24年1月21日(土)午前10時=約9㌔=
杉並区役所前(丸の内線南阿佐ヶ谷駅徒歩1分)集合→阿佐ヶ谷パールセンター→阿佐ヶ谷神明宮→杉並リボン館→中杉通→天王橋→善福寺川→杉並児童交通公園→和田堀公園→八幡橋→大宮八幡宮(休憩)→郷土博物館→大松橋→松ノ木公園→南阿佐ヶ谷駅解散
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◎第703回[善福寺川散策ウォーキング]
24年1月21日(土)午前10時=約9㌔=
氷雨降るこの日、杉並区役所ロビーが開いていたので、ここに集合したのは44人。会津ツアーに参加する方の申込書などを収集。体操は省略してスタート。アーケードのある阿佐ヶ谷パールセンターの賑わいを眺めながら阿佐ヶ谷神明宮に参拝。中杉通から青梅街道を少し歩き、途中から杉並高校を横目に天王橋から善福寺川に入る。杉並児童交通公園は飛ばして和田堀公園を通り、八幡橋から大宮八幡宮に向かい、ここで休憩。時ならぬ桜が満開だったが、これは十月桜だった。
続いて杉並区郷土博物館に立ち寄って昔の農機具などを見学し、その後、大松橋を渡り、松ノ木公園を通り、南阿佐ヶ谷駅で解散した。
途中の民家で見事な蝋梅=写真上=を見つけ、何時見ても飽きない見事な色合いを堪能した。
24年1月14日(土)午前10時=約8㌔=
目白駅北口集合→目白庭園→自由学園明日館→雑司が谷鬼子母神→東京カテドラル関口教会(休憩)→江戸川公園→新江戸川公園→甘泉園解散

◎第702回[文化と歴史が目白押しの街めぐり]
24年1月14日(土)午前10時=約8㌔=
この冬一番の冷え込みと言われる朝、風の冷たい目白駅北口の広い歩道に50人が集合。会津東山温泉旅行の申込などの打合せを行い、真っ青な空の下、出発する。
漆喰の白壁に瓦屋根の目白庭園を覘き、羽仁夫妻創立の自由学園明日館を水仙の花越しに眺め、西武池袋線、山手線を越えて明治通を渡る。雑司が谷鬼子母神へ参り武芳稲荷の真っ赤な鳥居のトンネル=写真=を見る。
黄色いイチョウが積もる落ち着いた目白通りの歩道を歩き、日本女子大、目白台運動公園を眺め、東京カテドラル関口教会で休憩。眩しく輝く大聖堂の建物やまっ白なマリア様が立たれるルルドの洞窟を見学。
椿山荘を右に旧清戸道へ入り右折、江戸川公園の急な階段を降りて神田川遊歩道へ出る。冠木門、芭蕉庵、胸突坂、新江戸川公園の塀を見て進み、豊橋を渡って都電の始発・早稲田駅へ出る。新目白通りを進み甘泉園公園に到着、解散する。池に雪吊りが映り、冬枯れの静かな庭を一周して南口を出て、堀部安兵衛の碑を見学して早稲田通りに出て、それぞれお昼に向かった。
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24年1月7日(土)午前10時=約7㌔=
ティアラこうとう大会議室A(集合)→新年総会・懇談会(担当 C班)→横十間川親水公園→堅川河川敷公園→水神社→常光寺→東覚寺→香取神社(休憩)→普門院→天祖神社→龍眼寺→亀戸天神(解散)
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◎第701回[新年総会と亀戸七福神めぐり]
24年1月7日(土)午前10時=約7㌔=
ティアラこうとう大会議室に集合したのは54人。まず前年第4四半期に皆勤した13人の方に皆勤賞を授与。続いて前年50回を皆勤した2人に全勤賞と福袋を授与。次に前年25回以上の出席を果たした54人の方に精勤賞とレインジャケットを授与した。
この後、事業報告を兼ねた会長挨拶があり、総会を開催。会計内容についてTCさんから監査報告があり、KMさんの会計報告、会長から24年分の会計予算の説明があり、それぞれ出席者全員の賛同があった。これによると、24年分の会費は8,000円とし、臨時会費は1回300円とすることになった。
続いてC班が用意したお弁当、お菓子、果物をいただきながら懇談会を開催。和気藹々の内、午前11時終了。会場前庭に集合、いよいよ新年第1回目のウォーキングをスタート。横十間川親水公園を北上。堅川河川敷公園、水神社、常光寺、東覚寺、香取神社、普門院、天祖神社、龍眼寺とめぐり、亀戸天神に到着。新しい年の弥栄を七福神に祈りを捧げ解散した。
なお、数人は、横十間川親水公園をそのまま北上し、亀戸天神=写真=に直行、その後、香取神社を参拝した。
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12月24日(土)午前10時=約7㌔=
古石場文化センター第4・5研修室(集合)→反省会・納会(担当 B1班)→富岡八幡宮→冬木弁天堂→心行寺→円珠院→浄心寺→龍光院→清澄公園(休憩)→深川稲荷神社→八名川公園→深川神明宮(解散)
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12月17日(土)午前10時=約10㌔=
東十条駅北口(集合)→富士神社→中十条公園→名主の滝公園→王子稲荷神社→北区立中央公園(休憩)→北区立中央図書館→石神井川→音無親水公園→西ヶ原一一里塚→旧古河庭園→平塚神社→飛鳥山公園(解散)→王子駅
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◎第699回[江戸の文化や歴史に触れ秋色を楽しむ散策]
12月17日(土)午前10時=約10㌔=
京浜東北線の車窓から見える空は真っ青に広がり、太陽がまぶしく輝く。東十条駅北口集合場所の1階に着く。階下の盲腸のような広場に出張らないよう50人が集合、都庁初日の出の申込の結果は1枚だけ当選と聞き、がっかりして出発。吹抜をもう一度上がって、通路を渡り階段を登って細い道を抜け、車道を左折する。
富士神社が見え、歩道橋そばの中十条公園で久しぶりの体操をして歩き始める。信号を左折し小さな洞を見て階段を下り地藏坂をくだって線路沿いへでる。この辺は高低の差がすごい。
名主の滝公園の名残の黄葉=写真=を楽しみ、王子稲荷神社を覘いたあと、王子稲荷の坂をふーふー言って上がる。山脈の尾根道に出て息を整える。工事中の北区立中央公園で休憩。日影の地面に3センチ位の霜柱を今冬初めて見た。
初冬の公園を抜け、石神井川の滝野川橋を渡り、緑道を進む。音無橋で都電を見ながら本郷通を行く。西ヶ原で信号を渡り平塚神社に参拝、階段を降りて上中里駅前を通って線路沿いを進み、七社神社、西ヶ原一里塚を眺めて飛鳥山公園に入って解散した。
12月10日(土)午前10時=約8㌔=
新橋駅烏森口びゅうプラザ前(集合)→旧新橋停車場→汐留シオサイト5区イタリア街→御成門→東京タワー→西久保八幡神社→愛宕隋道→NHK放送博物館(休憩)→愛宕神社→虎ノ門金比羅宮→烏森神社→新橋駅(解散)
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新橋駅烏森口びゅうプラザ前で受付を済ませ集合したのは54人。簡単な打合せを済ませ、体操は省略してスタート。
まず旧新橋停車場の駅舎外観を再現した展示場を見学。当時の構内の礎石などを興味深く眺めた。続いて汐留シオサイト5区に入り、瀟洒なイタリア街を通るが、何となく冷たい雰囲気があったのは休日のせいか。
御成門で左折。芝公園の周囲を囲むようにして東京タワーに到着。東京スカイツリーの影響で何となく影が薄いようになっていたが、近くで見ると堂々たる風格を持ち、すでに歴史的建造物となっている。
西久保八幡神社には上がらずに神谷町で右折。愛宕隧道を過ぎた横からエレベーターで上がりNHK放送博物館で休憩した。愛宕山は標高29m.都区内の自然地形では最高地点。愛宕神社の池では鯉が屯していた。正面の急勾配の石段は「出世の石段」といわれているが、これは、曲垣平九郎の故事にちなんだもの。見るだけでも恐い感じで、手すりにすがって降りる。
虎ノ門金比羅宮、烏森神社を経て、ゴールの新橋駅で解散した。
なお、有志で日比谷野外音楽堂の「さようなら原発1000名署名」集会に参加。大江健三郎さんらのスピーチを聞いた後、外堀通のパレードにも参加した。
12月3日(土)午前10時=約8㌔=
高円寺駅改札前集合→座・高円寺→平和の森公園→旧中野刑務所表門→刑務所作業製品展示ルーム→庚申通商店街→馬橋公園(休憩)→馬橋稲荷神社→高円寺エトアール通商店街→長仙寺→高円寺パル商店街→高円寺らーめん横丁→高円寺純情商店街→高円寺あづま通商店街→高円寺駅解散
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◎第697回[下町情緒あふれる高円寺を巡るコース]
12月3日(土)午前10時=約8㌔=
早朝から雨が降り続き、JRに問い合わせたが、決行とのこと。2,3の会員から電話があったが決行と連絡。午前10時、高円寺駅前に集合したのは44人。座・高円寺、平和の森公園、旧中野刑務所表門、刑務所作業製品展示ルーム、庚申通商店街とひたすら傘を差したまま歩き続け、馬橋公園で休憩した。道中、地面に散らばる落ち葉の紅葉に初冬を感じる。
続いて馬橋稲荷神社で参拝。今度は高円寺エトアール通り商店街、高円寺パル商店街、高円寺らーめん横丁と歩き、高円寺純情商店街=写真=に着く。ここは、直木賞を受賞したねじめ正一さんの「高円寺純情商店街」が高円寺銀座商店会の愛称となり、一挙に全国的に有名になった。その後も高円寺あづま通商店街と商店街めぐり。アーケードのある商店街では傘を差さずに歩け、助かったが、雨のため人出が少ない。ゴールの高円寺駅で解散したが、その頃に雨が上がり悔しい思いをした。
なお、若干名は途中、中野駅から退散したり、コースを短縮してゴールにたどり着いたりした。
11月26日(土)午前10時=約10㌔=
巣鴨駅北口集合→六義園→南谷寺目赤不動→白山2丁目→小石川植物園→播磨坂(休憩)→春日通→大塚駅→巣鴨庚申塚→高岩寺(とげぬき地蔵)→真性寺(江戸六地蔵尊)→巣鴨駅解散
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◎第696回[下町情緒あふれる商店街を散策]
11月26日(土)午前10時=約10㌔=
巣鴨駅北口から南口に移して集合したのは50人。簡単な打合せの後スタート。まず六義園の長い塀に沿って歩き、江戸五色不動の一つ、南谷寺目赤不動に到着。カメラに赤目が映らないよう祈ってみる。続いて長い塀と急激な坂道のある小石川植物園に沿った道を通り、播磨坂で休憩。
しばらく春日通を通り、都電の走る大塚駅に到着。巣鴨庚申塚まで、シルバーパスを持っているグループは都電に乗車。ゆったり走る都電は周りの景色がよく眺められ、高い雲がところどころに見える程度の秋晴れの中を一駅だけだが、快適に過ごす。巣鴨庚申塚からおばあちゃん通りと言われている巣鴨地蔵通商店街=写真=をうろうろと歩く。殆んど老老ばかり重なり合うように混雑していると、ちょっと余所見をしているとGNPメンバーも同化してしまい、迷ってしまう。高岩寺(とげぬき地蔵)でお参りを兼ねて小休止。商店街入口にある真性寺の江戸六地蔵尊にも手を合わせ、巣鴨駅前で解散、食事に向かった。
11月19日(土)午前10時=約11㌔=
御茶ノ水駅御茶ノ水口集合→野球体育博物館→小石川後楽園→印刷博物館→鳩山会館(休憩)→伝通院→文京シビックセンター→文京ふるさと歴史館→東京都水道歴史館→御茶ノ水駅解散
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江戸時代、水戸藩の江戸屋敷の中にあった小石川後楽園の塀。
御茶ノ水駅御茶ノ水橋口のキップ売り場前に皆で屯していたが、お邪魔なので、少し外れた歩道へ移動。GNP41人、軽く打合せをして、コース通り行く人、東京駅へ向かう人、等々、各自雨の中に、自由歩行で歩き始める。
御茶ノ水橋から見おろすと聖橋のアーチが雨のベールに霞み、神田川に沿って外堀通りを行くと、秋色の木立の奥に、お濠の深い谷の水面が見えた。水辺に続く道が見えたので、降りられる道かと思ったけれど、入口は閉鎖されていて「腐葉土づくり工房 みどり公園課 緑ごみ銀行」という看板が掲げてあり、一般の人は入れないようだ。
お馴染みの元町公園を過ぎ、水道橋を右折、後楽園遊園地のでっかい遊具を見上げながら東京ドームを周ると、格調高い瓦屋根つきの塀が歩道に沿ってずーっと続く。江戸時代、水戸藩の江戸屋敷の中にあった小石川後楽園の塀だ。しっとりした景色に何となく気分が落ち着く。
後楽公園に入ると、せっかく咲いた山茶花もずぶぬれだし、遊歩道は水が溜まっていて、靴はびちょびちょ。臨時口の木の門が開いていたので覘いたが、何か工事中の模様。正門へ回ると「円月橋の半解体修復」と説明された看板があった。3.11地震の影響かな・・・。
だんだん雨脚もきつくなってきて、歩く気力が萎えてきてしまい、とうとう飯田橋から帰宅。 [KM記]
11月12日(土)午前10時=約10㌔=
目黒駅中央改札口アトレ目黒2入口前集合→大圓寺(大黒天)→蟠龍寺(弁財天)→瀧泉寺[目黒不動](恵比寿天)→東京都庭園美術館(休憩)→妙圓寺(福禄寿尊・寿老人尊)→瑞聖寺(布袋尊)→覚林寺[清正公](毘沙門天)→泉岳寺→五反田駅解散
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目黒駅前に集合したのは51人。都内でも名高い急坂、行人坂を下り、大黒天を祀る大圓寺、弁財天を祀る蟠龍寺を巡り、恵比寿様を祀る目黒不動尊に着く。
本殿の裏手から目黒通に出て北上、自然教育園前のどんぐり児童公園で休憩。向かいの妙圓寺には福禄寿尊と寿老人尊がいらっしゃる。続いて布袋尊のいらっしゃる瑞聖寺、毘沙門天を祀る覚林寺と巡り、天神坂、伊皿子坂と上り、泉岳寺に到着した。
第一京浜を少し歩き、高輪2丁目から右折して桂坂を通り、明治学院前で桜田通に入り、そのまま五反田駅を目指す。途中、ビルの窓ガラス清掃隊に遭遇。見上げると青空の広がる中、4人の仕事人がまるで鳥のように作業を続けていた=写真=。
五反田駅前で解散。三々五々、食事に向かった。
11月5日(土)午前10時=約8㌔=
西荻窪駅集合→花の童子像→おすもう童子像→竜神童子像→大朝露童子像→縁結び童子像→善福寺公園(休憩)→善福寺→開運地蔵尊→井草八幡宮→上向童子像→ロケット発祥之地の碑→荻窪八幡神社→杉並アニメーションミュージアム→西荻窪駅解散
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西荻窪駅南口に集合したのは45人。本日のコースは一昨年春に誕生した六つの童子像を巡るもの。それぞれの童子が奈良で見た「せんとくん」によく似ていると感じたのは作者が彫刻家の薮内佐斗司さんで同じ人。特におすもう童子像=写真=が秀逸。「せんとくん」に一番似ていたのは縁結び童子像。面白いポーズは上向き童子像。象に乗っかっている花の童子像や竜神にまたがっている竜神童子像、それに大蓮の朝露を飲んでいる大朝露童子像は、童子よりも付属物が大きく、若干こけおどしの感がした。
いずれにしてもこうして街並に特徴のあるオブジェが揃うと一つの特徴が生まれ街歩きには最適な環境になる。
他に善福寺公園、井草八幡宮、荻窪八幡神社などを巡り、雨模様が予想されていたにもかかわらず、秋晴れの半日を満喫して、スタート地点のゴール西荻窪駅に到着した。
10月29日(土) 午前10時=約9㌔=
千鳥ヶ淵公園集合→半蔵門→三宅坂→桜田門→大手門→和気清麻呂像→竹橋(休憩)→紀伊国坂→近代美術館→代官町通→英国大使館→日本カメラ博物館→袖擂坂→日本テレビ通→市ヶ谷→外濠公園→新見附橋→飯田橋駅前(神楽坂下)解散
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千鳥ヶ淵公園=写真=に集合したのは、43人。他に7人は下見を実施した。雲ひとつない快晴のもと、久しぶりに体操をしてスタート。日本を象徴する皇居のお濠の水が濁っているのは何とかならないものかと話しながら半蔵門、三宅坂、桜田門と巡り、開かずの門、坂下門に着く。
ここで、井伊直弼が暗殺されたとは想像も出来ない静かで緑濃い景色に出逢う。
その後、大手門からコースを変更して東御苑に入苑。どういうわけか、今日は入苑証の受け渡しはなかった。
苑内でトイレ休憩。不浄門といわれる平川門から出苑、紀伊国坂を通り、千鳥ヶ淵から広大な英国大使館を4分の3周。一番町、二番町、三を飛ばして四番町、五番町と歩き、JR中央線を見下ろしながら外濠公園を通り、牛込見附跡で解散した。
10月22日(土)午前10時=約10㌔=
赤羽駅北改札口集合→新荒川大橋→荒川河川敷→諏訪神社→師団坂→赤羽八幡神社→赤羽緑道公園→赤羽自然観察公園(休憩)→国立スポーツ科学センター→清水坂公園→稲付遊歩道→赤羽駅解散
赤羽駅でJRの受付を済ませた後、そのまま打合せを行ったメンバーは41人。雨が断続的に降る中をスタート。
新荒川大橋を渡り、荒川河川敷を西進。赤羽ゴルフ場横から左折、JR北赤羽駅横を通り、諏訪神社に到着。ここから師団坂を登り、右折。赤羽緑道公園を歩き、赤羽自然観察公園に着く。
ここは、自然の回復とふれあいをテーマに開設された公園で、湧水を活用した池や田んぼ、デイキャンプ設備などがある。他に茅葺屋根の旧松澤家住宅を移築・復元したものもある。
続いて国立スポーツ科学センターの外観を見学しながら姥ヶ橋陸橋で環七通りに入り、途中から左折、清水坂公園に入る。ここは、2万㎡以上ある敷地に広大な芝生広場、山間の渓流をイメージした全長150m.の流れなどがあり、自然観察園もある。ここから稲付遊歩道を歩きスタートの赤羽駅に到着。解散した。
10月15日(土)午前10時=約10㌔=
御徒町公園(集合)→佐竹商店街→鳥越神社→横網町公園→隅田川緑道公園→勝海舟の銅像→墨田区役所(休憩)→牛嶋神社→かっぱ橋道具街→下谷神社→上野駅前歩道橋(解散)
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雨模様の御徒町公園に集合したのは、47人(うち7人は下見のためJRに参加)。傘を差したままの打合せで慌しく今日のスケジュールを変更。本来、上野までの予定を約半分の横網町公園で解散することにしてスタート。いつも混雑している多慶屋が開店前ということで静かな横を通り過ぎ、佐竹商店街に入る。アーケードが完備。傘を差さずに歩けた。続いて左折しておかず横丁を歩く。
おかず横丁の突き当りが鳥越神社。源頼義・義家が前九年の役で、白い鳥が飛ぶのを見て浅瀬を知り、隅田川を渡ることが出来たことから、鳥越神社と名付けられたことに始まる由緒ある神社だ。
その後は蔵前橋通りを東進。蔵前橋を渡り、横網町公園に到着。この公園の造成中、関東大震災が起こり、多数の犠牲者たちを祀る鎮魂の地になった。東京都慰霊堂、震災復興記念館などがあり、菊花で飾られた慰霊堂は手を繋ぐ人たちを象徴し東日本大震災の慰霊も兼ねていると聞く。
ここで解散した頃、雨も上がり、三々五々、両国界隈を散策しながら帰途についた。
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10月8日(土)午前10時=約12㌔=
大崎駅南口集合→トット文化館→日本音楽高等学校→大井三つ又地蔵→大森貝塚遺跡庭園(休憩)→鈴ヶ森刑場跡→20歳の龍馬像→勝島運河→八幡神社→海雲寺→品川神社→品川宿交流館→大崎駅解散
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恒例の「しながわ夢さん橋」開催中で、2階通路にテントが並び、色んなお店が開店し始めていた。
◎第689回[潮風と歴史が漂う旧東海道を散策]
珍しく雨がない大崎駅、恒例の「しながわ夢さん橋」開催中で、2階通路にテントが並び、色んなお店が開店し始めていた。MNさんとGNPの集合場所を相談し、今回は通路西側の突き当たりのビル前広場にする。
女性群はキラキラ輝く目でお店を覗き、歩き始める前からビニール袋を提げていたり、小岩グループからスイス土産をいただいたりしながら、47人が集合。会長の挨拶のあと今日は自由歩行で各自出発する。
階段を下りて西口のthinkpark towerとSONYビルの間を抜ける。ウォーカー以外人出は少ないが、以前工事中だったところは、地域センターやマンションなどシャープな雰囲気の都会にすっかり変身していたが、百反通りには昔の面影が残る。坂道を昇ってクランクに進むと苔むした蔵あり、黒柳徹子のトット文化館あり。高架線に突き当たり右に沿って進む。一番上は新幹線が通っていた。いくつものトンネルで線路の向うに行けるようになっている。古いお米やさんや木造の家があり、昭和を感じる街並みだ。
線路を離れ右に上がるとさほど広くはない校庭で運動会開催中。その向かいに「日本音楽高等学校」の古い建物があり、正面にベートーベンの像が座っていた。明治36年創立の「音楽遊戯協会講習所」から続く初の私立音楽学校とか。一昨年、江東区有明に「有明教育芸術短期大学」を開設した。
東急大井町線をくぐり、踏切でJR貨物車輌の通過を待つが長い長い! 待つのがいやで、すぐ手前で見た地下通路で線路をくぐる。地上に出たら、まだ遮断機は下りていた。そばの児童遊園に真っ赤な蛸親子の滑り台があり、一組の親子が遊んでいた。
また東急大井町線をくぐると、広い公園が見えてきた。三菱マテリアル工場跡地に平成15年に出来た「しながわ中央公園」のみどりは区民の寄付で植栽されているとのこと、テニスコートや運動場、流れと噴水もあるが、人は少なかった。
大井町線に平行した大井サンピア商店街を進み、JR大井町手前を右折、駅前ロータリーを回り、歩道橋先を右折し大井三つ又で身代地蔵を拝んで池上通りに出る。
足の親指が痛くなってきたので、今日はここまで。JR大井町駅から帰宅。
10月1日(土)午前10時=約9㌔=
湯島聖堂大成殿集合→万世橋→玄武館道場跡→常盤橋公園→十思公園(休憩)・伝馬町牢屋敷跡・石町時の鐘→甘酒横丁→浜町公園→水天宮→蛎殻町→茅場町→八丁堀→桜川公園解散
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10月に入ったら途端に涼しくなった。きんもくせいの花の香りが漂ってくる。
東京メトロお茶の水駅から本郷通りに上がり、信号を渡って湯島聖堂に到着。何だか遠回りに感じる。門前から見ると、お濠の向うに怪しげな灰色の雲が蓋う空にでっかいビルが建築中。前庭に入ると、両側にシャチホコのような飾りが付いた大正殿の大屋根に、ハトが大勢並んで見下ろしていた。
10時、杏壇門前に45人が集合、第3四半期13回の皆勤者10人に賞状を授与して賞賛し、恐れ多いので体操は省略して階段を下り出発。林の中に立つ孔子様 にご挨拶して湯島聖堂正門を出る。
総武線、中央線、中央線、山手線と至近距離で4回くぐると自分の位置がどこにあるのかこんがらかってくるが、ともかくも、山手線に沿って新常盤橋に到着。そこから古色蒼然とした日本銀行=写真=の三辺を巡り、十思公園で休憩。この公園は伝馬町牢屋敷跡で吉田松陰終焉の地としても有名。今でも石町時の鐘が大晦日から新年にかけて百八つ鳴らされる。
コースはここから水天宮に向かって直進。蛎殻町を通り、証券取引所、茅場町、八丁堀を巡り、桜川公園で解散した。
一部の会員は水天宮に向かう途中の甘酒横丁で左折。明治座、浜町公園を通り、新大橋を渡り、江東区に入り、芭蕉記念館の前を通り、万年橋を渡ってカレー専門店に入って食事した。
9月24日(土)午前10時=約8㌔=
平成つつじ公園(練馬駅北口徒歩2分)集合→北江古田公園→東福寺→哲学堂公園(休憩)→沼袋氷川神社→新井薬師→落合公園解散
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玄関を開けるとサァーッと涼しい風が吹き、ヒヤーッとして長袖を羽織る。700円の都営まるごときっぷを使って都バス、大江戸線で練馬駅に到着。北口へ出たいのに方向が分らない。準備中の女性店員さんに「文化センターはどっちにいけばいいでしょうか?」と尋ねてしまった。結局地上に出ると、北口ロータリーの先に薄茶色の文化センターが見えた。その前の平成つつじ公園の草っ原に皆集まっていた。
10時、44人が集合、秋晴れの青空にひつじ雲の下、MNさんリードで久しぶりに体操をして出発。西武線のガードをくぐり、目白通りを右折、環七を渡って豊中通りへ出る。北江古田橋から北江古田公園に入ろうとしたら清掃作業中とかで閉鎖中。台風で調整池(写真)が汚れたのかなと思う。
すっきりしてきれいになった東福寺と幼稚園を眺め、左折。江原交差点を過ぎて右へ入ると前方に丸い「水の塔」が見えてきた。蓮華寺脇を抜けて、信号を渡り哲学堂公園へ入って藤棚の下で休憩。グラウンドでは大勢の子供たちが野球していた。林の中の石畳を下り、下田橋から中野通りを南下。2つ目の信号を右折して、脇から沼袋氷川神社に入る。今度の大震災で大鳥居が倒壊したそうで、「御奉賛のお願い」が掲示されていた。
西武新宿線に沿って進み、中野通りを南下、新井薬師公園に入る。新井薬師を出て左に回り、新井薬師前駅の商店街を抜け、中野五中に突き当たり右折。妙正寺川を渡って落合公園に到着、解散する。[KM記]
9月19日(月・祝)午後3時=約4㌔=
東京大学赤門集合→正門→安田講堂→三四郎池→不忍池→弁天堂(休憩)→上野の森美術館解散
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東大赤門前に集合したのは、健康センター所属のウォーキングクラブ14団体約150人。その内、我がGNPは35人参加し、主力を占めた。宮下充正先生=写真右端=らの挨拶があった後、4グループに分かれて出発。東大構内をそぞろ歩き、池之端門から不忍池に入り、、弁天堂を通り、上野公園の中を巡り、上野の森美術館前で体操をして解散した。
9月17日(土)午前10時=約10㌔=
プラザ広場(東京ビックサイト正門前)集合→水の広場公園→夢の大橋→センタープロムナード→ヴィーナスフォート→科学未来館→テレコムセンター→青海南埠頭公園→大江戸温泉物語→船の科学館(休憩)→潮風公園→台場公園→お台場海浜公園解散
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東京ビックサイト正門前駅すぐ横の水の広場公園入口(プラザ広場)に52人が集合。久しぶりに体操をして早々に汗をかいてしまう。
ビッグサイトを右に見て進み、ゆりかもめをくぐり、有明癌研手前の西口から広大な防災公園に入る。芝生が広がり太陽がサンサンと降り注ぐ。ヘリポートの芝生で何かイベントの準備中。癌研の周囲を回り、エントランス広場から「そなエリア東京」を眺め、有明駅前信号を渡る。
青空に黒い入道雲が走り、風はあるが暑い。日陰を選んでセンタープロムナードを進み、ヴィーナスフォートに入って青海駅通路で景色を展望しながらお水休み。
地面に降りて信号を渡り、真っ白のパンパスグラスを眺めながら、国際交流会館、科学未来館を右に見て、テレコムセンター駅を左折、信号を渡って青海南埠頭公園=写真=に入って休憩する。
大江戸温泉物語、湾岸警察の裏を見ながら、台場駅辺りで解散。それぞれバスで帰る人、昼食する人と別れる。
9月10日(土)午前10時=約9㌔=
吉祥寺駅→武蔵野八幡宮(集合)→成蹊けやき並木→むさしの市民公園→武蔵野中央公園(休憩)→グリーンパーク遊歩道→玉川上水→三鷹橋(三鷹駅)→玉川上水→井の頭公園(解散)→吉祥寺駅
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吉祥寺駅中央改札は初めて通るので迷ってオロオロする。改札前に担当のMOさんTHさんが手を上げてくれた。
吉祥寺通りを北上、五日市街道を渡り、武蔵野八幡宮に着くと境内はお祭りの準備中。幕が張られ、出店が並び、お神輿が運び込まれ、我々が集合できる状態ではない。交差点に近い境内の林の一隅に屯する。木の根っこがむき出しで転びそうになる。狭い木立の一隅に48人が集合、打合せとJRを利用した下見案を担当者に渡し、体操は省略して、裏口からわさわさと出発する。
皆さん、五日市街道を西進、成蹊大学ケヤキ並木=写真上=に入る。むさしの市民公園を抜け、武蔵野中央公園で休憩。南口を出てグリーンパーク遊歩道へ入り、関前公園、久保公園を過ぎ、ぎんなん橋で玉川上水緑道へ入る。三鷹駅脇をくぐって三鷹橋からまた玉川上水緑道を通り、万助橋から井の頭公園に入り解散した。
井の頭池は「神田上水」の水源として重要な池で、江戸時代は池底が見えるほど透き通り、水泳場もあったそうだ。市街化で湧き水は枯渇、現在は井戸水を汲み上げて水を供給。池水循環装置で浄化に取り組んでいるとのこと。9月とはいえまだまだ暑さが残り、汗びっしょりになる。[KM記]
9月3日(土)午前10時=約8㌔=
つくばエクスプレス八潮駅集合→ふれあい桜橋→神明・六木遊歩道→六木水の森公園(休憩)→葛西用水親水水路→郷土博物館→東和親水公園(休憩)→八か村落し親水緑道→東綾瀬公園(解散)→綾瀬駅
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のろのろ台風の余波で関東地方にも大雨や洪水の恐れがあるということで、実行するかどうか様子見状態。でも、朝になると雨も降っておらず、暗雲は広がっているが、ここで止めたら皆に怒られると例会は実行する。
北千住から初めてつくばエクスプレス(TX)に乗車、ホームは高架だったが荒川を越えるとすぐ地下にもぐり、青井、六町(ロクマチ)を過ぎると地上へ出て、もう八潮駅。
階下の改札を出て広々とした通路に出て真新しい駅舎を見てまわる。南口ロータリーは道路と交通施設だけ、北はマンションあり、商業施設ありで街が出来ていた。八潮という名はこの辺まで潮が入っていたということか。
