きの菖蒲を鑑賞。菖蒲の微妙な色合いが、鉄分の量や質によるもので、その作り方で、いろんな名前がつけられ、その変化を楽しんだ。
しばらく堤防を歩き、今度は善養寺に入る。この境内の半分ぐらい占めているような錯覚に陥る「影向の松」の枝の広がりは素晴らしい。たった一本の松が支柱100本余りで支えている広がりは十間四方に及ぶとあるから400㎡近くになり、樹齢600年といわれ、想像を絶する天然記念物と言える。
この後、柴又街道を少し通り、下小岩親水緑道に入り、続いてフラワーロードを歩く。この通り、歩道と車道の区切りに花壇を設置、地元の会社や団体、それに個人の人々に花壇の栽培や配置を工夫させ、コンクールを開いている。区長賞やその他の賞に輝く作品はさすがに美しく、配置も理に叶っている。
おかげで商店街にある店舗の印象は殆どないまま、ゴールのかるがもひろばに到着。体操をして解散し、駅前で三々五々お昼を食べて帰途に着いた。=約10㌔=
5月31日(土)午前10時=約10㌔=
横須賀線新川崎駅集合→夢見が崎動物後援→中原平和公園→多摩川緑地(休憩)→東芝科学館→鹿島田駅解散
[夢見ヶ崎動物公園で寒そうに肩を寄せ合う鹿の群れ]
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◎第521回 [自然と技術を感じながら歩く川崎ウォーク]
5月31日(土)午前10時、横須賀線新川崎駅に集合したのは、46人。生憎の悪天候で雨。駅構内で簡単な打合せをした後、日光土産を留守部隊に差し上げるのを忘れて、体操もせずにスタート。
ぬかるみの中を階段を上り、了源寺を過ぎると、いきなり動物の檻が見え、強烈な馬糞のような臭いが漂ってくる。これが夢見ヶ崎動物公園。無料で見ることの出来る動物園でレッサーパンダが有名だ。天気が良ければ絶好の見物だが、雨ではゆっくりも見られず、そそくさと通り過ぎる。
続いて熊野神社、天照皇大神を横目に見ながら坂道を下り、道に迷いながら新幹線をくぐる。元住吉駅から右折、中原平和公園、川崎市平和館を過ぎ二ヶ領用水を通り、苅宿本通から横須賀線、南武線と抜け、多摩川緑地に着く。ここで休憩するつもりだったが、雨に濡れた河川敷では雨宿りもできず、そのまま歩き続ける。
川崎リバーサイドゴルフ場横から多摩川緑地を離れ、天満天神社を眺めながら東芝科学館に辿り着く。入館無料でいろんな施設が揃っている。若干の雨宿りをしたが、濡れた姿のままで見学するには気が引け、そのまま、ゴールの鹿島田駅に向い、解散した。
雨降りのウォーキングは、やはり面白くなく、途中からスタートの新川崎に戻る者、元住吉で中断する者、中には途中からバスに乗り、鶴見に出た者など、ばらばらになってしまったようだ。
5月24日(土)午前10時=約9㌔=
二重橋前駅(千代田線3番出口前)コンコース受付→皇居前広場(楠正成像前)集合→桜田門→国会議事堂→千鳥が淵→北の丸公園(休憩)→田安門→神田古書店街→大手門→和田噴水公園→二重橋前駅解散
◎第520回B [濠と御門でぐるり江戸城一周]=約9㌔=
5月24日、心配していた天候も快晴。二重橋前駅のコンコースは満杯の人。受付でリボンを頂き、狭い階段を登り二重橋広場に出るのに人が湧き出る感じだ。出た目の前は新緑の木々が目に映る。集合場所の勇姿楠木正成の銅像前は、ウォーキングの方々の他に欧米と中国など方が銅像の写真を撮っている。観光バスで来ているようだ。日陰のベンチにGNPの旗を立てて陣取る。9時30分ごろになるとGPPのメンバーが集まりだす。
集合したのは、37名。会長はじめ19名の会員は奥日光一泊ウォークに参加。最高天気に恵まれ、大勢の人出なので注意して歩くよう指示した後、渡辺さんの指導でに体操。休憩場所を北の丸公園に決めてスタートした。
歩きなれた桜田門を抜けて、今何かと揉めている国会議事堂を横目に見て、新緑の美しい濠端道を歩く。暑いので北の丸公園をカットし大手門の方から和田倉濠へ迂回した方も多かった。
白鳥の美しさに暫し魅せられ、ゴールの二重橋前駅で景品のエコバックとリックサクを頂き解散致した。
5月24日(土)7時10分浅草発→東武日光9:15着→東武バス9:26発→湯元温泉10:51着→ホテル11:30発→湯滝(昼食)→小田代橋→小田代ヶ原分岐→小田代ヶ原展望台→(バス)→千手ヶ浜→竜頭の滝→菖蒲ヶ浜→ホテル
5月25日(日)8:30ホテル発→刈込湖→切込湖→涸沼(昼食)→山王峠→光徳牧場→(バス)→ホテル→(バス)→東武日光16:58発→浅草19:35着=約20㌔=
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湯の湖から流れる湯川はやがて湯滝に出て凄まじい勢いで落下していく。
◎第520回A [刈込湖ハイキングと戦場ヶ原ウォーク]
5月24日(土)7時10分浅草駅を出発した一行19人は、天気予報の2日間豪雨の脅しに戦々恐々、重装備で東武日光に着く。フリーパスで東武バスに乗り込み、終点の湯元温泉に到着。「休暇村日光湯元」に荷物を預け、出発。硫黄の臭いの厳しい湯畠の泉温は78度とのこと。高度たった70mの遊歩道に辟易した10人は金精道路で切込湖に向うルートを嫌い湯の湖に向う。一方、9人は険しい山道を登り、刈込湖と切込湖を周遊。登った道を引き返す。湯の湖周遊組は、湯滝の注ぎ口で昼食。色とりどりに咲く石楠花や遊歩道を整備するための棒杭を眺めながら1時間ほどでホテルに到着。ゆったりと骨休めをした。4時過ぎ、遠征組が戻る頃、雨が降り始めたが、ウォーキングには差し支えなく、素朴な温泉と豪華な食事を楽しみ、夜は各部屋で談笑が続いた。
翌25日、当初の予定を変更して荷物は宅急便で送ることにして、湯滝、小滝、竜頭滝と湯川沿岸を歩くことにして、ホテル前で記念撮影。一応、雨具を着用して出発したが、夜来の雨は殆ど上がり、湯滝の下で雨具を脱いだ。すさましい勢いで落下する湯滝は増水した雨の賜物。めったに見られない光景だそうだ。泉門池は「イズミヤド」と珍しい読みをする。ここから小田代ヶ原は一面金網の中。まるで檻の中に入るような気分だが、これは鹿や熊の被害に樹木や草原が遭わないための措置らしい。その中央に貴婦人といわれる白樺が一本屹立している。雄大な男体山とマッチして清々しい。小田代ヶ原展望台に到着。ここで用意したおにぎりにぱくつく。折から中学生の一団が賑やかに整然とやってくる。檻を出てしばらく戦場ヶ原を縦断。熊の心配をして歩くが、賑やかなGNP一行には、熊も恐れを抱いたのか、出遭わなかった。戦場ヶ原といわれるので、てっきり古戦場の名残かと思っていたが、もっと雄大な話で男体山の大蛇と赤城山の大百足が戦った場所とのこと。神話の世界にはロマンがあるようだ。やっとの思いでしゃくなげ橋に到着したが、石楠花の群生は見当たらない。もう竜頭滝に近づいたのか、湯川の流れは速い。滝上から滝下まで階段になっており、滝のしぶきを浴びながら下っていったが、どこから眺めても真っ白な滝の色が、新緑に映えて美しい。可憐なつつじの花がまぶしそうに滝を眺めている姿は一幅の日本画だ。滝下の茶屋で一休み。時間があったので、光徳牧場にバスで戻り、アイスクリームや牛乳をいただき、所期の目的を果たす。ホテルに戻って、初発のバスに乗るか、それとも4分後の日光行きに乗るか、勝負の分かれ道に差し掛かり、行き交うバスの状況により決断。一駅しか乗らず、下りのバスに乗り換えた。幸運にも全員着席できて、いろは坂を快く下る。東武日光駅の始発にも座席を確保して帰京。難渋を覚悟しての旅が天候に恵まれ、十分に歩き、青葉を堪能できた。=約20㌔=
5月17日(土)午前10時=約12㌔=
京王府中駅受付→大国魂神社集合→下河原緑道→いこいの森→府中市郷土の森博物館(休憩・見学)→府中多摩川かぜのみち→京王百草園→百草台自然公園→高幡不動駅解散
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大国魂神社は新緑に彩られ、大勢の参拝客が訪れていた。
◎第519回 [多摩川の初夏と新緑の京王百草園を訪ねて]=約12㌔=
5月17日、府中駅で受付をして、雨上がりで清々しい大国魂神社に集合したのは国立健康栄養研究所の測定組11人を含めて53人。日光参加者へパンフレットを配り、打合せと体操をして出発する。会長は足慣らしに履いてきたトレッキングシューズが分裂し壊れて歩けないので靴屋へ向かう。
百草園を休憩場所と決めてそれぞれ出発する。高札場を眺め下河原緑道をひたすら南下、府中市郷土の森博物館は省略。石村や野菜スタンドに立寄る人達を追い越して、福祉センターを左折、第3都市遊歩道を進む。二本の道が平行し、コンクリートの富士山やカバが配置され、中河原公園に続いていた。遊具と広場があり、子供連れの楽しそうな声が聞こえる。この辺りでA班が追い抜いていった。
住吉歩道橋を渡り、小ぢんまりした池のそばでちょっと休憩、多摩川べりに出ると広々とした空が拡がる。キューピーの中河原工場を過ぎ、京王線をくぐり、一宮の渡しで土手に上がると、二本の柱で吊られた四谷橋が視界いっぱいに見えた。ウォーカーが蟻のようにつながり、川幅の広さというか橋の長さに圧倒される。
いつ見ても分かりにくい地図だが今回は裏表になっていて、府中四谷橋でA面からB面に移る。
橋を下りて右側の歩道へ進み、京王線踏切を渡って、一宮信号を渡り右の坂道へ進む。以前歩いて下った時より住宅が増え、同じ道だが、登りは結構厳しく、息が上がる。六地蔵前で一休みしていると仲間がすいすい登っていった。
百草園に着くとA班はここからスタートした会長とともに既に出発。先ほど追い抜いていった仲間が八幡下公園で休んでいた。
久しぶりに履いたトレッキングシューズのせいか、足の指が痛くなってきて、頭も熱くなってきた。
七生丘陵の百草八幡、百草台自然公園、朝日山緑地、三角点公園、堀込公園、滝の上公園と下り、車道に出ると線路が見えた。ほっとしたけど、ここから高幡不動駅までの長かったこと! とにかくひたすら黙々と歩いた。
やっとの思いで受付に到着、印鑑ケースを頂きスタンプを押してもらって解散した。
5月10日(土)午前10時=約9㌔=
桜木町駅集合→神奈川県立歴史博物館→横浜市開港記念会館→横浜情報文化センター(日本新聞博物館)→横浜開港資料館(休憩)→ホテルニューグランド→日本郵船氷川丸→横浜税関→日本郵船歴史博物館→赤レンガ倉庫(休憩)→汽車道→日本丸メモリアルパーク→ドックヤードガーデン→桜木町駅解散
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壊されたレンガ造りの基礎を利用して変化のある庭園になっていた。