コンコースに42人が集合、雨がひどくならないうちにと体操も省略して出発する。TXに沿って南下、鉄塔とTX高架線が目立つ道路を進む。周囲は工事中が多く、まだまだ新開地だ。埼玉、東京の県境、ふれあい桜橋手前で雨がサーッと来たが、そのまま神明・六木遊歩道に入る。桁川は今にも溢れそうに水量が多い。舗装されていない緑道に、蝉が出てきた穴があちこちにあった。レンガの門の六木水の森公園水車広場で一休み。住宅地を通って葛西用水親水水路に出る。桜木橋で渡る時、周りの道路と見比べると、花畑川の水面の方が高いように見えた。
蛙の新田橋、郷土博物館、亀に乗って鯉を抱えたかっぱ像を眺め、大谷田橋をくぐって東和親水公園そばの東屋で休憩。葛西用水親水水路から満開の百日紅が咲く八か村落し親水緑道=写真=へ左折する。
「八か村落堀(ハッカソンオトシボリ)」とは江戸時代、一体が新田地帯だった頃、悪水の排除のため六木から大谷田、東和を通り綾瀬に入る長い水路だったそうだ。「八か村」とは明治22年の町村制実施まで続いていた六木(ムツキ)、佐野新田(サノシンデン)、大谷田(オオヤタ)、蒲原(カバラ)、北三谷(キタサンヤ)、普賢寺(フゲンジ)、五兵衛新田(ゴヘイシンデン)、伊藤谷(イトヤ)のこと。
東綾瀬公園へ辿り着き、綾瀬駅前で解散。大した雨にもあわず、完歩出来た。
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8月27日(土)午後4時=約8㌔=
品川駅港南口(集合)→芝浦中央公園→高浜公園→新芝運河→藻塩橋→新芝橋→旧海岸通→シーバンス(休憩)→旧芝離宮庭園前→イタリア庭園→汐留駅→機関車広場(解散)→新橋駅
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最後の夕涼みウォークは午後4時品川駅港南口に46人が集合。風通しがよく涼しい。簡単な打合せの後、直ちにスタート。
芝浦中央公園は品川汚水処理場の上に広がる。樹木も生い茂り、ベンチや彫刻も設置され優雅な雰囲気。それでも柵の中では広大な処理場が整然と並んでいた=写真=。
ビルの谷間を流れる新芝運河は、ひっそりしており、意外に静かだった。田町駅で若干消え、シーバンスで休憩。屋内にもかかわらず水の流れや植物が配置され、憩いの場となっている。
続いて屋根つきの通路は浜松町駅に接続され、雨天の通勤客には便利である。旧芝離宮を迂回して歩き、イタリア庭園を通り抜け、汐留の高層建築街を眺めながら新橋駅前機関車広場で解散した。
花火見物の浴衣姿が目に付いたが、しゃんとした姿ではなく様にならない人が多かった。
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8月20日(土)午前10時=約8㌔=
東京テレポート駅集合→都バス10:11乗車→中央防波堤下車→海の森見学→同バス12:18乗車
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8月20日(土)午前9時30分、東京テレポート駅前で「波01」の都バス乗り場を探す。GNP11人を含む一般の参加者が続々とバス停に行列、10時11分バスは発車する。科学未来館、テレコムセンターを回って海底トンネルへ。出てすぐ左折し「環境局中防合同庁舎前」でほぼ全員が下車。
昨日の雨でグッと涼しくなりお日様も照らず快適だが、ぷーんとゴミのにおいがした。
ここは、昭和48年から62年まで都内23区のゴミや残土1230万トンを埋め立てた場所、募金や都民参加の植樹によって緑あふれる森に生まれ変わらせるもので、現在森づくりが進行中。平成28年「中央防波堤内側 海の森公園」として公開する。日比谷公園の5.5倍もあるそうだ。
ぞろぞろと運河に平行して東へ歩き始めると東京ゲートブリッジが見えてきた。20分ほど歩き柵を抜け砂利道を上り駐車場を過ぎると受付のテントがあり、資料を貰って海の森見学開始。
板と砂利と鉄パイプの階段を上がると360度の展望が拡がる。rすぐそばに異様な黒っぽい光景=写真=。巨大な人間のオブジェのようだったが、近づいてよく見ると植林した樹木を風除けのカバーで保護したものだった。発電用の風車2基、そばの看板に「あなたのための森ではない。あなたの子どものための海の森。」と書いてあった。まだ荒涼とはしているが、30mほどの山からの眺めはいつもの角度と違って面白い。若洲公園と東京ゲートブリッジ、その下に頭をぶつけたビッグサンダーマウンテン、若洲の風車、葛西臨海公園の観覧車、東京スカイツリー、ビッグサイト、東京タワー、お台場の観覧車、フジテレビ・・・皆でワイワイ指差して眺めを楽しむ。帰りのバス12:18に乗車するため、同じ道を戻った。若干人数、車で帰宅。=約5㌔=
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8月20日(土)午後4時=約8㌔=
豊洲公園集合→東雲橋→辰己桜橋→辰己の森緑道公園→辰己の森海浜公園(休憩)→漣橋→暁橋→しおかぜ橋→南海橋→健康センター解散
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8月20日(土)午後4時、子ども達でいっぱいの豊洲公園=写真=に37人が集合。TX土休券の販売、9月19日の出欠確認、海の森公園見学の報告をして、涼しい風が吹くなか出発する。豊洲文化センター前の歩道を集団で横断し、晴海通りを右折、東雲橋を渡り、Yさんの案内でグランチャ東雲から公団の中の洒落た佇まいの道を抜け、辰己桜橋を渡って三つ目通りを横切る。
WOWOW前歩道の車止めが斜めに沈んだままアスファルトに埋まっていた。震災の記念碑のつもりなのか・・・な。辰己の森海浜公園に入って休憩。漣橋、暁橋、しおかぜ橋、南海橋と渡って健康センターに到着、解散した。
運河の水にいつもピチピチと騒いでいた小魚が浮いていたが、どうしたのだろうか。酸欠で死んだのか、昨日の大雨のせいなのか・・・。
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8月6日(土)午後5時=約10㌔=
深川公園集合→佐賀稲荷神社→隅田川大橋→豊海橋→渡海稲荷神社→南高橋→鉄砲洲稲荷神社→佃の渡し跡→佃大橋→住吉神社→佃公園(休憩)→石川島公園→相生橋→越中島公園→越中島橋→臨海公園(解散)
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深川公園に17時、47人が集合。会長から「海の森見学会」などの簡単な連絡事項があり、軽く体操をして出発する。赤札堂横の信号を渡り、深川モダン館を見て首都高に添って歩く。
緑橋を渡って佐賀稲荷神社=写真=を覗き、隅田川大橋への階段を上がり、隅田川を渡る。提灯に灯が入った鉄砲洲稲荷神社横の公園で休憩。いつの間にか人数が半減していた。
佃島渡船場跡を見て佃大橋へ上がる。左に中央大橋、東京スカイツリー、佃公園のやぐらトイレと高層ビル群、右に勝鬨橋、聖路加タワーを見て階段を下る。佃の船溜りに葦が生え、手すりが廻らされ、掘割にボートが繋がれていた。向う岸を行く皆の姿が細い路地に消えていく。私も遅れながら入っていくと、「佃天台地蔵尊」の看板があり、薄暗い奥に明るいお社があり、直径1メートルもあるイチョウの木が鎮座していた。お参りしていた老夫婦から「天井の上にも伸びていますよ」と教えてもらう。今まで全然知らなかった--。
住吉神社、佃公園を抜け、リバーシティ21のメーン通りを歩く。石川島公園はカットして清澄通りへ出る。相生橋は工事中で板囲いと幕とでまるでトンネルだ。
越中島公園を過ぎ、越中島橋へ曲って臨海公園へ着くが誰もいない。清澄通りまで戻って待っていると、ぞろぞろ皆がやってきた。A班が曲がり、B班はパラパラ直進する人達がいた。薄暗くなった臨海公園で1週休みを名残惜しみ解散した。 [KM記]
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7月30日(土)午後5時=約10㌔=
新砂あゆみ公園(東西線南砂町駅3番出口前集合→砂町水辺公園→荒川水辺公園→大島小松川公園→中川大橋→中川船番所資料館(休憩)→番所橋→仙台堀川公園→横十間川親水公園解散
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いつの間にかしっかりした公園のたたずまいを見せ、幼児たちの歓声が聞こえる新砂あゆみ公園に集合したのは、41人。体操を省略して南下したが、意外に公園は広く、高齢者医療センターの庭園として同化している。
荒川砂町水辺公園を北上、夕暮れを迎えた荒川は夕凪。途中、花壇や石庭、それに屋根つきのベンチなどが置かれ=写真下=、整備が整っている。ところが折角、設置された転落防止柵の一部が盗難にあったとのことで抜けている。公共施設を盗んだり破壊したりする心無い人間が居ることは悲しい。
葛西橋をくぐり荒川ロックゲートに到着。小名木川排水機場を眺めながら大島小松川公園を抜け、中川船番所資料館で休憩。
江戸情緒を活かした番所橋をくぐり、仙台堀川公園を歩き、横十間川親水公園で解散した。
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◎第679回A[夕涼み猿江から富岡八幡]
7月23日(土)午後5時=約7㌔=
猿江公園(集合)→豊砂橋→豊住橋→大栄橋→扇橋→新高橋→東深川橋→森下文化センター(休憩)→新小名木川水門→萬年橋→清澄公園→清澄橋→海辺橋→木更木橋→富岡八幡宮解散
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猿江公園に集合したのは41人。真夏の中、意外に涼しく湿度も低いこの日、夕涼みウォークはスタートした。
横十間川親水公園、仙台堀川公園、大横川水辺緑道、小名木川水辺と区内著名の水辺を歩き森下文化センターで休憩した。
その後は、萬年橋を渡り、清澄公園を横断、再び仙台堀川水辺を歩き=写真=木更木橋から南下、一路富岡八幡に向かい、ここでゴール。
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7月23日(土)午前10時=約8㌔=
桜木町駅(受付)→馬車道商店街→山下公園→横浜マリンタワー→横浜中華街→アメリカ山公園→港の見える丘公園(休憩)→山手234番館→エスマリン邸→ベーリック・ホール→山手公園→山手イタリア山公園→石川町駅解散
当日の参加者12人、無事コースを歩いた。
7月16日(土)午前10時=約10㌔=
日比谷公園にれの木広場集合→愛宕神社→東京タワー→ロシア大使館→毛利庭園(休憩)→有栖川宮記念公園→網代公園解散
写真は東京タワー前の坂の上、壁全面植物のビル。
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日比谷公園心字池でカルガモを探したが、湖面は静かでカラスの声だけが響く。後で聞くと皇居のお濠に引っ越したとのこと。亀の島の葦の陰でアオサギがじっと瞑想に耽っていた。
水の出ていない噴水池の周りに3つばかりのグループが屯している。輝く芝生に名残のバラを見ながらにれのき広場へ着くと、既に5,6人が来ていた。
10時、50人が集合。体操を省略して出発。
今年初めて聞く蝉の声にいよいよ暑さを感じる。かもめの広場から祝田通りを南下。愛宕神社は眺めるだけにして、芝公園の木陰でABCが揃って小休止。東京タワー前の坂を上がり、壁全面植物のビルを眺め、飯倉の真っ黒いビル(フィージー大使館)の下を通り、ロシア大使館を過ぎて左折、狸穴坂を下って狸穴公園で休憩する。ここの池も空堀。
麻布十番キミちゃんの像を過ぎ、都内最大、樹齢750年のイチョウが在る善福寺にお参り。親鸞聖人像、巨樹、越路吹雪のお墓、ハリス記念碑、本堂の後ろに聳え立つ巨大土筆のマンションを眺めて網代公園で解散。まだ11時半だが、皆の姿は瞬く間に消えた。
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7月9日(土)午前10時=約10㌔=
笹塚駅北口集合→幡ヶ谷第3公園(体操)→6号通→大善寺→不動通商店街→初台→玉川上水緑道(休憩)→東北沢駅→駒場公園解散
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初台付近の高速道路も外から緑化。
笹塚駅の改札を出ると駅北側の丸い植込みの周りに皆がいた。46人が集合、揃って甲州街道を渡り、10号通商店街を覗き、中野通りを曲って幡ヶ谷第3公園へ到着、体操をする。園内に人工の流れがあるが省エネの為か、水のない流れを見ながらスタート。
6号坂通りを進み、不動通商店街で大善寺、幡ヶ谷不動を見て山手通を右折、初台で甲州街道を渡り、玉川上水緑道へ入る。
緑道は木陰いっぱいだが、カンカン照りも結構あって、だんだんアタマが茹ってきた。やっとトイレのあるところで休憩。皆さん木の陰で一息つく。アメや昆布が回ってきた。
私はもう余力が無くなりそうだったので、幡ヶ谷一丁目あたりでドロップアウト。京王線、都営新宿線、都バスと乗り継いで帰宅。いよいよ梅雨明け。暑さとの戦いだ。
皆さんは五條橋、東北沢駅を通り、駒場公園で解散した。[KM記]
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7月2日(土)午前10時=約9㌔=
明治神宮外苑噴水前集合→御観兵榎→信濃町駅→須賀神社→若葉東公園→紀伊国坂→清水谷公園(休憩)→山王神社→国会裏→首相官邸前→霞ヶ関→日比谷公園解散
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弁慶濠ではボートに乗った釣り人が優雅にお濠を独占していた。
◎第676回[青山から日比谷]
7月2日(土)午前10時=約9㌔=
青山1丁目1番出口を上り青山通りを2丁目信号で右折。涼しい外苑イチョウ並木を行くと噴水のない広場に、もうみんなの姿。久しぶりの顔もあり、51人が集合した。
第2四半期の皆勤者22人に賞状を授与し、MNさんリードで体操をして出発する。涼しい風が吹く薄暗い林の中で二代目御観兵榎を眺める。
信濃町駅、学会の街を抜け、暗闇坂、須賀神社、服部半蔵の墓を過ぎ、JRを越える。若葉東公園、紀伊国坂、ニューオータニを越えて清水谷公園で休憩。
営業を終了したアカサカプリンスホテル前を過ぎ、赤坂見附交差点を渡る。
エスカレーターで山王神社にお参りし、山王坂、国会裏、首相官邸前、霞ヶ関と歩き、日比谷公園かもめの広場に到着、解散する。
暗い雲が現れ雨の心配をしたが、時たま涼しい風が吹いてバテ上がらずに完歩した。
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6月25日(土)午前10時=約9㌔=
王子駅北口(受付)→音無親水公園集合→飛鳥山公園→旧古河庭園→山手線陸橋→田端アスカタワー→西日暮里公園(休憩)→谷中銀座→東京芸大→上野動物園正門前解散
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飛鳥山公園で威容を誇るD51。
涼しい音無親水公園に51人が集合、体操は省略して歩き始める。
今日は、京浜東北線に沿い、王子、飛鳥山、田端台、道灌山、日暮里、上野と続く「荒川南方台山脈」を縦走するコースでほぼ高台ばかり。
飛鳥山公園から線路沿いへ出る道を迷ったが、思いがけず紫陽花を堪能。こんな間違いは楽しい。ひぐらし坂を下り、道灌山通を歩道橋で渡り、石段を登って西日暮里公園で休憩。涼しい風が吹きぬけ疲れが吹っ飛ぶ。
諏訪台通から上野桜木は車も人も多くて相当賑わっていた。ここも賑わう上野動物園正門前で解散。太陽が輝きまた今日も酷暑かと心配したが、雲が拡がり涼風が吹く絶好のウォーキング日和を感謝して、それぞれお昼に向かった。
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6月18日(土)午前10時=約9㌔=
千住旭公園(北千住駅徒歩7分) 集合→柳原稲荷→柳原千草園→東京未来大学→千住汐入大橋→都立汐入公園(休憩)→航空高専→南千住駅→延命寺→三ノ輪駅解散
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延命寺に入ると何と首切り地蔵の首や腕が台座の横に積んであった。
雨具で完全装備して千住旭公園に集合したのは49人。有志による原発廃止署名を行った後、出発。柳原千草園で菖蒲を見ようと思ったが、お目にかからず、わずかに紫陽花を見学した。
荒川堤防から眺める堀切駅はまるで玩具の駅舎。時代が昭和以前に戻ったような気になったが、千住汐入大橋を渡ると別世界広大な都立汐入公園が広がる。遠くに見える東京スカイツリーもてっぺんは雲の中から出たり入ったり。日時計のあるバーベキュー広場で休憩。
南千住駅を越えて延命寺に入ると何と首切り地蔵の首や腕が台座の横に積んであった。3月11日の東日本大震災の爪痕がこういうところにも残っていた。
そのまま、三ノ輪駅の近く、明治通に面した三ノ輪児童遊園で解散。重装備で雨具を用意したが、とうとう重荷になっただけで完歩した。
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6月11日(土)午前10時=約10㌔=
大塚台公園(集合)→空蝉橋→北大塚三丁目→大日堂→猿田彦神社→妙行寺→西ヶ原みんなの公園(休憩)→染井霊園→とげぬき地蔵→江戸橋→東福寺→巣鴨教会→都立大塚病院→大塚公園(解散)→新大塚駅
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広大な西ヶ原みんなの公園には至れり尽くせりの遊具や防災設備が整っている。
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朝から梅雨の最中。49人が参加、内6人はJRに参加した。残り43人は大塚台公園に参集。山手線を跨ぐ空蝉橋を渡り、くねくねとした路地に入り大日堂を見学。小さな祠のような場所だが、「無我愛」という精神運動の拠点となる。
西ヶ原4丁目から右折、西ヶ原みんなの公園にたどり着く。雨宿りの出来る四阿で休憩。広大な公園で遊具がそろい、その上、防災設備も整っている。
白山通を歩道橋で渡り、真性寺の地蔵尊を拝み、またまたくねくねと細い路地を歩き、ゴールの大塚公園に到着。雨に濡れた噴水が奇妙に清々しく疲れが癒える心地になる。
帰途、スタートの大塚に戻り、有名な柏屋で薄皮饅頭を購入。プレゼントもゲットした。
6月4日(土)午前10時=約10㌔=
北千住8:21発→9:26栃木駅着(片道860円)集合→うずま公園→塚田歴史伝説館→横山郷土館→岡田記念館→油伝味噌→蔵の街広場(休憩)→とちぎ山車会館→栃木駅解散
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10人が参加。蔵の街で珍しい蔵の長屋=写真上=を見学。その他、ハイテクロボットの塚田歴史伝説館を楽しんだ。
6月4日(土)午前10時=約10㌔=
染井吉野桜公園(駒込駅北口徒歩2分)集合→旧古河庭園→飛鳥山公園→音無親水公園(休憩)→石神井川→加賀二公園→東板橋公園(解散)
32人が参加。東板橋公園のフラミンゴ=写真=はお年寄り。優雅な余生を満喫していた。
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5月28日(土)午前10時=約10㌔=
小岩駅集合→フラワーロード→下小岩親水緑道→善養寺→江戸川土手→小岩菖蒲園(休憩)→江戸川土手→上小岩親水緑道→仲よしこみち→小岩駅北口解散 (H13.8.4実施第181回分)
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国の天然記念物に指定された善養寺の素晴らしい影向の松
◎671回[江戸川土手と親水公園]
今年ははやばやと鬱陶しい入梅。「かるがも広場」はじっとり濡れていたので、目の前の南小岩コミュニティ会館前に10時、47人が集合。
最近、国の天然記念物に指定された影向の松のある善養寺に着くと、そのせいか、中は工事中で、周辺は金網が回らされ、地面にビニールが張られていた。何時見ても素晴らしい景観は植物の生き様の見本のような気がする。
広々とした江戸川土手に上り、霧雨の中を進む。総武線鉄橋、市川橋、京成本線をくぐり、まだ菖蒲がほとんど咲いてない小岩菖蒲園に到着、休憩する。再び雨で人気の少ない江戸川を歩き、土手の信号を下りて上小岩親水緑道の滝に着く。住宅地の中を流れる小川に沿って、良く手入れされた散歩道だが、道とせせらぎが近すぎて足を滑らせそうだ。
京成線を左折、踏切を渡って中小岩新道へ曲り、続いて「なかよしこみち」へ。つつじ、紫陽花、ひなげし、シランを楽しみ蔵前橋通りへ出る。小岩駅北口信号で解散。
それぞれ三々五々お昼へ向かった。
5月21日(土)午前10時=約10㌔=
健康センター集合→潮風の散歩道→夢の島大橋→夢の島公園(休憩)→夢の島緑道公園→新木場緑道公園→若洲橋→若洲海浜公園→若洲公園解散 (10.1.31実施第3回分利用)
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新木場緑道公園に乱れ咲くキバナコスモス。
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◎670回[若洲海浜公園]
5月21日10時、健康センターに48人が集合。栃木ウォークの説明をして体操は省略。早速、潮風の散歩道へ出る。結構陽射しはあるが、運河を渡る風は心地いい。
夢の島大橋からヨットでびっしりのマリーナを眺め、夢の島公園に入る。緑の中で水分を補給し、また明治通を南下。新木場駅前から夢の島緑道公園に入り涼しい緑陰の道を進む。
初めて通る新木場緑道公園に入る。湾岸道路、高速湾岸線、JR京葉線の真下をくぐる。電車が通る度ものすごい轟音で人の声も聞こえない。堤防の上に出るとキバナコスモスが咲きそろう先に、葛西臨海公園やディズニーランドのホテル群が見渡せ、ゆったりした気分になる。時計塔の横の中央眺望広場で休憩。
その後、若洲橋を渡り、ヨット訓練所、若洲ゴルフリンクスのクラブハウスを眺め、若洲海浜公園へ入る。水上スクーター、東京湾を行き交う大小の船、羽田へ降りる飛行機、遠くに霞む「海ほたる」を見ながら、延々と爽やかなサイクリングロードを進むが、さすがに10キロを越えると足に疲れがきて無口になる。
岬の突端でピンクのハマユウ群落が慰めてくれ、東京ゲートブリッジの橋桁が見えてくるとちょっと元気になった。
数人で橋脚下の岩場に座り込み、お弁当にありつく。海は広い。橋は高い。風も涼しい。でも、食べ終わった頃は寒くなっていた。
若洲キャンプ場前13時25分発のバスに乗るため動き始めると、あちこちから仲間が集まってくる。都バスはGNPの貸切状態となった。
5月14日(土)午前10時=約10㌔=
東陽公園集合→東陽橋→しおかぜ橋→暁橋→漣橋→辰己の森海浜公園(休憩)→辰己の森緑道公園→辰己駅→辰己桜橋→東雲橋→豊洲公園解散
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東陽公園に設置されている急角度の滑り台。
◎669回[東陽公園から辰己]
5月14日(土)午前10時=約10㌔=
東陽公園はお掃除中で業者が雑草やゴミをトラックに積んでいて砂埃が上る。10時、50人が集合。5/28「蔵の街栃木ウォーク」のお誘いと次回5/21は弁当持参のことなどを連絡、体操は省略して出発する。
東陽町駅前の信号を渡り南下、東陽橋を渡って信号を曲って日差しの強い中を行き、Z型のしおかぜ橋を渡る。
辰己の森海浜公園で休憩、清々しい初夏の空と風を楽しむ。東京国際辰巳水泳場の二階歩道から東京スカイツリーを遠望し、辰己の森緑道公園へ。葉桜のトンネルを吹き抜ける風に喜ぶ。東日本大震災の液状化の傷跡がまだ所どころ残っていた。ヘビ(巳)が巻いて登る山を見て、弓のような長い歩道橋を渡ると、有楽町線辰己駅前にタツ(辰)が座っていた。「そうなんだ!」とみんなで納得。
枝の先にびっしり咲く白やピンクの花が新緑を賑やかにしている初夏の森を抜け、校庭や入口がやられた辰己小学校を眺め、辰己桜橋を渡る。4月1日にオープンした「グランチャ東雲」の白いビルを見て東雲橋を渡る。A班は豊洲公園へゴールしたが、B班は豊洲交差点で解散、それぞれお昼に向かった。
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5月7日(土)午前10時=約9㌔=
亀戸駅前公園(はねかめ噴水)集合→吾嬬神社→中平井橋→すみだスポーツ健康センター(休憩)→ゆりのき橋→木下川水門→平井運動公園→平井大橋→小松川橋→荒川大橋→大島小松川公園解散
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荒川土手で乱舞するポピーの花畑。
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今日のはねかめ池には水がなく、小ぬか雨が降っているのに乾いた感じがする。亀戸駅前公園に集合したのはゲストを含め59人。
明治通を北上、福神橋を渡って振り返ると東京スカイツリーの頭は雲の中に隠れていた。
小ぬか雨の水辺をゆっくり眺め、ゆりのき橋をくぐると前方に緑色の水門「木下川排水機場」が見えてきた。隅田川と荒川に挟まれた江東三角地帯・ゼロメートル地帯は満潮時には大部分が水面下となり、たびたび大洪水に見舞われてきた。外郭堤防・水門・排水機場は、高潮や洪水、津波などの水害から守ってくれている。
荒川土手に上ると広々とした河川敷に運動場が拡がる。水上バス平井水上ステーション、平井大橋、真っ赤なポピーの花畑、総武線、新小松川橋、荒川大橋、小松川千本桜の葉桜が続くとほどなく大島小松川公園に着いた。今日は若いウォーカーが大勢歩いていたが、土手上に「順天高校」の幟が立ち、生徒達のゴールの模様。わがGNPもここがゴール。
4月30日(土)午前10時=約9㌔=
猿江恩賜公園集合→横十間川親水公園→柳島橋→押上→東京スカイツリー→業平橋→大横川親水公園(休憩)→江東橋→大横川→扇橋→木場公園解散
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猿江恩賜公園正面に置かれた花壇
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快晴の猿江恩賜公園に集合したのは59人(内ゲスト1人)。欠席者は3人しか居なかった。
押上に入ると人出がすごい。634メートルに達した東京スカイツリーは今や東京のシンボル。
業平橋駅はとうとう「東京スカイツリー駅」に改名。今回の東日本大地震にもびくともしなかった自信があふれていた。
ところどころで工事中だったが、大横川親水公園はさまざまな花々が植えられ、樹木には名前がつけられている。地元民が愛情を込めて慈しんでいるのがよく分かる。
ゴールは木場公園だったが、その手前、小名木川沿いを西に向かって歩き、MTさんの紹介で清澄の「KITCHIN YOSHINO」に入る。普通の住宅の居間を改造したカレー専門店。さまざまなカレーがあって、トッピングが多い。気さくなマダムの話が面白く、特にワイン入りの特製コーヒーゼリーに満足してランチを済ませた。
4月24日(日)午前10時=約6㌔=
牡丹町公園集合→臨海公園→永代橋→越前堀公園→坂本町公園(休憩)→永代通→大手町駅→和田倉噴水公園→大手門→皇居東御苑解散
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越前堀公園で嫣然と豊満に咲く八重桜
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23日は生憎の雨天。雨の中の花めぐりを避けて24日(日)に順延。朝から快晴に恵まれ、紺碧の空の下牡丹町公園に集合したのは43人と順延の日程が禍し、若干少なかった。
牡丹は盛りを越え、橋から見下ろした風情は若干寂しかった。越前堀公園の八重桜は豊満。坂本町公園で休憩。阪本(字の違いに注意)小学校は「第一番官立小学」といわれる伝統を持ち1873年に開校されている。
永代通りを直進し、節電対策のため噴水が停止されている和田倉噴水公園を横切り、大手門から皇居東御苑に入る。やぐらの白壁が剥げていたり、石垣が凸凹していたり、地震の影響が見える中、ツツジは見事に満開。白、ピンク、赤、紫と色とりどりの姿が、青空と新緑に映えて観客を魅了していた。
4月16日(土)午前10時=約12㌔=
南砂3丁目公園集合→清砂橋→あんずの里→新長島川親水公園→葛西臨海公園(休憩・第1次解散)→なぎさ公園→富士公園→フラワーガーデン→総合レクリェーション公園→新左近川親水公園→虹の広場(解散)→江戸川区球場→西葛西駅
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南砂3丁目公園の中心地に植わる古木。根元が腐敗しているため、伐採の危機に瀕しているが、その幹から可憐な花をつけ、殆ど切り尽くされた枝からも萌黄色の新芽をつけ、その生命は間違いなく生きている。
[追記にコース図]
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南砂3丁目公園に56人が集合。体操後長い清砂橋を渡る。あんずの里は震災痕の改修中、新長島川親水公園は清々しい道が続く。なぎさ橋を渡って葛西臨海公園へ入りでっかい観覧車が聳え立つ根元で休もうとしたら、誰かが「地震だ!」と叫んだ。誰かの携帯が警報音を出し大地が揺れている。「危険ですので観覧車から離れてください」と放送があり観覧車が止まった。見上げると箱の中にお客さん。「どっちに逃げたらいいの?」と言いながらも、みんな春色の原っぱへ進む。大地よ、鎮まってーッ!