◎第518回 [横浜港発展の歩みを物語る近代化産業遺産巡り]=約9㌔=
5月10日(土)午前10時、桜木町駅北口に集合したのは、45人。久し振りに参加したC.Uさんに同僚のK.Wさんもご一緒。早速、簡単な挨拶を受け、遅刻した会長と打合せを実施してスタート。大江橋の歩道橋を渡り馬車道で左折。アイスクリーム発祥の石碑、ガス灯発祥の石碑を右手に神奈川県立歴史博物館を左手に眺めながら本町4丁目の交差点で右折した。横浜市開港記念会館、横浜情報文化センター(日本新聞博物館)、神奈川県庁と重厚で歴史的な建造物を眺めながら横浜開港資料館で休憩した。中庭があり、ロの字型の建物はゆったりとして落ち着きがある。
続いて英一番館跡のシルクセンター、ホテルニューグランドの外観を楽しみ、山下公園に入る。悠然と停泊している日本郵船氷川丸は健在。新緑に彩られた公園は相変わらず散策に最適。人出を掻き分けるようにして縦断。横浜税関、県警本部、日本郵船歴史博物館を眺めながら海岸通4丁目で右折。赤レンガ倉庫=写真=に向う。赤茶けた倉庫の色はそのままだが、中はすっかり様変り。レストランや洋品店など、瀟洒な店舗が犇めき、若人の溜り場になっている。汽車道もすっかり整備され、レールが敷いたままの木道になっていて歩き易い。歩きやすさにつられて直進すると目の前が、ゴールの桜木町。そのままゴールしたが、実は日本丸メモリアルパーク、ドックヤードガーデン、横浜ランドパークタワーと回り、動く歩道に乗ってゴールするのが本則。本則を辿った仲間を待って解散した。
5月3日(土)午前10時=約9㌔=
東綾瀬公園集合(千代田線綾瀬駅徒歩1分)→下河原公園→古隅田川→東和親水公園→郷土博物館(休憩)→いこいの森(見学)→水の森公園→神明六木遊歩道→神明北公園→住区センター(休憩)→綾瀬検査区陸橋→しょうぶ沼公園(第一次解散)→東綾瀬公園解散
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小岩しょうぶ沼公園では菖蒲はまだ咲いておらず、わずかに水を余り要求しない杜若が花をつけていた。
◎第517回 [古隅田川から足立の用水路を辿る]=約12㌔=
5月3日(土)午前10時、小雨が降っているため、綾瀬駅の構内で打合せを実施。集合した49人は体操は省略してスタート。東綾瀬公園、下河原公園をかすめるようにして通過。古隅田川沿いを歩く。途中、寂れた商店街アモール東和を通るとウッチャンナンチャンの南原清隆の映画撮影に出くわす。真面目なナンチャンのにきび面は何だか普通のアンチャンという感じ。葛西用水に入り、直進。銀河の塔に登って葛西用水を見渡すと下見時の桜並木はすっかり新緑になっていた。郷土博物館の東淵江庭園で休憩。立派な鯉が悠然と泳ぎ、優雅な庭園となっていた。佐野いこいの森の見学は省略して水の森公園の水車広場を眺めて、神明六木遊歩道に入る。
「五月雨や あわてず廻る 大水車」 利
鬱蒼とした遊歩道は大木の並木。小雨に濡れた道は泥濘になり、滑りやすい。垳川の対岸は埼玉県。不思議な空間で都区内を歩いている感じがしない。神明水の森公園の風車が格好いい。綾瀬川まで260㍍という地点で垳川を離れ、南下。住区センター裏の広場で若干の休憩。今度は綾瀬検査区陸橋を渡るが、地下鉄の検査区がこんなに広々としているとはびっくりする。しょうぶ沼公園に入るが、菖蒲はまだ咲いておらず、わずかに水を余り要求しない杜若が花をつけていた。続いて東綾瀬公園に入るが、この公園、都立公園で、延々と長い。途中、東京武道館があったが、建設当時はさぞユニークな建造物であっただろうが、鉄錆びやコンクリートの水垂が目に付き、寂れた感じ、それでも勇ましい剣道大会の喚声が聞こえ、利用者は居るようだった。綾瀬駅前に辿り着き、体操をして解散した頃、すっかり雨も上がりお日様が顔を出していた。
4月26日(土)午前10時
茅場町駅(東西線西改札口)コンコース受付→坂本町公園集合→中央大橋→隅田川大橋→水天宮駅→堀留公園→小伝馬町→秋葉原→末広町→上野公園(休憩)→不忍池→旧岩崎邸庭園(見学)解散
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根津神社ではつつじが真っ盛り。濃い紫や白、ピンクなど色彩豊かな50種類3000本の躑躅が香りを放っていた。
◎第516回 [茅場町・水天宮から旧岩崎邸庭園]=約9㌔=
4月26日(土)午前9時すぎ、茅場町駅西改札口コンコースの受付は、4重ぐらいの行列になり東改札口まで並び、先が思いやられたが、10時には坂本町公園に61人が集合、打合せと体操を実施してスタート。八重洲通を直進、中央大橋から隅田川河畔に出た。春爛漫の隅田川、川面は穏やかで心地よい。コースは永代橋を渡ることになっているが、そのまま隅田川大橋の手前まで歩き、ビルの庭園を通り、ゴールの水天宮駅で記念品を頂く。
ここから本番のつもりで、人形町通を直進。十思公園で休憩。
「春深し 江戸を伝える 時の鐘」 利
今度は水天宮通を歩き、柳森神社を見学。山手線に隠れて神田川を跨ぐ人道橋「神田ふれあい橋」を渡る。目の前が秋葉原。人混みと喧騒の中で構内をくぐると目の前は別世界。
クロスフィールドという。エスカレーターで2階まで上がり、通り抜けたが、アニメセンターや大学まであるという世界的なIT拠点の形成を標榜しているそうだ。
続いて中央通を歩き上野公園手前で不忍池に入り、ゴールの旧岩崎邸庭園前に出る。門先に咲くボタンに満足して庭園見学を省略。
そのまま不忍通を歩き、根津神社に向う。根津ではつつじが真っ盛り。濃い紫や白、ピンクなど色彩豊かな50種類3000本の躑躅に負けじと人出も多く、香りと人いきれを堪能して解散した。
4月19日(土)午前10時 =約12㌔=
京王飛田給駅受付・集合→武蔵野公園→武蔵野の水車経営農家→出山横穴墓群→神代植物公園→深大寺→布多天神社→京王フローラルガーデン・アンジェ→京王多摩川駅解散
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武蔵野の水車経営農家にて、木製の歯車で動く水車が江戸時代から稼動していた。
◎第515回 [野川・大沢の里と深大寺に咲く花々に春を訪ねて]=約12㌔=
4月19日(土)午前10時、昨日の大雨の余波で薄ら寒い曇り日かと思っていたら、お日様が顔を出して春真っ只中のいい陽気になった。
京王飛田給駅で地図と新しいカードをもらって、八重桜が満開のスタジアム通に出る。歩道橋を渡り、味の素スタジアムの入り口にGNP45人が集合。打合せと体操をして出発。10人ほど、出発から反対方向に向かった人たちが居た。
広いスポーツ広場では少年たちが元気な声を張り上げてサッカーに汗を流していた。
都立武蔵野の森公園は、災害時に大規模救出・救助活動の拠点としてすっかり整備され、手動ポンプの井戸やトイレなどが設置されていた。懐かしくなってポンプを押すとちゃんと水が出てきて嬉しくなった。戦時中の掩体壕(飛行機を隠す壕)。調布飛行場から頭の上を掠めるように飛び立つ小型飛行機。何だか別世界に居るよう。
空っぽの水路を越えると突然住宅街に入り、近藤勇の龍源寺を過ぎ、御狩野橋手前から野川に出る。若緑の草の中をきれいな水が流れ、柔らかな林はピンクの桜や桃に彩られ、絵本の中に居るみたい。
対岸の鯉のぼりを見て、武蔵野の水車経営農家を見学する。木製の歯車で動く水車が江戸時代から稼動していたそうで、昔の普通の日本人の、発明したり、工夫したりすることへの努力と能力の素晴らしさに触れて嬉しくなる。
鯉のぼりの向こうに大勢の人たちが溜まっていたので、何かすごいものがあるのかと期待していたら、出山横穴墓へ続くつづら折の山道の自然観察路へ入る渋滞だった。ジグザグと山道を登り、ぽっと明るい場所へ出たら、そこは以前天文台を見学したとき通ったことがある道だった。畑の中を進み中学校を右に曲がり天文台に沿って見晴らしのいい遊歩道が続く。階段をくだり車道を過ぎてまた野川に戻る。
御塔橋を左折し車道を北上、木のコンテナで出来たビルを眺め、右折。ちょっと足の裏が痛いので神代植物園、深大寺は省略する。深大寺信号を右折、坂を上り、下る。中央高速、野川を越え、ひたすら布田天神を目指す。木陰で冷茶を飲んでほっと一息。甲州街道から下石原交番前を左折、京王線踏切を渡り稲荷橋信号を渡って左折、やっとの思いで京王多摩川駅に到着。スタンプと爪切りをいただいて解散した。八重桜、紅白咲分けの桃、菜の花、花菖蒲、蘇芳、れんげ、山吹などなど……。春全開。
反対方向に向った一行は、豊満な八重桜の花吹雪を浴びながらスタジアム通を逆走ならぬ逆歩して飛田給駅横の踏切を越え、品川通で左折。府中用水を辿る。途中、行列のできる倉庫があり、何事かと入ってみると、月一回のお米特売日。秋田産米が2キロ500円との大安売り!外に、もち米や黒豆も安い。
鶴川街道に突き当たると、今度は漬物の直売場があり、ここにも立ち寄り、一行、蟻がたかるようにいろいろ物色。購買力旺盛なGNPのおかげでお店はホクホクの笑顔だった。
ここまでくるとゴールの京王多摩川駅は目と鼻の先。ゆっくり到着して、正規のコースを歩く勤勉組を待ちながら食事をした。
4月12日(土)午前10時=約11㌔=
荒川電車営業所(都電荒川車庫前徒歩1分)受付・集合→あらかわ遊園→荒川土手→扇大橋→高野故録神社→西新井大師(休憩)→舎人公園解散
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広大な舎人公園では日暮里舎人ライナー開業記念イベントの最中。
◎第514回 [日暮里・舎人ライナー沿線ウォーク]=約11㌔=
4月12日(土)、都バスで700円の都営まるごときっぷを購入、菊川駅から新宿線に乗り神保町で三田線に乗り換え西巣鴨下車。白山通りを300メートルほど南下して新庚申塚で都電へ。一両編成ワンマンカーで前扉から乗り中扉から降車する。今日の沿線ウォークのため、多分いつもの何倍かの乗客が殺到し、車内はギューギュー詰め。積み残しも大勢あって普段のお客は迷惑したろうと思う。チンチン電車から飛鳥山の名残りの桜を眺め、荒川車庫前で下車。
荒川電車営業所に入って受付、水色のリボンとプレゼント抽選券を受け取り出発。尾久第六小、日刊スポーツ脇から隅田川へ出る。
GNPはあらかわ遊園の横に再集合して、打合せと体操をして前回渡しそこなった皆勤賞を差し上げる。会長は緑道入り口の車止めに衝突して転倒、打撲でドロップアウト。みんなそれぞれ自由歩行として出発した。
ぽかぽかの陽気でお日様も輝き汗びっしょりになる。緑の小台橋を渡りまっすぐ進むと前方に荒川土手を歩くウォーカーが望めた。見覚えのあるA班の姿が颯爽と闊歩していた。ぐるっと江北橋に上がって荒川土手を歩き同地点を通ったのは10分後だった。雄大な荒川土手から見える日暮里・舎人ライナーは新しい景観。
扇大橋を渡り、今度は日暮里・舎人ライナーを見上げながら尾久橋通を北上。高野故録神社を過ぎて江北陸橋下を右折、西新井大師へ向かう。環7通りで集合に遅れた仲間と遭遇、一緒に西新井大師へ参り、ちょっと休憩。大本堂は改修工事で幕に囲まれていた。ボタン、しだれ桜、弁天池の鯉を眺め裏へ抜ける。水色の制服の案内で西中第二公園、高道東公園、諏訪木第一公園、諏訪木西公園と高圧線の下を通り、くねくねと尾久橋通へ戻り、ものすごい人たちでごった返している舎人公園の開業記念イベント会場に到着。日暮里・舎人ライナーのシートをもらって解散した。
大江戸舞祭の会場では幼稚園児から中学生によるコツコツ体操を取り入れた踊りが発表され、元気なお年寄も飛び入りで参加して盛り上がっていた。広大な舎人公園は10年前下見した頃とはすっかり美しく様変わりしていた。
帰りは舎人公園駅から乗車、熊野前で都電へ。新庚申塚で降りて西巣鴨から神保町、菊川下車、都バスで帰宅した。1510円掛かるところを700円で利用でき、ずいぶん得をしたみたいで気分がいい。
4月6日(日)午前9時30分
高幡不動尊境内集合→かたらいの路→多摩テック→京王資料館→季重神社→平山季重居館跡→平山季重ふれあい館→京王線平山城址公園駅→平山季重まつり会場解散
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義経ゆかりの勇将といわれる平山季重を祀る季重神社
◎番外[平山季重ウォーキングin日野]
4月6日(日)午前9時30分、高幡不動尊境内で受付をすませ、スタートまでの間、境内の四国八十八箇所巡りに挑戦。何とか、五十番まで歩き、参集者に合流した。「かたらいの路」と瀟洒な名がついているが、これは多摩動物園の外枠に沿って歩く道。途中、オランウータンが高い木の上から悠然と我々を眺めていたが、ぞろぞろと歩く人間の姿を奇妙に感じたに違いない。
多摩テック入口でしばらく休憩。
京王電鉄の歴史を示す京王資料館に立ち寄り、かつての制服や切符を眺め郷愁に浸る。続いて義経ゆかりの勇将といわれる平山季重を祀る季重神社、宗印禅寺、平山季重居館跡、平山季重ふれあい館と巡り、平山季重まつり会場に到着。解散した。
4月5日(土)午前10時=約9㌔=
一橋大学南門前集合(JR国立駅南口徒歩10分)→谷保第三公園(打合せ・体操)→矢川緑地→立川公園(休憩・昼食)→根川緑道→多摩モノレール→立川駅南口解散
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根川緑道では子供たちは川遊びを始め、水ぬるむ春を満喫していた。
◎第513回 [春うらら くにたち発 桜めぐり]=約9㌔=
4月5日(土)午前8時ごろ、会員の一人から中央線不通との連絡があり、時間を午後1時に繰り下げて連絡。ところが当初の時間通り出発した会員は、午前10時、一橋大学東門前に到着。先発隊として16人が出発。午後1時に集合した28人は後発隊としてスタートしたが、この混乱は、一にちゃんとした確認もせずに連絡した軽率な会長の連絡にあった。
それぞれ谷保第三公園で打合せと体操をしたあと、大学通、さくら通の見事な桜並木に感嘆しながら好天の中をのんびりと歩く。
矢川緑地の自然をそのまま保全した姿に微笑んだ後、根川貝殻坂橋から立川公園に入る。根川の両岸に広がる桜並木はそれぞれが巨木に近く年季が入り、花見客が大勢、子供たちは川遊びを始め、水ぬるむ春を満喫していた。市営球場の横で休憩、弁当を開く。
花吹雪の中を柴崎橋まで歩き、多摩モノレールに突き当たり、右折。そのまま直進して立川駅南口で解散した。
3月29日(土)午前10時、約9km
猿江恩賜公園集合→クローバー橋→大横川→木場公園→仙台堀川→木更木橋→富岡八幡→大横川→永代橋→佃公園解散
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大横川の川面に浮かぶ和船が花見客を乗せて漕ぐ姿は一幅の絵を見るように長閑な風情。
◎第512回[区内さくら公園巡り]約9㌔
3月29日(土)午前10時、猿江恩賜公園に集合したのは52人。夜来の雨はすっかり上がり、満開の桜が青空に映えている。その桜木の下で打合せと体操。
園内を一周して横十間川親水公園に入り、クローバー橋を渡り、清洲橋通を歩き大横川に入る。両岸に並ぶ桜は満開。故徳江由美さんの遺宅が臨まれ、生前この桜を自慢した声が偲ばれる。
木場公園で休憩。仙台堀川を歩き、木更木橋で左折。富岡八幡宮を横目で見ながら永代橋通を渡り、巴橋から大横川に入る。
この両岸を彩る桜がまた素晴らしい。折から川面に浮かぶ和船が花見客を乗せて漕ぐ姿は一幅の絵を見るように長閑な風情だ。
永代橋を渡り、対岸を歩き中央大橋までの間にも桜並木(写真)は続く。中央大橋を渡り、リバーシティー21の佃公園を散策。この新興地も20年にもなるとすっかり板についた感じで若葉と桜が落ち着いて見える。
ここで解散。三々五々食事に向かう。
3月22日(土)午前10時、約9km
JR大森駅中央改札口前受付→天祖神社集合→山王公園→山王会館→蘇峰公園(見学)→伊藤博文公墓→戸越公園解散
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井戸も水が出ておらず、池の水が少なくて、乾いた感じがする蘇峰公園の池を眺める。
◎第511回[大森から戸越へ歴史と出会い、自然に触れる]=約9㌔=
3月22日(土)大森駅中央改札口前で受付して西口の信号を渡り、JRのコースに沿って天祖神社に上がる。昨日の風はすっかり収まり春の陽気で溢れる境内に53人が集合、午前10時、打合せを始める。
境内は体操には足場が不安定なので、JRのお兄さんのコース案内を聞き流し、山王公園へ移動。M.Nさんの音頭で体操し3月2日に下見したGNPのコースへ出発する。ここから別行動をとる人たちも居た。
大田区立山王会館への上り坂に汗が出る。古ぼけた石段を下り右折、枯れた蔦の絡むガレージを左折、突き当りを右折、すぐ左折して坂を下る。案内表示横の石段を下り、環七を横断する。何故かA班が別の道を進んでいた。大倉山公園に沿って左へ回り、だらだらと坂を上り、頂上あたりで右折、真っ赤な桃花を見て、不ぞろいの石段を下ると馬込二小横に出た。坂を下って環七に並行する道を進む。
馬込銀座の歩道橋を渡り、赤い舗装の道を選ぶ。道なりに進み上りにかかると蘇峰公園に到着。石段を上がって徳富蘇峰の居宅跡・山王草堂を見学する。下見のときに満開だった梅林は時期が過ぎ、井戸も水が出ておらず、池の水が少なくて、乾いた感じがした。
「春光や 音一つ無し 蘇峰園」 利
11時、入り口に再集合して全員で出発、東芝会館、原町商店街を、立ち止まって眺めている地元の人の視線の中、旗を先頭に延々とつながって進む。新幹線、横須賀線の下をくぐり、伊藤博文公墓を横目に、ゆたか商店街へ右折する。戸越公園通へと続き、戸越公園駅を過ぎて広い道を右折、大崎高に突き当たり、戸越体育館との間へ入ると、もう熊本藩細川家の下屋敷だった広々とした戸越公園へ到着。今日は池の水が何だか少ない。ここで休憩し、相撲の「しこ」の真似で整理体操、約半数が第1次解散をする。
ゴールの大崎駅を目指して再出発、公園の薬医門を後にする。戸越銀座を右折、三ツ木児童センターを左折し、坂を上がって貴船神社を過ぎ、百反通を左折、信号を右折して明電舎横の坂を下り、シンクパークタワーの根元に到着。二階への階段を上がり、ぐるりと回って大崎駅南口へ続く2階広場で17人が解散、それぞれお昼に向かった。
大崎駅西口は、建物の壊し中でブルトーザーが長い手を伸ばしてコンクリートを引き壊していた。再開発と称する破壊活動が氾濫しているが、地球にとって、いいことなのかどうか……。
平成20年3月15日(土)午前10時、約9km
久我山駅受付・集合→神田川遊歩道→吉祥院(高井戸不動尊)→三泉渕公園(緑地)→柏の宮公園→塚山公園→尾崎熊野神社→善福寺緑地→松ノ木遺跡→永福町駅・解散
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「柏の宮公園」は樹木が若々しく広々としている。
◎第510回[杉並に流れる川沿いで早春の息吹を楽しもう]
=約9km=
3月15日(土)午前10時、久我山駅を降りてすぐの久我山緑地公園の入口で例の分かりにくいコースマップを受け取り、近くの広場で集合したのは、46人。打合せと体操を行い、早速、スタート。
地図を見ながら歩くが、実にこの地図、分かりにくい。この原因は、歩くところだけ、克明に記してあるが、周りのことが何も書いていないところだ。せめてメイン道路や川の名前、鉄道の駅名などがあれば、自分がどの辺を歩いているか見当がつく。わがGNPで作成している地図の方がよっぽど見やすい。
玉川上水緑道に出て、しばらく直進。昭栄公園、みどり公園、第六天神社と通り、左折して吉祥院、またの名を高井戸不動尊に辿り着く。
あまりの人混みに、ここからコースをはずれ、直進して神田川に突き当たり、右折して沿道をしばらく歩く。環八通に突き当たった目の前のマンションの2~3階で仰々しい警官の群れに遭遇。何か事件があったらしい。興味津々だったが、我慢して、三泉渕公園を横目に見ながら柏の宮公園に入る。
元日本興業銀行のグランドだったのを、杉並区が取得して平成16年に開園したもの。まだ樹木ガ若々しく定着した感じはないが、やけに広いという印象。休憩場所としていたが、どこで屯しても目立ちそうにない。とうとうA班には遭遇せず、B班の一部と一緒になり、広場で遊ぶ人々を眺める。キャッチボールをしている子供たちで、目だって上手な小6ぐらいの女の子がいた。投げ方が本格的でどうも少年野球のメンバーのようだ。しばらく見とれてから出発。塚山公園、尾崎熊野神社、善福寺緑地、松ノ木遺跡を省略して井の頭通を直進、ゴールの永福町駅に到着、タオルと消臭剤をいただいて解散した。
No.63再挑戦
平成20年3月8日(土)午前10時、約8km
飯田橋駅東口ラムラ前受付→外濠公園集合→市ヶ谷駅前→日本テレビ通→清水谷公園→若葉東公園→権田原→青山1丁目→高橋是清記念公園(休憩)→氷川公園→檜町公園解散