4月9日(土)午前10時=約9㌔=
清澄公園集合→清洲橋→隅田川テラス→永代橋→南高橋→佃大橋→住吉神社→佃公園(休憩)→相生橋→越中島公園→巽橋→越中島橋→牡丹町公園解散
(注)追記にコース図
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写真は清澄公園の桜
今にも雨が落ちそうな天気の中、清澄公園に56人が集合、桜を求めて隅田川流域を歩く。新大橋、清洲橋辺りまでは桜が少なかったが、永代橋を越えると両岸は見事に満開。ことに佃公園の桜は妖艶さを増し降り始めた雨にも負けず、我々の目を楽しませてくれた。中央大橋をくぐると急に風も加わり、越中島公園では嵐の様相になる。大島川水門の脇を抜けて大横川沿いに出ると両岸は桜のトンネル。雨の中、桜を見ながら、傘で風雨に逆らいながら、やけくそのようになって解散場所の牡丹町公園に辿り着き、11時半解散した。やはり桜は青空がお似合いだ。
4月2日(土)午前10時=約9㌔=
猿江恩賜公園集合→錦糸公園→大横川親水公園→亀戸天神(休憩)→香取神社→亀戸香取勝運商店街→亀戸中央公園(解散) =59人参加=
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堅川親水公園に咲くユキヤナギ
{追記にコース図)

当日は快晴。会員の殆ど59人が参加。
4月に入ったにもかかわらず、桜花爛漫という雰囲気には程遠く、亀戸天神の周りでは民家倒壊の危険を抱えた張り紙が見え、東日本大地震の影響が垣間見える。
菜の花、木蓮、こぶし、雪柳、ぼけなど、花めぐりの効き目は十分だった。
3月26日(土)午前10時=約8㌔=
猿江恩賜公園集合→堅川河川敷公園→旧中川→中川船番所資料館(休憩)→仙台堀川公園→野鳥の島→江東区役所前庭解散 =59人参加=
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水鳥の群れと菜の花と未開の桜がコントラストする旧中川 (56人参加)
(追記にコース図)

3月19日(土)午前10時=約6㌔=
健康センター(集合)→しおかぜの散歩道(はくもくれん)→三つ目通り→洲崎神社→大横川(桜並木)→木場公園木場ミドリアム→葛西橋通り(菜の花)→仙台堀川→横十間川→ティアラこうとう(解散)
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大横川遊歩道で満開の河津桜 53人参加
3月12日(土)午前10時=約10㌔=
湯島聖堂大成殿()集合→万世橋→玄武官道場跡→常盤橋公園→十思公園(休憩)・伝馬町牢屋敷跡・石町時の鐘→甘酒横丁→浜町公園→水天宮→蛎殻町→茅場町→八丁堀→桜川公園・解散
東日本大震災のため、中止。
3月5日(土)午前10時=約9㌔=
飯田橋駅東口(受付)→後楽公園集合→北野神社→伝通院→善光寺→こんにゃくえんま→菊坂→赤門→農学部→根津神社(休憩)→寛永寺→子供図書館→上野公園→上野動物園表門前解散
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牛天神では、お母さん狛犬の足下に赤ちゃん狛犬がチュッチュッとおっぱいを吸っていた。
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◎659回[飯田橋から上野恩賜動物園]
3月5日(土)午前10時 =約9㌔=
(228回2002.7.20実施分利用)
飯田橋駅東口でJRの受付を済ませ、複雑な歩道橋を渡り外堀通りを東に進み職安前を左折、小石川後楽園入口に到着する。入口前に集合する予定だったが、入園者が増えてきたので、北側にある体操場所の後楽園公園へ移動する。築地塀に沿って小道をいくと、沈丁花の白とピンクがいい香り。
MMさんから下見済みの地図を受け取り、SOさんに下見コースの資料を渡し、10時、55人が集合。会長が仕事で休むことを伝え、JRを今後も利用するのか、数人が下見としてJRコースを歩き後日例会に利用、など意見が出され、MNさんの体操をして出発する。
信号を渡り牛天神下を右折、北野神社の石段を上り牛天神に参拝。赤やピンクの梅が咲き、お母さん狛犬の足下に赤ちゃん狛犬がチュッチュッとおっぱいを吸っていた。何回も来たのに今まで気づかなかったんだ、とびっくりしたけれど、にこっと嬉しくなった。
くにゃくにゃと春日通へ出て、伝通院前を右折、工事中の伝通院を見て善光寺坂を下る。慈眼院、(沢蔵司の魂が宿るという)椋の老木、善光寺、と鄙びた雰囲気が続く。小石川3を右折、こんにゃくえんま前を左折して白山通りを越え、菊坂下を右折、菊坂を上る。
本郷通りを左へ、東大赤門、正門、農学部と進み、東大前駅出口を過ぎて右折、西教寺、更新館(旅館)、願行寺を過ぎ、教会の手前の新坂を下ると根津神社に到着。C班は休憩中、A班がちょうど出発したところだった。ちょっと休憩してB班も再出発。根津神社入口へ進み、根津1から言問通へ曲る。狭い歩道を譲り合って歩き、浄名院前を右折、寛永寺へお参りして、国際子ども図書館、奏楽堂を眺めて上野恩賜動物園の表門前に辿り着き解散した。「門前に変な形の植込みが…」と思ったら目や鼻が付いていてゴリラのように見えた。
お散歩日和のためか、パンダのせいか、上野周辺は老若男女、いっぱいの人出で溢れていて、すっかり行楽の季節になったようだ。[KM記]
2月26日(土)午前10時=約8㌔=
国際フォーラム集合→馬場先門→楠正成像→桜田門→三宅坂→千鳥が淵公園(休憩)→北の丸公園→北桔橋門→皇居東御苑(梅見)→大手門→和田倉噴水公園・解散
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皇居東御苑の「思いのまま」は白梅と紅梅が1本の梅ノ木の中で乱れ咲いていた。
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◎658回[国際フォーラムから皇居一周]
2月26日(土)午前10時=約8㌔=
昨日の初夏のような気温が今日はグッと下がり、空気は冷たいが、陽射しもあり風も無くて心地よい。京葉線東京駅を上ると東京国際フォーラムでは就職説明会(らしい)の準備がガラス越しに見おろせた。ガラス棟の1階に上ると太田道灌の銅像が皇居の方を向いて立っていた。
10時、55人が集合。下見が順調に進んでいること、A班にも下見して貰うよう、「人数が揃わないときは会長に遠慮なく相談ください」と伝達し、体操は省略して出発する。
赤レンガの三菱美術館の洒落た中庭を抜け、皇居前広場へ。外人観光客が目立つ中、旗を掲げて全員が繋がって歩く。先頭が桜田門にかかる頃、ラストは二重橋前辺りにいた。お濠に白黒コンビの水鳥がびっしり浮かび、皇居周辺は明日の東京マラソンの準備か赤白のコーンが道路に並び、マラソン愛好者がひっきりなしに走り、繁華街並みの気遣いをして歩く。お濠に沿った並木のユリノキの大木は葉はすっかり落ちていて、はるか高いところに蕾か花かが付いているのが見えた。
千鳥ヶ淵公園から千鳥ヶ淵緑道へ入り、靖国神社にお参り。休憩がてら「開花宣言」の桜の古木を探す。田安門から北の丸公園へ入り、林の中でピンクの色を見つけて歓声を上げ、吉田茂像を眺めて’もう一度この世に出てきてくれないかな’と考えたりしながら歩道橋を渡って北桔橋門から皇居東御苑へ入園。天守閣跡へは行かず左に回ると、ピンクと白の花が同じ梅の木に咲いていて面白い。隅田公園で見た梅は接木したのが解ったけれど、こちらは1本の木の枝のあちらこちらに白い花とピンクの花が咲いている。これが「思いのまま」と名付けた所以らしい。
太田道灌が1478年天神社をまつり、数百株の梅を植えたのでその名が付いたという梅林坂を下ると、白や濃淡様々のピンクの花を付けた梅の古木が連なる。しばらく花を愛で、クンクンと香りを探し、楽しみながらここで解散する。お日様ぽかぽか、人々の顔は穏やかで「つくづく日本は平和だな」とほわっと暖かさを感じる。日本庭園はまだ緑は少ないが、四面を獅子が睨む「皇居正門石橋旧飾電燈」の横でソシンロウバイの黄色い花が満開。大手門から帰宅した。[KM記 ]
2月19日(土)午前10時=約10㌔=
上野駅入谷口(受付)→西郷隆盛像前集合→東京芸術大→谷中霊園→入谷鬼子母神→待乳山聖天(休憩)→隅田公園→浅草寺→かっぱ橋道具街→上野駅解散
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上野公園の西郷隆盛像
(追記にコース図)
◎657回[上野公園から待乳山聖天を巡る]
2月19日(土)午前10時=約8㌔=
上野駅入谷改札でJRの受付をして、GNPの集合場所の西郷隆盛像前へ向かう。久しぶりにパンダ橋のスロープを渡り左へ回る。青色の幟を掲げたグループ、千葉市川のグループなど結構たくさんのウォーカー姿が集合していた。西郷さんの後の林がすっきりしたし、ランチバイキングを食べたビルも無くなり、崖側には塀が廻らされ、随分変っていた。
10時、54人が集合、今日の休憩場所が入谷鬼子母神から雷5656会館に変更することを伝達し、体操して出発する。
本日はA班の先導者はいなくて自力で歩いてもらうことになった。
BとCは先導者に続いて歩きはじめる。
階段を下り右に回る。桜の木立が淡く膨らんだ感じがしたが、カンザクラが所々にピンク色に控えめに咲いていた。空気は冷たいが風は無く汗もかかない。上野大仏、動物園入口、工事中の都美術館、奏樂堂前、東京芸術大を過ぎて上野桜木信号でB班がたまる。吉田屋酒店を過ぎ、谷中霊園の広くきれいな道を進む。さくら通りからぎんなん通りへ曲り、芋坂を下りJRを歩道橋で渡る。右手にスカイツリーを望みながら善性寺に突き当たり右折、尾久橋通りへ出る。笹乃雪を右折、言問通りを一路浅草へ向かう。入谷鬼子母神を覘き、昭和通を横断、雷5656会館で休憩する。
15分ほどトイレやみやげ物見物で過ごし、再出発。待乳山聖天=写真上=にお参りする。大根の提灯、引出式のおみくじに築地塀=写真中=、巾着型の水鉢を見学して隅田公園へ入る。梅林を楽しみ、言問橋をくぐって解散する。「お疲れ様」と挨拶した人数が上野を出たときより半減していた。後で聞くところによると、A班は迷って大回りしたとか・・・。やっぱり先導者は必要ということである。
下見をする際は少なくともA班の人が一人は入るよう考慮することにする。
2月12日(土)午前10時=約10㌔=
目黒アトレ2前歩道(目黒駅1番出口)集合→不動公園(体操)→目黒不動尊→林試の森公園(小休止)→清水池公園→すずめのお宿緑地公園(休憩)→(西小山駅)→平塚橋→戸越銀座駅(戸越駅)解散
(追記にコース図)
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大円寺では大勢の石仏が勢ぞろい。
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◎656回[目黒から戸越まで三大公園を歩く]
2月12日(土)午前10時=約10㌔=
昨日珍しく東京に雪が降り、今朝凍結して滑りはしないかと気になっていたが、7時にはお日様が照っていて、杞憂に済みほっとする。
南北線で目黒に到着、目黒通りの歩道に出てアトレ2を探すとすぐ隣だった。電車の中は暑いくらいだったのが、外はお日様は陰って冷たい風が吹く。余りの冷たさにアトレ2のガラス張りの中へ入る。
10時、43人が寒いので館内で集合、体操は省略して外に出る。ヒルトップウォークビルのてっぺんを見上げると、空から雨交じりの雪がチラチラ落ちてきていた。すっかりきれいになった目黒駅を後にし、行人坂を下る。新聞で坂を下りながらビルの隙間から富士山が見えると書いてあったが、今日は全くだめ。大円寺で大勢の石仏に会い、目黒川を渡り、山手通りを歩道橋で越え、ラーメンゼロのビルを右に入る。C班を待つが全く姿が見えないので、先に進む。
割と広い不動公園の階段をあがり、お釈迦様の背中を拝見し、滝泉寺に入る。階段を下りて龍の口から湧き出す水を見て表へ出る。白井権八・小紫の比翼塚を眺め、「正五九参り(正月・五月・九月が「三斎月」(さんさいがつ)といわれる月に相当することから)」の幟が続く商店街を進む。不動ふれあい広場を過ぎ、石古坂を上がり始めるとすぐ右が「林試の森公園」東門。林の中を進んでいくと、ふっくらしたピンクの花が満開!梅?桜?とみんなで頭をひねる。ちょっと小休止して名札を探すと「カワズザクラ」と幹に書いてあった。良く見かける濃いピンクでなく優しい薄ピンクで、そこだけ春が来たようだ。
運動場では少年野球が練習中。見とれて公園を回り過ぎ羅漢寺川緑道に出そびれたが、バス通りを北へ進みちゃんとさくら並木へ出た。
清水池公園を過ぎ、サレジオ教会を過ぎ、すずめのお宿緑地公園へ到着、古民家で休憩する。お座敷にはお雛様が飾ってあり、台所のかまどには火があって、みんな穏やかな様子で色々お話を聞いていた。
竹林の中を回り、すぐ隣の碑文谷八幡宮へ脇から入る。表参道を行くとそのまま立会川緑道へつづく。蛙と蛇の車止めは何なんだろう?など考えながらみんなに付いていくと、前の方が止まっていた。「あっちに花が咲いているけど寄り道して見に行くか?このまま行くか?」の相談中。「見に行こう」と決まって左折する。
圓融寺の山門から紅白の梅が溢れていた。竹垣を進み、仁王門の金剛力士像や風格のある境内を見せてもらう。以前の鄙びた感じが薄れ、手入れが行き届いてすっきりしていた。
立会川緑道に戻り、雪見橋で曲って立会道路となりそのまま進む。東急目黒線西小山駅が地下を通るようになり、場所が良く分らない。立会道路からいつ曲るのか心配で、前方を行く仲間の後を追いかける。
「それ、曲った!」と続いて曲り、お風呂屋さんを過ぎ中原街道へ出て、平塚橋信号を渡り、やっと戸越銀座の入口に到着。時分も良いし、各自お昼へ向かおうとここで解散した。
大した雨ではなかったが、帽子はしっかり水を載せて濡れていた。ゾクゾクッとしたので、12時5分みんなと別れて戸越駅から電車に乗って帰宅。
うちもお雛様を飾ろうかな・・・。
2月5日(土)午前10時=約10㌔=
水道橋駅東口改札(受付)→元町公園集合→文京ふるさと歴史館→樋口一葉旧居跡→白山神社→駒込大観音→根津神社(休憩)→弥生美術館→東京大学→旧岩崎邸庭園→湯島天神→神田明神→湯島聖堂解散
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給水所公苑は中央にある大きな地球儀が印象的だった。
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◎655回[水道橋から駒込大観音、東京大学を巡る]
2月5日(土)午前10時=約10㌔=
水道橋駅東口改札の受付は大学入試試験の受験生と重なって大混雑。おまけに緑の窓口が受付のため、長蛇の行列。受付を済ますだけで20分近くかかる。元町公園を集合場所にしたのは大正解。10時に集合したのは52人。
打合せと体操を行った後、スタート。給水所公苑はなんとなく瀟洒で中央にある大きな地球儀が印象的だった。
文京ふるさと歴史館は素通り。樋口一葉旧居跡はあまりにも有名になり、近所の方に迷惑がかかりそうなのでこれも省略。それにしてもアップダウンの多い地形で、今歩いたところが、地上に見えたり、真下に見えたり、大変だ。木造3階建の下宿屋は今も健在。ただし下宿人がいるかどうか定かでない。八百屋お七の墓所や夏目漱石旧居跡や駒込大観音のお姿を拝見しながら、やっと根津神社に到着。ここで休憩した。
ここからの道、自分で地図を見間違え、どこを歩いているのか分からなくなっていたが、結果的には正しく歩いていて根津1丁目の交差点に出くわし一安心。言問通をしばらく歩き、左折。弥生美術館や東京大学弥生門を右左に眺めながら直進。壮大な旧岩崎邸庭園の石塀に沿って天神下に到着。道路を渡って湯島天満宮の裏門から階段を登って梅の香漂う湯島天神にたどり着く。あたかも梅祭りの真っ最中。合格祈願を願う多くの絵馬があふれ返る境内で解散し、神田明神、湯島聖堂は省略した。
1月29日(土)午前10時=約10㌔=
平成23年1月29日(土)午前10時=約7㌔=
新橋駅びゅうプラザ前(受付)→機関車広場集合→銀座8~5丁目うろうろ→烏森神社→南桜公園(休憩)→日比谷公園→銀座4~1丁目うろうろ→京橋3~1丁目→日本橋→日本橋魚市場発祥の碑解散
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日比谷公園心字池ではかわせみが虎視眈々えさを狙っていた。
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新橋駅びゅうプラザ前で受付し、GNP集合場所の機関車広場集合へぐるりと回る。広い広場の先のD51の前に数人が集まっていた。
SKさんから1/23下見の目黒コース地図を受け取り、HIさんに1/30下見分の地図を渡し、YSさんから2/26分は631回皇居のコースにしたい、KIさんから3/5分は東大島から木場公園を考えている、SKさんから3/12分は11/23の御茶ノ水コースを使いたい、と聞き、みんな頑張ってくれているんだと嬉しくなる。
10時、55人が集合、体操は省略して銀座へ向けて出発する。荷物をリュックに入れ忘れ物がないかと見回しているうちに、みんなの姿はサァーッと消え、C班に付いて歩き始める。新橋1交差点を渡り高速をくぐって、銀座8~5丁目うろうろを開始。よそ見していると前の人を見失いそうになり、細い路地へスゥーッと消えてしまう。二人並んでは歩けない狭い路地をモノにぶつからないよう足元に気をつけて歩く。ホッと中央通に出てまた路地に入る。薄暗い中に豊岩稲荷神社の真っ赤なお社が、不思議な世界に見えた。今日はSTさんについて歩いたが、一人で歩くのは無理だろうと思う。三原小路であづま稲荷大明神にお参りし、晴海通りでキューピットを見て、数寄屋橋から新橋に向かう。
JRガードをくぐって、くにゃくにゃと進み、コンクリート造りの烏森神社へ参拝、またくにゃくにゃと鳥の足跡の付いた道を見て進み、日比谷通りを越え、南桜公園に到着。その時出発した前のグループの背中が見えたそうだ。かまどスツールを検分してゆっくり休憩し、若干が解散する。なぜかB班が到着、入れ替わりにC班有志は歩き始め日比谷公園へ向かう。
かもめの広場から日比谷公園に入ると、芝生の広場が大きなプレハブで塞がっていた。どうも「ダ・ヴィンチ」展らしい。キラキラ輝く噴水を過ぎ、心字池に来ると三味線の音が聞こえ、カメラが並んでいた。何かのイベントかなと思ったら、ポチャッと音がしてかわせみが餌取りをしていた。コバルトブルーと赤い色で1羽ではないみたい。負けずにシャッターを押す。松の雪吊りから急降下して、バシャッと水面に落ち、口にくわえて岸の石を歩いたり、間近でじっくり見ることが出来た。ハッピー!
満足して日比谷交差点を渡り、銀座4~1丁目うろうろ、京橋3~1丁目うろうろを少し省略して日本橋に到着。滝の橋詰から鬼か獅子か分らない彫刻を眺め解散した。誰かが言ったけど、今日のコースは夜がきれいなんだそうだ。
平成23年1月22日(土)午前10時=約8㌔=
十思公園(日比谷線小伝馬町駅4番出口徒歩1分)集合→寳田恵比寿神社→小伝馬町→人形町→笠間稲荷神社→末広神社→松島神社→新大橋→清洲橋→水天宮(休憩)→茶の木神社→小網神社→鎧橋→坂本町公園解散
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=写真は笠間稲荷神社の狐様の群像=
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◎653回[日本橋七福神めぐり]
平成23年1月22日(土)午前10時=約8㌔=
十思公園に集合したのは、55人。雲ひとつない快晴が、今年に入ってずーっと続く。道端の植栽は青息吐息の模様。公園内も枯葉が目立つ。寳田恵比寿神社、笠間稲荷神社、末広神社、松島神社とめぐり新大橋を渡り一端、江東区に入った。清洲橋で戻り水天宮で休憩した。
続いて茶の木神社、小網神社と巡り、鎧橋をわたり、坂本町公園で解散した。
平成23年1月15日(土)午前10時=約11㌔=
聖蹟桜ヶ丘駅(西口)・受付(集合)→都立桜ヶ丘公園→聖ヶ丘遊歩道→諏訪永山ふれあいの道→瓜生緑地→豊ヶ丘南公園→多摩中央公園→京王多摩センター駅・解散
[4人参加、地図を取得]
◎652回C[湧水とはけの道 小金井街道を歩く]
1月15日(土)午前10時=約8㌔=
武蔵小金井駅(受付)→どんぐりの森→蹌踉泉園→貫井神社→野川公園→はけの森美術館→小金井神社→金蔵院→黄金の水→武蔵小金井駅解散
[1人参加、地図を取得]
平成23年1月15日(土)午前10時=約11㌔=
水上公園(業平橋徒歩2分)集合→牛島神社→三囲神社→弘福寺→長命寺→白髭神社→成林庵→円徳寺→多聞寺→堀切駅解散
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写真は多聞寺の狸塚
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◎652回A[隅田七福神めぐり]
平成23年1月15日(土)午前10時=約7㌔=
1月15日10時公園に45人が集合。今日のコースも下見をしていないのでグループ毎に自力で歩くこととし、HWさんの体操をして出発する。
牛島神社の屋根を望み、見番通を歩き、三囲神社に参拝。桜橋通を横断し弘福寺の反り返った屋根瓦に見とれ、長命寺の芭蕉句碑を眺める。いつも土手から下っていたので長命寺とは分らなかった。
A班が出た後、B班は墨堤通を行かず、路地に入る。黒塀のような門や細い道をくねくね曲り向島5丁目で水戸街道に出て、やっと自分がいる場所が分った。東向島まで直進し、明治通を左折、百花園入口信号を左に入って向島百花園前の広場に到着、休憩する。
11時10分再出発、白髭神社へお参り、墨堤通を直進、白髭橋東詰を過ぎてトヨペットの角から裏道を行く。正福寺の背後に水害や火事から街を守る役割を持つ都営白髭東アパートが連なり、圧倒される。
鐘ヶ淵通を過ぎ、旧奥州街道を進んでいくと、前方にウォーカーの一群が手を振っている。A班だった。会長も一緒にいた。山門の足元にペットボトルの黒猫が2匹、門番をしていた。六地蔵、毘沙門天、常楽塔など多聞寺をじっくり見学して解散。 [KM記]
平成23年1月8日(土)=約6㌔=
平成23年新年総会及び午餐会
時間:午前10時~12時
場所:ティアラこうとう中会議室
総会終了後→横十間川親水公園→野鳥の島→仙台堀川公園→木場公園→鶴歩橋→高速下→八幡橋→富岡八幡解散
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善男善女で賑わう富岡八幡参詣道
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◎651回[新年総会と初歩き]
(B2班担当) =約6㌔=
平成23年1月8日(土)午前10時、ティアラこうとう中会議室に集合したのは55人。司会はMNさん。
まず、会長から挨拶。その後、第4四半期皆勤賞8人、年間25回以上参加した方59人に精勤賞、全皆勤賞1人に賞状と記念品を差し上げた。
また、会長夫妻に対してTHさんから会員を代表して感謝の意と記念品が贈られた。
総会に移り、22年事業報告、収支報告、監査報告、23年方針と計画、23年収支予算について説明があり、満場一致で承認された。
その後、今後の方針について、班別に提出された意見に基づいて、皆勤賞等については賞状だけにして記念品は出さないこと、会報の編集は簡便化することなどの意見を今後活かすことにした。
総会終了後、B2班が用意した茶菓子と飲み物で歓談、新しい年度のスタートを祝った。
初歩きは、雲ひとつなく澄み切った青空の下、横十間川親水公園、野鳥の島、仙台堀川公園、木場公園、鶴歩橋、高速下、八幡橋と巡り、善男善女で賑わう富岡八幡に到着。それぞれ新しい年の幸せを祈り、解散した。
12月25日(土)午前10時=約8㌔=
隅田公園(浅草水上バス乗場横)集合→桜橋→押上2→押上3→十間橋通り→百樹園(休憩)→立花2→旧中川→丸八通→亀戸中央公園(さざんか見物)→蔵前橋通→亀戸天神解散
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東京スカイツリーをバックに掉尾を飾る記念写真
◎650回[亀戸天神で年納め]
=約8㌔
12月25日銀座線浅草駅を出ると、水上バス乗り場の建物が新しくなっていて、場所を間違えたかとびっくりした。
隅田川も東京スカイツリーもキラキラ輝いている。スロープを上っていくともう大勢が集まっていた。
10時、58人が集合、本日今年最後の例会を亀戸天神で納めること、新年総会をティアラこうとう中会議室で行い富岡八幡へ詣でること、今年はお一人を除いて全員が25回以上出席したことなどを話し、集合写真を撮って出発する。
雲一つない青空から、隅田川テラスにも太陽がサンサンと降り注ぎ、スカイツリーを見上げながら心地よく歩く。さくら橋のたもとでその影に入った。土手を越え、東京スカイツリーに向かって桜橋通りを向島三、押上二と進み、東武線の踏切で聳え立つ東京スカイツリーを仰ぐ。押上一で左折、すぐ右折して新あづま通りに入り十間橋通りへ左折する。旗に付いて文化一を右に入ると、すみだ産学官連携プラザ早稲田大学すみだサテライトラボラトリーがあり、すみだ中小企業センター、あずま図書館と続き、ここで休憩する。
中にペーパークラフトの昆虫や東京スカイツリーの模型、壁面にぜんまいの時計があって、さすが職人の町だと思った。野鳥誘致園もある「あずま百樹園」を抜けて、次は「緑と花の学習園」に入り、アケビのようなムベの紫色の実やでっかいマルブッシュカン(丸仏手柑)のレモン色の実を見学する。文化二を直進するはずが右折して北十間川を渡り、江東区へ入ってしまい、先に亀戸天神へお参りする。もう紅梅が咲き、蝋梅も咲き、お炊き上げの火が暖かい。天神様のお社の向うにスカイツリーが聳えていた。
太鼓橋を渡り鳥居をくぐると、会長がいて、A班もいた。ここで有志一同、今年一年の無事を寿ぎ一本締め。若干解散したが、亀戸中央公園のさざんか見物に再び歩き始めた組もいた。
12月18日(土)午前10時=約9㌔=
新座駅→新座駅南口公園・受付(集合)→野火止用水(入口)→ホタルの里・野鳥の森→総合運動公園→史跡公園→新座市西堀・新堀コミュニティセンター→清瀬駅(解散)
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野火止用水では白鷺が魚を捕って食べる姿を見たり、真っ赤な紅葉や鈴なりの柿を楽しむ。
◎649回B[雑木林と野火止用水のまち 新座を歩く]
12月18日(土)午前10時=約9㌔=
有楽町線の中で「武蔵野線が人身事故の影響で運転を見合わせている」とのニュース。朝霞台で下車、JR北朝霞駅ホームは人で溢れ、間もなく来た満員電車に乗り込むとすし詰めで、足と頭の位置はずれ体のバランスが取れない。一駅我慢して新座で掃き出されほっとする。
新座駅南口へ出て係の誘導で水路に沿って進み、新座駅南口公園へ到着、受付する。朝の光がキラキラまぶしく、風は冷たいがそれほど寒くはない。ベンチの横に旗を立てて14人が集合。
C班は殆ど京王ウォークに参加した。
会長の報告があり、体操は無しで自由歩行で出発する。
40号線を左へ曲り新座駅南口信号を右へぞろぞろとウォーカーが連なる。農産物直売センターへ右折し、野火止用水緑道橋のきれいになった歩道橋を渡って冬木立の用水沿い緑道を進む。
野火止用水は、承応4年(1655)川越藩主松平伊豆守信綱が、野火止台地開拓と生活用水の確保のため開削した用水路で、玉川上水から分水され、新河岸川に至る全長約25㎞にも及ぶとのこと。
水路では、白鷺が魚を捕って食べる姿を見たり、真っ赤な紅葉や鈴なりの柿を楽しむ。野鳥の森休憩所、ホタルの里そばの大根畑では霜柱がキラキラ光っていた。
関越自動車道を越えると巨大な建物、新座市民総合体育館。ここで休憩した人もいた。野火止用水に沿って雑木林を進むと、総合運動公園でテントや幟が並び、甘酒が配られ、手作りパンの販売や音楽ライブで皆さんを歓待していた。ここの緑地では萌芽更新や緑地保全活動などを通して雑木林の維持管理方法を紹介しているそうである。
野火止用水に沿い何にもない史跡公園をぬけ、御成橋、新座市コミュニティセンターと水道道路に沿った遊歩道を歩く。新堀信号を左に入り、くねくねと清瀬駅を目指す。新座市から清瀬市に入り間もなく清瀬駅に到着、西武線のゴールで鉄腕アトムの住民票とシール、JRのバッチを貰い解散する。 [KM記]
12月18日(土)午前10時=約13㌔=
若葉台駅(受付)集合→若葉台公園→上谷戸親水公園→稲城中央公園→多摩川沿い→稲城大橋→東郷寺→八幡神社→大国魂神社→府中駅
◎第649回A [多摩川沿いに冬の訪れを感じて]
12月18日(土)午前10時 =約12.5㌔=
東京の郊外、京王線若葉台駅に集合する(30人)。師走も後半になろうとしているに、とても穏やかな暖かい日射しが降りそそぐ。この所連続で土曜日はウォーキング日和、快晴が続く。
駅前広場を出て暫くの間 舗装された上り坂を歩き、下りに入ると突然林に囲まれた田園風景へと変わる。片側はだんだん畑と田んぼ、片側にきれいな小川が流れる典型的な田舎の道が続く(里山風景)。この近辺は蛍の里にもなっているようだ。所々に草道が残っており、傍らの地面には大きな霜柱が立っていた(夜はもの凄く冷えるのだろうね!)。清々しい空気の中、早くも“ごみごみした都会からの開放感”を話す声を耳にする。多摩丘陵の端っこを横切っただけで、急な坂道もなく快適な歩調で多摩川土手まで到達する。
ひと休みし、多摩川沿いに土手下の草道を歩く。稲城大橋を渡り、東郷寺→大國魂神社へと歩き府中駅に到着する。 [TC記]
12月11日(土)午前10時=約9㌔=
駒込駅南口(受付)→北口集合→旧古河庭園→高岩寺(とげぬき地蔵尊)→都電巣鴨新田入口→JR大塚駅→大塚3丁目→護国寺(休憩)→雑司が谷霊園→千歳橋→目白駅(解散)=20・3・7実施分の逆コース=

写真はとげぬき地蔵で師走景気を謳歌する銀杏並木。
◎648回[駒込、巣鴨、大塚を歩き目白へ]
(12月11日(土)午前10時=約9㌔=
朝から快晴、まったく暖かい、まさに小春日和だ。駒込駅の北口でJRの受付をして、横の染井吉野桜記念公園にGNP50人が集まる。次回の京王土休券の配布をし、会長から次回の新座は14人に満たないので土休券は買わないこと、来年1/8日の総会はティアラこうとうでB2班担当で行うこと、などの伝達があり、本日のJRのコースを行かず、20・3・7実施分の逆コースを歩くこととする。
体操は省略して、本郷通りに出て北上する。霜降橋を過ぎ、旧古河庭園の手前を左折、入口を過ぎ、児童遊園を過ぎ、気持ちよく歩いていたが、何だか曲り方が変に思えたので、一旦止まって皆で考える。上州屋が見つかってコースが分りほっとする。昔通った道だと思うが、逆に歩くとさっぱり分らないものだ。大勢が迷うのは困るので、やっぱり下見しなくては大変だと思う。
「門と蔵のある広場」は旧丹羽家住宅蔵(H20登録有形文化財建造物)と瓦屋根の腕木門(豊島区指定有形文化財)があり、染井の植木屋丹羽茂右衛門の屋敷跡とのこと。蔵は昭和11年に鉄筋コンクリート造りで建てられたもので外壁はモルタル下地に大理石の砕石粒洗出し仕上げとか。
本郷学園にぶつかり右折、信号を左折して豊島区立仰高小学校、創価学会戸田記念講堂を見てとげぬき地蔵入口で白山通りを渡る。この信号を渡らなかった人もいたが、多数はとげぬき地蔵にお参りし、金色のイチョウを見上げて小休止。
まだ込み合っていない商店街を進み、歌える喫茶店角を左折、大塚ろう学校、清和小を左右に見て細い四辻を右折、都電巣鴨新田入口信号を左折して大塚駅前に出た。山手線の下のガードから赤いかわいい都電が走り去っていった。
信号で遅れた人と一緒に大通りを南下し、大塚5丁目を過ぎて大塚公園で休憩。お日様に輝く噴水を眺め、はらはらと降る木の葉をを眺め、行く秋を惜しむ。
春日通を南下、大塚3丁目を右折、護国寺は入口でお参りし、高速に沿って右に曲り、雑司が谷霊園の南縁へ曲る。坂を下って都電を渡るところでまた混乱し、大鳥神社の先で人に聞いて、やっと鬼子母神に辿り着く。ちょっとお参りし、参道を抜けて電停手前を右折、千登勢橋下信号を渡り、坂を登って目白通に出る。後はイチョウ並木を楽しみながら一路目白駅へ。A班はとっくに解散していてSKさん一人が皆を待っていてくれた。
イチョウの雄株の葉はズボンのように分かれているが、雌株はスカートのように分かれ目がないんだって! 今日の新知識です。[KM記]
12月4日(土)午前10時=約9㌔=
豊洲五公園(豊洲駅6番出口徒歩2分)集合→東雲橋→東雲キャナルコートテラス→東雲水辺公園→辰巳桜橋→辰巳の森緑道公園(休憩)→辰巳2→新末広橋(建設中の臨海大橋遠望)→東雲→ゆりかもめ車輌基地→有明西埠頭公園解散→国際展示場正門駅
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写真は東京ゲートブリッジ
◎647回[建設中の臨海大橋を見ながら歩く]
12月4日(土)午前10時=約9㌔=
豊洲五公園の入口で待っていると、豊洲文化センターの方へわざわざ信号を渡って行く人が居て、慌てて呼びに行ったり・・・。豊洲公園がお馴染みで、豊洲五公園が頭にない人が結構居たようだ。
10時、53人が集合。会長から、次回駒込はJRの受付を南口でした後GNPは北口に集まりグループだけで別コースを歩く予定であること、京王、東武の土休券は14人以上集まったら購入すること、来年のコースについてもJRコースを一緒に歩かず以前のコースを選んでGNP単独で歩く考えであること、などが伝達され、都営住宅に挟まれた公園奥の広場でみっちり体操する。
真っ青な空から穏やかな陽が差す中、公園を後にして晴海通を右折、東雲橋を渡ってイオン手前を左へ曲り、辰己運河へ出る。陽光に輝く東雲キャナルコートのテラスが広がり、運河の向うに辰巳桜橋が大きな琴爪のように白く聳えていた。橋の上にはもうA班の列が進んでいた。東雲水辺公園の段々を上り辰巳桜橋を渡る。南は辰己水門、りんかい線、高速湾岸線。北には東京スカイツリーが望める。スロープを下りると有楽町線辰己駅1番出口。辰己小学校右の細道へ入って辰巳の森緑道公園に着きA班に続いて休憩する。B班数人が行方不明になったが、再び歩き始めると、2番出口の方で待っていた。一緒に辰己の信号で湾岸道路を渡る。
でっかいアスクルの建物を過ぎ、突き当たりの辰巳2を右折、真っ白なススキや黄色いセイタカアワダチソウが金網の柵に生い茂り、拓かれてない懐かしい感じの歩道を進む。左手は岸壁のようで、トラックやガラクタ置き場の向うにチラチラ東京湾が見えた。
新末広橋で、やっと臨海大橋が見えた。貯木場らしい杭の向うに2匹の恐竜が向き合ったような姿が遠望出来た。二つの間に隙間が空いているけどこれから繋がるのかな? それとも頭の上部がずれて寄るのかな? それとも勝鬨橋みたいな開閉橋になるのかな? 来年開通したら、GNPで歩かなきゃ! 橋の名前を募集していたが11月15日「東京ゲートブリッジ」という名前に決まったそうだ。反対方向から来るC班有志と出会う。晴海通を直進して東雲から逆方向に豊洲に向かうとのこと。
橋を渡って東雲駅出口信号を左折、鉄鋼団地に入る。赤茶けた昭和の雰囲気があり「皆と一緒だから歩けるな」と思う。突き当りを右折し佐川急便の巨大なビルに沿って進むと車道にぶつかり左折、前方に東京ビッグサイト東展示場が見え、左の駐車場の向うに臨海大橋がばっちり見えた。以前の地図では駐車場になっている岸壁は「有明東埠頭公園」となっていたが、都と交換してビッグサイトのものになったとか……。
東京ビッグサイト前を左折してゆりかもめの分岐に沿って進み、車輌基地へ。垣根越しにゆりかもめの車輌が見えた。レクノスの横の信号を右折、ゆりかもめ本社を眺めながら並木道を進むと広い岸壁に出た。細長い有明西埠頭公園の南端から、南に中央防波堤内側埋立地に立つ風車が見えた。北の客船ターミナルの方へ進むと白い煙が立ち昇っていたので近寄ってみると「霧の噴水(ミスト噴水)」との説明があった。
ビッグサイトへのスロープ横でB班の仲間が体操をしていたので合流して解散。お昼を食べに行く人もいたが、私は土日限定の都バスに数人と一緒に乗って帰宅。[KM 記]
11月27日(土)午前10時=約9㌔=
蚕糸の森公園(丸の内線東高円寺駅1番出口1分)集合→妙法寺→済美橋→杉並区郷土博物館→大宮八幡宮(休憩)→和田堀公園→善福寺公園→天王橋→善福寺川緑地公園→松渓橋→大田黒記念公園解散→荻窪駅
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紅葉や青空が流れに映え京都にも負けない大田黒記念公園の庭園。
◎646回[秋の善福寺川を歩く]
11月27日(土)午前10時=約9㌔=
丸の内線東高円寺駅を出て南に下りた南西の門に不思議な像があり、よく見ると繭の上に蛾が止まっているようだ。なるほど蚕の絹糸の研究をしていた場所だったから「蚕糸の森公園」という名前になった訳だ。
朝から青空が広がり、イチョウも桜も陽に当たって光っている。校庭では子供や父母が集まってなんか準備中。犬連れの散歩組も大勢。蚕糸の森公園はすっかり地域の人たちの居場所になっているようだ。
9時半から駅そばのコーヒー店で班長会議が行われており、他の人は滝の広場に集まってくる。会報を配り、明日の下見担当に地図を渡し、会議も済んで、10時46人が集合、MNさんの体操をして出発する。
水辺に沿い東屋を右に回って公園を後にし、環七に出て左折、妙法寺入口を右折する。妙法寺門前を覗き、二又を左に進む。細い道に入りくねくねと進み、善福寺川に架かる武蔵野橋に突き当たる。河川工事できれいになった川に沿って済美橋、二枚橋、大松橋、宮木橋、大宮橋と進み、緑の宿山橋を渡って右、右と曲ると前方に真っ赤な鳥居が見えた。大宮八幡宮の参道は駐車場になっており、八幡宮本殿前で休憩する。本殿の右に質素な天満宮があった。北神門を通って善福寺川へ出ると落ち葉が積もる林、カサカサと落ち葉を踏んで「おくまいはし(御供米橋)」を渡り、和田堀公園、子供の広場、緑陰広場と善福寺川を遡る。尾崎橋で五日市街道を渡り、善福寺川緑地公園の秋景色の中を気持ちよく歩く。
神通橋を過ぎると緑地が無くなり、善福寺川沿いは民家になる。西田端橋、大谷戸橋を過ぎ、松渓橋を右折、直進すると大田黒記念公園の裏門に突き当たる。以前は入れたのに閉鎖され、ぐるりと回って正面の門から中を覘くと真っ直ぐな石畳と高い並木が見えた。その先に真っ赤や真っ黄色な林が広がっていた。屋根のある枝折戸の中は見事な庭園。ここで解散。紅葉や青空が流れに映え、京都にも負けない庭園をのんびり散策し、NHK話の泉で記憶に残っている大田黒元雄氏の優雅なお屋敷を楽しんで、荻窪駅へ向かった。 [KM 記]
11月20日(土)午前10時=約10㌔=
金町駅南口受付(集合)→しばられ地蔵→水元公園→葛西神社→矢切の渡し→寅さん記念館(休憩)→山本亭→柴又帝釈天→葛飾元気野菜直売所→良観寺→金町駅南口(解散)
645回[人気映画の舞台・柴又と秋色の水元公園を歩く]
11月20日(土)午前10時=約10㌔=
金町駅はどうも嫌な気分になる。千代田線で一気に行けるのだが、料金がバカらしいのだ。地下鉄の綾瀬で下車、JRに乗り換えて行くと150円で済むのに、そのまま乗っていくと北千住からの160円になる。ワカラズヤの駅員と喧嘩するのもアホらしいが、この理不尽は納得がいかない。
南口に出て右に回りJR受付で地図を貰い、南口歩道に集合。班長会議の話し合いを各班でやること、来年の新年総会をB2班に依頼し、体操は省略して出発する。
駅改札前を北口に抜けて何度か集合した団地を過ぎ、東水元公園の角に立つ「江戸名所縛られ地蔵尊入口」の石柱を見て左折。南蔵院でしばられ地蔵を拝み、水元公園へ向かう。
菖蒲池の水たまりでアオサギと小サギが餌を探していた。水色の水元大橋を眺めてじっと動かないサギの近くには釣り糸を垂らした太公望たちがずらっと並んでいた。緑、茶色、黄色、赤の木々が秋の深まりを告げていたが、何だか鮮やかとはいえない。酷暑の影響かな。「伝五郎の松」は石碑だけが残っていた。小合溜には、鴨やゆりかもめなど野鳥の群れがそこここに浮かんでいる。
東金町5丁目の信号を渡り江戸川の堤防に出る。土手を歩く大勢のウォーカーの向うに東京スカイツリーが見えていた。葛西神社の森を見て土手を下りJRと6号線をくぐる。川に突き出た二つの橋の先に、トンガリ帽の塔と丸い帽子の塔が二つ仲良く並んでいた。取水塔なのかな?