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樹齢400年といわれる天然記念物「氷川神社のイチョウ」は素晴らしい。
◎第509回[飯田橋から市ヶ谷へ]=約8km=
平成20年 3月8日(土)午前10時、飯田橋駅東口のラムラ前で受付を済ませ、外濠公園に集合したのは、60人。打合せとM.Nさんの体操を実施してスタート。市ヶ谷駅前から日本テレビ通に入る。
麹町4丁目から紀尾井町に入り、清水谷公園で一服。新装成った公園では、折りしも花壇の手入れ中。紫色をして下を向いたバラは、クリスマス・ローズとのこと。植木鉢で育てるときは、花が咲かない間は日陰で育て、花が咲いてから日向に出すことなど、薀蓄を聞く。そういえば、いつの間にか春めいてきて、シャツ姿で歩ける雰囲気になっている。
紀尾井坂を上り、迎賓館に突き当たり、外堀通に出て若葉東公園前に着く。公園の中で、新郎新婦の記念撮影を眺めたが、新郎が意外に年寄りと見えたが、新郎ではなく花嫁の父らしい。よく見ると新郎らしき者は金モールに包まれた制服制帽で固めて横に立っていた。我がメンバーはその新郎が皇宮警察の職員であることを確かめてくれた。安鎮坂を上り、権田原で左折、外苑東通を青山1丁目まで進み、左折。青山通りを歩き、高橋是清記念公園で休憩した。
この公園は高橋是清の邸宅があったところだが、明治11年、郡区町村編制法の公布によって、東京は15区6郡に区画され、現在の赤坂・青山地区が赤坂区として誕生し、最初の赤坂区役所が設置された場所である。つまり、高橋是清邸になったのは、その後のことである。
薬研坂を下り、TBS近辺に来ると、かつての様相はまるでなくコンクリートに囲まれた別世界に入り込んだような感覚に包まれる。谷坂を利用した建物は、道路にエレベーターがあり4階分ぐらいの高低差を一気に降りることが出来る。氷川公園もかつての面影はなくすっかり整備され、かえって落ち着かない感じを持ったが、氷川神社の石段を上りやっとかつての雰囲気が戻ってきた。ことに、樹齢400年といわれる天然記念物「氷川神社のイチョウ」は素晴らしい。幹周7.5メートルある巨樹は生きた化石といわれているのに全くふさわしいほど神々しい。
横から通り抜け、アメリカ大使館を眺めながらゴールの桧町公園に到着、殆ど全員で整理体操をして解散した。
平成20年3月1日(土)午前10時、約9km
JR勝浦駅受付・集合→街の駅かつうら楽座→遠見岬神社・勝浦朝市→勝浦市役所→川津港→官軍塚→八幡岬公園→勝浦市民会館→勝浦駅解散
◎第508回A[勝浦ひなまつりハイキング]=約9km=
平成20年3月1日(土)午前8時17分千葉駅外房線に乗車したのは、青春18切符を利用して各駅から集合した25人。
勝浦駅に到着したのは9時45分。
勝浦はイージス艦衝突事故で暗くなっているかと心配したが、「ビッグひな祭り」一色で盛り上がっていた。もっとも今度の衝突事故。明らかに「業務上過失致死罪」が成立しているにもかかわらず、誰も逮捕されていない。それでいて首相や大臣まで「詫び」をしている。
受付を済ませた後、本命の遠見岬神社に行く。石段に緋毛氈を敷き詰め雛人形を飾り付けたアイデア。もう8年目に入り堂に入った年中行事となっている。ちなみにここで開かれる勝浦朝市は輪島、高山と並び「日本三大朝市」といわれている。
市役所を横目に見ながら右折。海岸を眺めながら万名第1トンネルを抜け、勝浦平和観音に辿り着く。続いて勝浦灯台を左手に、鳴海神社を右手に眺めながら八幡岬公園に到着。ここで休憩した。この公園は戦国時代、正木氏の居城勝浦城の跡地。三方が海、後方は剣呑な山並に囲まれ、今ではトンネルで繋がっている。
帰りは横山トンネル、虫浦トンネル、勝浦港と海岸線を歩き、勝浦市民会館に到着。ここでも全国各地から寄せられた雛人形が室内いっぱいに飾られ、特に「日本最大の享保雛」はかつて大名家で飾られた等身大の雛人形で、まるで生きているような素晴らしいものだった。昼食を済ませ、勝浦駅14時19分、帰京の途についた。
(GNPNo.154参照)
平成20年3月1日(土)午前10時、約11km
木場公園ミドリアム前集合→仙台堀川公園→大石家住宅(ひなまつり見学・休憩)→大島・小松川公園→竪川河川敷公園→猿江恩賜公園解散
◎第508回B[木場公園からひなまつりウォーク]
平成20年3月1日(土)午前10時、木場公園ミドリアムに集合したのは28人。会長が欠席との報告と3月22日大森コース下見のお願い、今日のコースで丸八通が工事中で通れないので、福島橋から葛西橋通へ迂回する旨申し合わせる。
穏やかな春の日差しの中で体操し、早速、全員で出発する。大横川に出るとピンクの河津桜が咲き始めており、蝶のように花に惹かれて川沿いを歩く。石住橋から仙台堀川公園に入り、勝手知った区内公園めぐりの始まり。3月は恒例のように、あちこち工事中だった。
葛西橋通りで丸八通りを渡り、小さな公園から仙台堀川公園に戻る。地元の強みでちょうど工事中の先へ出た。「であいの広場」を道なりに曲がるとまもなく旧大石家住宅に到着。縁側から二組の雛壇を見学、ひなまつり気分に浸りながら休憩。
ゲートボールに興じる昔の青年や区民農園を見ながら北上。冬枯れというか木々が透けて見えて、住宅街の中だというのがよくわかる。小名木川に人道橋が出来てはいたが、まだ通れなかった。番所橋の近くの両岸に遊歩道が出来ており、早速みんなで通る。番所橋を渡り、中川船番所資料館横から旧中川の水際を歩く。競技用ボートが行き交い、ボート趣味の樋口先生の話が出る。対岸のマンションに真っ黒にすすけた火事の跡! いやな気持になる。すずめ、ムクドリ、カラスが飛び交う中を人間様が追い散らして進む。
虹の大橋から堅川河川敷公園へ入り、青テントの別荘は無視して、ひたすら歩く。横十間川に突き当たり、本村橋をわたって猿江恩賜公園に到着。ゴールしたのは9人だった。陽射しがなくなって少し冷え始めた中で解散した。
409回(逆コース)再挑戦 約10㌔
平成20年2月23日(土)午前10時
JR上野駅入谷改札受付→不忍池水上音楽堂横集合→根津1丁目→寛永寺陸橋→入谷鬼子母神→言問橋→隅田公園(梅まつり会場・休憩)→吾妻橋→四ツ目通→亀戸天神→亀戸駅前公園解散
◎第507回[隅田川梅まつりと亀戸巡り]
409回(逆コース)再挑戦 約10㌔
平成20年2月23日(土)午前10時、JR上野駅入谷改札で受付後、パンダ橋から上野公園に入る。東京文化会館・擂鉢山を眺め、花園稲荷・五條天神社を抜け、集合場所の不忍池水上音楽堂に向かう。水鳥の群れを眺めながら池を廻ると突然、茶屋風の建物が通路を塞いでいた。集合場所と考えていた広場はフェンスで囲まれ、不忍池の周囲あちこちが工事中。積み木のようなホテルは四角の建物に変わっていた。
10時、60人が集まり、少し広がった通路で打ち合わせ、勝浦行きの青春18切符の配布、体操をして出発。会長は切符の使い方の説明に手間取り遅れる。
A班はほぼコース通りに歩いて楽しんだ模様。B班はお店覗きもせず、表通りをせっせと歩いた。JR組と交差したり同行したりしながら、寛永寺陸橋、入谷鬼子母神とひたすら言問通りを歩く。「5656会館」「あんです」を過ぎ、言問橋手前から隅田公園に入る。と、ふぅといい香りがしてA班ではない先行組数人が休んでいた。梅を楽しみながら一緒に休憩。JR組が通っていった。
埃っぽいリサイクル店を覗きながら吾妻橋を渡り浅草通りを直進。押上駅前を右折し四つ目通りを南下、業平3を左折して神明橋を渡る。栗原橋から二つ目の角を曲がり天神湯を右折すると、何と亀戸天神の神輿蔵に出た。裏口から入って参拝し、ここで急遽、自由行動とする。梅の花を楽しみ、各自、ゴールの亀戸駅前公園に到着、解散した。会長はまたまた青春18切符の説明をした。
「春一番 吾が身の軽き 嘆きけり」 利
平成20年2月16日(土)午前10時、約10km
JR神田駅南口受付→日本橋橋詰集合→銀座通→築地本願寺→月島西仲通(もんじゃ通)→佃公園(休憩)→富岡八幡宮→深川不動→清澄庭園解散
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昔ながらの佃の風情と高層マンションが建ち並ぶリバーシティー21の姿
◎第506回[神田から清澄庭園までの散策]
456回分再挑戦=約10km=
平成20年2月16日(土)午前10時、JR神田駅南口で受付を済ませ、日本橋橋詰に集合したのは、54人(早稲田検診者を含む)。打合せと新入会者の紹介を行った後、体操は省略してスタート。
中央通を銀座4丁目まで直進。いつの間にかブランド店舗に様変りしてきた銀座通りの変化に目を見張り、4丁目で左折。今度は晴海通を直進。勝鬨橋を渡る。渡った後、左折して月島西仲通、通称もんじゃ通を縦断、佃大橋をくぐり佃公園で休憩。
昔ながらの佃の風情と高層マンションが建ち並ぶリバーシティー21の姿が奇妙にマッチングしている。
「春寒や 始動整備の 屋形船」 利
住吉神社で手を合わせ、佃島の沿岸遊歩道を回遊、ゆりかもめの一群に遭遇。隅田川をどの辺まで遡っているのか、議論してみたが、結論は出なかった。相生橋を渡り、一路、清澄通を北進。清澄公園の手前で、一休みしているH氏そっくりの松尾芭蕉翁に出会い、歓談。記念撮影をして楽しんだ。清澄公園で体操をして解散した。
コース通り、富岡八幡宮、深川不動に赴いた班で、清澄公園に辿り着いたものは数人。解散場所を勝手知った江東区内にした場合、ゴールがそれぞれの我が家になってしまうのはほほえましい現象だ。
平成20年2月9日(土)午前10時、約12km
JR御茶ノ水駅臨時口改札受付→湯島聖堂大成殿前集合→山の上ホテル→日大経済学部→靖国神社→塙保己一→東郷公園→帯坂→外堀公園(休憩)→須賀公園→お岩稲荷→笹寺→成覚寺→花園公園→花園神社→アイランドタワー→京王プラザホテル→東京都庁解散
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新宿御苑では、もう梅が花開いている。
◎第505回[”文京都市”の史跡と文化と遊びを訪ねて]
337回分再挑戦=約12km=
2月9日(土)午前10時、御茶ノ水駅臨時改札口の中でJRの受付を済ませ聖橋を渡り、湯島聖堂大成殿の前に51人が集合。打合せと初参加者2人と再入会者お1人を紹介。体操をしてから出発。
すぐ階段を下る予定が工事中で通れない。仕方なくJRのコースをちょこっと通って相生坂への階段を下りる。お茶の水橋を渡りスクランブル交差点を渡り、明治大学博物館を曲がり山の上ホテルを見上げて錦華公園を下る。猿楽通りの向こうから来るウォーカーはJRコースの人らしい。明大附属中高前を左折し、ひたすら直進。
白山通り、西神田、九段北と進み、中坂をふうふう上がり、靖国神社へ参拝。神門前を左折して靖国通りを渡り塙保己一和学講談所跡を確かめ右折。またまた直進、東京家政学園、東郷公園、宮崎県ビル、東京中華学校と進み、外濠公園に上がる。すぐ四ッ谷駅に着くと先行グループが休憩していた。
新宿通りを横断し、土手に上がる。この土手の土は何だか白っぽくて、海岸のそばのような感じがする。
紀尾井坂を右折し、紀ノ国坂を上り、四谷見附に戻り左折。新宿通りを進むと、四谷3丁目あたりでにわかにパラッと白いものが落ちてきた。それではと、花園神社へ回る予定を、急遽変更し、新宿サザンテラスへ直行することにして、足を速める。
ここで一人皆から外れて別の道をとったが、四谷4丁目の複雑な信号を通らず、直接新宿御苑の大木戸門に出る道を見つけた。クランクのように曲がり、不思議な空間があった。次回はこの道を皆で通りたいと思う。
御苑に沿った散歩道の木に白やピンクのつぼみが付いていたけど、梅かな、桜かな?(梅に違いない)
小粒のあられが地面に落ちて転がり、すっと消えていく。空気は冷たいが、歩いているとぽかぽかするし、汗はかかないし、心地良いウォーキングだ。
新宿駅サザンテラス口を過ぎ、広島館の前に到着。牡蠣フライを食べるとかで、もう列に並んでいる人もいた。「おつかれさん」と挨拶して三々五々解散した。
(JRNo.05724)
平成20年2月2日(土)午前10時、約10㌔
秩父鉄道長瀞駅集合→表参道→あずまや→宝登山神社奥宮への階段→宝登山神社奥宮→宝登山山頂→蝋梅園→あずまや→表参道→秩父鉄道長瀞駅解散
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蝋梅園では、蝋梅が八分咲き、見渡す限り2,000本の蝋梅で埋まった景観はまるで黄金の霞がかかっているような素晴らしさ。
◎第504回B[秩父路長瀞宝登山蝋梅ハイキング]
約10㌔
2月2日(土)午前10時、それぞれ自宅から、メトロ、東上線、秩父鉄道と乗り継いで2時間半を費やして長瀞駅に集合したのは7人。受付を済ませて、表参道を歩く。
1900年の歴史を誇る宝登山神社の境内にある池には澄み切った氷が表面を覆い、その下に微動だにしない鯉が群れている。まるでそのまま凍り付いているのかと思い、整理の人に聞いたところ、「心配しないでもいい、ただ眠っているだけで、昼頃、氷が融けると活動を始める」とのこと。
横にロープウェイがあったので、約2人はそれで山頂まで上り、残り5人は曲がりくねった登山道を延々と登った。宝登山神社奥宮への階段をふうふう言いながら上がったロープウェイ組が宝登山神社奥宮へ着くと、すでに登山組は到着。一緒になって宝登山山頂497メートルを目指す。
途中の蝋梅園では、蝋梅が八分咲き、見渡す限り2,000本の蝋梅で埋まった景観はまるで黄金の霞がかかっているような素晴らしさ。天候に恵まれ、青空に映えた花弁は作り物ではないかと疑うほど蝋細工そのもの。
帰り道はコースを頼らず、野上を目指して歩くが、200階段の急坂。下りとはいえ、歩きにくく1歩1段では歩けない。2歩1段では、何時も同じ足が階段を下がる。時たま3歩1段にして調整を取りながらやっとの思いで車道に出る。すぐに獣道のような道に入り、今度は、「氷の池」を目指す。小枝が目の中に入りそうな小路を辿り、足許は谷川に滑りそうな思いに悩まされながら到着した「氷の池」は、コンクリートで固められ、そこに岩清水を引いて池としたもの。15センチ厚さの氷面を四角に切って氷として氷室に貯えていくそうだ。あっけないほど単純な仕組だが、目の前で見るとすごい自然現象を利用した産業と感じた。
あとはひたすら歩き続け、秩父鉄道の踏切を越え、左折して長瀞渓谷に沿って1キロばかり歩き「史(チカ)」に到着。懐石料理をいただき、野上駅から帰京の途についた。
(第118回再挑戦)
平成20年2月2日(土)午前10時、約10㌔
深川公園集合→永代橋→大手門→皇居外苑→桜田門→国会前庭→三宅坂→半蔵門→千鳥が淵→靖国神社(休憩)→田安門→北の丸公園→北桔橋門→皇居東御苑解散
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皇居東御苑では蝋梅の黄色の花が芳香を放っていた。
◎第504回A[皇居一周・東御苑]
(第118回参照)、約10km
2月2日(土)午前10時、よく冷え込んだ深川公園に集合したのは、入会、見学者を含めて52人。10周年行事の収支報告、早稲田大学の体力測定の申込用紙の回収、新人の紹介のあと、体操をして出発する。永代橋を渡り、日比谷通りまで直進。和田倉濠でポーズをとっている白鳥を眺め、BC班揃って和田倉噴水公園で休憩する。A班はもう既に休んでいた。
「大手門 水鳥一羽 冴え返る」 利
皇居外苑の玉砂利の中にコンクリートの通り道ができていて歩きやすくなっていた。桜田門をくぐり、三宅坂、半蔵門と堀端を通るとき、17日の東京マラソンのためか大勢のランナーが走っていた。ランナーの邪魔になるようなので、千鳥が淵公園へ抜ける。
田安門を渡り北の丸公園に入ると、蝋梅の花が甘く香っていた。歩道橋を渡って北桔橋門(キタハネバシモン)から皇居東御苑に入る。旧本丸横で体操をして解散し、各自、園内を散策する。紅冬至のピンクの梅花、蝋梅の黄色の花が芳香を放っていた。大手門から出てそれぞれ昼食へと向った。
平成20年1月26日(土)午前10時、約10km
JR大井町駅中央改札口集合→品川神社→養願寺→一心寺→荏原神社→品川寺→天租諏訪神社→磐井神社→大森貝塚遺跡庭園→大井町駅解散
◎第503回[一番目の宿場町品川、旧東海道は下町情緒たっぷり]
約10㌔
1月26日(土)午前10時、JR大井町駅中央改札口で受付を済ませ、大井中央公園に集合したのは、48人。打合せでは、会長から展示会撤収の不手際に対するお詫びを申し伝え、H.W副会長の体調不良による副会長辞任が発表され、Wさんの挨拶があった。また、新入会者のM.Iさん、再入会者のK.Oさんの紹介があった。その後、体操はM.Nさんの掛け声に従い懐かしいラジオ体操と簡単なストレッチを行いスタート。
池上通を歩き、品川歴史館横で左折。JRのガード下をくぐり、「南大井四五丁目」という不思議な交差点で左折、ふれあい通に入る。立合川手前で右折、立会橋で左折することになっているが、第一京浜の排気ガスを恐れ、直進して旧東海道で左折した。
B班はコースどおり第一京浜を通り、大井公園で小休憩をとった。
旧東海道は当時の歴史を売りにして様々な催しを実行しているようだ。対面からJRコース組が押し寄せ、GNP一行を怪訝な様子で眺めている。青物横丁で地元の法人会がコーヒーとお茶の接待。寒空の中で温かい湯茶は干天の慈雨ならぬ寒天のコーヒーだった。
ゼームス坂、高村智惠子終焉の地は省略して品川橋(境橋)を渡る。
「厳寒や 南北さへぎる 境橋」 利
橋の袂にある荏原神社で休憩。大黒様の背中に蝶結びがあったが、これはリボンなのか帯なのか夢中になって議論したが、未解決。品川神社にも寄らず、そのまま八ツ山橋に辿り着くが、この場所がすっかり様変りして旧東海道の基点として品川宿を再現しているようだ。そのまま、品川駅に到着、駅前で、A班B班そろって解散した。
1月12日(土)午前10時、約8㌔
芝公園みなと図書館前(御成門A1出口徒歩1分)集合→増上寺→芝丸山古墳→東京タワー→愛宕神社(休憩)→神谷町緑道→アークヒルズ→溜池→霞ヶ関ビル→日比谷公園解散
◎第502回【芝公園から日比谷公園まで】
1月12日(土)午前10時、芝公園みなと図書館前に集合したのは、ゲストを入れて46人。生憎の氷雨で屋根のある小さな野外舞台に上がって来週のシンポジウムの話題を中心に打合せ。体操は省略して出発。
増上寺横から階段を上って新装された庭園に入る。芝丸山古墳と増上寺との間になるが、ここも東京の名所の一つになりそうだ。
一旦赤羽橋近くまで下りて宝珠院横を通り、東京タワー下のもみじ谷に入る。雨のせいでぬかるみがあり、飛び石は濡れていて足許が悪い中を歩いていると、一寸したスリルがあり面白い。見上げる東京タワーのてっぺんが雨雲に隠れて見えない=写真=。芝給水所、芝学園を眺めながら愛宕通からエレベーターでNHK放送博物館に入り休憩。
続いて愛宕神社の横から細い階段で降りて1号線を渡るまではコースどおり歩いたつもりだったが、その後、道に迷う。太陽が出ていないと方向感覚が失われ、いつの間にか大倉集古館前に出てしまい、神谷町緑道もアークヒルズも飛ばして六本木通に出てしまった。
溜池で外堀通を渡り内閣府下を通り、財務省上から右折。桜田通を抜け、ゴールの日比谷公園に到着。ここで解散した。
解散した後、松本楼で食事。2階でカレーバイキングを食べたが、雨降りのせいか、GNPメンバーの貸切状態。ゆったりした気分になって歓談。デザートのアイスクリームの味は格別だった。=約8㌔=
1月5日(土)午前10時、約6㌔
深川公園集合→富岡八幡宮(恵比寿)→心行寺(福禄寿)→冬木弁天(弁財天)→円珠院(大黒天)→龍光院(毘沙門天)→深川稲荷(布袋)→深川神明宮(寿老人)→森下公園解散
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お正月の人出で賑わう深川不動前の大草鞋に感嘆
◎第501回【深川七福神巡り】
平成20年1月5日(土)午前10時、どんよりした空からパラッと一瞬霙が降った深川公園にゲストを含めて52人が集合。新年の挨拶が行き交い、JRの申込や記念誌の編綴についての伝達の後、今年初めての体操をして出発する。
お正月の人出で賑わう深川不動前の大草鞋に感嘆。富岡八幡宮(恵比寿天)に参拝。八幡橋をくぐって高速下から葛西橋通へ出て冬木弁財天(弁財天)へ。深川1丁目を左折、新装成った深川えんま堂に入る。前は確か正面にあった閻魔様、左手のお堂の中に鎮座され、悩み事の範疇毎に賽銭箱が置かれ、お賽銭を入れると厳かなお告げを聞くことができる。悩みの中には浮気の話まであり、何となく落ち着く気持になるのが不思議だった。
続いて心行寺(福禄寿)へ御参り。お隣のらんま製作所の精巧な木彫りのらんまや仏像を覗き込み、清澄通りを北上。
玉泉院、本立院などのお寺通へ曲がり円珠院(大黒天)へ。浄心寺を抜けて平野2を左折、間宮林蔵の墓を眺め、龍光院(毘沙門天)の可愛い六地蔵に思わず微笑して左折、深川江戸資料館、霊厳寺、清澄庭園を過ぎ、深川稲荷(布袋尊)へ。甘酒はもう売り切れだったが、近隣の方がお茶の接待。冷え切った体には御馳走だった。