オジサンたちや少年達の野球を見ながら進むと、矢切の渡し入口に到着。渡し口まで行ったが、乗客は少ないようだった。
土手に登って寅さん記念館前でちょっと休憩。山本亭の庭を見せてもらい、柴又帝釈天へお参りする。廊下をぞろぞろと善男善女が渡っていて、このお寺はいつきても混雑している。帝釈天参道も人でいっぱい。さすがにウォーキングのスピードでは歩けない。試食したり品定めしたりしている人たちの間を抜け、柴又街道に出て左折。
葛飾元気野菜直売所を探して信号の数を数える。黄色のウィンドブレーカーの案内がいて右折する。広場に野菜が並んでいると想像していたので、ガラスに貼ったチラシでようやく分ったが、ガランとした事務所にパラパラと里芋、柿、大根などが置いてあるだけ。もう売り切れたのか、品数が少ないのか・・。とりあえず、柿4つを200円で購入。
住宅街を抜けて京成線に沿って進み、柴又駅前で見物人に囲まれた寅さんを眺め、北上。良観寺で大勢並んだお地蔵様=写真上=と大きな布袋様に挨拶して、金町駅へ到着。バッジを貰って解散する。帰りは綾瀬までの150円切符を買って乗車、地下鉄230円で帰宅した。
[KM記]
11月13日(土)午前10時=約9㌔=
礫川公園集合→こんにゃくえんま→小石川植物園→京華学園→白山公園(休憩)→白山神社→八百屋お七の墓→ほうろく地蔵→身録富士→解剖坂→千駄木ふれあいの杜→須藤公園→谷中銀座→夕焼けだんだん→諏訪神社→西日暮里公園解散
[写真はシビックホール展望ラウンジから見下ろした礫川公園]
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(第144回参照)
少し曇り気味だったが、さわやかなウォーキング日和となった。午前10時、礫川公園に46名が集合し、会報が配布された後、広場で体操をする。
その後、会長からこれからのGNPの計画等について、相談があるとのことで各班長が集められ、ウォーキング出発前にシビックホールの1階喫茶店で会合が持たれた。
それ以外の人達は、礫川公園をスタートする。富坂下から千川通りを北上し、こんにゃくえんま前を通り、小石川3の信号を左折、直進し3つ目の信号を渡り、ガソリンスタンドの脇の道に入り、急な御殿坂を登り、小石川植物園に沿って左折する。
暫く歩くと右側に紅葉した大きな桜の木が目に入り、とても美しく、そして落葉し始めており、少しその落ち葉を踏みしめながら歩く。白山通りを渡り、京華学園の所の道を通り、東洋大学に沿い、細道に入って白山公園で水分補給、トイレ休憩をとる。そこにYYさんと班長のAMさんが合流、これで安心する。
けいか通を歩き浄心寺坂を登り、八百屋お七のお墓がある円乗寺前を通り、大円寺に入る。ここには、”お七”を供養するほうろくが安置されている。お七の罪業を救うため、熱した炮烙(素焼きのふちの浅い土鍋)をかぶったお地蔵様。千羽鶴や焙烙がにぎやかに飾ってあった。海蔵寺(身録富士)を通り過ぎる。この向丘地区、白山地区にお寺が多いことに驚かされる。
ワタミフードサービス社長の渡邊美樹氏が理事長をしている郁文館高校を過ぎ、日本医大前の信号を左折し解剖坂を下る。
藪下通り、団子坂上を通り、須藤公園に到着、木々が多く、落ち着いた風情のある公園で滝、池、藤棚、そして赤いお堂と橋が架かっていた。加賀前田藩の屋敷の庭園との事。
公園を出て、不忍通を渡り、谷中銀座、夕焼けだんだんと進んでいく。谷中銀座は庶民的で下町の雰囲気がたっぷり。この辺でB班の何人かの人達は解散し、他の人達はゴールの西日暮里公園まで歩き、そこで解散した。
紅葉、ザクロ、さざんか、風船唐綿(ふうせんとうわた)等を見ることができ、秋の風情を十分に感じながらの爽やかなウォーキングとなった。 [SO 記]
11月6日(土)午前10時=約7㌔=
品川駅中央改札口びゅうプラザ前(受付)集合→土蔵相模跡→一心寺→品川神社→荏原神社→品川寺→聖蹟公園(休憩)→御殿山下砲台跡→利田神社と鯨塚→品川浦船だまり→港南公園→品川駅解散
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竜が屋根から見下ろしている荏原神社。
◎643回[品川の今昔 旧東海道品川宿から高層ビル群を歩く]
11月6日(土)午前10時=約8㌔=
品川駅中のトイレは数も多く使用状況が入口案内図のランプ点灯で良く解り便利だ。中央改札を出て、びゅうプラザ前のJR受付をして、高輪口の階段を下り、ロッカー前に48人が集合。会報配布とアンケート回収、明日の下見担当5人に地図を渡して、体操は省略して快晴のもと出発する。
第一京浜をたどり八ツ山橋を渡って旧東海道を進む。江戸・品川野菜の品川蕪が商店街の店先のプランターで元気に育っていた。一心寺を左折して第一京浜で品川神社を望み、目黒川で左折。随分紅葉した荏原神社にお参り。SKさんから「龍が居るよ」の情報に、屋根を見上げると両脇の瓦から龍が2頭見下ろしていた。顔しか見えないのでうろうろ回ったが、高すぎて体までは見えなかった。
また旧東海道をどんどん南下、品川寺で大きなお地蔵様を仰いでUターン、南品川を右折して一つ浜側の元なぎさ通りを進む。品川警察があるが、何だか人通りも少なく、白っぽく感じる。先ほど渡った品川橋をもう一度渡り、聖蹟公園を抜ける。
八ツ山通りへ左折して、黄色のウィンドブレーカーの案内に誘導され「御殿山下砲台跡」を見に行く。台場小学校の門前に、小型の真っ白い灯台があったが、大砲も砲台ない。五角形の石組みに灯台が載っているだけ。この灯台は明治3年作られた「品川灯台」の模型で、本物は明治村に移設されているそうだ。
利田(カガタ)神社、鯨塚を眺め、品川浦船だまりの向うにニョキニョキと立つビル群を眺め、港南公園は省略して八ツ山通りを直進、八ツ山歩道橋に入り込んでマンションを抜け、秋色に染まり始めたセントラルガーデンを見下ろして、二階通路で一気に品川駅港南口へ到着、そのまま解散した。品川は職住連結の「スゴイ街になったもんだ!」と感心する。
はじめから、下見と称して別のコースを歩いた人が若干名いた。
なお、当日午後3時から、高島弘之がクラシカルにつづる「昭和の青春! あの時 あの歌 このメロディ」を、ティアラこうとうで7人が楽しんだ。
11月3日(水)午前10時=約9㌔=
浜松町駅南口(受付)集合→モヤイ像→江戸時代の石垣→夏みかんの木→リバーサイドトリオ像→カニ護岸→芝浦南埠頭公園(休憩)→南極探検隊記念碑→東京タワー→増上寺→世界貿易センタービル→浜松町駅北口(旧芝離宮恩賜庭園入口前)解散
本体組とは別に、「駅からハイキング」への参加者は6名、JR浜松町駅に集合。アンケート用紙の受取、説明を聞き出発する。浜松町駅からスタートし、田町駅、レインボーブリッジ、東京タワー、増上寺と回り出発地の浜松町駅まで戻ってくるコースだ。
思いがけないほど縦横にたくさんの運河が巡らされ、水も綺麗、風光も明美、整備された広い歩道の運河沿いを気持よく歩く。レインボーブリッジで6階の展望台に上がって休憩を取り、内部から豊洲方面、お台場方面等眺め、展示してある子供達の描いたレインボーブリッジからの眺望等の絵画見ながら30分以上も休憩してしまった(描かれた物があまりにも上手なのでビックリ)。
今日歩いた町中の道路も緑の木が両側に植えられ、非常に爽やかな気分にさせられた。台風一過の紺碧の青空と相まって、これだけ爽快な気分にさせるコースが都心の港区で味わえるとは(感激!)……。[TC記]
11月3日(水)午前10時=約9㌔=
深川公園(門前仲町駅徒歩3分)集合→相生橋→石川島公園(隅田川テラス)→勝鬨橋→築地4→新大橋通り→カレッタ汐留亀の広場(休憩)→新橋烏森口→赤レンガ通り→愛宕警察署→芝公園→赤羽橋→麻布十番商店街→六本木ヒルズ毛利庭園解散
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増上寺にある古色蒼然たる二天門。
10月30日の例会を台風14号のため延期し、11月3日に実施ということで、急遽「緊急連絡網」を使って全員に電話を回したが、メール連絡に馴染んでいて、久しぶりだったので戸惑った方もおられたようだ。
朝から真っ青な空が広がり、深川公園の木々も少し色付いてまさに秋の行楽日和だ。10時、深川公園に38人、JR浜松町に6人が集合、合計44人出席。他に団体旅行組が6人。お茶の水女子大の嶋田さんから頼まれたアンケート調査協力ということで、会報と一緒に配布。会長の黒部立山のお土産「やま柿」を配り、渡辺英さんの体操をして出発する。
深川公園南の裏通りは、道路工事中で赤いコーンが並ぶ。中高年の団体がぞろぞろと路地の古そうな建物や景色にカメラを向けていた。ここ深川は観光地、旅人の興味をそそる土地柄だったと思い出す。
門前仲町交差点を渡り、越中島公園を過ぎ、相生橋を渡って右折、川沿いを歩く。今日は隅田川は濁っていて水かさがやけに多い。中央大橋をくぐり、住吉小橋を渡り、テラスをちょっと歩いて堤防を上って公園を抜け、みどりの散歩道へ。船だまりを見て西仲橋を渡り晴海通を右折、勝鬨橋を渡る。
「ほんとに築地は移転するのかな?」などしゃべりながら、お休みで静かな市場を眺め、新大橋通りへ曲る。
海岸通信号を渡ってカレッタ汐留への階段を下り亀の広場で休憩。地下を通って新橋駅烏森口に出て新橋3丁目交番前を左折、赤レンガ通を進む。愛宕警察を右折、御成門を左折。二天門を眺めながら日比谷通りを歩く。増上寺辺りで多分JR浜松町のウォーカーと擦れ違う。
歩道に立った「子や孫の手本になってね 道路の横断」の看板に「そうだ、そうだ!」と同感し、大声で周りに伝えたいと思った。
旧大徳院霊廟総門脇の細道に入り、プリンスタワーへのなだらかな坂を登る。石段を上がったら丸い芝生広場と同じ高さだった。下って赤羽橋信号を渡り、赤羽橋南を右折、仲之橋信号を先週と逆に進む。
12時半を過ぎたし、歩数が13,000歩以上歩いたこともあり、皆の歩きがもったりしてきたので、ゴールまではきついと判断し、麻布十番で終わりにしようということで、混雑を避けて一の橋信号手前で解散する。A班は既に毛利庭園で解散したとのことだった。 [KM記]
10月23日(土)午前10時=約9㌔=
ミッドタウンガーデン(六本木駅7番出口徒歩5分)集合→麻布警察→六本木ヒルズ→毛利庭園→麻布十番→中之橋→芝公園紅葉谷→みなと図書館前(休憩)→日比谷通り→丸の内仲通→行幸地下ギャラリー(解散)
(写真は手足のオブジェ。夕暮れ時には目が光る。ミッドタウンガーデンにて)
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◎641回[ミッドタウンから行幸ギャラリーへ]
10月23日(土)午前10時=約9㌔=
久しぶりに真っ青な空が広がり、快晴の秋空に嬉しくなる。
六本木駅に降り立ち、7番出口を探したが、ズンズン地下深く下りていきそうなので止めて、4番出口から地上に出る。真っ青な空にミッドタウンのゴチャゴチャ複雑な柄のビルが聳え立つ。根元を歩くGNPの仲間の姿が見えた。水の流れる遊歩道には、蛸壺、手足に目がついた石像など色んなアートが展示されていて、みんなで「あーだ! こーだ!」と見物しながら集合場所のミッドタウンガーデンを探す。
多分目的地だと思える芝生広場には「WOW FES!」とかいうイベントの準備中で、巻貝のモニュメントは隠れていた。仕方ないので遊歩道の木陰に屯する。変更前の青葉公園に行った人、檜町公園に集まった人たちなどいて、少々混乱した。
10時、47人が集合、明日の下見費を渡し、「今日は素晴らしいウォーキング日和です」との打合せがあり、快晴の秋空の下へ出発する。
水の流れる遊歩道を通り、外苑東通りを渡り、カフェド巴里を右折、お屋敷のような六本木西公園を眺め、六本木通りを渡って六本木ヒルズに上る。大きな蜘蛛のママンを過ぎ、明るい土色の階段を下り毛利庭園を掠め、麻布十番商店街を行く。「豆源」辺りで買物休憩し、一の橋信号を渡り中之橋信号を左折、古風な中之橋を渡って、東麻布商店街に入る。
六本木ヒルズ森タワーを真後ろにして進み、桜田通りを渡り、階段を上り公園を抜ける。東京タワーの根元の「とうふ屋うかい」の和風景色を眺めて、紅葉谷に入る。芝公園はやたら広く、木立の中を気持ちよく歩く。「コ」の字の歩道橋を渡り都立芝公園で休憩。
何だかすごい臭いがしているので足元を見ると、イチョウの実がごろごろ落ちていた。見上げると黄色い実が鈴生り。干した実を安く売っている人がいたようだ。踏み潰さないよう気をつけて足を運ぶ。東京タワーは東京スカイツリーに比べると何だか安定感があって落ち着きを感じる。
御成門から日比谷通りを真っ直ぐ進み、日比谷信号を渡って、夕涼みウォークでは夕陽でピカピカ光っていた第一生命ビルを過ぎ、丸の内仲通を進む。10月31日まで「ガーデニングショー2010」開催中とのことで人出もあり、ゆっくり見て歩きたい感じだ。
行幸通の真ん中でA班先導のMKさん、MNさんが待っていてくれ、地下に下りて解散した。
真夏から晩秋へ、急激に変化した街は不揃いだけど面白い。快適なウォーキングシーズン、汗もかかずに歩けた。
10月16日(土)午前10時=約9㌔=
埼京線十条駅受付(集合)→東京家政大学博物館→中央公園文化センター(休憩)→北区立中央図書館→園芸場通り→富士神社(十条富士塚)→十条銀座商店街→清水坂公園→北区ふるさと農家体験館→国立スポーツ科学センター→姥ヶ橋延命地蔵→十条駅(解散)
◎640回B[活気ある下町とアスリートの集う町]
=約9㌔=
10月16日(土)午前10時、埼京線十条駅に集合したのは、45人。簡単な打合せをした後、スタート。まず東京家政大学博物館に立ち寄った。今から130年前の明治14年に渡邉辰五郎さんが開設した私塾「和洋裁縫伝習所」から始まる東京家政大学の歴史や所蔵品の展示は豊富で、布切れ一枚で構成する着物など見ていて飽きない展示であった。
続いて広大な中央公園文化センター、レンガ造りの北区立中央図書館をめぐり、十条駐屯地の芝生と電波塔を眺め、園芸場通り、富士見銀座を歩き、清水坂公園に入る。ここで若干の休憩後、旧松澤家住宅を移設復元した体験学習施設の北区ふるさと農家体験館、トップアスリートを支援する国立スポーツ科学センターを見学。
そのあと、姥ヶ橋延命地蔵を経て十条仲通商店街を通り、ゴールの十条駅に到着、解散した。 [TM記]
10月16日(土)午前10時=約14㌔=
長沼駅(受付)集合→都立長沼公園→峠の小さな美術館(無料)→白山神社→中央公園→片倉城跡公園→湯殿川→栃谷戸公園→めじろ台駅解散
[写真右は片倉城址公園にあった作品「アテネの戦士」、写真下は小さな美術館]
◎640回A[八王子市内の公園に秋の気配を感じて]
10月16日(土)午前10時=約14㌔=
さわやかな秋晴れ、京王線長沼駅に集合したのは6人。揃って出発です。いきなり長沼公園の雑木林の上り坂、途中「峠の小さな美術館」を通った時、以前例会で来たことある~と思い出す。その時は南大沢の方へ向かったらしい。
北野台にある5つの公園、片倉城址公園、コスモスの花が1km以上咲き連なる湯殿川沿いを歩いて、ゴールのめじろ台駅に到着。
実った柿、みかん、栗、風…秋の気配を感じることが出来たウォーキングでした。 [TH記]
10月9日(土)午前10時=約8㌔=
大崎駅南口(受付)集合→京浜運河緑道公園→立会川商店街→坂本龍馬像→浜川砲台跡→しながわ花海道→山内豊信(容堂)の墓→東海道品川宿→品川宿交流館(休憩)→京急新馬場商店街→品川神社→東海寺大山墓地(沢庵和尚墓)→翡翠原石館→大崎駅南口解散
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品川神社鳥居の右竜。
◎639回[東海道品川宿と商店街散策]
10月9日(土)午前10時=約13㌔=
家を出る頃は大した雨ではなかったが、大崎駅に着いたころは傘が要るほどになっていた。何故だか、大崎を歩くときは雨になるように思える。台風のような雨風の中をビチョビチョになって意地で歩いた記憶が甦る。
南改札口を出てJRの受付で地図を貰い、MNさんISさんたちと集合場所を探す。雨を避けて大崎ゲートシティ入口の広い通路に屯する。10時、47人が集合。次回はABに分かれること、長沼に行く人は会長にその旨メールすること、などを打合せ、傘を差して階段を下りコースへ出発する。山手線に沿って北上し、山手通りをくぐり目黒川に出て左折、御成橋を渡る。日野学園前を右折、御殿山の坂を登る。ソニーを過ぎて左側の歩道に渡り、八ツ山橋信号、京急の踏切を渡って旧東海道を歩く。黄色いカッパの案内係の誘導で八ツ山通りへ出て、品川浦の舟溜に係留されたつり舟と史跡の鯨塚を見学。聖跡公園を左折して新東海橋を渡る。
広い運河に係留された遊覧船を眺めてユーターンし、聖跡公園へ戻り、このあとの品川埠頭橋、京浜運河緑道公園、勝島橋、新浜川橋、立会川商店街、坂本龍馬像、浜川砲台跡、山内豊信(容堂)の墓、東海道品川宿、品川宿交流館を省略。
北品川から、京急新馬場商店街を抜けて、品川神社で鳥居の龍を見て北品川2を右折、JR線路際の東海寺大山墓地へ上り、沢庵和尚の墓にお参りする。山手線と京浜東北線の三角形の中にありうるさくてゆっくり眠れないんじゃないかと、要らぬ心配をしてしまう。目黒川に戻り、居木橋を渡り、ゲートシティ大崎へ入って出発した大崎駅南口にゴール、解散した。
品川神社は何回も来たが、鳥居の両方の柱に上向きと下向きの龍が居たことは、今回初めて気が付いた。でも、やっぱり雨降りのウォーキングは快適ではない。 [KM記]
10月2日(土)午前10時=約10㌔=
鶯谷駅南口(受付)集合→福禄寿(入谷鬼子母神)→朝日弁財天(弁天院)→恵比寿神(飛不動尊)→布袋尊(寿永寺)→毘沙門天(法昌寺)→三面大黒天(英信寺)→寿老人(元三島神社)→上野桜木→根津神社(休憩)→千駄木→よみせ通り→谷中→西日暮里駅解散
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写真は根岸3丁目の手前、戦災を免れた瓦葺の3軒。
◎638回[下谷七福神めぐりと下町散策]
10月2日、朝から涼しい風が吹き、歩道脇で彼岸花と朝顔が咲き競っている。JRで鶯谷駅に到着、南口へ出て受付で地図を貰う。駅前は小さなロータリーになっているが、集合するには狭いので、会長が探しに行く。凌雲橋を渡って階段を下りたところを集合場所に決めて、SKさんに案内役を頼み、ぞろぞろとコースに乗って移動する。
午前10時、ゲストを含めて46人が集合、第3四半期皆勤者10人に賞状と記念品の遠赤サポーターを授与し、11/6のチケットを配り、10/16京王土休券は希望者が少ないのでなし、明日の下見は延期、などの打合せをして出発する。
言問通を右へ曲り、根岸1丁目交差点で北からウォーカーが曲ってくるのとすれ違う。まずお百度石の上にたわわに実を付けたザクロを見上げ、入谷鬼子母神へ参る。入谷交差点で東京スカイツリーを遠望しながら渡り、昭和通を北上。朝日弁財天、鷲神社、飛不動尊、梅林寺と周り、昭和通を渡って金杉通りに入る。
根岸3丁目の手前、戦災を免れた瓦葺の3軒、レトロな雰囲気に思わず見とれた。三面大黒天がおられる英信寺へ入ってみる。賽銭箱の天上に大きな数珠が下がっておりそれをカタカタと回して念仏を唱えるとのこと。鉢のハス池があったが、わが家の蓮池より元気が無い。藻が増え、めだかと金魚が泳いでいた。
根岸1丁目交差点で右折し言問通を進む。信号を渡って細い路地に入り、元三島神社の参道の階段を見上げる。細い路地を出て言問通への階段を上がり、8本のJR線路を寛永寺橋から見下ろして渡る。上野桜木、吉田酒店、谷中6と言問通を進み、根津1の信号を渡って右側を歩き、本郷通りには出ずに東大敷地手前で異人坂へ回る。お化け階段を下り根津神社へ到着、休憩する。
カメさんが甲羅干し、色彩鮮やかな赤い門を見て、乙女稲荷神社の鳥居の下で子供達が捕まえたザリガニを覗き込み、駒込稲荷神社へ上る。薄暗い森の中で岩に彫り込まれたお狐一家が、静かに生活をしているように感じた。根津神社に立派な北門があるのを始めて知った。
千駄木2から不忍通を北上、団子坂からよみせ通りに入り、「谷中ぎんざ」の賑わいと屋根の上にいる動かない猫達を見て、何も買わずにもう一頑張り。A班に合流して西日暮里駅へゴール、そのまま解散した。15952歩。 [KM記]
9月25日(土)午前10時=約10㌔=
吉祥寺駅(受付)集合→武蔵野八幡宮→成蹊学園ケヤキ並木→かくれみの公園→千川上水→武蔵野中央公園→延命寺(平和観音)→グリーンパーク遊歩道(廃線跡)→玉川上水→井の頭自然文化園→井の頭弁財天→吉祥寺駅解散
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武蔵野中央公園で真っ赤に色づいたサルビア。
◎637回[武蔵野・吉祥寺~自然・文化と歴史散策ウォーキング]
9月25日(土)午前10時=約10㌔=
このところ、日本の南で発生した台風12号の影響で随分涼しくなり、いよいよ猛暑も一息ついた感じがする。東西線直通で吉祥寺駅に到着。JRの受付でカード読取をして地図を貰い、どこで集合しようかと場所を探す。
まだ雨が残っていたので駅横のガード下に45人が集合、歩道で打合せをして、かすかに雨が降っている中へ出発する。
ヨドバシカメラなど大きなビルが並ぶ通りを北上して突き当りを左折、歩道を歩いて武蔵野八幡宮へ曲る。参道の鳥居左手にある天明5年建立、大正時代に旧大踏切際に、昭和44年に武蔵野郷土館へと移設され、平成2年に当初の場所に程近い武蔵野八幡宮に戻って来たという「神田御上水井之頭辨財天」と彫られた石の道標を眺め、奥行きのある参道を進んで参拝する。雨のせいかも知れないが、しっとり落ち着いた境内だ。
吉祥寺通りを渡って、成蹊学園ケヤキ並木へ入る。と、向うから多勢のウォーカー達が合流してくる。双方怪訝な顔。一緒にケヤキ並木を進む。案内の人に聞くとあちらは私鉄リレーウォーク(井の頭公園駅から練馬高野台駅)の一行だそうだ。程なく我々は左折、あちらは直進していった。
左折してかくれみの公園を右折、千川上水を左折して更新橋を左折。武蔵野市役所前を左に曲って武蔵野中央公園(中島飛行機武蔵製作所跡地)へ入る。雨はすっかり上がり、真っ青な空には白い雲が浮かび、太陽がキラキラとまぶしい。木陰でダンスの稽古をするグループ、強い風にいたずらされている野外料理グループ、自転車で集まってきた小学生グループなど、喜々とした声が公園に溢れていた。
南口を出て左折、延命寺通を南下して延命寺へお参り。境内には不発弾の破片や鉄兜(てつかぶと)が展示され、平和観音菩薩立像の台座には一家全滅を含む檀家さんの犠牲者氏名が刻まれている。鐘楼、石仏様達に寿老人と大勢が奉られていた。大木の脇に薪を背負った二宮金次郎像が立っていたが、おでこに幹が当たっていて重そうだった。白い仁王様にご挨拶して信号を渡り右へ進む。
バス停1つ分歩いて左折し、グリーンパーク遊歩道へ入る。この遊歩道は、緑町パークシティの場所に戦後作られ、短命に終った「グリーンパーク野球場」に向かう引込線跡で、もともとは中島飛行機への軌道跡を利用していたという歴史を持っている。
関前公園、グリーンパーク緑地を過ぎ井の頭通を渡り、玉川上水に辿り着き左へ進む。三鷹駅前のロータリーを回り中央線と並行に進む。平沼園前信号を右折、JR線をくぐる。道路の左手に土手が見えたので右手を見たが何にも無い。近づいて行くと、それは二階建の家の屋根だった。斜めの大屋根だけでなく、庇にも草が密生していた。二階の天井で大きな扇風機がゆっくり回っていた。究極のエコハウスかな?
井の頭自然文化園を覗いて吉祥寺通を左折、井の頭公園に入って井の頭弁財天へお参り。真っ赤なお社と勢いよく飛び散る噴水を眺め、筏で休む鴨に見とれ、文化園分園入口を眺め、階段を上がって吉祥寺駅をぐるぐる回ってゴールに到着、解散する。
今日はゆっくりめに歩いたので最後まで歩けた。17,641歩。 [KM記]
9月18日(土)午前10時=約12㌔=
高幡不動駅(受付)集合→程久保川→多摩動物公園(有料)→都立七生公園→七生丘陵散策路(西コース)→富士見台公園→上柚木公園→小山内裏公園→多摩境駅(解散)
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腐葉土に覆われた小山内裏公園の緑道はふかふか。
◎第636回 [多摩丘陵に里山の風景を求めて]
=約12.5㌔=
今日は京王ウォーク、いつもより長距離、しかも多摩丘陵を超えるのでかなりのアップダウン(山道・谷道?)を覚悟して参加する。スタート地点の高幡不動駅に集まったのは42人。会長から10/2がJRウォークに変更になった事などを聞いて各自出発する。
歩き始めてすぐ、高幡不動尊の五重の塔を右に見る。多摩モノレール線の高架にぶち当たり、モノレールに沿った程久保川沿いを歩く。
多摩動物公園でモノレールとも別れ、暫く歩くと多摩テック入口の信号標識が見える。道路は閑散とし、周辺の駐車場も閉鎖中。多摩テックは昨年9月に閉鎖になり、跡地開発の交渉中のようで、明治大学の運動施設構想もあるよう。コースは多摩テックの裏側を迂回するようになっており、尾根道を歩き途中で七生丘陵散策路に入る。散策路の東西コースのうちの西コースを歩く。日差しが強く、汗がしたたり落ちる。展望台でひと休み。
平山城址公園の市街地が目の下に広がる。遠くの山並みは奥多摩・秩父・甲州の大菩薩のようだ。細い道を下り平山台小学校を一周し、堀之内第3トンネルに入る。トンネル内は長いがとても明るく安心して歩ける。トンネルを出て右折し、”とうやく隧道”を潜り抜けると東京薬科大学の前に出る。(隧道とトンネルとは同じようで何が違うのかしら?) 地図通りに細い道を人の後についてせっせと歩き、小俣商店の所に着く。地図を見ればゴールまであと6kmとある。もう6.5kmも歩いたのかと思った。お彼岸も近いのにまだ夏の暑さだ。先は長いと気持ちを奮い立てる。
野猿街道を横切り、富士見台公園=写真=に入って木陰で水飲み休憩を取る。お弁当を開いているグループもいた。おいしそうな顔で、おにぎりをほおばっている様子はとても楽しそうに見えた。私の腹時計もお昼に近いかも!
公園を出て、キバナコスモスの咲き乱れる大栗川沿いを歩く。上柚木公園を通り、多摩ニュータウン南大沢地区に入る。地図を片手に、人の後について、『この道でいいのよね~』と言いながら足を前に進めるがゴールはまだ遠い。水を飲み、飴を嘗め、せんべいなどを口に運びながらせっせと歩く。ゴールまで 2Kmの地点にやっと着いた。あと少し思うが、そのあとの2kmが なが~いのだ。
ゴミひとつない きれいに整備された赤石公園、緑の木々が生い茂る小山内裏公園をもくもくと歩く。東展望台で大きく広がっている市街地をちらっと眺め、最後の難関・山道の階段を下り(たぶん100段もあったろうか?)、汗だくで多摩境駅に着いた時にはホットした。スタンプを押して貰い、参加賞のスライドバッグを頂く。日差しの強さもあってか12.5kmより長い距離を歩いた気分だ。疲れた! 足がパンパンになってしまった。[YC記]
9月11日(土)午前10時=約8㌔=
木場公園ミドリアム前集合→木場親水公園→深川ギャザリア→白妙橋→浜園橋→豊洲橋→乗船場→朝凪橋→豊洲駅→豊洲公園(休憩)→春海橋→日本ユニシス→キャナルワーフタワーズ→都立三商→調練橋→古石場川親水公園→牡丹町公園(解散)
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屋根つきの小屋に小舟が停泊している木場親水公園。
◎635回[木場公園から豊洲めぐり]=約8㌔=
9月11日(土)午前10時、木場公園ミドリアムホール内に集合したのは、48人。JRの申込連絡が朝でなく夜になったため、すでに締め切られてしまったものもあり、今朝の申込では全て駄目だったようだ。簡単な打合せ、土休券の配布などを行った後、ミドリアム前で体操をしてスタート。
台風9号の余波で東京にも8日、50日ぶりに雨。おかげで街路樹も甦り清々とした雰囲気の中で、木場親水公園に入る。人工的に作られた水場ではちびっ子たちが嬉々として水に戯れ、見守るお母様方は皆美しい。
左折すると今度はちょっとした釣り場。喧騒から外れるとそこは静寂に囲まれ、屋根つきの小屋に小舟が停泊していた。
永代通をくぐり、深川ギャザリア、イトーヨーカドー左手に、雲雀橋、白妙橋を渡る。ニュートンプレイスの広い芝生をガラス越しに見て右折、浜園橋を渡って都立三商前を左折、拡幅された豊洲橋を渡る。豊洲運河に下りて休憩、出来て間もない運河沿いのキャナルウォーク遊歩道を歩く。小学校、大学、マンションの高層ビルが建ち並び、船着場もある。ユーカリの大木を見上げ、涼風が吹く陽射しの中を歩く。
朝凪橋から運河を離れ豊洲駅へ向かう。水辺と違ってジリジリと焦げる様な太陽に、信号待ちの間も信号機の影に隠れる。ゆりかもめの日陰を歩き、豊洲公園に着いて木陰で休憩。
ららぽーとの開閉橋が上がっていたので建物に沿って進み、アーバンドックららぽーと豊洲の「ビオガーデン」を見学。ビオトープ(生物が住む場所)の考えを取り入れて作られたスペースだそうだ。まだ植物が根付いてないのか、暑さで弱っているのか、元気がなかった。浅い池でおたまじゃくしやめだかが泳いでいた。小さな睡蓮の花が一つ咲いていたが葉はカビが生えたように白く見えた。
春海橋を見て日本ユニシスに沿って豊洲1丁目に入る。小さな公園の手前を左折、キャナルワーフタワーズの周りを歩く。
木製のデッキに上って貯木場や相生橋を眺め、豊洲水門、階段を流れ落ちる水を眺め、さっき渡った豊洲橋を渡る。都立三商前まで工事中だった。越中島通りを歩いていると、EYさんから「A班は着いたよ」と電話が入る。
深川三中を曲り、調練橋を渡り、関口橋から古石場川親水公園へ入ると間もなくゴールの牡丹町公園に到着。A班から旗を受取り、整理体操をして、それぞれ解散する。
ジャスト12時、皆がいなくなった公園でお茶を飲んでいると、ツクツクホウシの声が聞こえた。間違いなく秋です! [KM記]
9月4日(土)午前10時=約8㌔=
新小岩駅→新小岩公園(集合)→江戸川区総合文化センター→小松川境川親水公園→八蔵橋→高速下手前広場(休憩)→善照寺→東小松川小学校→東小松川南公園→東小松川→一之江境川親水公園→三島橋→宮元橋→タワーホール船堀(解散)→船堀駅
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てっぺんから滝が流れ落ちる岩山で遊ぶ子供たち。
9月4日(土)午前10時=約8㌔=
今回も都バス1日券を利用、緑3丁目で錦27、江戸川区役所前で新小21に乗り換え、新小岩駅へ。南口から平和橋通りへぐるっと回り北口の前を通り、線路に沿って進み、広々とした新小岩公園に到着した。錦27のバスが1時間に2本しかなくて随分早く着いてしまった。管理事務所の和楽亭の前にファミリー広場が広がり、その向うの運動場に子供達の声が溢れる。「ワーシワーシ」と九州で耳慣れたクマゼミの声が響いた。関東では5,6年前までミンミンゼミの声しか聴いたことがなかったのに、北へ移動してきたのだろうか。温暖化の影響の一つなのかな。
広場の木陰に51人が集合。思い悩まずに「おはよう」と挨拶し、前回に続き19日と25日JR吉祥寺分の京王土休券の申込、日光の写真配り、平常ペースに戻ったことなどを話し、体操をしてジリジリと照りつける日差しの中へ出発する。
総武線をくぐり、真っ直ぐな並木道を1キロほど歩くと平和橋通りへ出て信号を渡って進むと、緑の木立の親水公園に到着、涼しい水辺に入る。そのまま流れに沿って下る。小松川境川親水公園を進み、八蔵橋の信号を渡り、再び親水公園を進むと、てっぺんから滝が流れ落ちる岩山や、砦や吊り橋などの遊具が点在し、浅い流れで子供達が水遊びしていた。ザリガニや小さな魚を捕っている親子もいた。広場で休憩して、くねくねと流れに沿って高速小松川線の下をくぐり、青いみかんに見とれて、中川手前の西小松川排水場まで行ってしまった。
少し戻って善照寺へ曲りすぐ左折。東小松川小学校前を右折、あまりの暑さで、東小松川南公園の木陰で休憩する。
9月になったのに今日の気温は真夏日。B班みんなで相談して一之江境川親水公園はカットすることに決める。そこで船堀街道を南下、しっかり木陰のある「船堀グリーンロード」を通ってタワーホール船堀へ直行、クーラーの効いた中で解散する。
食事する気力もなく、そのまま船堀駅バス6番乗り場から錦25で錦糸町へ、錦13で帰宅する。都合5回バス乗車。ジュースをガブガブ飲んで風呂に入り人心地つく。 [TM記]
8月28日(土)7:00東陽町→7:15西大島→7:20住吉→7:25錦糸町出発→東北道→いろは坂→ 中禅寺湖→湯滝→戦場ヶ原ミニハイキング→日光自由散策→東北道→錦糸町20:00→住吉20:05→西大島20:10→東陽町20:25解散
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落差97メートルの「華厳の滝」は水量豊富で勇壮だった。
◎633回B[さわやか日光・華厳の滝・戦場ヶ原]
(セブン旅倶楽部日帰りバスツアー)
8月28日(土)7:00東陽町、7:15西大島、7:20住吉、7:25錦糸町と予定通り、18人が乗車。一路、東北道を北上、いろは坂を通り、中禅寺湖に到着。華厳の滝を見学。その後、雨の中で湯滝を見学。戦場ヶ原で休憩。日光の自由散策で輪王寺、東照宮、二荒山神社を見学。東北道を通り、予定通り、錦糸町20:00、住吉20:05、西大島20:10、東陽町20:25と解散した。
8月28日(土)午後4時=約6㌔=
東陽公園集合→南砂緑道公園→南砂3丁目→仙台堀川公園→であいの広場(休憩)→大石家住宅→小名木川→丸八橋→進開橋→アリオ北砂(小名木川駅跡地)解散
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庭園のように手入れの行き届いた仙台堀川公園
◎633回A[夕涼み東陽から北砂]
8月28日(土)午後4時=約6㌔=
午前中に都バス1日券を買って出かけ、その後、のんびり家で休んでいたが、いつの間にか午後3時、慌てて家を出る。またまたバスで木場へ出て乗り換え東陽町へ。これで都合7回乗ったことになる。バスの中から東陽公園にみんなが集合しているのが見えた。バスのドアが開き一番で飛び出し、信号を渡る。
まだまだ暑い公園に25人が集まり、「おはよう」「お暑うございます」と挨拶を交わす。会報配布、9月18日京王土休券の申込をして、次回は10時からと伝達し、HWさんリードで体操し出発。
今日のコースは下見なしなので、とりあえず旗を掲げて公園を出る。夕日を背にジリジリと受け、永代通りを進む。いつも買物や病院通いしている道を旗を持って歩くのは、何だか恥ずかしい。ま、悪いことはしていないんだから、と、前を向いて(気分だけは)颯爽と歩く。
森の中のビルのような東陽町インテスの繁みを過ぎ、南砂緑道公園に入ると涼風が吹きほっとする。久しぶりに通ると、木漏れ日が優しく感じられる。ちょっと頑張りすぎ疲れを感じたので、ここからKYさんに旗持ちを頼む。
南砂3丁目で明治通に出て北上、葛西橋通りを渡って弾正橋から仙台堀川公園に入る。快適に進んでいくと砂町橋園路整備工事の看板が立ち、迂回させられる。丸八通りを清洲橋通りで曲り、再び仙台堀川公園に入る。信号を渡った少し先に、先行組が休憩して待っていた。皆さん元気にまた歩き始める。
まだ青々としているはずの桜並木の葉が茶色に枯れたようになっている。この暑さにやられてしまったのだろうか。流れていない川のよどみに枯葉がびっしり浮かんでいた。
松本橋から川に沿って消防車が十数台と、救急車、東京ガス、東電などの緊急自動車が止まっていた。野次馬もいっぱいで、聞くところによると、ボヤがあったらしい。「でも、こんなにたくさんここに来ると、今、よそで火事があったら大変だよね」と心配してしまう。
公園西信号を渡って緊急自動車群と別れ、小名木川にぶつかると、大島に渡る砂島橋が見えた。左折して夕日に向かって進む。この辺から足がつりそうになり、極端にスピードが落ちる。自転車を避けようと体の向きを変えた途端、ツーッときて足が前に出せなくなった。ちょっとそばの階段に寄かかって休む。擦ったり叩いたりしているうちに、波が引くように楽になる。でもいつ波が押し寄せるか分からないので騙し騙し足を動かす。
AMさんから、ゴールのアリオ北砂に着いて解散した旨、電話がある。同行したYIさんはゴールしたが、私はそのまま明治通の北砂3バス停へ。バス停ではYIさんとまた一緒。「都バス1日券」全部で9回乗ったことになる。1800円-500円で1300円儲けた感じ。 [KM記]
8月21日(土)午後4時=約7㌔=
木場公園ミドリアム前集合→資料館通り→清澄公園(休憩)→清洲橋→隅田川大橋→永代橋→中央大橋→相生橋→越中島公園→臨海公園解散→門前仲町駅
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木場公園大橋の上からくっきりと建設中の東京スカイツリーが浮かび上がる。
◎632回[夕涼み水辺公園めぐり]
8月21日(土)午後4時=約7㌔=
木場公園ミドリアム内に集合したのは50人。室内ではあったけど、冷房が効かないせいか、汗が吹き出る。次週のバスツアー「さわやか日光」の資料差し替え、次週から平常ベースに戻り10時集合などの打合せの後、体操を省略してスタート。
木場公園大橋の上からくっきりと建設中の東京スカイツリーが浮かび上がり、今後絶好のビューポイントになりそうだ。三つ目通を東京都現代美術館を眺めながら北進。白河3丁目から資料館通に入る。清澄庭園に突き当たり、庭園北側に沿って清澄公園に入り、休憩。暑い日ざしも木陰では涼しさを覚え、微かながら秋の気配を感じる。
清洲橋東詰から隅田川リバーサイドを歩く予定だったが、夕日を直接浴びそうなので、急遽清洲橋を渡り西詰からリバーサイドを通ることにした。優美な清洲橋の骨組を間近に眺めながら対岸を歩くが、前にはあった青テントやダンボールの屋敷は見当たらず歩きやすくなっていた。隅田川大橋をくぐり、永代橋手前で地上に出て永代橋を渡り、会長は途中退散した。
大半の会員はコース通り中央大橋を渡り、石川島公園から大川端リバーシティー21に入り、相生橋を渡り越中島公園に到着。大島川水門、巽橋を渡り、永代河岸通をたどり臨海公園で解散。三々五々、帰路についた。
8月7日(土)午後5時=約8㌔=
和田倉噴水公園(集合)→大手門→竹橋→北の丸公園→田安門→千鳥が淵公園(休憩)→半蔵門→三宅坂→桜田門→二重橋→和田倉門→行幸通り(解散)→東京駅丸の内中央口
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東京駅丸の内から和田倉門まで続く「行幸地下ギャラリー」を見学。
◎631回[夕涼み皇居一周と行幸通り](行幸通り改修完成)
8月7日(土)午後5時=約8㌔=
久しぶりにクーラーをかけずに朝食をとる。
今日は8月7日、立秋、暦の上ではもう秋だ。東京駅丸の内から、行幸地下ギャラリーを見学しながら、集合場所の和田倉噴水公園へ向かう。階段を上がって地上に出ると、日向の日差しがジリジリと痛いが、日陰に入ると、吹く風は熱風ではない。
午後5時、和田倉噴水公園に42人が集合。斜めに射す夕日を避けて木陰で、日光参加費の集金をし、8/28Aに予定していた「新小岩コース」を9/4実施に変更すること。8/28Aは「夕涼み仙台堀川からアリオ北砂コース」を実施することを伝達し、体操をして出発する。お濠端の遊歩道は走る人も歩く人もいっぱいで混雑している。大手門、和気清麻呂像、平川門、竹橋と、秋の雲が浮かぶ青空を眺めながら歩く。
歩道橋を渡って北の丸公園へ入る皆を見送り、直進する。千鳥が淵信号を左折し千鳥が淵公園に入ると、駅伝か何かのゴールになっているらしく、襷をかけたランナーと柵のように並ぶ応援者で溢れており、コソコソと邪魔にならぬように通りぬけ、トイレの前で休憩してみんなを待つ。
コース通り歩いた皆さんは、元気に歩道橋を渡って北の丸公園へ入り、武道館、田安門、九段坂、千鳥が淵公園の遊歩道と進み、墓苑入口から内堀通りを南下。ランナーや応援者で溢れる千鳥が淵公園の中を進み、まずA班がトイレの前に到着。お濠から吹きあげる風に涼み休憩。出発すると程なくB班も到着し休憩。一緒に出発し、半蔵門、三宅坂と内堀通りを進む。ビルに反射した夕日がお濠で泳ぐ番いの白鳥を照らしていた。桜田門をくぐって皇居外苑に入る。薄暗くなった二重橋を確かめ、玉砂利をザクザク進み、行幸通りを越えて和田倉噴水公園に到着。クールダウン体操をして解散、それぞれお茶に向かう。和田倉門の信号から地下に潜り、行幸地下ギャラリーを見学しながら、東京駅から帰宅。即、汗を流しさっぱりする。 [KM記]
7月31日(土)午後5時=約7㌔=
蚕糸の森公園(丸の内線東高円寺駅1番出口1分)集合→高円寺陸橋→環7通り→桃園川緑道→中野五差路→紅葉山公園下→宮前公園(休憩)→末広橋→神田川→小滝橋→せせらぎの里(体操・解散)→高田馬場駅徒歩10分 または(→西武新宿線下落合駅徒歩2分)
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蚕糸の森公園の広場へ行くとナイアガラもどきの半円形の滝があった。
◎630回[桃園川追跡](123回実施分利用)
7月31日(土)午後5時=約7㌔=
早く家を出過ぎて4時半には東高円寺駅着いてしまった。1番出口を上った横がもう蚕糸の森公園の入口だった。明るいうちに公園内を見てまわる。西に進むと威厳のあるレンガ造りの門があり、昔は蚕糸試験場があったそうだ。水音に釣られてつどいの広場へ行くとナイアガラもどきの半円形の滝があった。その先は林の中に流れと池がある。
駅に近い遊びの広場に44人が集合、9月分のJR申込、8月28日の「さわやか日光」日帰りバス旅行の説明、8/8下見担当に資料を渡し、体操をして出発する。流れに沿って公園を南下、環7へ出て北上する。高円寺陸橋下で青梅街道を集団で渡り、環7通りを進み、大久保通りを越えて高円寺橋から桃園川緑道へ入る。
この緑道は昔桃園川が流れていたところだ。宮園橋、中野五差路、紅葉山公園下とそれぞれ信号まで迂回して桃園川緑道を進む。ノウゼンカズラ、サルスベリなどが咲き、手入れされた植え込みを見ながら宮前公園に到着。A班にB班も追いつき、休憩する。宮前公園という名前はお宮がそばにあるのかな?
Aに続いてBも出発。植込みの中に薄緑のトゲトゲの風船がある植物が珍しかったので、そばで世話しておられる女性に尋ねると「フウセントウワタ」という名前だって。「ふわふわでこのトゲは痛くないのよ」とのこと。
山手通りを渡り、左右の住宅の背が高くなる。マンションが増えたよう。遊歩道の曲がり角の石碑に南こうせつの「神田川」の歌詞が書いてあった。
末広橋から神田川に沿って神田川四季の道を北上する。葉桜が鬱蒼と茂り、薄暗い。民家の塀から青いりんごが覗いていた。小滝橋信号を渡り、また神田川を下る。ようやく辿り着いた「せせらぎの里」は午後6時で閉門していて、入口でB班の仲間が待っていてくれて、体操もせずに解散する。
薄暗い中、みんなにはぐれないようせっせと歩いていたが、民家の石垣の柵に大きなカボチャが二つぶら下がっていてびっくり。一瞬、みんなの姿が消えて大慌てしたけれど、早稲田通りに出るまでに何とか追いつけた。食事へ行く皆さんと別れ、高田馬場駅に到着。汗をかいたまま電車に乗り、やっとの思いで帰宅した。 [KM記]
7月24日(土)午後5時=約7㌔=
江東区役所集合→崎川橋→宇宙人→清澄公園→清洲橋→蛎殻町公園(休憩)→ロイヤルパークホテル→水天宮→重森永信堂→板倉屋→築地銀だこ→うぶけや→大観音寺→きく家→日本橋小→魚久→玉ひで→快生軒→ブックスビスモ→らーめん処萬佑→双葉→おか吉→亀井堂→草加屋→快生軒→浜町公園解散
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水牛のような2本の角があり、鋭い目つきの宇宙人がビルの窓に張り付いて見下ろしている。
◎629回[夕涼み新参者探索]
7月24日(土)午後5時=約7㌔=
今年も夕涼みウォークの時期になった。朝から何となく落ち着かず、時間ばかりが気になる。午後4時になったところで家を出る。脳みそまで茹ってくるような酷暑も、午後4時を過ぎると吹く風も少し和らいできたようだ。
7月24日、江東区役所横の広場に52人が集合、今後の予定の伝達や下見協力を呼びかけ、MNさんのリードで体操して出発する。
四つ目通りを渡って木材健保会館を過ぎ、大門通りを北上、葛西橋通りを渡って左折。テレビドラマ「同窓会ラブアゲイン」に出ていた崎川橋を渡って仙台堀川に沿って進む。今日の水面は手が届きそうに近い。遊歩道に今にも溢れそうなぐらい水嵩が増えている。木場公園大橋をくぐり、夕日を追いかけるように三つ目通りを渡る。亀久橋から一般道を行くと、水牛のような2本の角があり、鋭い目つきの宇宙人がビルの窓に張り付いて見下ろしていた。
木更木橋から水辺に戻り、清澄通りを渡ると、A班が休んでいたのでB班も深川図書館前で休憩。清澄公園を通り抜け、清洲橋を渡る頃は陽も随分傾き、水色の橋桁が金色に輝いていた。川上にはスカイツリー、川下には大川端リバーシティのビル群を望み、隅田川を渡る。
人通りの少ない落ち着いたビルの日本橋蛎殻町をくねくね行くと、水天宮の裏門が見えた。夜は門が閉まって通り抜けられない。人形町通りへ出ると人通りが急に増える。
これは、東野圭吾描く小説「新参者」がテレビドラマになり、主人公加賀恭一郎に扮した阿部寛の人気で盛り上がったもの。この主人公加賀恭一郎はすでに7冊の作品があるが、この「新参者」で一躍有名になった。それにこの小説、第1章から第9章まであり、一種の連作もの。およそ5年かかって完成し、それでいて犯人は最後に判るという斬新な構成。それぞれの章でも疑わしき人物が出てくるが、実は下町の人情味豊かな伏線が張られ楽しくなる。煎餅屋、料亭、瀬戸物屋、時計屋、洋菓子屋、清掃屋、民芸品屋等人形町に実在するお店が出てくるため、見物客が増えたようだ。
仲間にはぐれないよう余所見もそこそこに、からくり時計の「からくり」も分らなかった。人形町交差点で対岸へ渡り、大観音寺の細い道へ入ると井戸があった。みんなコキコキ漕いで冷たい水にさわり喜ぶ。日本橋小学校で何かイベントをやっていたようで、可愛いゆかた姿の子供達が行き来していた。人形町通りへ出るとA班が曲っていくのが見えたので、B班もそのまま甘酒横丁を直進。程なく浜町公園へ到着し一緒に体操をして解散。皆さん三々五々、薄暗くなってきた夕闇に消えていった。
帰りのバスの窓からまん丸のお月様が見え、「今日は満月だから大潮で水面が膨らんで上昇していたんだ」と思った。 [KM記]
7月17日(土)午前8時=約9㌔=
総武線新検見川駅(受付)集合→検見川神社→大賀ハス発掘の地→東大緑地植物実験所(休憩)→しらさぎ公園→花見川千本桜緑地→真蔵院→秋葉神社・昆陽神社・青木昆陽甘藷試作地→海浜幕張駅解散
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約2000年も地下で眠っていたハスの実が見事開花して連綿として続く生命の素晴らしさを示している大賀ハス。
◎628回[大賀ハス発掘の地と海浜幕張を訪ねる]
7月17日(土)午前8時、総武線新検見川駅で受付を済ませ、集合したのは39人。朝が早いせいと梅雨明けの暑い日差しでいつもより少なかった。次回から夕方出発になる注意を中心に打合せを行い、体操は省略してスタート。
まず、検見川神社に立ち寄る。この神社は約1,200年前に創祈されたといわれ、下総の国、神祇三社として親しまれている。
大賀ハスは約2,000年も地下に眠っていた1粒のハスの実が発見され、この実が1951年発芽したもの。生命というものが連綿と続き、2,000年前のハスが生きていることを示している。つまり生きるということが自分だけでないことが分かる。人間も同じだ。あまりにも誕生ということに拘ったために自分だけ生きていること、そして亡くなることで一巻の終わりという考え方が、人間を不幸せにしているような気がしてならない。
東大緑地植物実験所で休憩した後、しらさぎのモニュメントが建つしらさぎ公園にも大賀ハスが咲いていた。花見川千本桜緑地を歩き、武石三郎胤盛の菩提寺、真蔵院に着く。
しばらく歩くと秋葉神社、昆陽神社、青木昆陽甘藷試作地とかたまってあった。これは天明・天保の大飢饉の際、昆陽の甘藷栽培のおかげで幕張の地では餓死者がなかったことを讃えて祀られたもの。
ここからゴールの海浜幕張駅まで直進。解散した。
7月10日(土)午前10時=約8㌔=
猿江恩賜公園・集合→横十間川うるおいの木かげ道路→柳島橋→北十間川→東京スカイツリー→業平橋(休憩)→大横川親水公園→大横川→木場公園ミドリアム・解散
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北十間川に写る建設中の東京スカイツリー
◎627回[大横川と横十間川](128回実施分利用)
7月10日(土)午前10時=約8㌔=
昨晩は結構な雨だったが、起きると晴れていた。涼しい風が吹いている。
猿江恩賜公園の新大橋通り側入口は、お日様がサンサンと照って暑いので、少し入った木立の中でみんなを待っていると、北から南からパラパラと集まってきた。会長が、奈良・熊野のお土産・小梅ゼリーを皆さんに一つずつ配っていた。10時、54人が集合。次回はハスの花見学のため8時新検見川駅集合のことを再度連絡し、MNさんリードで体操をして出発する。
猿江恩賜公園を抜け、清水橋をくぐって横十間川を進む。中学生らしい5人のクルーがボートでサァーッと川面を走っていった。堅川との交差点の建物二階からクレーンが迫り出してきて、ボートが降りてきた。どうも船の格納庫らしく数人の学生達が操作していた。
横十間川うるおいの木かげ道路から、東京スカイツリーがチラチラと見えていたが、柳島橋を渡ると真正面に見えた。浅草通りを渡り、見物人がいっぱいの十間橋から北十間川の川面に映る「逆さツリー」を見る。残念ながら長すぎて一枚の写真には全体が入らなかった。北十間川に沿って東京スカイツリー見物客でごった返す中を歩く。押上・業平地区町内会などが頑張って「おしなりくんの家」ができているそうだ。
浅草通りの業平橋をくぐると仮設の建築物があり、通り抜けて大横川親水公園の涼しい木陰で休憩する。A班の姿はもうない。見上げると木立の隙間から東京スカイツリーがちょこっと顔を出していた。大横川親水公園の水辺で子供達が水に入って遊んでいた。縁日のようなショッピングコーナーやゲームコーナーが出来ていた。長崎橋信号を渡る時、肩や頭に鳩が纏わり付いて離れないご老人が、我々に何か説明していたようだけどよく聞き取れなかった。
撞木橋から歩道に出て菊花橋を渡り、南辻橋から大横川水辺を歩く。大横川沿いは橋の下をくぐれないので、いちいち信号まで迂回しなければならないので少々面倒だが、皆さん真面目に進んでいく。新高橋を渡り、小名木川との交差点から東京スカイツリーと扇橋閘門を眺める。扇橋から清洲橋通りへ出る。「現代美術館周辺は食べるところが無い」ということで、B班はここで解散、三方に分かれる。
私は現代美術館まで歩き、バスで帰宅。本日の歩数13,310歩。
日曜日からの遠出、青岸渡寺・熊野神社の458段昇降がたたってか、腿の後ろが痛い。 [KM記]
(116回実施分利用)
7月3日(土)午前10時=約10㌔=
明治神宮北参道入口集合→明治神宮→代々木公園→代々木八幡・福泉寺・竪穴住居→ヴェトナム大使館→富ヶ谷小学校→ニュージーランド大使館→富ヶ谷公園(休憩)→コートジボアール大使館→古賀政男記念館(代々木上原駅徒歩2分)→トルコ大使館文化部→北沢公園解散(→小田急線東北沢駅徒歩3分または →下北沢駅 約900m徒歩11分)
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代々木公園にはブルガリア・ローズが見事に咲き誇っていた。
◎626回[代々木・下北沢めぐり](116回実施分利用)
今日の集合場所は明治神宮北参道入口となっている。どの駅から行くのが良いか、JR線・大江戸線代々木駅か、副都心線北参道駅かと考えたが、結局、JR線が一番便利ということで代々木駅に到着。駅前はスクランブル交差点で、さてどの道へ行けばいいのか、また考える。山手線の内側に入らないよう、交番の右の道を進む。ビルのウィンドーの中に生花か造花かわからない大きな生け花が並んでいた。
明治神宮北参道の鳥居の横でみんなを待つ。
HWさんに駅前でみんなを誘導してもらうよう頼む。7/4下見グループに地図と下見費を渡し、7月と8月の下見の都合を問合せ、年会費の領収書を渡す。神宮橋から来た人達もいて、10時、57人が集合。第2四半期の皆勤者11人に賞状と記念品の竹製ランチョンマットを差し上げる。樋口さんは5/1に休んだと自己申告があったので渡さなかった。「体操はここでしてはいけない」そうなので、そのまま出発する。薄暗い玉砂利をザクザク歩き、みんな本殿へお参りしたが、私は川上益さんに伝達があるので直進して先回り。
神宮橋で会長が抜け、大きな丸が書かれた原宿門から代々木公園に入る。公園にはブルガリア・ローズが見事に咲き、踊りの練習をしている人、親子でシャボンを飛ばしている人、伴走者と一緒に走る視覚障害者等、健康を謳歌する人達で賑わっていた。みんなから離れてしまったので、「日本初飛行の地」へ回ると、思索の道は青テント部落になっていた。かまぼこ型の洒落た形もあったが、いずれにしても不法占拠者たちだ。
参宮橋門を出て、渋谷「はるのおがわ」プレーパークを覗き、小田急線の横の細道を進む。
代々木八幡駅手前で線路を渡り、天台宗福泉寺へ細い階段を登る。百段近くあるみたいでお寺に着いたときは足はガクガク、頭で脈を打っていた。代々木八幡を臨み、柵の中の竪穴住居を見て、休憩しているとC班の数人が来た。
山手通りの地下道を確かめたかったけれど、明日の旅行のこともあり、今日はここでドロップアウトとした。
みんなと別れて、山手通りから下の通りへ降りて千代田線代々木公園駅へ辿り着き、帰宅。
コースはその後、ヴェトナム大使館、富ヶ谷小学校、ニュージーランド大使館、富ヶ谷公園で休憩、コートジボアール大使館、古賀政男記念館、トルコ大使館文化部とめぐり、北沢公園で解散することになっていた。 [KM記]
6月26日(土)午前10時=約9㌔=
中目黒GTプラザ(中目黒駅改札口徒歩1分) 集合→蛇崩川緑道→駒繋神社→丸山公園(休憩)→小泉公園→親和橋→駒沢緑泉公園→駒沢公園(解散)→呑川駒沢支流緑道→氷川神社→呑川本流緑道→東急東横線都立大学駅
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蛇崩川緑道は「花のある街やさしい風」ということで花いっぱいの緑道
◎625回[蛇崩川追跡世田谷緑陰](122回実施分利用)
梅雨真っ只中の6月26日、中目黒駅を降りると、幸い薄日程度で雨も降らず、涼風も吹いて心地よい。タクシー乗り場脇で並木の剪定作業をしている人を見ながら、中目黒GTプラザへ出る。10時広い通路に50人が集合。退院後初参加の会長から今後の予定を伝達、HWさんの体操をして出発する。
改良工事中の中目黒駅に沿って、自転車置き場になっている蛇崩川(ジャクズレガワ)緑道を進む。ガード下をくぐり、緑道に入る予定が、右側を歩いたものだからA班はちょっと寄り道してしまった。ヤマモモの実、アジサイ、ブーゲンビリア、サルビア、コエビソウ、サボテン、ハンゲショウ、ノウゼンカズラなど様々の花が咲き競い花の名前を教えあいながら緑道を進む。小さな赤い橋を渡って駒繋神社に寄り道し、手入れされた緑道を進み、玉川通は信号を渡り、子供たちが結構たくさん遊んでいる世田谷丸山公園に到着。AB揃って休憩する。
水分補給をしてまた出発。環7の駒留陸橋をくぐり、これまた子供たちが一杯の小泉公園を過ぎ、親和橋で信号を渡り、くにゃくにゃと駒沢緑泉公園にはいる。たくさんのウォーカーとすれ違ったが、私鉄リレーウォークの参加者達だった。私鉄リレーウォークは15キロほども距離があるので、最近は敬遠している。何だか我々よりも平均年齢は若そうに感じた。
流れのある涼しい駒沢緑泉公園を通り抜け、玉川通を信号で渡り、駒沢大学を過ぎて広々とした駒沢公園に到着、入って最初の三叉路でB班は体操をして解散した。A班もチリリン広場で解散し、駒沢大学駅へ向かったとのこと。
3人だけで、駒沢公園第2陸橋をわたり、閉鎖された室内球技場を眺め、呑川駒沢支流緑道を進む。八雲学園の手前を左折、氷川山虚空蔵寺金蔵院を見て、旧衾村の鎮守・氷川神社に脇から入る。高い木立の薄暗い境内は何だか別世界の感がある。参道を真っ直ぐ下り、呑川本流緑道へ左折して入る。目黒通りを渡り東横線ガード手前を左折すると都立大学駅。1時になっていたが、そのまま乗車して帰宅した。歩数18,642歩。10キロ以上あったみたい。疲れたせいか、水分ばかりが欲しかった。[KM記]
6月19日(土)午前10時=約12㌔=
分倍河原駅→分倍河原駅ロータリー広場(受付)集合→府中市郷土の森博物館(有料)→府中四谷橋→京王百草園(有料)→高幡不動尊(境内・大日堂前)解散→高幡不動駅
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田植えしたばかりの田んぼに、逆さの木や空が映り、アメンボが動き回っていた。
◎624回[多摩地区のアジサイの名所を訪ねて]
いよいよ関東地方も入梅とか。じっとりした空気に長い傘を持って家を出る。分倍河原の駅を降りると雨が落ちていない。「しめた!」と思いながら、駅前のロータリー広場の受付で京王の地図を貰い、片町公園の一角に集合していると、またパラパラと降り始めた。
6月19日10時、46人が集合。皆さんに会長の入院、手術、退院の報告とお見舞いのお礼を言う。7月17日のJR新検見川駅はハスの花見学なので、集合時間が8時となること、桃園川のコースは7月31日に実施すること、24日のコースとしてMKさんが人形町・新参者コースを考えてくれていること、などを伝達し、体操は省略して自由歩行で皆さん、出発する。年会費分割払の後期分4000円を3人から預る。
片町公園を新宿方面へ出て、かえで通りを右折、小さな伏見稲荷を過ぎて税務署前信号を左折。小学校前のきれいなレンガの歩道にはアジサイが咲き、並木もあって心地いい。信号を渡って下河原緑道に入る。脇の家族農園ではジャガイモやトマトなどの花が咲いていて、せっせと手入れ中の人々がいた。黄色に赤の斑入りのカンナや色んなアジサイ、白い栗の花、ひまわり畑を楽しんでいるうちに、案内の誘導で新田川緑道へ曲る。
府中市の花「梅」がガードレールにあり、並木の根元にも梅の絵の踏み板が敷いてあった。産み立て卵の自動販売機がある奥は養鶏農家だった。お菓子工場を過ぎ右に入ると、府中郷土の森公園。芝生広場前をVターンして、府中市郷土の森博物館入口を左に見て信号を渡り右へ進む。
また下河原緑道の丸くなった部分へもどり、白、青、ピンク、紫、黄のアジサイを楽しむ。並木の外にもう、夾竹桃のピンクの花が咲いていた。田植えしたばかりの田んぼに、逆さの木や空が映り、アメンボが動き回っていた。水がないときアメンボはどこで生きているのかな・・・?