Hさんから中村学園で「空中図書館を本日のみ一般公開している」とのニュースを聞き、急遽引き返し、中村学園へ。エレベーターで7階に上がり右に行くと明るい広々とした図書室。南側の窓の下に清澄庭園と公園の緑の景色が広がり、木場公園大橋から豊洲のビル群、北側からは江戸東京博物館や、隅田川まで見渡せる。喫茶店のようなテーブルでお茶まで頂いて大喜び、お礼を言って下へ降りる。
錣山部屋を眺め、万年橋を渡って江東区芭蕉記念館手前を右折、八名川小を過ぎ、深川神明宮(寿老人)へ参拝。ゴールの森下公園まで辿り着いたのはわずかだった。公園の遊具は健在、大人も楽しみ、高校生も楽しんでいたが、小さい子供たちが少ないのが少し気になった。清澄通で殆どのメンバーが解散。近くの店に入る人、門前仲町へ向う人と分かれた。 約8㌔
1月1日(火)午前5時30分新木場駅集合
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若洲海浜公園からの初日の出。
◎番外[若洲で初日の出]
1月1日(火)午前5時30分新木場駅に集合したのは2人。とぼとぼと歩いて恒例の場所に到着。建造物と見紛うような雲が房総半島に棚引いている。
その雲の縁が光り始め、見る見るうちに燃え始めた。まるで雲など突き破る勢いだ。見えた! と思う瞬間、もう強烈な光となって辺りを睥睨する太陽=写真=は、正に地球の父だ。10年通って初めて知った強烈な太陽に向かって、連れは万歳を三唱した。手作りのワインで乾杯、新年を寿ぎ、今年の幸運を願う。
帰り道、今度は秀麗富士を西に仰ぎ見て、新年のスタートを祝福した。
12月22日(土)午前10時、約10km
亀戸駅前公園集合→亀戸2丁目→亀戸3丁目→亀戸4丁目→亀戸5丁目→亀戸8丁目→亀戸9丁目→東大島文化センター(大納会)→解散
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江東区の区花「サザンカ」が見事に花開いている亀戸中央公園
◎第500回[かめたん巡りと大納会]約10km
12月22日(土)午前10時、亀戸駅前公園に集合したのは、55人(納会出席者及びゲスト2人を含む)。500回記念というのに生憎の雨模様の中、打合せを行い、体操を実施したあと、水位表示塔の前で記念撮影をした。
亀戸文化センターが「亀戸まちのサポーター活動2007」として作成した「亀戸の地域資源はどこにある?」に基づいてその資源を辿るウォーキングに出発。まず2丁目から始まり、 「謎のダクト」などを見る。ことに「日清紡績工場のレンガ塀破片」が楽しかった。
3丁目のメーンはやはり亀戸天神! 日頃見ることのない社の裏に入れてもらい、力石の陳列を見た。58貫石というと200キロを超える重さ。本当に持てたのだろうか?
4丁目に入って感激したのは、「西洋甲冑工房・三浦」。甲冑師の三浦権利さんが直接説明してくれた。われわれのために普通は展示していない甲冑も特別に展示され、鮮やかな光沢に包まれた作品は、芸術ともいえるものだった。
8丁目で目立ったものは、まず「亀戸水神」。水神というと海の神様。つまり亀戸は本来港だったようだ。「戸」や「渡」が付く地名は殆ど海に面している場所だ。江戸時代前の江東区では唯一の陸地が亀戸であったと聞く。
続いて9丁目「亀戸中央公園」に入る。江東区の花、「サザンカ」がこの冬の寒い中、今を盛りとばかり花開いている。「立寒椿」「乙女」「富士の峰」「昭和の栄」「笑顔」「鎌倉絞り」などと特徴のある名前がつけられ、目を楽しませてくれる。
ここから東大島文化センターに直行、午後1時、再集合して3階の大研修室で大納会をひらいた。GNP顧問のW.Cさんから豆乳を差し入れていただき、また、国立健康・栄養研究所のK.I博士にも出席いただき、GNP500回達成を祝福していただいた。
「年の暮 よくぞ超えたり 五百回」 利
会長挨拶のあと、午餐会に入り、A班で用意したお弁当やみかんを食べ、豆乳を飲みながらこの10年間を和気藹々のうちに振り返り、午後3時解散した。
12月15日(土)午前10時、約10km
高幡不動駅受付集合→万願寺遊歩道(ふれあい橋)→石田寺→北川原公園→とうかん森→ママ下湧水→古民家・柳沢家(見学無料)→城山公園(谷保城址)→谷保天満宮→中河原駅解散
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谷保城址にある城山公園の雑木林の道は紅葉がまだ現役だった。
◎第499回A[国立に残る古民家と城山公園周辺の紅葉を楽しもう] 約10km
12月15日(土)午前10時、高幡不動駅で受付を済まし、駅前に集合したのは、37人。簡単な打合せをして、体操は省略。先ず高幡不動尊に入る。
境内の紅葉はすでに色あせ、もう初詣の準備が始まっていた。続いて向島用水親水路を歩く。500メートルほどの短い道だが、清らかな水の流れがあり、水車小屋ではその原理がわかるような仕組みになっていた。
土方歳三の墓所がある石田寺を眺め、北川原公園、とうかん森を通り、まだ新しく見える石田大橋を渡る。清流のある街とタイトルを持つ寺之丁親水公園の清流はよく見ると汚水処理場で処理された水の再利用だった。くにたち郷土文化館で休憩。
今度は城山公園(谷保城址)に入る。雑木林に囲まれたこの公園。さらさらと流れる水路と落ち葉に覆われた道があり、紅葉はまだ現役、日の光を通して様々な色模様を楽しませてくれる。見とれて歩いているうちに道を間違え、甲州街道に出てしまった。その道が、甲州街道と分かっていればまだいいのだが、それも分からず、コース図を頼っても自分の居るところがわからない。 30人ばかり居たが、全員迷ってしまい、やっとのことで、谷保天満宮にたどり着く。
天満宮は牛が守り本尊らしく、大きな銅像になって寝そべっていた。そのあとは直線的な府中用水を辿って2キロぐらい続くが、こういう道はなかなか辛い。歩けども歩けどもゴールに近づかないような錯覚にとらわれ、やっとの思いでゴールの中河原駅に到着。記念品をいただき解散した。
12月15日(土)午前10時、4人で寂しく新座駅をスタート。すぐに野火止用水に出、川沿いを歩く。雑木林の中を歩くため土の感触が実に足によい。紅葉も素晴らしく11KMの距離も苦にならず完歩した。ゴールで鉄腕アトム住民票をいただき(アトムのアニメが新座スタジオで作られているため応援している)家路についた。 約11km
12月8日(土)午前10時、約8km
深川公園集合→越中島公園→相生橋→中央大橋→東京交通会館解散
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写真は大島川水門
◎第498回B[門前仲町から銀座まで]約8km
12月8日(土)午前10時、深川公園に集合したのは24人。打合せと体操をした後、出発。清澄通を渡り、永代通も渡り、大島川に沿って歩き大島川水門を見る。
ここから越中島公園に入り、対岸の大川端リバーシティーの威容を見晴らしながら相生橋を渡る。前週は休憩した佃公園は縦断して中央大橋を渡り、鉄砲洲公園で休憩。
ここから八重洲通に出た後、平成通で左折。中央区役所横の三吉橋を渡り、銀座柳通を直進。東京交通会館で解散した。
12月8日(土)午前10時、約8km
八王子駅受付→本立寺(毘沙門天)→伝法院(恵比寿天)→金剛院(寿老人・福禄寿)→八王子郷土資料館→信松院(布袋尊)→善龍寺(走大黒天)→千人同心屋敷跡碑→了法寺(新護弁財天)→吉祥院(吉祥天)→西八王子駅解散
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日本三大並木の一つ、甲州街道の銀杏並木
◎第498回A[風林火山ゆかりの地を歩く「松姫が眠る初冬の八王子」]
12月8日(日)、京王八王子駅から大通りをちょっと歩くと、JR八王子駅に到着。南口で受付したのは19人。午前10時、早々に出発する。
右折して南大通を進むと、大きくて立派な銀杏の木があり感嘆していると「いちょう公園」だった。本立寺(毘沙門天)へ入って抜け、中央線の踏切を越え、伝法院(恵比寿天)を覗き左折。八幡町を左折して、また踏み切りを渡り、金剛院(寿老人・福禄寿)へ。向かいに念仏院の時の鐘が聳えていた。再び南大通へ出て、八王子郷土資料館を眺め、松姫通の角に建つ信松院(布袋尊)へ。武田信玄の姫である松姫尼公の墓がある。武田家滅亡の後、姫は八王子に逃れ、仏門に帰依してこの地に庵を建て56歳で没したそうだ。青い屋根に白い壁、その上に望楼があって不思議な建物だ。地元のボランティアがいろいろ説明してくれていた。
少し戻って小学校を左折、またまた踏み切りを渡って八王子宿建設や千人同心の組織化に尽力した大久保長安陣屋跡の産千代稲荷神社を覗く。ここの銀杏も黄金色に輝いていた。
賑やかな甲州街道に出て左折、秋川街道へ右折する。善龍寺(走大黒天)、善能寺を過ぎ、元本郷町を左折、ホンダの面白い三輪車を眺め、陣馬街道との追分へ。追分町交差点の歩道橋に上がると日本三大並木といわれる甲州街道の銀杏並木が黄金色にずっと続いていた。八王子千人同心屋敷跡碑がなかなか見つからず、やっと見つけたところには大きな石碑が建っているだけだった。了法寺(新護弁財天)を過ぎ、馬場横丁の碑を左へまがり、宗格院をすぎると南浅川の土手へ出た。土手の草むらでお弁当を開いている人、堰で釣をする人、と小春日和の川原はのどかな時間が流れていた。さつき橋で対岸へ渡り、龍泉寺でたわわに実ったかりんの木を眺め、吉祥院(吉祥天)への坂を登る。十数体の仏像が整列しておられたり、高尾山のからす天狗が居られたり、吉祥院は西八王子の町が一望できる高台にあった。大勢のウォーカーに交じって山を下り、睦橋で南浅川を渡る。
甲州街道を左へ曲がり千人町から右折して駅前の商店街に入ると、時ならぬジャズのお出迎え。地元大学生だとか。ゴールでバッジと綿棒絆創膏セットをいただき、解散。約8kmとのことだったが結構長く感じた。八王子駅まで一駅JRに乗って、京王八王子から帰途に着いた。
12月1日(土)午前10時、約10km
日比谷公園にれのき広場集合→数寄屋橋→勝鬨橋→もんじゃストリート→石川島公園→中央大橋→八重洲通→コレド日本橋→大手門→和田倉噴水公園解散
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東京駅丸の内から皇居までの大通り。銀杏並木の景観は素晴らしい。
◎第497回[銀座・月島・水辺を歩き歴史を巡る新コース]