コースは福祉センターを左へ曲るが、私は直進して緑道を進む。5人の子供の群像が遊んでいた。南町第三公園の神社ではと達が貰ったえさを食べていた。緑道がただの歩道になり、京王線をくぐると中河原駅。今日はここから帰ることにした。
福祉センターから、コースは中河原公園を抜けて多摩川へ出て、長い府中四谷橋を渡り、京王線も渡って、坂道を上り六地蔵を過ぎて京王百草園へ。百草八幡、七生緑小、百草台自然公園、給水塔を巡り、川崎街道を渡って向島用水親水路で水車を眺め、浅川土手を回って高幡不動尊の境内・大日堂前へゴールとなっている。 [KM記]
6月12日(土)午前10時=約9㌔=
大森駅中央改札口(受付)集合→磐井神社→旧東海道(美原通り)→大森ふるさとの浜辺公園→海苔のふるさと館(休憩)→平和の森公園→鈴ヶ森刑場跡→天祖諏訪神社→坂本龍馬像(立会川)→大井公園(山内容堂墓所)→仙台坂タブノキ→大井町駅解散
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大森ふるさとの浜辺公園に到着。
目前に砂浜が広がり、子供が砂いじりをしていた。
◎623回[「海苔の街と坂本龍馬」歴史を訪ねるハイキング]
6月12日(土)午前10時=約9㌔=
大森駅下車、中央改札を出てJRの受付をする。数人が先着していたので、どこに集合しようかと相談、東口階段を下りて駅前ロータリーに出ると、目の前にちょっとした広場があったのでここに決める。KTさんを置いてみんなに知らせに行き、MNさんに誘導をお願いして広場に戻る。ベンチで寝ている人もいたし、はとの糞があちこちに落ちていたが、コースのすぐ脇だし、邪魔にはならないだろう。
6月20日と27日の下見担当者の人数を揃えて下見費を預ける。「糞バクダンに気をつけて」などいいながら、10時、54人が集合。本日初参加のESさんを紹介して、体操は省略、夏のような日差しの中、各人出発する。
会長は月曜からの入院を控え歩かないので、一人で出発。ウォーカーの流れに乗って大森ベルポート、イトーヨーカドーと進み、京急線のガードをくぐって15号線へ右折。大森北公園、歩道に並ぶ固定式駐輪場を眺め、磐井神社に到着。でっかいイチョウの木を見上げて国道に戻り、平和島口の信号を渡り、旧東海道(美原通り)に入る。
南、中、北原をまとめて三原通りと呼ぶ商店街は一方通行で急に細くなり、海苔屋さんが並ぶ。つい試食しておいしかったので「しそあじ」など2袋500円で買ってしまった。
薬局前で黄色のパーカーに誘導され左折、内川案内板が立つ新橋で内川を渡る。鷺之森稲荷神社の金網に入った狐さんに挨拶し、ジャック・ニクラスゴルフセンターを過ぎると、コースに沿って涼しそうな緑道が見えたので行ってみると貴船堀緑道だった。車止めを左折、随分干上がった船溜りに沿って、アジサイを見ながら進むと、大森ふるさとの浜辺公園に到着。
目前に砂浜が広がり、子供が砂いじりをしていた。前回来た時よりも土手の緑がしっかり根付き、木々も大きくなり、テントの付いたベンチが5箇所出来て、充実していたが、白い砂浜が狭くなったように感じた。テニスコート、マンション群、倉庫群が周囲を囲み、対岸に浅瀬もくっきり出来ていた。裸で甲羅干ししている人や水際で戯れている人達を「暑い中ご苦労さん」と眺めながら、浜辺橋を渡り、海苔のふるさと館でちょっと休憩。
平和の森公園は涼しい風が吹き、アスレチック場からは子供たちのにぎやかな声が聞こえていた。「そういえば昔は元気に子育てしていたな」と思い出をたどったりして……。
しながわ区民公園入口を過ぎ、鈴ヶ森刑場跡を見学。暑さに辟易しながら旧東海道を北上して、天祖諏訪神社へ入る。池で涼しそうに泳ぐ鯉を眺め、裏へ抜けて弁天橋を渡ると、大勢の人だかり。「若き日の龍馬がゆく」と題した紙芝居をしていた。
目前に緑色の「坂本龍馬像」が立っていた。仲町稲荷の裏口だが、以前立会川駅前に立っていたのと同じかな……と思って立会川駅前に行くと、その場所はプレハブのお店になっていた。江戸時代、土佐藩の鮫洲抱屋敷が(浜川)砲台を作ったそうな……。
自販機の冷たいカフェオーレを飲んだら、もう歩く気がなくなって、立会川駅から乗車、帰宅した。
コースは運河沿いの花街道を歩き、大井公園で山内容堂墓所を見学、仙台坂タブノキを見て大井町駅へゴール、解散することになっている。 [KM 記]
6月5日(土)午前10時=約11㌔=
有栖川宮公園集合→広尾ガーデンヒルズ→骨董通り→こどもの城→キャットストリート→キラー通り→神宮外苑→いちょう並木→青山2丁目解散
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有栖川宮記念公園の池の畔ではカルガモの親子がのんびりと暮らしていた。
◎622回[広尾・原宿、青山](120回実施分利用)
6月5日(土)午前10時=約8㌔=
広尾駅1番出口を出て左へ曲り、公園へ向かう道は何だか日本じゃないような雰囲気。道端のテーブルでコーヒーを飲む姿が周りに溶け込んでいるカップルがいるなと思ったら何と我がGNPの仲間。「決まってるよ! カッコイイ!」と冷やかして、有栖川宮公園に入る。新緑が深まり木々は清々しく、池には釣り人が点々といて、カルガモの親子がのんびりと暮らしていた。池のほとりでは可愛い外人の幼児が鳩と戯れている。森の上のラッパをもった金色の像「末日聖徒教会(モルモン教)の尖塔らしい」がやたら目立つ。
6月5日、公園の少し広くなった通路に52人が集合。19日の京王土休券配布、20日と27日下見の地図を2組に渡し、会長がラジオ体操第1に続いて第2のDVDをかけ、HWさんが別の体操をリードして皆さん戸惑いながら半ば強引に延々と体操させられる。
公園入り口を出て細い路地に入り、外苑西通りを横断、広尾ガーデンヒルズの鬱蒼とした並木道を上る。涼しい風が吹きぬけるが結構な登りだ。日赤医療センターから右折、六本木通りへ出て高樹町地下横断歩道をくぐる。この辺りはかつて下渋谷村の内だが、家康入国直後から武家地となり、大部分は丹南藩高木氏賜邸だったそうだ。高木主水正の名から里俗に主水町、高木町と呼ばれていたそうだ。
何となくビカビカしない骨董通りを進み、青山通りを渡って左折。国連大学本部前のファーマーズマーケットをチラチラ眺めながら、こどもの城に到着。建物の中の椅子に陣取ってお楽しみ会を始める連中もいて、長い休憩になってしまった。
のんびり組を追い立てて再出発、坂を下ってキャットストリートに入り込む。ユニークなお店が続き、表参道を歩道橋で渡って再びキャットストリートを進む。はぁとぴあ原宿、ピンクのフラミンゴを見て熊野通りへ。外苑西通り(キラー通りと書いてあった)を渡り、熊野神社、高徳寺を過ぎスタジアム通りを左折、近代ボウリング発祥の地を見て、絵画館前を横切る。外苑総合グラウンドをぐるっと回って、深い緑の涼しいいちょう並木に到着、ABが揃い、クールダウン体操をして、解散した。
久方ぶりに全コース歩いたが、やっぱり過激すぎたようで、やっとの思いで辿り着いた感じ。満足感と疲労感が半々、青山1丁目駅が遠く感じた。 [KM 記]
5月29日(土)午前10時=約8㌔=
田端駅(受付)集合→田端操車場→平塚神社→地震の科学館(防災センター)→旧古河庭園→六義園→富士神社(休憩)→ギャラリーフェーマス→高源寺→旧安田楠雄邸→田端銀座商店街→大龍寺→東覚寺→田端文士記念館→田端駅解散
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旧古河庭園ではお屋敷をバックに真っ赤なバラの花が満開。
◎621回[緑あふれる街と寺社、文学の田端を歩く]
5月29日(土)午前10時=約8㌔=
メトロで行って西日暮里から歩こうかと思ったけど止めて、JRで行くことにする。田端駅北口を出て、いつもの通りJR東京支社ビルの前で受付、ビルの前でみんなを待つ。雲が空に広がって涼しい風が吹き、ウォーキングには絶好の天気だ。
10時46人が集合。会長が、嬉しそうに持ってきたDVDプレーヤーを鳴らし、体操を始めた。屋外では音が通らず第一体操だけしかできなくて、HWさんが続きの準備体操をやってくれた。
今日は自由歩行ということで、各自出発。新田端大橋を渡り左折して坂を下り、田端操駅(旧田端操車場)をぐるりと周る。尾久操車場への引込線があった。車坂跨線橋を渡って上中里駅を横目に、平塚神社の階段を望み本郷通りへ出る。平塚神社参道、地震の科学館(防災センター)を眺め信号を渡る。
西ヶ原交差点あたりに行列が出来ていたのは、旧古河庭園へ入るためのものだった。バラのシーズンで見物客が押し寄せたようだ。並んで団体割引50円で中に入る。薔薇はなんとなく少なくてちょっと寂しかった。
お茶を飲んで少し休み外に出る。本郷通りを南下。霜降橋、駒込駅を過ぎる。以前雨降りの中で集合したコンクリートの駅前広場は木々が伸び緑の公園になっていた。大国神社は改築工事中だった。六義園は素通りし、富士神社は裏から抜け、鉛筆の積まれたギャラリーフェーマスはガラス越しに眺め、吉祥寺で大仏様を見上げる。向丘2を左折し、初代松本幸四郎の墓がある栄松院、金ピカの観音様がおられる光源寺と巡る。入口に「水族館劇場」と書かれた看板が立ち鉄パイプと廃材が組み立てられた廃墟のようなのがあったが、野外テント公演をやっているそうな。「前売券あります」と手書きの案内が入口に貼ってあった。
駒込学園を過ぎて路地に入り込む。くにゃくにゃと裏道を進み、団子坂上からの明るい色のきれいな道に出た。この辺りは昭和40年頃まで駒込林町といったそうだ。雑木林の千駄木山の内で千駄木御林と称し上野寛永寺創建後は将軍家霊廟の材木を供給したそうだ。文京千駄木の郷の隣に旧安田楠雄邸があった。GNPの始めの頃の下見で、高村光太郎旧居跡を探しても見つからなかった路地が近くにあった。
ちょっと疲れを感じたので、田端銀座商店街、大龍寺、東覚寺、田端文士記念館は省略。田端駅に戻らず千駄木駅から帰宅することにした。
旧安田楠雄邸は玄関だけ見て前の道に入る。住宅の塀に溢れる薔薇を見て、須藤公園に入る。滝の上から下の池が見下ろせ、鬱蒼とした木々の隙間から小橋と赤いお宮が覗く。トイレと遊具があり、駅からすぐだし集合場所に使えそうだ。
千代田線千駄木駅2番出口から下りて帰宅。家に帰って食事にありつく。
5月22日(土)午前10時=約10㌔=
戸山公園スポーツセンター横集合→箱根山→穴八幡神社→早大正門→江戸川公園→新江戸川公園(休憩)→神田川→おとめ山公園→氷川神社→高田馬場公園解散→高田馬場駅徒歩3分
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神田川遊歩道を悠然と靴を履いて散歩する亀様。
◎620回[目白台・早稲田・落合](119回実施分利用)
=約10㌔=
5月22日(土)午前10時、戸山公園スポーツセンター横に集合したのは42人。意外に人が少なかったのは、いい季節を反映して海外旅行や宿泊旅行を楽しんでいるせいか。
初夏の爽やかさをそのまま表現したような今日の日和。空は雲ひとつなく紺碧の色合い。木々は若緑が徐々に深まっていくような雰囲気で眺めているだけで生気が漲ってくる。微風まで私たちを祝福するようにそよそよとまるで音がするようだ。
今日のコースは起伏に富み、坂が多い。まず箱根山。ここは都区内の最高地で標高48m.ただ頂上に立っても周りのビルから睥睨されて高さの実感が湧かない。
箱根山を下り、箱根山通に出て諏訪通を右折、穴八幡神社を見上げて早稲田通を渡り早大正門へ着く。大隈庭園を見学しようと思ったが、11時から開放と書いてあり、断念してコースに戻る。ガーデンハウス入口に阿吽の獅子が門を守っていた。
神田川に出て大滝橋を渡り、みんな元気に江戸川公園の階段を登っていった。ちょっと弱気の人は、上らずに後姿を見上げ、新江戸川公園へ川沿いに直行する人もいた。川沿いの道では台車(?)を曳いた人が歩いていた。「茶色の砂袋を乗せてるのかな」と思いながら近づいていくと、なんと一匹の亀!
台車のタイヤに見えたのは亀が履いていた(多分お手製らしい)赤いベルトで足首を締めた黒革の靴だった。体長70センチほどもある茶色の陸がめがゆったりとマイペースで歩いていた。噛み付いたりはしないんだろうな・・・。抱えたら重たそう・・・。
新江戸川公園に着くと、既にA班が休憩していた。入口が松聲閣側の木戸から大きい門に変っていた。大泉水へ流れ落ちるせせらぎですずめが水浴びし、花はキショウブ、ニホゼキショウ、カルミヤなどが咲き、深い木立から涼しい風が吹き、相変わらずステキな和風庭園だ。間もなくB班も到着、一緒に休憩する。
A班が出発し、B班も11時25分出発。
神田川に戻って豊橋、中之橋、みしま橋、面影橋を過ぎ、曙橋を渡り薄暗い緑道を進む。道が鋭角に曲ったら高戸橋を渡る都電の線路が見え、新目白通に出る。明治通を渡り高田橋を渡る。高田橋の下は高田馬場分水路があり、神田川が3本に見えた。
新目白通を進んでいくと、対岸に行列。始まりを探すと「ラーメン二郎」だった。
歩道に、ブラシの木が真っ赤に咲き、夏が近いのを知る。赤い花を眺め、ジョナサンの角から右折しておとめ山公園に入る。泉があり、池があり、小川があるこの公園では、今ザリガニ釣りが真っ盛り。しばらく眺めて頂上の見晴台で休憩。
この後、氷川神社横から新目白通を渡り、神田川を越え、早稲田通を横断。「この先行き止まり」の看板の先が高田馬場公園だった。静かな公園はGNP一同によって瞬く間に賑わい、珍しく一緒に整理体操をして解散し、揃って高田馬場駅へ向かった。
5月15日(土)午前10時=約12㌔=
高井戸駅→高井戸地域区民センター広場(受付・集合)→玉川上水→中川遊歩道→粕谷村地蔵尊→蘆花恒春園→桜上水駅北口解散
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杉並区「花咲かせ隊」の手入れできれいな花が花壇いっぱいに咲いていた。
◎第619回[玉川上水と蘆花恒春園の新緑を楽しむ]
5月15日(土)午前10時=約12㌔=
澄み切った青空に清々しい風、一年で一番快適な季節だ。高井戸駅に降り立ちウォーカーの流れに乗って歩道橋を渡り、階段を登って高井戸地域区民センター前の広場に到着。黄色のウィンドブレーカーの案内で京王の受付を済ませ、地図とカードを受取り、建物の日陰に陣取って仲間を待つ。既に4,5人が来ていた。
会報を配り、出席をとり、明日の下見グループへ地図を渡し、1回目下見の残りチームSK組へ下見・実施日程を延ばす相談をして了解を得る。
7月3日までの予定ができていること、夕涼みウォーク、今年1回も下見していない人は便乗して下見して、などを話し、HWさんに体操をお願いする。遅刻した会長が到着し、本日の出席者50人、自由歩行で出発する。私は高井戸から桜上水へ最短コースで行く予定で、グーグルの地図を用意した。
高井戸地域区民センターをぐるりと回って井の頭線を越え、神田川中の橋に突き当たって、コースでは右折するところを左折、魚の頭の車止めから左岸を下る。左手にこども発達センターという名の施設があったが、何をするところだろう。
流れに沿った石畳の遊歩道は気持ちよい。脇の畑にジャガイモの花が咲いていた。
神田川は井の頭池を水源とし、善福寺川、妙正寺川と合流し、約25キロ流れて隅田川へ注ぐ。杉並区「花咲かせ隊」の人たちがせっせと手入れしてきれいな花が花壇いっぱいに咲いていた。木陰も涼しく車も通らず、コースに使いたい道だ。
乙女橋緑地、堂ノ下橋と下り、塚山橋を渡って塚山公園に上る。高木、低木が新緑に光り、池の縁には黄と紫のショウブが満開、カメも甲羅干しをして静かな平和を感じる。案内図によると、古墳時代の復元住居があるそうだ。
また神田川に戻り、八幡橋、睦橋と進み、藤和緑地には竹林の道があった。川沿いに水の無い石畳の水路があり、張り紙によると、濾過装置が故障して今年は水を出せないのだそうだ。これから水遊びの季節になるのに、残念だな。
向陽中学を過ぎ、神田橋から右に曲って車道を歩く。細い道に通行量も多いのでウォーキングには向かない道。端に置いた段差石に躓いて転びそうになった。たった700メートルほどの距離で桜上水駅に着いたが、歩くのに苦労した。
駅北口の受付で完歩賞の液体部屋干しトップ2包入りとスタンプを貰い、解散。コーヒーを飲んで涼んでいると、間もなくA班が到着、「早いねー! 今日のはいいコースだったよ!」と自慢しきり。 [KM 記]
本来のコースは、中の橋から玉川上水緑道に入り、牟礼橋で緑道を離れ、水無川(中川・三鷹用水)遊歩道を歩く。粕谷村地蔵尊を眺め、蘆花恒春園で休憩。その後、松沢公園、桜上水公園を経て桜上水駅北口で解散するというもの。
5月8日(土)午前10時=約10㌔=
日暮里駅駅前広場(受付、集合)→尾久八幡神社→隅田川スーパー堤防→都立尾久の原公園→都電荒川線沿線のバラ→泊船軒→荒川自然公園(休憩)→日暮里繊維街→日暮里駅解散
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都電荒川線の沿線では地元の人たちが丹念にバラを育てていた。
◎618回[下町商店街とバラの街「あらかわ」めぐり]
=約10㌔=
5月8日(土)午前10時、日暮里駅前広場のJR受付を済ませ、集合したのは51人。簡単な打合せを済ませ、体操は省略してスタート。まず、尾久八幡神社に向かう。約1人、日暮里・舎人ライナーに乗車、熊野前で都電荒川線に乗り、宮ノ前で下車。八幡神社の創建ははっきりしないが、14世紀、上尾久、下尾久、船方三村の鎮守とされていた。
続いて隅田川スーパー堤防を眺めながら都立尾久の原公園に到着。旭電化尾久工場跡地に出来た湿地を保護し、多様な生物が生育できる環境づくりを目的に、平成5年に造成された都立公園。中央の池はトンボの生息地になっていた。
今度は南下して都電荒川線に沿って西進。沿線には、地元の人が丹精込めてバラを育て、140種13.000株のバラが色とりどりに咲いていた。
泊船軒というと何となく旅籠のようなものかと思ってしまうが、実はこれが、臨済宗妙心寺派の寺院。本堂の天井には小室翠雲作の「雲龍図」が描かれ、境内には太田道灌の故事による「山吹の塚」がある。
荒川自然公園に入り、やっと休憩。初夏の陽気で日陰が恋しい時期になり、小さな池では亀が首を伸ばして日向ぼっこ。交通公園や野草公園、昆虫観察園など施設が充実、数多くの来園者で賑わっていた。
荒川区役所と荒川公園が同居している中を通り抜け、荒川仲通商店街を縦断、尾竹橋通を南下。日暮里中央通で右折、日暮里繊維街に入る。ここは服地、附属品、繊維製品関係の店舗が約90軒並ぶ問屋街。国内有数の生地集積地として、アパレルメーカーから趣味で裁縫をする個人まで全国各地から多くの人が集まってくる。毎年11月には国際的なファッションショーも開かれ、アジア、欧米各国からも多くの観光客が訪れるエリアに成長している。ここでゴールの日暮里駅に到着。人ごみの中で解散した。
5月1日(土)午前10時=約9㌔=
蒲田駅西口広場集合→蓮沼駅→多摩堤通り→むさしにった商店街→新田神社→武蔵新田駅→大田区民プラザ(休憩)→六郷用水→さくら坂→丸子橋→多摩川浅間神社解散→東急多摩川駅
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破魔矢の始まりといわれる新田神社。
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コース図は実費でお分けします。メールで請求ください。宛先: taichiro.murata@gmail.com
第617回[初夏の多摩川散策と歴史めぐり]
=約9 ㌔=
5月1日(土)、5連休の初日の今日はカラッと晴れた五月晴れ。集合地の蒲田駅西口の大きな木の周りには多くの人が たむろしていて、GNPのメンバーを探してしまう。集合したのは57人。会長から来週の例会の説明を受けて、すぐ出発。
多摩堤通を東へ1km位ぐらい直進。矢口南を右に折れて、むさしにった商店街に入る。八百屋 雑貨屋 飲食店が雑然と並ぶなかに新田神社がある。南北朝時代に新田義興(新田義貞の次男)が味方を装った敵方に騙されて多摩川の矢口の渡しから舟に乗り、その舟が浸水し 矢を射かけられて、非業の死をとげる。その後 義興公の怨霊が騙した敵将の前に現れ、無念を晴らした、という。義興公の霊を慰めるために、村人達が新田大明神として、義興公が亡くなった1358年に新田神社を創建し崇め奉った、といわれている。江戸時代に入ると、平賀源内が歌舞伎や浄瑠璃の「神霊矢口渡」の題材とした。また破魔矢は新田神社から始まった、といわれている。江戸時代の末頃には神社社地の茶店で新田家家宝の『水破・兵破』の2本の矢にならい、「義興の矢」、矢守りとして2本セットで売られていたらしい。1本は奉納し1本を持ち帰り、厄除け開運、邪鬼退治を祈願した。それを平賀源内が新田神社の円墳(義興公の墓)にしか生えないという篠竹で矢守りを作り、新田家の旗印、白地に黒1本線の短冊をつけたのが、破魔矢の元祖と伝えられている=写真=。他にも大きな災害を乗り越えた樹齢700年の御神木の欅がある。木に触れると病気平癒や若返りなどのご利益がある。
さて、新田神社を後にして15分程歩くと下丸子駅そばの太田区民プラザに着く。小休止。続いて環八、多摩川堤通、鵜の木駅から線路沿いを歩き、ユキモーターズを直角に右折して西嶺浄苑に着く。続いて観蔵院裏手の六郷用水の遊歩道に入る。ここはせせらぎがあり、湧水も湧き清らかな水が流れている。湧水に鯉が泳ぎ、かわいいオタマジャクシも見た。五分咲きのツツジを見、密蔵院の高い塀の新緑の向こうからウグイスの高い声が私達をおどろかせ、また喜ばせてくれた。5月の爽やかな風も吹いて来る。六郷用水は1597年から14年かけて、多摩川を水源とし世田谷領と六郷領(現、狛江市から大田区)に至る用水路を作った。主に農業用水として供給され、全長30km灌漑面積1500ha、50ヶ村の村々が以後300年余の間恩恵を受けたといわれている。現在は暗渠となり、鵜の木駅付近から多摩川駅まで2.14kmが遊歩道になっている。わたしたちは沼部駅近くの東光院まで歩き、東光院門前を右折してゆるやかなさくら坂を登る。
さくら坂信号で左折し、まっすぐ田園調布せせらぎ公園を目指し ひたすら歩く。公園の入口では少年達が野球の練習をしている。樹木に覆われ、ひんやりとした急坂の道を下り、整備された緑のある静かな公園の一角で解散した。 [YC 記]
4月24日(土)午前10時=約10㌔=
東盛公園(日比谷線・三ノ輪駅3番出口徒歩7分)集合→一葉記念館→飛不動→入谷鬼子母神→小野照崎神社→円光寺→ねぎし三平堂→書道博物館→子規庵→凌雲橋→寛永寺霊園→(篤姫墓)→寛永寺→東京都美術館→上野動物園正門前(休憩)→時の鐘→上野大仏→五條天神社→不忍池弁天堂→境稲荷神社→暗闇坂→弥生美術館→弥生坂→弥生土器発掘ゆかりの地碑→異人坂→お化け階段→根津神社解散
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写真は上野公園の青々とした桜青葉。お日様に映えて初夏を感じさせる。

コース図は実費でお分けします。メールで請求ください。宛先: taichiro.murata@gmail.com
◎第616回[上野の山・下谷巡り=約10㌔=
4月24日(土)午前10時、東盛公園に集合したのは、53人。2月の気候と5月の気候が変わりばんこにやってくる4月の気候。何しろ、1日違いで15℃も変化する気温にはなかなかついていけない。今日はそのうち快晴で暖かい1日。豊満な八重桜の花の下で打合せの後、しっかり体操をしてスタートした。
新装成った一葉記念館も3年余り経ってすっかり落ち着いた雰囲気。中には入らなかったが、竜泉地区のシンボルになっている。飛不動、鷲神社、弁天院公園と巡り、入谷地区に入る。向うに見える入谷鬼子母神は1659年に創建された安産と子育ての神といわれ、他人の子を奪って食べた夜叉鬼子母神が、お釈迦様の戒めに改心し善神となったもの。毎月8日、18日、28日が祈祷日で、7月6日~8日は朝顔市で賑わう。
つづいて、小野照崎神社、円光寺、ねぎし三平堂、書道博物館と歩き、。「坂の上の雲」で有名になった子規庵に着く。
正岡子規は、明治27年この地に移り、故郷松山より母と妹を呼び寄せ、子規庵を病室兼書斎と句会歌会の場として、多くの友人、門弟に支えられながら俳句や短歌の革新に邁進した子規没後も、子規庵には母と妹が住み、句会、歌会の世話をつづけたが老朽化と大正12年の関東大震災の影響により 昭和元年に解体、旧材による重修工事を行った。昭和2年、母八重(83歳)没。同年7月子規の遺品や遺墨等を保管するため土蔵(子規文庫)建設に着工。昭和3年、子規門弟を中心とする子規庵維持保存会が財団法人子規庵保存会として認可され、初代理事長には正岡律が就任した。昭和16年妹律(71歳)没後、同20年4月14日の空襲により子規庵は焼失。幸い土蔵は残り貴重な遺品が後世に残された。現在の子規庵は昭和25年高弟、寒川鼠骨等の努力で再建され、同27年東京都文化史蹟に指定されて現在に至っている。
ケバいホテル街を抜け、言問通りの下をくぐり、鶯谷駅北口前から細い路地へ入り元三島神社を仰ぐ。凌雲橋を渡り、寛永寺霊園、寛永寺、東京都美術館の裏を通り、上野動物園正門前で休憩した。上野公園の桜はわずかに八重桜が残っているだけで、青々とした桜青葉。お日様に映えて初夏を感じさせる。
時の鐘、上野大仏、五條天神社を散策。不忍池に入り、弁天堂を抜け、境稲荷神社から暗闇坂を通る。建物としても素晴らしい弥生美術館を眺め、左折して「弥生土器発掘ゆかりの地碑」を眺め左折。異人坂からお化け階段を下り根津神社に入る。根津神社では恒例のツツジまつり。少し早いせいか5分咲きという感じ。それでも人出が多くごった返す中で解散した。
4月17日(土)午前10時=約13㌔=
飛田給駅受付(集合)→調布市郷土博物館(無料)→多摩川沿い→染地せせらぎ散歩道→深大寺自然広場→深大寺(休憩)→鬼太郎茶屋→布田天神社→天神通り→調布駅解散
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天神通商店街は水木ワールドの世界。ゲゲゲの鬼太郎はじめ妖怪たちがあちこちに屯している。
◎615回[春風に吹かれて調布市内を歩く]
=約13㌔=
4月17日(土)午前10時、飛田給駅の受付に集合したのは、44人。最近では少ない人数だったのは天候不良のため。4月も半ば過ぎたというのに、雪が降る東京。45年ぶりとのこと。風は吹くし、霙交じりの雨は冷たい。急遽冬支度で集合。手袋やマフラーも着用した。ところが、出発時間には天候が回復。青空が見え始め、雨具は無用の長物になってきた。簡単な打合せを駅前で行い、体操は省略してスタート。
まず、上石原若宮八幡神社に立ち寄った。「若宮八幡」の名は応神天皇の御子、仁徳天皇が祀られているところからきているとのこと。続いて調布市郷土博物館に入る。ここには、市内の遺跡出土の土器や石器などの考古資料、江戸時代の村絵図や古文書、明治時代以降の教科書、古写真、太平洋戦争関係資料などの歴史資料、多摩川に生息する魚類の剥製など自然その他の資料、郷土ゆかりの美術資料など多彩な展示物が置かれている。
今度は京王フローラルガーデン・アンジェ。今の時期、花の豪華さ、香り、豊かな花色で人気のマグノリアが楽しめるとのこと。マグノリアとは木蓮や辛夷などの花木の総称とのこと。多摩川沿いを多摩川市民広場まで直進。ここで右折して染地せせらぎの散歩道に入る。
つづいて野川沿いを歩いて、深大寺自然広場を越え、中央高速道をくぐり、深大寺で休憩した。この門前に鬼太郎茶屋があり、水木ワールドが再現されている。この2階には妖怪ギャラリーがあり、水木さんの紹介、妖怪フィギュア、著作、境港市紹介などがある。
ゴール近くの布田天神社は、多摩地方有数の古社といわれ、社伝では垂仁天皇の治世に創建されたとされる。ここから調布駅までの間が天神通り商店街。「ゲゲゲの鬼太郎」の著者水木しげる氏の事務所が近くにある縁で通りには鬼太郎、子泣き爺、ぬりかべ、一反木綿、猫娘、ネズミ男などの像が置かれ、おりから放映されているNHKの「ゲゲゲの女房」にあやかって、一大ブームが起こっている。
ゴールの調布駅に到着。無事解散した。
4月10日(土)午前10時=約9㌔=
西日暮里駅集合→藍染川通→都電町屋2丁目→尾久の原公園(休憩)→扇大橋→桜並木→西新井橋→北千住駅解散
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枝垂桜がすっかり満開になった尾久の原公園
◎第614回[荒川の桜] =約9㌔=
4月10日(土)午前10時、西日暮里公園に集合したのは55人。駅前にある公園なのだが、ここにたどり着くには階段か急坂を上らなくてはならない。たった2分ぐらいのことだが、息が切れる。
桜吹雪の花びらに覆われた園内で打合せ、それに第1四半期12回の皆勤賞を手渡した。今回はL版の小さな賞状もつけたが、意外に好評。しばらくは続ける予定。体操の後、スタート。
藍染川通、都電町屋2丁目を経て尾久の原公園に行くことになっているが、日暮里・舎人ライナー西日暮里駅で乗車、熊野前駅で下車。直接、尾久の原公園に向かう。のんびり右左を眺めながらゆっくり公園に到着すると殆ど同時にA班グループも到着。いっしょに休憩した。
未だ若々しいが、枝垂桜がすっかり満開。園内一杯に広がる桜並木は、今後、名所になることは必定。10年後の姿を想像していると、私が車椅子に乗ることになり、その介護者まで選定された。
扇大橋で隅田川と荒川を渡り、北詰で右折、荒川堤を歩く。この堤には明治の中期からサトザクラが植えられ、桜並木として名所となる。ソメイヨシノよりも開花時期が遅く、しかも開花期間が長い。これからがシーズンのようだが、すでに満開のものもあり、そぞろ歩きで楽しむには絶好の季節だ。コースはここから西新井橋を渡り、北千住駅に向かうことになっているが、足立六中入口バス停からバスに乗車、北千住駅で皆を待つことにした。
なお、A班グループは「虹の広場」まで足を伸ばし、7色のチューリップが整然と植えつけられ、虹をイメージしている様子に歓声を上げた。
4月3日(土)午前10時=約12㌔=
中野駅北口受付→紅葉山公園(集合)→東中野氷川神社→神田川沿い桜並木→新井薬師→新井薬師公園→哲学堂公園(休憩)→百観音明治寺→法務省矯正研修所東京支所→薬師あいロード商店街→中野ブロードウェイ商店街→中野サンモール商店街→中野駅解散
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◎第613回B[春を求めて中野さくらウォーク]
中野駅北口を出て今年度最初の駅からハイキングの受付をして、北口に回り線路沿いに進み、なかのZERO手前から右折し、紅葉山公園へ入る。機関車の広場に49人が集合、HWさんのリードで体操して自由歩行で出発する。
岩の庭園の紅葉橋を渡り、文化センターの建物をバックに薄ピンクのしだれ桜を見下ろし、もみじ山通りへ右折。三味線橋からきれいに整えられた桃園川緑道に入り、堀越学園、実践学園を裏から見て山手通りの信号を渡り、大久保通りを行く。東中野の氷川神社は行ったことがなかったので寄ってみる。神輿蔵や大木のうろがあり、1030年大宮の氷川神社から勧請したという古い神社とのこと。
末広橋から神田川沿いを北上、桜並木の遊歩道を進む。夕べまでの寒さはどこへやら、明るい日差しの中一斉に開いた桜の花=写真=を、老若男女、大勢の人たちがパチパチ写している。日本人は本当に桜が好きなんだなと思う。神田川の流れもきれいで、平和を実感する。中央線の線路をくぐって左折、ユニゾンタワーを回って東中野駅に突き当たり右折、山手通りの信号を渡る。山手通りの地下は高速道路が通っていて、3月28日に大橋ジャンクションで首都高3号渋谷線の高架と繋がったというが、白くて高い首都高の排気塔が中央分離帯に点々と見えた。
桜川橋から中央線を眺めると、ピンクの桜と黄色の菜の花が線路南面に延々と続いていた。橋の手すりはプラスティックで全面塞がれ、透明とはいっても白内障のように煙って見難い。背伸びしてカメラだけ出して写したが、うまく撮れなかった。線路沿いを歩き、明大中野を過ぎて歩道橋があったので、上がって桜並木の線路を眺める。
黄色い案内人の右折の指示を無視して文園通りに入り、新井薬師、新井薬師公園、哲学堂公園、百観音明治寺、法務省矯正研修所東京支所、薬師あいロード商店街、中野ブロードウェイ商店街は省略。北野神社におまいりして中野サンモール商店街へ直行、コースに合流して中野駅に到着、天然水とバッジなどの袋をいただき解散した。 [KM記]
4月3日(土)午前9時=約11㌔=
南北線後楽園駅集合→播磨坂桜並木→六義園→湯島天満宮→日本サッカーミュージアム→南北線後楽園駅解散
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◎第613回A[春と歴史のかおる下町さんぽみち]
=約11㌔=