12月1日(土)午前10時、日比谷公園にれのき広場に集合したのは、44人。色とりどりの紅葉が真っ盛り。今年は冷え込みが鋭かったせいか、見事な景観になっている。同じような高さで、同じように太陽の日を浴びている公孫樹の木の葉が片方は黄金色に染まっているのに片方はまだ緑が残っている。同じように生きていても個性が木にもある。ましてや動ける人間が単なる年輪だけで判断できるものではなさそうだ。
打合せと体操をした後、スタート。公園内を縦断してスカラ座前を通り抜け、有楽町駅横のガード下をくぐり新しく出来た「ITOCiA」前に出る。名前の由来は「愛しい+ia(場所を表す名詞語尾)」で「i」が小文字なのは「小さな愛」を象徴しているそうだ。地上21階地下4階で1階から8階まではマルイが占めているらしいが、1階にあるパチンコ屋が目立っていた。
銀座マロニエ通を直進、築地川公園で右折。ここでも黄金色に染まった公孫樹の歓迎を受けた。晴海通に出て勝鬨橋を渡り、左折。もんじゃストリートに入る。佃大橋下をくぐり、佃小橋を渡り、住吉神社に入る。参拝した後、石川島公園で休憩。すっかり公園らしくなってうららかな隅田川を眺めていると正に春めいてくるが、今日から師走。小春日和という字句どおりの雰囲気で、眠気を催してくるが、眠っているわけにはいかない。勇をこして再スタート。
中央大橋を渡り、八重洲通を直進。中央通で右折。永代通で左折。そのままJRのガード下をくぐり、大手門前で左折、ゴールの和田倉噴水公園に到着。おりしも公園内のレストランでは結婚披露宴が催されていた。しばらくの間、噴水と一緒に新婦の姿に見とれていたが、とうとうこちらに振り向いてくれず、ウェディングドレスの後姿だけしか見なかった。体操をして解散。
東京駅から皇居までの大通り、見事な銀杏並木が続き、黄金色のじゅうたんが敷き詰められたような感じだった。 約8km
11月24日(土)午前10時、約8km
西口公園(池袋駅3番出口徒歩1分)集合→旧江戸川乱歩邸→目白庭園→鬼子母神→雑司ヶ谷→天祖神社→庚申塚→とげぬき地蔵尊解散
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すっかり紅葉となった目白庭園は池の水に映えて美しい。
◎第496回[都電沿線とレトロな街並散策]約8km
11月24日(土)午前10時、池袋西口公園に集合したのは、37人。駅前の公園としては広いが、石畳風の地面は冷たく感じ寒々としている。打合せと体操をそそくさと済ませ、出発。
スタート地点から立教大学正門までの道が意外に分かりにくい。目白庭園で小休止。すっかり紅葉となった庭園は池の水に映えて美しい。
「入り口に 鴨が迎える 目白庭」 利
続いて鬼子母神に入る。都電荒川線を縫うように歩いて雑司ヶ谷を越え、大塚台公園で休憩。大塚駅から荒川線を離れ、折戸通を歩き、猿田彦大神を祭る庚申塚に着くとそこは巣鴨地蔵通商店街、通称「お婆ちゃんの原宿」! その名に恥じない混雑振りで、歩くのもままならない状態でやっとの思いで、高岩寺、通称「とげぬき地蔵」にたどり着き、ここで解散した。
11月23日(金・祝)午前10時、約8km
有明コロシアム集合→東京ビックサイト→船の科学館→自由の女神像→お台場海浜公園→有明テニスの森→有明コロシアム→生活習慣病予防フェスタ見学解散
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若々しい水前寺清子さんの挨拶
◎番外[医師たちとみんなで歩こう!]約8km
(健康日本21推進フェスタ2007)
11月23日(金・祝)午前10時、有明コロシアムに集合したのは14人。受付を済ませ、先ず血圧を測る。わずかのチャリティーでTシャツをいただき、クイズで腹囲メジャーをゲット。アリーナで開会式。水前寺清子も若々しい挨拶をして入場者から喝采を浴びていた。
いよいよウォーキング開始。引率者がいてゆっくりした歩行。GNPの歩きには程遠いものだったが、小春日和の穏やかな天候にマッチしていた。東京ビックサイトを過ぎた後、水の広場公園を歩いたが、新しい水辺の道でなかなかのものだったが、夢の大橋に出るところが一人ずつしか歩けない急な階段があり、混雑を極め時間がかかった。ウエストプロムナードの途中でトイレ休憩。最後尾から出発したが、船の科学館、自由の女神像と歩き、お台場海浜公園に着いた頃、先頭に追いついた。有明テニスの森からゴールの有明コロシアムに到着。完歩証を貰い、生活習慣病予防フェスタの見学に入った。腹囲、骨密度の計測をしただけで、後は省略したが、血液のサラサラ度、呼気中の一酸化炭素濃度測定、血管年齢や脈波測定など数多くのプログラムがあり、昼食もせずに5時ごろまで粘った人も居たようだ。
11月17日(土)午前10時、約8km
麻布十番駅南北線コンコース受付→芝公園集合→芝浦運河→イタリア街→愛宕山→神谷町緑道→六本木一丁目駅コンコース解散
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新しい芝公園の高台から眺めた東京タワーの全景
◎第495回B[新しい都心の魅力を満喫]
11月17日(土)、南北線麻布十番駅の改札はすごい混雑で、コンコースは人で溢れかえっていた。受付で申込書を出し白いリボンを貰う。集合場所は芝公園ということで、一人を残して出発。地上に出たら、新一の橋交差点。見たことがあるけれど、東西南北どちらか分からない。とりあえず、みんなが進む方へ歩き出す。
ぱっと前方に東京タワーが聳えていて赤羽橋だと分かった。芝公園の角に先行した仲間が数人たむろしていた。お互い手を振って集まる。京王土休券の申込をして、10時になったので出発。ザ・プリンス・パークタワーを見上げながら坂を上がると広い芝生の庭に出た。出来たばかりのきれいな芝生の向うに、東京タワー、愛宕グリーンヒルズ、増上寺の甍、など一望に見渡せ、素敵な公園で、嬉しくなった。旧台徳院霊廟総門脇の芝生広場に20人が集合、南茂さんの声掛けでラジオ体操し、自由歩行で出発する。
日比谷通りを南下し、芝3丁目を左折、芝浦運河へ出る。シーバンスの運河沿いを進み、東芝を曲がり、浜松町の歩行者デッキを上り下りして芝離宮恩賜庭園をぐるっと回り、JR沿いに北上。イタリア公園前のJRガードをくぐってイタリア街に入る。ホテルやJRAがあったが、明るい感じはしなかった。まだ見所とはいえない。
浜松町1丁目から御成門へ、先ほど歩いた芝公園に近づいた感じ。歩道は人で溢れ、のんびり歩きなので痺れを切らし、慈恵医大から別コースをとり、愛宕山トンネルは対岸を行く。桜田通りはのろのろに同調し、神谷町緑道へ。テレビ東京、城山トラストコート、スウェーデン大使館がしっとりした林の中に見え隠れして落ち着いた雰囲気だ。泉屋博古館を左折、御組坂を下り泉ガーデンの水色のビルの根元を右折、アークヒルズを右に見ながら道源寺坂を下る。広い道路に出ずに左に行くと南北線六本木一丁目駅に到着。コンコースでリボンと引き換えに「東京メトロオリジナル江戸野菜トリオ豆皿」を頂き、シールを貰って解散。それぞれお昼を探しへと分かれる。木の葉も随分色づいて、汗もかかず良い感じだが、そろそろ手袋が必要だなと感じる。約8km
11月17日(土)午前10時、約8km
水道橋駅東口受付・集合→カトリック神田教会→夏目漱石記念石碑→日本野球発祥の地碑→皇居東御苑→東京国立近代美術館(本館・工芸館)→清水門→安全地蔵尊→三崎稲荷神社→水道橋駅解散
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北の丸公園の紅葉に囲まれた吉田茂像
◎第495回A[千代田の歴史と皇居東御苑を訪ねて] 約8km
11月17日(土)午前10時、水道橋駅東口で受付をすませ、カトリック神田教会で26人が集合。教会内の見学が許され、宗教画を象ったステンドグラスが見事だった。夏目漱石記念石碑、日本野球発祥の地碑を眺め、皇居東御苑に入った。ところどころに紅葉が見られ、秋が深まったことを感じる。東京国立近代美術館の見学は省略して北の丸公園に入り、吉田茂像の横で休憩した。その後、安全地蔵尊や岬稲荷神社を眺めながら水道橋駅で解散した。
11月10日(土)午前10時、約8km
三鷹駅南口→風の散歩道→山本有三記念館集合(9:30開館、見学できる)→小鳥の森→禅林寺→八幡大神社→三鷹電車区跨線橋→玉川上水→三鷹駅北口解散
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八幡大神社の参道横に出来た水溜りで十数羽の鳩が水浴びしていた。
◎第494回[文学の薫りあふれる街、三鷹を歩く]約8km
11月10日(土)午前10時、JR三鷹駅ホームに降りると、工事中の幕が張られ、改札まで行くのにウロウロしてしまった。数人のメンバーと合流し、高架になってすっかり見違えてしまうような南口から降り立って、雨の中、玉川上水沿いの「風の散歩道」を歩く。太宰治が入水したという場所に、路傍の石と呼ばれる「玉鹿石」が置いてあった。
山本有三記念館に着くと先着組がもう見学していた。初めて中に入ったが、暖炉や壁や窓や板の床が「大正浪漫時代」のまんま。すごい家に山本有三は住んでいたんだと、感嘆した。見学者がどんどん増えてきたので、我々は外に出て集合。37人雨の中で、シンポジウムや展示会の打合せをする。
合羽に傘で、結構しっかり降っている雨の中へ出発。ぎりぎりに来た人が見学したりしてバラバラになってしまった。万助橋から上水沿いに下り「ほたる橋」を渡って、小鳥の森で鳥の声に耳をそばだて、明星学園から曲がり、三木露風旧居跡の立札を見て、井の頭恩賜公園に入る。ジブリの森の屋上のラピュタのロボットを眺め、いずみ通りを延々と歩く。三鷹産業プラザの手前を左折、三鷹市民協動センターをちょっと覗き、禅林寺の松の巨木を拝み、八幡大神社の鳥居をくぐる。参道横に出来た水溜りで十数羽の鳩が水浴びしていた。そして寒そうに膨らんでいた。
神社を通り抜けられるかと思ったら裏の門は施錠されており、仕方なく戻る。ぐるっと周って、裏の鳥居を外から恨めしそうに眺め、禅林寺通りを通り、左折。三鷹通りの信号を渡って仙川水路へ出る。井之頭病院角の上連雀第十二之橋を渡り、そのまま直進してJRの手前を左折、三鷹電車区跨線橋を渡る。この跨線橋、昭和4年に建造されたもので、中央にある大時計は直径1㍍もある。その下で沢山の電車が行儀良く並んで休んでいた。
線路沿いに進み、元武蔵野競技場線跡の堀合遊歩道へ。薄暗い雨空の下、どっぷり濡れた地面に真っ赤な落葉が散り、落ち着いた景色だが、何とももの悲しい。
玉川上水に突き当たり右折、結構水量のある上水を覗き込んだりして欅橋を越え、三鷹駅北口へ到着。解散して食事場所を探す。
11月3日(土)午前10時、約7km
十条駅北口改札前付近受付→十条銀座商店街→清水坂公園集合(自然ふれあい情報館)→区立稲村公園→静勝寺→北区ふるさと農家体験館(旧松澤家住宅・休憩)→姥が橋延命地蔵→富士神社(十条富士塚)→演芸場通り→十条駅解散
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起伏に富んだ清水坂公園は紅葉の気配がもう感じられる。
◎第493回[東京下町の歴史と文化を訪ねて]
11月3日(土)午前10時、十条駅北口改札前で受付を済ませ、十条銀座商店街の賑わいを通り抜け、清水坂公園に集合したのは、ゲストを入れて41人。起伏に富んだ公園の底で打合せを行い、体操は広場に出てのびのびと行う。背景は紅葉の気配がすでにあり、自然ふれあい情報館の建物とよくマッチしている。
スタートから区立稲村公園までの道筋、くねくねと右左に曲がりくねっていてしかも上り坂。もう息が上がり始めたが、メンバーはどこ吹く風かと見えるようにすいすい歩いている。この公園も起伏をうまく使って素晴らしい見晴らしがあったが、これは講談社の創立者、野間清治さんの別邸跡とのこと。
続いて静勝寺に向かう。このお寺、太田道灌が築城した稲付城の跡地とのこと。先日、太田道灌ウォークの際、シンポジウムで話を聞いた高崎忠道さんが住職をしているお寺だった。不思議な縁を感じながら太田道灌坐像に見入った。
今度は北区ふるさと農家体験館のある赤羽自然観察公園に向かい、ここで休憩する。旧松澤家住宅は、浮間地区にあったものを移築復元したもので、縁側に座り込み、庭を眺めていると落ち着きが戻り、豊かな気分になってくる。そういう日常がかつて当たり前のことだったのに今では、それが非日常の出来事になっている。
西門を出ると目の前が大通り。交通の激しい現実世界を南下。左手に赤羽商業高校、国立スポーツ科学センター、右手に国立西ヶ原サッカー場、産業技術研究センターがなどの大きな施設が並立している。環七を渡った左手に姥が橋延命地蔵が約300年前から建立され、今も信仰を集めているのが面白い。
十条仲通商店街を抜け、十条富士塚のある富士神社に立ち寄り、演芸場通を歩き、ゴールの十条駅前で恒例のメダルをいただき、無事、解散した。
10月27日(土)午前10時、約11km
大崎駅南改札口外夢さん橋受付→戸越公園集合→中延商店街→旗岡八幡神社→立会道路→武蔵小山商店街→戸越銀座商店街→大崎駅解散
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写真は大崎中学校のフェンスに絡んでいる蔦の力強さ。
◎第492回[戸越公園と下町商店街めぐり]
10月27日(土)午前10時、季節遅れの台風の急襲で朝から風雨が続く大崎駅南口外の夢さん橋に集合したのは31人。予定では戸越公園集合としていたが、雨を避け、夢さん橋外側に本日開店した「Think Park Tower」2階入口の軒下で打合せする。
階段を下りて大きなヤモリの巨大な電球のオブジェを眺め、各自雨の中へと歩き出す。もうこの辺で違うコースを行く人が居た。
この辺は「居木橋遺跡」と呼ばれ縄文時代の埋蔵文化財包蔵地としてよく知られているそうだ。坂を上がり芳水小、大崎中と進み、戸越銀座を突っ切って戸越公園へ。大きな門構えを入ると広い日本庭園に池が広がり、鴨たちが休んでいた。
戸越公園通りで大井町線を越え、中延東口商店街で桜田通りと大井町線をくぐる。右折してアーケードの中延商店街スキップロードを抜け、左折して昭和通へ、池上線を跨ぎ、シューマイのサービスの丸田から左折。また延山くすのき公園になっている池上線を跨ぎ、旗岡八幡神社へお参りする。
法蓮寺前の踏切を渡り、荏原町商店街へ右折、旗の台駅手前を右折し、大井町線をくぐり、池上線踏切を渡ると行く手に昭和大学病院のビルが見えた。旗の台信号で中原街道を渡り、きれいになった病院を眺め、立会道路を行く。ズボンはグチャグチャ、リュックもコートもじっくり濡れて、少々ヤケクソになる。
西小山商店街でお茶のサービス、アーケード手前を右折する。
武蔵小山商店街に入り、駅手前の時計台を見ると11時40分。武蔵小山商店街パルムのアーケードは右に曲がり、中原街道へ出る。信号を渡って戸越銀座商店街へ入る。池上線を渡り桜田通りも渡り、行きに直進した角を大崎中へ曲がる。ここから来た道を戻る。
大崎中のフェンスに蔦が絡んで食い込んでいた。植物の生命力の強さを恐ろしく感じた。
坂を下り、「Think Park Tower」に戻る。ヤモリ電球の裏を通って、夢さん橋下の緑鮮やかなフットサルのコートを眺め、橋上に上がってゴール。コース地図とバッジを貰って解散。本日開店の「結」で食事して帰った。やっぱり雨のウォーキングはつまらない。約11km
10月20日(土)午前10時、約8km
仙川駅集合→実篤公園(実篤記念館 有料)→明照院→糟嶺神社→入間公園→祖師谷公園→観世音堂→つりがね公園→蘆花恒春園→八幡山駅解散
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透き通った水に長い水草がなびいて清々しい仙川
◎第491回B[実篤文学のふるさとから世田谷の公園]
10月20日(土)、昨晩の冷たい雨はどこへやら、午前10時清々しい空気と真っ青な空が拡がる京王仙川駅で受付、5人で出発する。桐朋学園に沿って周ると武者小路実篤公園に着いた。林の細い道を下ると池が光る。旧実篤邸書斎のガラス戸の中の机には懐中時計とか犬張子、絵筆とか細かな物が並んでいた。上の池、竹林、野草園、下の池と、水のあるところに住みたいと願っていた武者小路実篤の70歳からの終の棲家となったところ。公園は5,000㎡あり豊かな樹林と湧水に恵まれ、素晴らしかった。地下通路で記念館へ繋がっていた。
入間川沿いを進み糟嶺神社にお参りし、野川遊歩道を進む。谷戸橋から曲がり入間公園を抜け並木道を行くと林と芝生が広がる祖師谷公園へ。ちょっと休憩する。
鞍橋から仙川沿いに。透き通った水に長い水草がなびいて清々しい。大石(ダイシ)橋を渡り住宅街を進み釣鐘池公園へ。鯉が泳ぎ、小さな小橋と真っ赤な祠がお伽の世界のよう。
神明社、観音院と進み、東覚院へ。大仏様が寝ておられた。希望丘中公園を抜け、蘆花公園へ。ずんずん奥へ進むとガスタンクをバックにコスモスが咲き誇っていた。あずまやを右に行くと共同墓地があり、蘆花恒春園の茅屋、梅花書屋、記念館と続く。徳富蘆花旧宅の軒先のつるし柿が良い感じだった。以前来た時より立て看板など随分きれいになっていた。
環八を渡り住宅街を進み八幡山駅に1時到着。ゴールでスタンプとマイクロファイバークリーナーハンカチを頂き解散する。
10月20日(土)午前10時、約8km
後楽園駅南北線ホーム階上のコンコース受付→礫川公園集合→小石川後楽園→後楽緑道→九段坂→神楽坂→毘沙門天→赤城神社→大隈講堂→江戸川公園→護国寺駅コンコース解散
◎第491回A[秋の気配を感じながら神楽坂へ]
(東京メトロ沿線ウォーキング第15回) 約8km
10月20日(土)午前10時、後楽園駅南北線ホーム階上のコンコースで受付を済ませ、礫川公園に集合したのは、33人。打合せと体操を済ませ、スタート。
小石川後楽園を4分の3周して九段坂に向かうのがコースだが、あまりの人出に一本道をはずして歩く。その上、九段坂も敬遠して一本手前の中坂を上るが、結構な急坂、息を切らして早稲田通に出て右折。直進して牛込坂を越え、神楽坂に入る。ここも結構な急坂、人混みの激しいのを利用してゆっくり歩き、善国寺を左手に見ながら赤城神社=写真=に入り、休憩。
「右左 菊師行きかう 善国寺」 利
牛込天神町で右折して地蔵坂を下り、山吹町で左折、早大通に入り直進。早稲田大学構内に入る。大隈講堂、大隅庭園を見学して駒塚橋から右折して神田川を利用した江戸川公園を歩き、江戸川橋で左折。音羽通を北進、護国寺駅コンコースでゴールし、記念品をいただき解散した。
10月14日(日)午前10時 =約10㌔=
池袋駅メトロポリタン口集合(受付)→旧江戸川乱歩邸→目白庭園→鬼子母神→雑司ヶ谷→天祖神社→庚申塚→とげぬき地蔵尊(休憩)→六義園→駒込駅北口解散
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「とげ抜き地蔵」のある巣鴨は日曜日と縁日が重なり、大変な人出。
◎番外[都電沿線とレトロな街並み散策] =約10㌔=
10月14日(日)午前10時、池袋駅メトロポリタン口に集合したのは、8人。受付を済ませた後、旧江戸川乱歩邸、目白庭園、鬼子母神、雑司ヶ谷、天祖神社、庚申塚、とげぬき地蔵尊、六義園と巡り、駒込駅北口で解散した。
とくに「とげ抜き地蔵」のある巣鴨は日曜日と縁日が重なり、大変な人出。おばあちゃんの原宿の賑わいは歩くことも困難な状態だった。このコースは、例会にも適しているので、後日、本番で実施する予定。
10月13日(土)午前10時、=約8㌔=
中央線立川駅→諏訪の森公園集合(受付)→諏訪神社→根川緑道→立川公園→矢川緑地→石田大橋→多摩都市モノレール万願寺駅解散
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平成4年から4年かけて整備された根川緑道
◎第490回[根川緑道と矢川ハケ下の道散策]=約8㌔=
10月13日(土)午前10時、中央線立川駅から約1キロ歩いて諏訪の森公園に集合して受付を済ませ、恒例の打合せと体操をしたのは36人。811年に信州諏訪大社から勧請されたされたといわれている古社、諏訪神社は意外に新しい。それもそのはず、平成14年に再建されたものだった。立川氏館跡を覗き、ハケを下って根川緑道に入る。まもなく紅葉になりそうな秋色の木々は清純な流れに映えて美しい。平成4年から4年かけて整備された緑道は歩きやすく、流れの中で悠然と泳ぐ鯉がうらやましくなる。
貝殻橋から根川を離れ、みのわ通を直進、矢川緑地に入り、休憩。この矢川も流れが速く、水が澄み切っている。たかだか1.5キロ程度の小川と聞いているが、湧き水を水源としたもので、東京都が推進している雑木林のみちの中で、矢川・青柳コースはメーンとなっている。国木田独歩描く「武蔵野」の風景が残っている数少ない姿だった。
中央高速道をくぐり、多摩川にかかる石田大橋を渡ると、もう目の前が、ゴールの多摩都市モノレール万願寺駅だった。ここからモノレールで高幡不動前まで出たが、健脚組は100円の倹約で1.2キロを歩き、5分も違わず到着。解散した。