4月3日(土)午前9時、南北線後楽園駅に集合したのは、6人。コース図によると播磨坂桜並木、六義園、湯島天満宮、日本サッカーミュージアム、と巡り、スタートの南北線後楽園駅に戻ることになっている。参加者が少なかったので、これを下見コースと考え、今後の例会に役立てることにした。
コース図の取得だけで、実際の下見をしたことにして、花見を兼ねて猿江恩賜公園に向かい、満開の桜を鑑賞。どこからでも見ることの出来るスカイツリーをここでも楽しんだ。写真は花見客が所嫌わず、敷物を開き宴会は酣。日本一になったスカイツリーも花を添えている。 [TM記]
3月28日(日)午前10時=約12㌔=
蒲田駅中央改札NEWDAYS前受付(集合)→多摩川大橋→ガス橋→丸子橋→多摩川台公園(休憩)→浅間神社→さくら坂→六郷用水→新田神社→蒲田駅解散
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3月28日午前10時、蒲田駅中央改札NEWDAYS前で受付、6人が集って相談。
JRのコース地図には14.1キロと長いので、半分に短縮する工夫を考え、今後の下見コースとして歩く。ゴールを多摩川駅とし、後半のコースを逆行してみようということで、蒲田駅から出発。進む方向が分かるのに時間がかかった。途中、何度もJRの案内人や向うから来るウォーカーに怪訝な顔で尋ねられ、その都度「逆に歩いているんです。」と答えた。
3月27日(土)午前10時=約7㌔=
大井町駅中央改札口受付(集合)→品川神社→養願寺→一心寺→荏原神社→品川寺→八潮橋(休憩)→大井ふ頭緑道公園→大井ふ頭中央海浜公園→東京モノレール大井競馬場前駅解散
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◎第612回[旧東海道から京浜運河沿いの緑道公園を歩く]
=約9㌔=
3月27日、大井町駅中央改札口を出て受付、アトレから品川区総合区民会館「きゅりあん」へ繋がる広場に10時、53人が集合。次回はABのどちらに参加するか聞き、体操は省略して出発、長いスロープを下る。東口信号を渡り大井銀座商店街へ曲り、浅間台公園を過ぎ、ゼームス坂を下る。
白い塀から枝垂桜があふれている天龍寺の境内に入ると、白い舗装の庭に、ピンクの枝垂桜、朱色のミツマタ、白いこぶし、アセビなどが咲きそろい、別世界のよう。国道15号線を左折するのを忘れ京急線ガードを過ぎて曲る。戻るのも嫌なのでそのまま荏原神社へ向かう。品川神社、養願寺、一心寺を回ってきた仲間と合流、鳥居の脇の恵比寿さんにご挨拶する。旧東海道へ出て、品川寺のお地蔵様を見上げ、鮫洲公園でトイレ休憩。八潮橋のスロープをくるくる3回転して上ると、穏やかな京浜運河上を行くモノレールや荷物船が一望できる=写真=。
八潮橋を渡り、何度も通った京浜運河緑道公園でなく、今日は大井ふ頭緑道公園に入る。堤を見上ると黄色い大木が聳えていたが、ミモザの花らしい。湾岸道路と八潮パークタウンの境にある大井ふ頭中央海浜公園は「海の自然を回復し、水辺に親しみながら、スポーツやレクリエーションが楽しめるように作られた海上公園の一つ」とのこと。林の中の土の道と雨が溜まった小川や池が、元からあった自然のように感じられ、埋立地というのが嘘のように思える。大井中央陸橋をくぐり、陸上競技場を過ぎて大井ふ頭中央海浜公園へ入ると、二、三分咲きの桜並木、ほんのり緑の柳の木、金網越しに野球に励む少年達の姿があり、ゆったり時が流れている。でっかい大田スタジアムの前に、金網に囲まれたせせらぎの森があったので入ってみる。整備前からあった水溜りを利用した自然池に歩道が作られ、枯れた葦と真っ白な雪柳が同居していた。
スタジアム前は佐川急便の倉庫と駐車ビルが壁のように建っていた。臨海斎場前の信号を渡り、新平和橋手前から、また大井ふ頭中央海浜公園へ入る。京浜運河に沿って北上、夕やけなぎさの入り江からモノレールを眺め、観察小屋、工事中の管理事務所、なぎさの森を過ぎ、勝島橋を渡る。
会報に約7キロとあったが、やたら足が疲れている。地図をよく見ると8.6キロと書いてあった。なるほど、体は正直だ。だが、旧東海道と長く続く遊歩道はいいコースだった。
東京モノレール大井競馬場前駅に到着、解散する。モノレールを待っているホームでほんわか漂ってきた匂いは、すぐ横に競馬場の厩舎があるせいなのだろう。(KM記)
3月21日(日)午前10時=約12㌔=
渋谷駅南改札口受付(集合)→表参道→キャットストリート→電力館→明治神宮→代々木公園(休憩)→スペイン坂→鍋島松涛公園→西郷山公園→代官山→氷川神社→金王八幡宮→渋谷駅解散
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東京ミッドタウンの約120㎡の芝生一面に敷き詰められた和紙で作られた芝桜。
◎番外[渋谷駅開業125周年最先端の街・渋谷を再発見]
3月21日(日)午前10時、渋谷駅南改札口受付に集合したのは、5人。好天に恵まれ、表参道、キャットストリート、電力館、明治神宮、代々木公園、スペイン坂、鍋島松涛公園、西郷山公園、代官山、氷川神社、金王八幡宮と回り渋谷駅に戻り解散する約12㌔のコース。殆どを省略して六本木の東京ミッドタウンのガーデンに直行。和紙で作られた芝桜を見学。約120㎡の芝生一面に敷き詰められた芝桜は雨にも耐えられるように特殊加工されていた。
平成22年3月20日(土)午前10時=約12㌔=
高尾山口駅受付(集合)→多摩森林科学園→豊受姫尊稲荷→八王子城址跡→出羽山公園→船山運動公園→遺跡公園(休憩)→真覚寺→万葉公園→めじろ台駅解散
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川の土手に一本だけ満開に咲く桜
◎第611回B[裏高尾の山里に早春を訪ねて]
3月20日(土)午前10時、高尾山口駅受付を済ませ集合したのは、6人。多摩森林科学園、豊受姫尊稲荷、八王子城址跡、出羽山公園、船山運動公園、遺跡公園、真覚寺、万葉公園、めじろ台駅で解散する約12㌔のコース。
京王ウォーク参加してきました。白梅・紅梅・コブシ等花いっぱい、天気良好で気持ち良く歩きました。川の土手に一本だけ満開の桜が咲いていました。 [MO記]
3月20日(土)午前10時=約12㌔=
元町公園集合→壱岐坂下→菊坂→本郷3丁目→御霊神社→湯島天神→上野公園水上音楽堂(休憩)→無縁坂→竜岡門→三四郎池→東大正門→本郷館→こんにゃくえんま→竹早公園解散
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春を迎えようとしている東京大学安田講堂
◎第611回A[本郷、後楽園](第109回実施分利用)
3月20日、水道橋駅を降りると袴姿がちらほら、若い人たちがいっぱいだった。外堀通りお茶の水坂を上り、元町公園に到着。午前10時45人が集合。打合せ体操を済ませて、暖かい日差しの中、出発する。建部坂、壱岐坂下、新坂の階段を上り、春日通へ出て、菊坂、本郷3丁目と回り、本郷座跡を曲り、御霊神社を抜け、清水坂を左折、湯島天神へ突き当たる。絵馬がどっさり掛けてあるのを眺め女坂を降りて不忍池水上音楽堂で休憩する。水面に茂る蓮の枯れ葉は誰が片付けるのだろうか。ピンクの桜花と黄緑の柳が美しい。A班に続きB班も再出発し、無縁坂を上り、初めて鉄門から東大に入る。駐車場入口の脇から三四郎池を巡り、安田講堂を眺めて東大正門を出る。路地に入り、三角形の交差点を右に進み、木造三階建の本郷館を眺める。中に人の姿があり、今でも住んでいる人が居た。地震は大丈夫なのか、気になる。菊坂下を過ぎ白山通りを越えて源覚寺のこんにゃくえんまを覗き、千川通りを進む。小石川植物園前から播磨坂を上る。文京さくらまつりの提灯が連なる中、黄梅が咲く緑道を通り、竹早公園に到着、体操をして解散した。快い汗をかいた。茗荷谷から帰宅する。[KM記]
3月13日(土)午前10時=約12㌔=
江戸川公園集合→小日向神社→筑土八幡神社→神楽坂→市谷亀岡八幡宮(休憩)→市谷駐屯地→市谷柳町→宝竜寺坂→矢来公園解散→矢来能楽堂→神楽坂駅
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矢来公園ではなぜだか、リスの親子が迎えてくれた。
◎第610回[神楽坂・市谷](第111回実施分利用)
=約9㌔=
このところ土曜日毎に雨が続いたが、今日は久しぶりに晴れ、吹く風も爽やかで初夏を感じる。江戸川公園入口の寒緋桜にめじろが一羽、せわしなく食事中。会長が前日、黙々と四字熟語を編集していたが、これがホワイトデーのチョコに利用されるとは思ってもいなかった。
3月13日(土)午前10時、53人が集合、来週はABに分かれるので、京王に参加する人は連絡するようになど伝達し、軽装になって、体操し出発する。
音羽通りの信号を渡り、急な鷺坂を登る。この坂上の高台は徳川幕府の老中職を勤めた久世大和守の下屋敷のあったところで「久世山」と呼ばれており、大正以降住宅地になり堀口大学、三好達治、佐藤春夫らによって山城国の久世の鷺坂と結びつけた坂名「鷺坂」が世人に受け入れられてきたとのこと。真っ白なこぶしが青空に光っていた。
大日坂を突ききり、細い石段を上り右折、石段を下って脇から小日向神社を抜け服部坂を下り、古川橋で神田川を渡る。石切橋で目白通りを渡り水道町信号を左折、直進して細い路地へ入り右折。くにゃくにゃと曲って筑土八幡神社に裏から入る。本多通りを上がり神楽坂へ出て、左折のところをB班は右折して善国寺へ曲る。牛込城跡の光照寺を過ぎ、中町公園へ。コース通り歩いたA班もほどなく到着し一緒に休憩する。
この公園の地下は雨水貯留・浸透施設になっている。宮城道雄記念館は工事中で幕がかかっていた。
牛込中央通を左折し、払方町の二又を右へ進み、江戸三大仇討の一つ、浄瑠璃坂の仇討が行われたという浄瑠璃坂を下る。外堀通りに出て右折、市谷見附を過ぎて亀岡八幡宮の急な階段を登る。灯篭に亀甲の模様があった。裏へ通り抜け、右近坂のビルで衣類のバーゲンをしているのを見て、防衛省自衛隊東京地方協力本部を過ぎ、ジャイカ、お札と切手の博物館を過ぎ、市谷仲之町を右折、工事中で道幅がでこぼこしている道路を進み、大久保通の市谷柳町を過ぎ、宝竜寺坂を上る。
林氏墓地辺りは電話工事中で狭い路地がもっと狭くなっていた。牛込一中を曲り北上すると、矢来公園に到着。ここは若狭国小浜藩邸跡で、杉田玄白もこの屋敷内で生まれたそうだ。今日は高低のあるコースで結構疲れた。
皆さん、体操もなしで解散、瞬く間に公園から人影が消えた。矢来能楽堂を回ってそれぞれ東西線神楽坂駅、大江戸線牛込神楽坂駅、JR飯田橋駅へ向かった模様。 [KM記]
3月6日(土)午前10時=約10㌔=
飯田駅東口受付→東京大神宮集合→筑土八幡神社→神楽坂・善国寺→東京理科大近代科学資料館→宮城道雄記念館→お札と切手の博物館→靖国神社遊就館(休憩)→イギリス大使館通り→日本カメラ博物館→外濠公園遊歩道→市ヶ谷駅解散
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写真は縁結びにご利益のある東京大神宮
◎第609回[飯田橋から市ヶ谷へ 大使館街を歩く]
=約10㌔=
3月6日(土)飯田橋駅東口で受付を済ませた53人は、午前10時、東京大神宮に集合した。
「東京のお伊勢さま」といわれて親しまれているこの神社、明治13年に伊勢神宮の遥拝殿として日比谷に創建されたもので、昭和3年に現在地に移転したとのこと。神前結婚式創始の神社とされ、神前結婚が意外に新しいものだとわかった。そんなことで、縁結びにご利益があるということで、この日も大勢の若いカップルが神前で手を合わせていた。
小雨が降り、寒々としたこういう日、九州では「シロシイ!」という。簡単な打合せを行い、体操は省略してスタート。約1200年前の創建といわれ、東京では意外に古い筑土八幡神社、先日立ち寄った日蓮宗池上本門寺の末寺である神楽坂・善国寺と回る。
明治39年に旧東京物理学校が建築した木造2階建て校舎を復元した東京理科大近代科学資料館を見学。ここには江戸時代の和算家、関孝和の和算書や算木、そろばんから現代のコンピュータまで計算機の歴史が展示され、数学が江戸時代から世界的なレベルに達していたことが如実に分かる。
宮城道雄記念館、お札と切手の博物館と歩き、靖国神社遊就館で休憩。
靖国神社は明治2年、東京招魂社として創建。幕末から第2次世界大戦までの間、国を守るために亡くなった約246万柱の英霊を祀っている。遊就館には遺書や遺品、「ゼロ戦」など戦争に関する資料などが展示されていた。
つづいてイギリス大使館通り、日本カメラ博物館、外濠公園遊歩道を歩いた。外濠公園は、江戸城の外濠である牛込濠、新見付濠、市ヶ谷濠に沿って、JR飯田橋駅から市ヶ谷駅、四ッ谷駅まで約2キロにわたる公園で、春は桜の名所として知られ賑わうが、今日の寒空では、ウォーキング仲間以外は殆ど見当たらず春景色には程遠かった。
市ヶ谷駅で解散した。
2月27日(土)午前10時=約11㌔=
◎第608回B「坂のまち、麻布界隈から東京タワーへ!」。
2月27日(土)9時、南北線麻布十番駅に集合したのは28人。コースは麻布十番商店街、仙台坂、有栖川宮記念公園、天現寺橋、プラチナストリート、八芳園、明治学園、清正公前、魚藍坂下、泉岳寺、札の辻、慶応大学、東京タワー、飯倉と回遊して麻布十番駅に戻る約11㌔。雨中のウォーキングは、景色を満喫するわけにも行かず、意外に苦しい。
2月27日(土)午前10時=約12㌔=
池袋駅メトロポリタン口受付→池袋西口公園(ふくろう)・集合→御嶽神社(ふくろう)→谷端川緑道→旧江戸川乱歩邸(外観)→西池袋公園→元池袋史跡公園(みみずく)(休憩)→サンシャインシティ→大塚台公園→天祖神社→雑司が谷→豊島みみずく資料館→鬼子母神→目白駅解散
◎第608回A[ふくろうとみみずくの街、池袋を歩く]
池袋駅でぐるぐる回って記憶にあるエスカレーターを上り、やっとメトロポリタン口に着いて受付。ようやく集合場所の池袋西口公園に到着した。入口に獅子か人間か分らない狛犬が迎えてくれた。傘を差して会報を配り、明日下見はしないことを連絡、体操は省略して雨の中、20人が出発する。まだ来ない人を10分過ぎまで待って私も後を追う。
西口公園前を右折。池袋二丁目交差点から、ごみ焼却場のエントツが雲に突っこんでいるのを見あげる。案内係に導かれファミリーマートを左折、駐車場の向うの白いこぶしの花を眺め、また案内係の誘導で左折、御嶽神社に脇からお参りする。お神輿蔵、並んだ赤い鳥居、ふくろうの親子を眺め、表の鳥居をくぐる。表の道は長い空地が続き、どうやら道路になるようだ。高速道路手前、御嶽橋を左折、谷端川緑道に入る。煉瓦の遊歩道には梅、ボケの花が咲き、つつじの植込みが続く。要町通りに出て左折、祥雲寺でかわいいふくろうに挨拶して光文社の前を右折、「借地借家相談室」って何だろうと考えながら、整った並木道を歩く。立教大学に気をとられ旧江戸川乱歩邸には気が付かなかった。「蔦の絡ま~るチャペルで・・・」と口ずさみながら、立教の正門や建物を眺め、西池袋公園に入る。冷たい雨の降る水溜りに5羽の鳩が浸かって行水していた。思わずこちらが寒くなって身震いしてしまった。
元池袋史跡公園のみみずく達を横目に、メトロポリタン口の横を下りて、山手線、埼京線、西武池袋線の下の長い地下道をくぐり地上へ出る。地下道を見下ろすと「冠水注意」の看板があった。大雨の時こんなところで車が水没したんだ・・・と思った。
南池袋1の信号を渡り、東口五差路から有楽町線の上を進む。サンシャインシティへ向かう新しい道路へ左折、ちょっと近道して造幣局に沿い坂を下って都電を渡る。雑司が谷霊園を掠め、また都電を渡って東(あずま)通りを進む。サンシャインに向かう計画中の道路用地に古びた蔵が残っていたのが寂しげだった。南池袋小学校で「豊島みみずく資料館」が公開中だったので見学する。みみずくの耳は羽角と言って耳じゃないんだって。
東通りで案内人に指示されて曲った道は、鬼子母神へ行くのに何回か通ったことがある法明寺の裏道だった。門の中の石塔の上の字、山に8が2個入っているのが読めない。幽頸なのかな・・・。
表に抜けて雑司が谷鬼子母神に着く。薄暗くて鬼子母神の鬼に角が無いかどうか確認できなかった。2羽のみみずくのベンチと3羽の子ふくろうが居た。
明治通へ出て千登勢橋下で渡り、上の目白通に上がる。学習院大のしっとりした佇まいを眺め、目白駅に到着、解散する。雨は降っていたが、びちょびちょにはならずに歩けた。でも雨の日はメランコリーになってしまうな。
2月20日(土)午前10時=約9㌔=
上野駅入谷改札口受付→不忍池弁天堂(集合)→根津神社→団子坂→円乗寺→新坂→菊坂→東大赤門前→壱岐坂上→傘谷坂→湯島天満宮(休憩)→無縁坂→下町風俗資料館→アメヤ横丁→上野駅解散
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ボートが繋がれた不忍池には色んな鳥達がのんびり休んでいた。
◎第607回[上野周辺坂巡りウォーキングと湯島天神梅祭り]
=約11㌔=
2月20日(土)、JR山手線の上野駅少し手前で停止信号が出たとかで停車、集合時間午前10時に遅れそうで走りたくなる。入谷改札口を出て受付、ブラスバンドの演奏を気にしながら上野公園へ向かう。「時忘れじの塔」を見て、何の時だろうなどと考えながら、京都にそっくりの「清水観音堂」を抜けて不忍池へ降りる。
弁天堂脇には既にみんなが集まっていて、先行した会長が慌てて会報を配っていた。47人が集合、27日「東京まちあるき」の当選葉書8枚を受け取り、JR池袋に参加する人が20人ほどあることを確認し、体操は省略して青空の下、弁天堂の回廊をくぐって出発する。
不忍池の半分は一面茶色の蓮に覆われ、ボートが繋がれた池は色んな鳥達がのんびり休んでいた。積み木のようなホテルは無くなり、高層ビルが2本建築中だった。北側の池は水上動物園専用で網の中だった。
不忍通りを大勢のウォーカーが北上し追越禁止状態なので、根津1丁目を過ぎて裏道を歩いたが、曲り遅れて不忍通に出てしまった。また流れに乗って根津神社にお参りする。神社の手前に日本医科大学大学院が出来ていた。団子坂、円乗寺、新坂、菊坂、東大赤門前、壱岐坂上、傘谷坂、湯島天満宮は省略。
赤い大鳥居をくぐり、白梅を楽しみ、池の鯉と亀さん達を眺め、お手洗いに寄って、お化け階段へUターンした。階段は広く明るくきれいになって、何だかつまらない。古い雰囲気の異人坂を下り弥生坂(言問通)へ出て信号を渡ると「弥生式土器発掘ゆかりの地」の石碑が建っていた。暗闇坂へ曲り、東大弥生門を過ぎると弥生美術館、4階建ての煉瓦造りでしっとりした雰囲気。いい感じの木立を透かして屋根の尖塔が見えた。鹿野氏邸の築地塀にはさしえ画家高畠華宵の記念碑が飾られ、竹久夢二記念館に続き、暗闇坂は大正ロマンを感じる坂だった。
東大入口の門のそばに、忍ヶ岡(上野台地)と向ヶ岡(本郷台地)の境であることに由来した「境稲荷神社」と義経が奥州に向かう途中弁慶が見つけた「弁慶鏡ヶ井戸」の石碑が建っていた。
無縁坂からコースに戻り、不忍池の水上音楽堂に着き、またまた下町風俗資料館、アメヤ横丁も省略して、勝手に解散し、1時間に1本しかないバスにうまく乗れて帰宅した。 [KM記]
(第106回実施分利用)
2月13日(土)午前10時=約10㌔=
明治神宮一の鳥居前(千代田線明治神宮前駅3番出口徒歩2分)集合→代々木公園(体操)→公園一周→NHKスタジオパーク→めがね博物館→スイス大使館公邸→鍋島松涛公園→日本近代文学館(休憩)→駒場東大駅前→セントラル病院→神泉駅→道玄坂交番→渋谷駅ハチ公前解散
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寒々とした冬の代々木公園
◎第606回[明治神宮から駒場](第106回実施分利用)=約10㌔=
2月13日(土)玄関を出ると何か空から落ちてくる。雨でもなく、雪でもないよう。天気予報で夕方から雨と言っていたが、早まったのかもしれない。とに角、集合場所へ向かう。9時半、明治神宮駅の2番出口そばのエレベーターで神宮橋へ出る。すでに二人来ていた。雨の降らない場所はないかと一の鳥居辺りを歩いてみたが、屋根のあるところはない。幸い、このくらいの雨では、こんもり茂った木の下は濡れないようだ。鳥居脇の立て札の辺りに集まることにする。屯していると何か言われるか、と心配しつつ。
10時、明治神宮一の鳥居前に52人が集合、会長の挨拶のあと体操は省略して傘を差して出発する。A班、MNさん、B班、KYさん、MNさん、C班、FIさん代理HIさんの先導で歩き始める。代々木公園原宿門への通路は整備工事中で、門の際から代々木公園一周に入る。薄暗く肌寒い空の下、カラスが目立つ園内は、学生や視覚障害者とペアで走っている人達がマラソンに励んでいた。池の噴水が淋しそうに佇んでいたが、歩いている我々は、ほっかほっかしていた。
バラ園から歩道橋に上る。左右の柱に赤と青の大きな絵があったが前からあったのかな? 歩道橋の下の道路に警察の車がずらーっと並んでいたが何の警備だろうか? NHKの前にはバンクーバー冬季オリンピックの中継を見せるらしい巨大テレビ画面があった。CCレモンホール、勤労福祉会館前を過ぎ右へ入る。氷の文字のそばに鉢植えが置いてあるなと思ったら、急に動き出しびっくりした。葉っぱを着た人間だった。シネマライズ前を左に下ると、派手な狭い路地。文化村通に出て道玄坂2丁目信号を渡る。めがね博物館は分らなかった。松涛郵便局前を右折、スイス大使館公邸は不明。観世能楽堂に突き当たり左折。戸栗美術館、鍋島松涛公園を横目に見て 山手通りを右折、駒場東大に沿って上原2丁目を左折する。
瀟洒な邸宅に見とれながら駒場通りを進み、右に入ると駒場公園に到着。日本近代文学館、和館、旧前田公爵邸を眺め、芝生広場で休憩。A班も休憩していた。
ぬかるみに気をつけながら紅梅を愛で、南門へ出る。駒場東大前駅を過ぎ、京王井の頭線路沿いの柵の中を進む。初めて通る道だ。東大教養部の正門前から安田講堂のような建物の時計塔が見えた。立派な歩道橋(駒場東大前駅東口)で線路南側へ渡り、梅園が見えて踏切を渡り線路を右に見て進む。線路際に建つ細い三角形の家から線路を離れ、くねくねと進み、松涛2丁目で山手通りを渡る。神泉町、円山町の表の道を一路ハチ公目指して進み、渋谷駅前の雑踏に揉まれ、ハチ公前に到着、サァッと解散した。雪とも雨ともいえない水が暗い空から落ちていたが、傘を差したり閉じたりして、ぐっしょり濡れることも無く、快適に歩けた。いよいよ春の到来だ。 [KM 記]
(第105回利用)
2月6日(土)午後1時 =約10㌔=
都庁広場(新宿駅徒歩5分)集合→新国立劇場→初台駅→玉川上水緑道→代田橋駅→井の頭通り→神泉橋→和泉熊野神社→弁天橋→方南橋→栄橋→中野富士見町駅解散
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大幅にコースを省略した会長、中野坂上に出る途中、成願寺に立ち寄り、惚けた味の仏像に出会った。
◎第605回【幡ヶ谷・玉川上水追跡・神田川】
(第105回利用)
丸の内線西新宿駅から地下道でほぼ徒歩5分歩き、都庁広場に到着。地下空間から真っ青な空に都庁のコンクリートブロックが聳え立つのを仰ぎ見る。日陰だった広場が瞬く間に明るい日光に包まれ、陽だまりに55人が集合。2月27日はA、Bのコースにする等の連絡をしてMNさんリードで体操して出発する。
A班はSTさん、B班C班をMIさんとTT&Tで先導し、半円形の広場をぐるっと回って、排気ガスたっぷりの地下道へ出る。十二社通りを左折、角筈を右折して山手通に出る。高速道路に沿って初台を過ぎ、玉川上水旧水路緑道へ入る。まだ茶色の景色だが、梅の花やジンチョウゲの蕾が春の到来を告げていた。
暖かい陽射しのなか、緑道を辿って笹塚駅を過ぎ、環七をくぐって向岸地蔵尊に挨拶、玉川上水緑道を離れる。代田橋駅を過ぎ、井ノ頭通へ出る。和田堀給水場の日陰にはまだ先日の雪が残っていて、すっかり雪のなくなった江東区と世田谷区では随分気候が違う。甲州街道を渡り玉川上水公園に到着、A班も休憩していた。
じっとしていると、汗がひいて寒くなってきたので早々に歩き始める。今度は神田川に沿って下る。和泉熊野神社は金網の向うの細い道にあり、覗けなかった。神泉橋、宮前橋、番屋橋、一本橋、和泉橋と下り、大きな鯉の群れや鴨たちを眺める。工事中の弁天橋を渡って住宅街をコチョコチョと抜け、クリスマスツリー壁画の塀を眺め、神田川に戻る。対岸に深い川の流れに下りる階段が出来ていた。方南第一橋を渡り、環七通りを方南橋信号で渡って川沿いを進む。向田橋、神田橋、栄橋、和田見橋で善福寺川と合流し、丸の内線中野富士見町駅に到着、解散する。久しぶりに全コース完歩し、10キロよりも長かったように感じた。[KM]
1月30日(土)午前10時=約11㌔=
つばき公園(東武伊勢崎線堀切駅徒歩6分)集合→多聞寺・毘沙門天→白髭神社・寿老神→向島百花園・福禄寿→長命寺・弁財天→弘福寺・布袋尊→三囲神社・恵比寿・大黒天→隅田公園(休憩)→スカイツリー見学→錦糸公園解散
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牛島神社の撫牛。子育て撫牛といわれ、赤い涎掛けが印象的。
◎第604 回[隅田川七福神めぐり](第104 回実施分利用)
今日は出来るだけ交通費を安くしようと考え、都バス1日券500円を購入。枝川2丁目から業10業平橋駅前行きに乗車、終点で墨38東京都リハビリテーション行きのバス停を探す。路線沿いに探すうち、次の向島3丁目まで1駅歩いてしまい、1時間に2本しかないバスの時間まで、目の前に聳え立つスカイツリーを観察、3本のクレーンがパイプを吊り上げていく姿をお尻をムズムズさせながら見上げた。3角形の土台から伸びて現在約280メートルの円形になったとか。何故かねじれて傾いているように見える。向島3丁目から再度乗車、墨田2丁目で下車、鐘ヶ淵陸橋交差点を渡って、七福神めぐりの案内に従って進むとつばき公園へ到着。 既に4,5人が来ていた。東武伊勢崎線の堀切駅から来るより近かったかもしれない。
下見担当のMKさん、YIさんが堀切駅前、YTさん、KAさんが多聞寺の曲り角に立って皆を案内してくれ、怪しかった空模様もすっかりよくなって、つばき公園に55人が集合した。打合せと体操を済ませ、休憩場所の向島百花園を目指して出発する。
公園を出て多聞寺を遠望し左折、細い路地を右折して墨堤通に出て東白鬚公園に入る。隅田川の堤防代わりに建設された都営住宅もすっかり落ち着いた雰囲気になっていた。梅若橋を渡り、七番纏のモニュメントを過ぎ、隅田川神社で白梅の香りを楽しみ、園内の道を南下すると正面にスカイツリーが見えてきた。白鬚橋東詰交差点を渡り墨堤通を南下、白髭神社にお参りする。表に抜けて向島百花園へ到着、殆どが入園しカリン、梅、ボケなど眺め春の気配を楽しむ。
細い路地を進んで墨堤通に出るとウォーカーで一杯だった。これは「東武健康ハイキング」の一行。しばらくはその流れに沿って命寺・弘福寺と巡ったが、あまりの混雑に耐えられなくてわき道へ抜ける。検番通を進み三囲神社へ参ると、狛犬の横にライオンがいたが、三越池袋店から去年の10月に移築されたものとか。テレビカメラが来ていてCHさん達を撮影していた。翌朝、TBSでその模様が放映され、色めきたって眺めた。
A班はここからコース通りスカイツリーの根元まで行ってから牛島神社に戻った。B班は隅田公園からスカイツリーの遠景を眺め、牛島神社で解散した。牛島神社の撫牛、よく見ると角が丸く、頭の上に玉が載っている。[KM記]
(第103回実施分利用)
1月23日(土)午前10時=約8㌔=
池上五公園(東急池上線池上駅徒歩3分)集合→曹禅寺・布袋尊→微妙庵・毘沙門天→馬頭観音堂・大黒天→厳定院・弁財天→本門寺(休憩)→本成院・福禄寿→妙見堂・寿老神→養源寺・恵比寿→西馬込駅解散
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本門寺に上る階段は急だが、池上会館からエレベーターでも上がれる。
◎第603回[池上七福神めぐり](第103回実施分利用)
=約8㌔=
1月23日、蒲田から東急池上線に乗り池上駅で下車。踏切を渡って改札を出る。駅前がすっきり広くなり駐車スペースが出来ていた。若めやおばさま系おっさん系とか色んなグループが寄り集まっては本門寺の方へ歩いていった。いつもの先着組と一緒にだべっていると、ぞろぞろと10人あまりの仲間が降りて来てそのまま通り過ぎていった。慌てて声を掛け、SKさんに会報を半分預けて集合場所へ先行してもらう。
会長が来たので一緒に池上五公園へ移動する。
49人が集合、班毎に12周年記念特集号と20、21年分下見交通費補助を配布。HWさんのリードで体操して、A班MOさん、B班TY.EY夫妻、C班STさんの先導で、池上七福神めぐりに出発する。
会長は休憩場所へ直行するとのことなので右と左に分かれる。
東急線の踏切を渡り遅れ、あせって曲がると、向うの通りをGNPの旗と団体がサァーッと通り過ぎていった。早く曲って最初の七福神をとばしてしまったのでコースを戻る。
曹禅寺には小さなお堂の中に木彫りの布袋尊が楽しそうに笑っておられた。またまた急いで皆を追い、東急池上線を渡り左折。商店街を進み右折、微妙庵(毘沙門天)を覗き、第2京浜に出てすぐ右、六郷用水物語の標識が立つ遊歩道に入る。石段を上がった古い民家の庭の馬頭観音堂(大黒天)から他のグループが大勢降りて戻ってきた。我々はお参りしてそのまま直進、呑川を渡って厳定院へ。祠の中の可愛らしい弁財天を拝んで、大坊前から工事中の宝塔を見ながら階段を上がり本門寺へ参る。境内では節分会の準備が始められいて人は少なかった。五重塔を仰ぎ、池上会館の屋上からエレベーターで1階に降り休憩。正面の石段を仰ぎ、本成院(福禄寿)を覗き、呑川を下る。妙見堂(寿老神)は見損なったようだ。
養源寺(恵比寿)の10月桜を愛で、赤ちゃんを抱いたお地蔵様を眺め、貴船坂をふうふう登る。坂上をまっすぐ進めば西馬込駅に出るが、長い跨線橋を通ってみたかったので左折する。「道とめ木橋」と書いて「どゝめきばし」と読む橋から広々とした線路と都営の車両が望め、階段を下りて第2京浜に出た。少し歩くと西馬込駅に到着、数人の仲間に会って解散した。ガラス越しに楽しげに食事中の仲間の顔も見えた。 [KM 記]
1月16日(土)午前10時=約12㌔=
北野駅集合→北野天満神社→梅胴寺→打越弁財天→北野台中央公園→大塚山公園→絹の道資料館(休憩)→小泉家屋敷→小山内裏公園→多摩境駅解散
◎第602回B[八王子市郊外の冬と公園と小泉家屋敷を歩く]
=約12.5㌔=
1月16日(土)午前10時、京王線北野駅に集合(5名)。連絡事項(下見予定表)の伝達後、すぐにスタートする。空は抜けるような青さ、だが空気はひんやりと冷たい。寒波が来ているのもうなずける。富士のお山もくっきり見えた。六本杉公園内の小径は霜柱が立ち、池は凍っている。さすがに八王子は、我々の本拠地、江東区内よりもかなり寒そう。
梅洞寺、打越弁財天と起伏のある道を進み、いしばしいり緑地でひと休憩。北野台の住宅街を通り、鑓水峠入口の急階段を登り、絹の道に入る。一昨年11月に歩んだと同じ道をたどり、絹の道資料館に寄る。数十人のウォーカーが縁台、縁石、館内にとあふれている。ずっと歩いたので、ひと休みするのにもってこいの場所なのであろう。
茅葺きの小泉家屋敷に立ち寄り、鑓水公園を通り小山内裏公園に入る。太田切池を見下ろすデッキで小休止。全面が氷に覆われている中に枯れた木が林立する風景を眺めながら、ここは寒い! と実感する。公園内には「どんどん焼き」の柱(書き初め、門松の炊きあげ用)が立てられ、明日が実施日のようだ。三千~四千人が参集する盛大な火の祭典との事。高台となっている公園を下ると多摩境駅が見えてきた。
駅で参加賞を受け取り帰宅の途に着く。時計を見ると13時半、とても疲れた一日だった。[TC 記]
1月16日(土)午前10時=約12㌔=
JR与野本町駅集合→一山神社・恵比寿神→上町氷川神社・福禄寿→天祖神社・寿老神→円乗院・大黒天(休憩)→円福寺・布袋尊→鈴谷大堂・毘沙門天→弘法尊院(二度栗山観音)・弁財天→与野本町駅解散
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◎第602回A[新春初歩き!与野七福神めぐり]
1月16日(土)午前10時=約8㌔=
浮間舟渡より先の埼京線に乗ったのは初めてで、車窓から荒川を見下ろし、真っ青な空に雪をかぶった富士山の姿を眺め、何故だか嬉しくなる。与野本町駅のホームからも望めた。
東口に出てJRの受付をする。コース方向の反対側に屯して35人が集合。会報を配り、今日は2コースに分かれていること、今後の下見予定を書いているので各グループで相談してほしいと伝えて、体操は省略して各自、自由歩行で出発する。日本全国で雪に悩まされているのに、関東地方は乾いた空っ風。冷たいけれどありがたいと言わなくちゃ。西口のほうへ出るガードをくぐるとき地図を見ようとして、歩道の段差でひっくり返ってしまった。カッコワルーッ!
与野本町小に沿って右折し、左折。本町通に出て一山神社の細長い参道を進み、同じ参道を戻って本町通に出る。結構交通量が多い道なのに、向うからもウォーカーの列が続く。GNPの先行組に手を振ってすれ違ったが、上町氷川神社まで続いた。このJRのコース設定は、地域の迷惑だし、危険だし、面白くないからよくないと思う。上町氷川神社の扇の要のような赤い鳥居をくぐりお参りする。
さっきと同じ危険な道は通りたくないので、出世稲荷を覗いたついでに細道に入る。大きな道に出てジャスコの前を通り、東電を左折、南下する。途中に石屋さんがあり、墓石、観音像、ふくろう、飛行機、女の子、猫などが並べてあり、ちょっと眺める。高速道路に突き当たる前を左折して与野高校をぐるりと回り、与野公園に入る。与野七福神の色々の幟がはためく天祖神社に参り、裏の池を回ってすり鉢山を仰ぎ、本町通に出る。右折するとすぐに円乗院の赤い多宝塔があり、中に入ると丸い玉のなで大日如来、にこやかな大黒さまがあった。本殿の欄間の龍の隣に、周囲に馴染まない白とグレイの猫の姿が見えたが、どんな謂れがあるのだろう。千代桜、親子亀の手水鉢、地蔵立像、六地蔵、大提灯と盛だくさんのお寺だ。
住宅街を抜けて、高速道路をバックにベージュの塀が続き、円福寺の屋根が見えた。お腹の出た布袋尊、箒を手にしたおそうじ小僧を眺め、すぐ左折。大きな道を行くと右手に彩の国さいたま芸術劇場の建物が続く。与野西中を右に曲り、天神社を覗き、次は鈴谷大堂。毘沙門天とは多聞(一切を漏らさず聞く事が出来る大智者)といわれるインドの神なんだそう。埼京線をくぐって川を渡り、信号を右折。ここでも対岸をウォーカーが逆に歩いていた。信号を左折し、案内に従って左折すると、二度栗山の案内標識。石段で高台に上がると弁天様が琵琶を弾いておられた。「四国八十八カ所霊場巡り」では巡礼塔、石仏を周り、1周ごとに1回、阿波、土佐、伊予、讃岐と4回鐘を突くと四国霊場を巡拝したのと同じ功徳が得られるのだそうだ。でも弘法尊院がどの建物を指すのか分らなかった。下って左折し、中央通を北上する。与野中央公園に紅白の梅が咲いていた。梅にしては随分高い木だったが、ひょっとして四季桜だった?
信号を左折して鴻沼川沿いを歩き、与野本町駅へ到着、そのまま解散した。久しぶりにちゃんと歩いたせいか、何か疲れた。[KM 記]
平成22年1月9日(土)午前10時=約7㌔=
深川公園集合→清澄公園→清洲橋→萬年橋→新大橋→浜町公園→日本橋七福神→水天宮→茅場町→八丁堀→八重洲通→咲くら京橋店・ランチ(総会)
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[永代橋から眺めた佃島の高層建物群]
◎第601回[深川発、咲くらで昼食会(総会)]
平成22年1月9日(土)午前10時、改装中の深川公園に集合したのは、57人。打合せは、総会で行うこととし、MNさんの体操を実施した後、直ちにスタート。コースは、清澄公園、清洲橋、萬年橋、新大橋、浜町公園、日本橋七福神、水天宮、茅場町、八丁堀、八重洲通、咲くら京橋店となっているが、短縮組は永代橋を渡り、直進するコースをたどった。もっとも、途中、門前仲町1丁目にある旧東京市深川食堂に立ち寄った。東京大空襲での全焼を免れ、幾度かの名称変更を経て、昨年から深川東京モダン館となった。
咲くら京橋店に到着したのは、11時30分。若干、店舗前で屯した後、A班の到着を待って入店。TCさんの司会で総会を開催。
無事、退院できたTM会長の挨拶があった後、皆勤賞、精勤章の授与、会計報告、本年度の事業運営などの検討、予算案の承認が行われ、総会は無事終了。
昼食会に移った。
昼食会の席上で会費の納入も行われ、和気藹々のうちに終了。
HWさんの音頭のもとに、全員で一本締め。本年度の発展と幸運を祈り、散会。三々五々、家路に向かう。
12月26日(土)午前10時=約7㌔=
小松橋区民館集合→猿江恩賜公園→堅川親水公園→旧中川→亀戸中央公園(休憩)→亀戸天神解散
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[猿江恩賜公園で平成21年最後の体操をするGNP一行]
◎第600回[600回記念納会] =約7㌔=
12月26日(土)扇橋二丁目の小松橋区民館に午前10時に集合(集まったメンバーは56人)。GNPの例会600回を記念して、年度区切りの納会を実施。発足以来12年間(年50回×12年)続けてきたことになる。TM会長が突然18日深夜入院(29日退院)で、会長不在の中で行われた。
内容はまず、会費値上げ。これは、下見補助が20年、21年と2年にわたって出来なかったことと、今後は確実に補助するため、年間9,000円とすることとした。続いて来年の例会実施の基本は第3年度(平成12年)の実施分とし、その他、JR等を適宜加えること。その他、総会(昼食会)の運営等について検討を行い、会員の同意を得て納会は終了した。
その後、区民館近くの公園で今年最後の締めの体操をMNさんのリードで実施。“全員の集合写真”を近くの猿江神社で、神社の本殿をバックに写真を撮る。
いよいよ今年最後のウォーキングのスタート。四つ目通りを横切りスーパー・ライフを横目に見ながら左折し、細い道路に入る。猿江恩賜公園南園より入園し、落ち葉の厚く積った日本庭園の小径を歩く。公園内の小さな池には十数羽の鳥たちが羽を休めている。カルガモ、オナガガモ、もう一種見慣れないカモ、なぜだか1羽だけゆりかもめが混じっている。小さなかえで橋を渡り、ティアラこうとうの裏手を通って横十間川沿いの歩道を歩く。木村橋の下を潜り抜けて、猿江恩賜公園の北川地区に入る。公園内の桜の葉っぱはすっかり散ってしまい、傍らの水路は落ち葉のせせらぎにと変わっている。
公園を出て右折し、清水橋を渡り、堅川河川敷公園に入る。公園は土・砂利が所々に積み上げられ、公園整備の真っ盛り。
河川敷跡の公園なので両側がコンクリート護岸になっている。そのコンクリート壁に大きな絵が描かれ、小学校の名前も書かれている。数十カ所に描かれ、動物・魚・風景・抽象的な物等いろいろ。「堅川護岸ギャラリー」のプレートが貼り付けてあり、江東区の表示がある。絵の鑑賞をしながら歩いているうちに旧中川にぶち当たる。
逆井橋下を通って旧中川沿いを北上する。北風が川面をなでながら吹き付けてくる。ふれあい橋の先で土手を上がり、亀戸中央公園に入る。公園名物のサザンカが一面に咲き誇り寒空の公園に彩りを添えている。公園の東屋で休憩する。
公園を出て亀戸水神駅横の踏切を通り、亀戸水神社を右折し、蔵前通りを横切って香取神社に向かう。本殿横の「恵比寿様・大黒様の水掛像」に前の甕より神水を掛けて祈願し、ついでに残った神水を自分の手に掛けたところ暖かい。井戸より汲み上げた水なので、この寒空でも暖かく感じる水となっているのだろう。
神社を出て、4~500m歩いて亀戸天神社に到着。結婚式が行われているようで正装の男女を見かける。きれいな和服のお嬢さんもいた。名物の亀は3~4匹が池の岩の上で甲羅干しをしているのみで、姿は殆ど見えない。池の底で冬眠をしているようだ。年内納めのお参りをする。新年の総会での再会を約し解散した。 [TC 記]
12月19日(土)午前10時=約12㌔=
つつじヶ丘駅(南口)集合→野川緑地公園→龍泉寺→弁財天の池→狛江市古民家園(休憩)→兜塚古墳→伊豆見神社→多摩川サイクリングロード→飛田給駅解散
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i二階建ての鐘楼がある雲松山泉龍寺
◎第599回 [晩秋に誘われて多摩川と古民家を訪ねる]
12月19日(土)武蔵野の京王線つつじヶ丘駅に集まる。受付を済ませ、駅舎の外で全員の集合を待つ。(集まったメンバーは44人)「あれ! 今日は会長夫妻、来ていないな! 何かあったのかなあ」等々話しながらも、暖かい日射しの中で配布された会報を読み、雑談しながらスタートを待つ。
10時過ぎ、コース途中にある近くの神社に向けてまずスタートする。道路際に小さな神社があり、高い木々が茂り日射しは殆ど地面に届いていない。HKさんから説明があり、「会長が体調不良で昨晩突然入院することになり、今は集中治療室に入っている。2~3週間は入院する事になる」との話。その後、MNさんのリードの体操で体をほぐして出発する。
八反田児童遊園の暖かい日だまりで元気よく遊んでいる子供達を眺めながら神代団地横を右折し、野川橋で野川を渡る。この辺り一帯は住宅地、畑地で高い建物はなく、殆ど影になることのない日射しの中を歩く。風は冷たく、ほおをなぶりながら吹いていく。手は少々冷たく感じたが、顔は温かい日射しと相まってとても気持ちが良い。快適なウォーキング日和だ!
レストラン「華屋与兵衛」の角で左折し、前原公園を通る。やや大きな公園で、いろんな種類の遊具があり、子供達が歓声を上げながら遊んでいる。公園の原っぱの真ん中にポツンと一本大きな木が立っている。思わずTVでよく聞く日立のCMソング「この木なんの木」のイメージを浮かべてしまい楽しくなってしまった。
直進して野川緑地公園に入る。幅2~3 m位の遊歩道だがその両側に低い木が植栽されており、名札も付けられている。木々の林が幅 数メートル位になったり、十数メートル位になったりし、延々と続いている。地元の人の話に寄れば、この野川緑地は元の野川の本流で暴れ川として知られ、頻繁に氾濫・洪水を繰り返していた。途中より支流を作り野川の本流をそちらに移したとの事(現在の野川)。今は、この緑地公園の地下に下水道が通され、隣の世田谷区よりもずっと早くこの狛江市の下水道が完備したとの事。
少々広くなっている箇所で土が盛り上がっている。霜柱だ! 早速、足で地面をこすると3~4cmの霜柱がキラキラ光って表れる。傍を通った親子連れも足を止めてしゃがみ込み、珍しげに触っていた。この一両日の寒波襲来で霜柱が出来始めている。
小田急線の手前で右折し緑地公園から離れ、狛江駅前を通り弁財天の池を抜けて泉龍寺に入る。「雲松山泉龍寺」は曹洞宗のお寺で、奈良時代に良弁僧正が開いたとされている。如何にも禅宗のお寺というような静かな佇まいを見せている。山門から本堂までの参道の真ん中に「2階建ての鐘楼」があり、その下を潜って本堂にお参りするというちょっと変わったお寺。
泉龍寺を出て、古民家園に寄る(江戸時代後期の村方医師であった荒井家の住居、平成4年に解体した物をその後復元)。兜塚古墳(5~6世紀)の横を通り、伊豆見神社に入る。この神社も歴史が古く、889年に六所官として鎮祭したと言う。長~い参道を往復してお参りし、多摩川に向かう。
300 m程歩くと多摩川の土手に出た。相変わらず風は冷たいが、日射しが強い為すがすがしく気持ち良く感じる。川の遙か向こうに富士山がくっきり見え、昨日の遭難事故が嘘のようにおごそかな姿を見せていた(冬は人を寄せ付けない霊峰か!)。多摩川の堤防のサイクリング道路を1km程歩いてから土手を降り、桜堤通りに沿って歩く。
日活撮影所の前を通り、調布高校前、京王相模原線のガード下を通る。稲荷橋の信号を右折し、鶴川街道に出る。鶴川街道信号で左折し、旧品川道を進む。所々にある畑の野菜を見て歩いているうちに目的の飛田給駅に到着する。スタンプを押して貰い、参加のお土産を貰って帰途につく。 [TC記]
12月12日(土)午前10時=約7㌔=
大宮駅(中央改札正面)受付集合→氷川神社→NACK5スタジアム大宮(外観)→大宮公園→盆栽村(休憩)→鉄道博物館(見学)→大宮駅解散
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「秋を浴び悠々泳ぐ命かな」 太仁 大宮公園ボート池にて
◎第598回[鉄道のまちを歩こう!in大宮]
12月12日(土)午前10時、大宮駅中央改札正面の受付横に集合したのは、37人。簡単な打合せを済ませ、体操は省略して直ちに出発した。2キロはあるといわれる氷川参道は、ケヤキ、スダジイ、エノキ、クス等多種類の樹種で並木が形成されている。
2000年以上の歴史を持つ氷川神社を参詣したあと、収容人員15,000人を誇るNACK5スタジアム大宮の周りを巡り大宮公園に入る。
この公園は日比谷公園を設計した本多静六博士が手がけたもので、規模が大きい。
ボート池に映る紅葉は秋の終焉を伝えていた。
東武野田線を越えると盆栽村だった。漫画会館があり、盆栽町会館、盆栽四季の家と続き、 ここで休憩した。大宮はわが国屈指の盆栽郷として知られ、四季折々の樹影が楽しめ、来春3月には大宮盆栽美術館がオープン予定。
宇都宮線の踏切を越え、西進、高崎線のガード下をくぐり、鉄道博物館駅構内に入る。駅舎そのものが鉄道博物館になり、今年の10月「夢の超特急0系新幹線」の公開が始まったばかりだ。中に入るのは躊躇して構内に展示してあった車輪やD51のレプリカの見学で満足してニューシャトルに乗車する。東北・上越新幹線に併走して動くシャトルカーの車輪はタイヤ。東京のゆりかもめと同じで音が静かで可愛い。大宮駅で下車。
そのまま解散して駅前でお昼を食べた。=約7㌔=
12月5日(土)午前10時=約7㌔=
大塚駅受付集合→巣鴨教会→東福寺→とげぬき地蔵→本妙寺→妙行寺→猿田彦大神→明治女学校跡→大塚台公園(休憩)→造幣局東京博物館→護国寺→大塚公園→天祖神社→大塚駅解散
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とげ抜き地蔵で有名な巣鴨高岩寺だが、黄金色の銀杏も素晴らしい。
◎第597回[都電を歩こう23(32系統)][都電沿線の風景を楽しむ=約9㌔=]
12月5日(土)、今朝は真っ青な空に帯のように白い雲が中天を横切り、何だか胸騒ぎがする。
メトロの新大塚駅を下車してJRの大塚駅に向かって歩いているはずが、都電の向原に着いてしまってびっくり。勘違いして春日通を来たようだ。三角形の二辺を来てがっくりしたが、都電沿いに薔薇や銀杏を見ながら大塚駅南口へ到着、JR駅からハイキングの受付をする。
駅前は工事中で通路も広いので、脇の方に47人が集合、19日の京王土休券を配り、「600回記念納会」の件、1月9日「新年昼食会」の件、本日からの古石場文化センター「区民映画コレクション展」1月8日からの「江東シネマフェスティバル」、1月30日の「エンカペラG」の公演、などの打合せを済ませ、大塚台公園を休憩場所として出発する。
JRに沿って都電を渡り、駅前を右折してプラタナス通を南下。黄色のウィンドブレーカーのお兄さんに誘導されて左折すると白い巣鴨教会があった。そのまま進み巣鴨小を左へ回ると東福寺の石段にぶつかる。左へ回り何だか懐かしい住宅街を進むと、休憩したことのある江戸橋に出た。見覚えのある十文字学園を過ぎ、右に曲ると2階に幟が並んだお寺のような建物。門を入ると江戸六地蔵の立て札がありそこは真性寺だった。何か違うと感じたのは、江戸六地蔵尊は京都で修理中で不在、身代わりの小振りの地蔵様が留守番されていたからだった。表に抜けて、いつも混雑している巣鴨地蔵通商店街へ出る。黄金色の銀杏の高岩寺は洗い観音への行列であふれていた。
白山通りを渡り、中央卸売市場豊島市場を回り、徳栄山本妙寺へ。真っ赤な鐘楼を眺め、これまた懐かしい感じの朝日通商店街を進み、都電を渡って妙行寺へ。魚河岸供養塔、うなぎ供養塔があった。
中山道に出て都電を渡り、猿田彦大神で真っ赤な法被に帽子のお猿さんに挨拶して庚申塚にお参りし、また都電を渡って、明治30年に麹町から移転し同41年閉校の「明治女学校之址」を確認し、銀杏の古木に誘われて大日堂を覘く。
都電巣鴨新田駅へ出て右折、空蝉橋で山手線を跨ぎ、大塚台公園へ到着。すでに休憩を済ませて出発する仲間に会った。C58機関車を見学して再び歩き始めると、予報通り雨が降り始めた。
朝、間違って通った向原電停を過ぎ、路地を進むと造幣局東京博物館へ着き、見学する。目の保養をして門の前の路地を下り、都電を渡って左折すると坂下通りに出た。赤煉瓦の蔵や坂道を覗きながら進むうち、何だか興味をそそられる道があったので入り込むと、坂の奥に真っ赤な色が見えた。そこは玉砂利に紅葉が降る吹上稲荷神社だった。通り抜けて坂下通りへ戻り、不忍通を左折。護国寺には寄らず、大塚3を左折して北上。大塚公園に着くと急に疲れを感じて新大塚で脱落、メトロで帰宅した。あとで都電ものしり博物館を見ればよかったなと反省。コース完遂組は天祖神社を回って大塚駅へ戻り解散した。 [KM記]
◎第596回[帝都東京タイムスリップウォーク]
11月28日(土)午前10時=約12㌔=
神田駅受付集合→常盤橋→三菱一号館→東京国立近代美術館工芸館(休憩)→常燈明台→ニコライ堂→万世橋駅跡→神田駅西口商店街解散
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天に向かって増殖していく造形は、文明の創造や再生を暗示している。
◎第596回[都電を歩こう22(40系統)][帝都東京タイムスリップウォーク](JR駅からハイキングNo.01915)
11月28日9時半、神田駅南口を出て受付を探す。びゅうプラザ前で受付。地図を貰い、駅前を避けてコース通りに歩き、鎌倉橋に集合として出発する。
12月19日の京王土休券の申込など打合せをして、体操は省略、鎌倉橋交差点に戻ってコース通りに行くグループ、浜松町へ向かうグループ、北の丸公園へ直行するグループとそれぞれ歩き始める。
竜閑橋を過ぎJRをくぐり、常盤橋から路上住宅先の黄色いイチョウを覗き、一石橋を渡り、呉服橋を右折。永代通りのガードをくぐり左折、東京駅丸の内側を回り南口信号を渡る。中央郵便局が改築中のため道路が塀で塞がれ、曲る道が解らず、TOKIAの前に出た。目の前は東京国際フォーラム。ふっと右側を見ると、彼方に皇居前広場が見えた。そして高層ビルの谷間の植え込みの向うに、赤レンガの古風な建造物があった。これが「三菱一号館」だろう。入口のそばで説明してくれる人がいて、中に入れるとのこと。古めかしい石段で中に入ると右手の部屋には木製の小ぶりの窓口が並んでいた。左手は展示なのかお店なのか棚が迷路のように並ぶ部屋。駒場の前田公爵邸の雰囲気そっくりだった。中庭は高層ビルの反射で光が満ちる緑一杯の庭園で、屋外美術館にもなっているそうだ。たくさんの人達がそぞろ歩き、ビルの隙間は洒落たヨーロッパの街角の感じだった。
しっとりしたケヤキ並木の丸の内仲通を歩き、東京駅正面、日本工業倶楽部屋上の工夫と織女の像を仰ぎ、永代通で右折、工事中のみずほ銀行を曲り丸の内線の上を北上。左手に朱色の筒たちが磁石でくっつけられたような巨大な物体があったが、アレクサンダー・リーバーマンの「イリアッド・ジャパン」という作品で大地から生えた柱を軸に天に向かって増殖していく造形とのこと。
鎌倉橋で左折し、高速道路に沿って神田橋、錦橋、一ツ橋、如水会館、共立女子大と進み宝橋を渡る。と、巨大なガラス張りの千代田区役所の脇に出た。右手に九段会館、左にお壕が見える。目白通りを渡って清水門から北の丸公園に入る。
石垣が清水濠の水面に映り、ビル群と紅葉とで絵になる景色だ。清水門をくぐり、鍵の手に曲り、幅の広い石組みの段々を登り、吉田茂像を見上げ、北の丸公園の赤、黄、茶、緑、白と秋の光に輝く紅葉の中を歩く。
東京国立近代美術館工芸館の庭に凸面鏡の集合体が立っていて、トンボの眼に周りの景色が映っているようで面白かった。休憩もせず代官町通を進み、高速道路が地下に潜るのを見て千鳥ヶ淵公園に入る。
若い集団がしゃべりながらぞろぞろ繋がってダラダラ歩いているのにイライラして、千鳥ヶ淵に気を向ける。水面すれすれまで紅葉が下りていてこれまた一幅の絵になっていた。植え込みもしっかり根付き、桜の古木と馴染んでいた。
靖国通りへ右折し常燈明台を見て、九段坂を下り、昭和館、俎橋、神田古書街を通り、ニコライ堂、万世橋駅跡は省略して、須田町から神田駅へ直行。ゴールの西口商店街で絵葉書とバッチを貰って解散した。
◎番外 [荘村清志ギター・リサイタル]
11月27日(金)午後6時半、ティアラこうとう入口に21人が集合し、7時から荘村清志さんのソロリサイタルを鑑賞。ギターなのにチェンバロのような音色を不思議な感覚で聞いた。大ホールで、マイクは使わず、見事な指の動きと優しい音に堪能した。
スペイン北部の曲に続き、聞き覚えのある早春賦、虹の彼方に、禁じられた遊び、と、2時間の生演奏を満喫した。
◎第595回[南を回って、東京探訪!]
11月21日(土)午前9時=約9㌔=
日比谷公園にれのき広場集合→汐留シオサイト→竹芝桟橋→増上寺→芝公園(休憩)→東京タワー→愛宕神社→国会議事堂→日比谷公園にれのき広場解散
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芝公園では、真っ青な空に真っ赤な東京タワーが聳え立っていた。
◎第595回[南を回って、東京探訪!] =約9㌔=
11月21日午前8時30分、少々肌寒い日比谷公園にれのき広場には、既に行列が出来ていた。パスモのピンク色のウィンドブレーカーの人たちが忙しそうに、ウォーカー達を4列に並べたり、テントの準備などに動き回っていた。
9時に葉書を持った列が動き始め、受付が進む。GNPは薔薇園の近くに集合して、ギターリサイタルの希望をとり、打合せをして南茂さんの体操をして出発する。
西幸門前に出て、図書館、公会堂を望み、内幸町信号を右折、日比谷通りを西新橋で左折して外堀通を進む。この辺から先頭グループは行列の多さに辟易してそのまま直進。汐留シオサイト、竹芝桟橋、旧芝離宮恩賜公園を省略して芝公園に向かう。一方、正当組はJRをくぐって第1京浜をちょっと歩き、汐留シオサイトを回って海岸通に出る。竹林を過ぎ芝商高を入り竹芝桟橋でUターン、旧芝離宮恩賜庭園の前に集合場所にもってこいの児童公園があるのを見て、そのまままっすぐ増上寺へ突き当たる。
芝公園へ入り、真っ青な空に真っ赤な東京タワーが聳え立つのを見ながら休憩。ここからも先頭組は芝丸山古墳に上り、桜田通を直進、国会議事堂から日比谷公園に入る。一方、正当組は芝生の広場を抜けて弁天様の池に下り、タワー下の紅葉谷を抜け、愛宕通を北上。愛宕神社を見上げ、西新橋1を左折。元文部省に放送大学の募集垂れ幕が下がっているのを見て、外務省に沿って左折、国会議事堂のてっぺんをみて和式庭園に入る。
秋景色を楽しみ、警視庁、法務省を眺め、日比谷公園へ戻る。管理事務所前に日比谷公園の木の実が展示してあり、しばらく勉強する。出発時と違う明るい穏やか木漏れ日の林の中を、ゴールのにれのき広場に到着、パスモカードにスタンプをもらい、バッチとエコパックカイロをいただき解散した。
11月14日(土)午前10時=約7㌔=
新橋駅烏森口受付集合→日比谷公園→法務省→国会前庭南地区(和式庭園)→国会議事堂→国会前庭北地区(洋式庭園)(休憩)→衆議院憲政記念館→最高裁判所→豊川稲荷→高橋是清翁記念公園→乃木神社→ミッドタウン・ガーデン→赤坂サカス→山王日枝神社→新橋駅解散
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日比谷公園はすっかり秋景色。紅葉色に染まった園内は美しい。
◎第594回[都電を歩こう20(22系統]
11月14日(土)午前10時、新橋駅烏森口受付のはずが、雨天のため、びゅうプラザ前に変更され、おかげさまで新橋駅構内を一周して集合。参加者ゲストを含め48人。簡単な打合せを済ませた後、体操は省略して雨の中をスタート。雨は大したことはなかったが、風が出てきて傘がひっくり返ったり悪条件の中で、当初から有志で計画していた地下道ウォークに変更。日比谷公園から地下に潜った。
地下の気温は適度に快適、その上、どういうわけか微風が漂い気持がいい。ただし、当然のことながら周りの景色は見ることが出来ず、殺風景な壁だけだが、その壁にいろんな花が描かれていた。壁を見ると必ずといっていいほどスプレーで落書きをする輩がいるようだが、何かちゃんとしたものが描かれているとその上にスプレーをかけることはないようだ。薔薇かなとか、この花何の花? とかいいながら日比谷駅、二重橋前駅、とたどり、大手町駅で喫茶店が見つかり、入店。わいわい世間話や政治話に夢中になっている間に昼を迎え、東京駅日本橋口のスパゲティ屋さんに入り昼食。有志一同1万歩足らずのウォーキングになってしまった。
一方、コースどおりたどったウォーカーはオバマ大統領来日の警戒で警官がどこからでも瞠っている中を法務省、国会前庭南地区(和式庭園)、国会議事堂、国会前庭北地区(洋式庭園)、衆議院憲政記念館、最高裁判所、豊川稲荷、高橋是清翁記念公園、乃木神社、ミッドタウン・ガーデン、赤坂サカス、山王日枝神社と盛りだくさんのコースを歩き、スタートの新橋駅に戻り、解散した。=約7㌔=
11月7日(土)午前10時=約9㌔=
都営新宿線船堀駅南口集合→船堀公園(体操)→荒川→江戸川競艇場→善照寺→小松川境川親水公園→西蓮寺→くらさぎ通→銀杏並木→一之江境川親水公園→三島橋→さくら公園(休憩)→宮元橋→陣屋橋→陣屋橋通→一之江古川通→古川親水公園→妙勝寺→江戸川→瑞穂大橋→今井橋→瑞江大橋→一之江駅解散
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二之江さくら公園の並木はすっかり紅葉になっている。
◎第593回[都電を歩こう19(26系統)]
11月7日、思ったより早く船堀駅に着いてしまったので、タワーホールを見上げて駅周辺を見物し、体操場所の船堀公園を探しに行く。金網のグランドの横に遊具のある公園があるのを確認して、集合場所の船堀駅南口に戻る。
10時、48人が南口に集合して、次回JR新橋駅の別コースとして銀座周辺のアンテナショップを巡りながら都電1系統を辿るのはどうだろう、などの打合せをして出発。
新宿線のガードをくぐり、ゴルフ練習場のネットを見上げ、団地を右折、トイレの奥にある船堀公園の遊具のそばで体操、立冬を過ぎ並木も色付いて、晩秋の澄んだ空気の中を歩き始める。
船堀橋の下を抜け、堤防の下の道を行くと白い建物の江戸川競艇場が見えてきた。青と白のツートーンの建物を見ながら中を抜け、表門を出る。玄関の両側に白と黒の埴輪の兵士が構えていたが、どちらも下を見据えている。何故なんだろう。
細道を入り、善照寺を回り小松川境川親水公園にはいる。先行組はもう視界に入らない。小さな滝らしいのを見つけて親水公園を離れ、地図を頼りに進む。児童公園を二つ、突き当たって右に曲ると先行の姿がチラッと見えてほっとする。
源法寺の電柱を左折、船堀街道の角にコンビニがありコースよし。昔都電が走っていた今井街道(くらさぎ通)へ出て右へ進む。銀杏並木通入口を右折、南下する。二又の左側、植え込みのある細い方の道へ進み、堀建工業を左折すると一之江境川親水公園に辿り着いた。地誌によると江戸川区の金魚養殖は、江東区辺りから移ってきたものが多いそうで、戦時中は食糧増産のため真鯉の稚魚を生産していたそうだ。
流れに沿って遊歩道や植物、銅像などが配置され、快適な「健康の道」となっている。新大橋通りを越え、二之江さくら公園の藤棚辺りで休憩する。汗はかいたが、直ぐに治まる。ケヤキやさくらの葉は黄色に色付き、ピラカンサスは真っ赤な実をたわわに付けて、ウォーキングの季節を謳歌した。
休憩した後、陣屋橋で左折、陣屋橋通から古川親水公園に入る。環七通を越え、有名な長屋門を眺めながら新中川沿道を通り、ゴールの一之江駅前に到着。ここて解散した。
10月31日(土)午前10時=約13㌔=
京王相模原線京王よみうりランド駅集合→多摩川→二ヶ領用水→東生田緑地→東高根森林公園(休憩)→電車とバスの博物館→→東急田園都市線宮崎台駅解散
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東生田緑地への144段の階段を上る。
◎第592回[自然と歴史を訪ねて歩こう] =約13㌔=
10月31日(土)午前10時、京王よみうりランド駅に到着、南口の受付でカードを出して地図をもらう。コースどおり線路に沿って西へ行った所で皆を待つ。会長から電話があり、乗り越したので遅れるとのこと。とりあえず会報を配りながら待つ。
5分ほど遅れて45人が集合。12月5日のJR申し込みが30日開始なので忘れないで申し込むように伝え、体操は省略し、東高根森林公園を休憩場所として、それぞれ出発する。私は遅れてくる仲間を待って出発。京王のガードをくぐって右折、多摩川に向かって歩く。矢野口橋を渡り榎戸交差点を右折、川崎街道を過ぎて南武線をくぐり、多摩川に出ると、6連の白くて長い多摩川原水道橋が伸びていた。アカシア通を渡り土手へ下りて水道橋の下をくぐり、多摩川の稲田堤を下流へ向かう。
来るとき、京王相模原線からウォーカー達が見えたが、その鉄橋の下をくぐり、矢野口排水樋管の出口、対岸へ続く黄色の桁、野球少年たち、白鷺たち、一人でいくつもの釣竿を立てている人などを見ながら、土手いっぱいに大勢のウォーカーが延々と連なる。4つの塔が繋がった堰が二ヶ領用水の出口で、布田橋をくぐって多摩川を離れる。
400年前に小泉次大夫が作ったという二ヶ領用水の護岸は親水緑道が続き、南武線踏切を越え、中野島橋を過ぎて右折、土渕から川崎街道へ出る。枡形1丁目を右折、くにゃっと階段と坂を登る。リレーウォークの赤矢印に導かれて、東生田緑地への144段の階段を上る。日向山の森は程よく手入れされ、柔らかな光に包まれた広場は心地よいが、息が切れてものも言えない。
やっとこさ、呼吸が落ち着いてきたので、再出発、坂を下る。根岸稲荷神社の赤い幟が並び左を登ると神社の社があったが省略。陸橋を渡り、降りて小田急線沿いを左に進む。猛烈に疲れが来たので、松本橋からコースをはずれ、向ヶ丘遊園から帰路に着くことにした。[KM記]
実際のコースは、樹齢150年といわれる東高根のシラカシ林、弥生時代の集落跡といわれる東高根遺跡、それに湿生植物園もある東高根森林公園で休憩した。その後、本日に限り無料となっている電車とバスの博物館で楽しみ、東急田園都市線宮崎台駅で解散した。
10月24日(土)午前10時=約8㌔=
東北本線赤羽駅北改札口受付→駐輪場前歩道集合→赤羽八幡神社→赤羽台公園→諏訪神社前→浮間橋→荒川土手→浮間公園(休憩)→舟渡→志村橋→板橋区洋弓場→志村坂下→志村3丁目→薬師の泉解散(都営三田線志村坂上駅徒歩2分)
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浮間公園のオランダ風の風車
◎第591回[赤羽八幡から浮間公園散策]
10月24日(土)午前10時、東北本線赤羽駅北改札口で受付を済ませたのは、45人。当初、駐輪場前歩道に集合としていたが、少々分かりにくい場所だったので、そのまま受付前に集合した。赤羽駅の変貌は素晴らしく、かつての素朴さは影を潜め、明るくなっている。打合せを簡単に済ませ、体操は省略し、JRコースをそのまま歩く3人を除いて独自のコースをたどることにする。
東口側からスタート。JRの高架下にしたがって宝幢院前で左折。ガードをくぐって右折、赤羽八幡神社に向かう坂道は省略して左折、赤羽台公園に入る。ここまでは順調だったが、右折して赤羽桜並木通が見つからず、いつの間にか赤羽緑道公園を辿っていた。なかなか素晴らしい公園で気持よく歩いていたが、どうも南下している感じ。とにかく西に向かうべきだということで、右折したが、とうとう到着したのは体育館通。何が何だか分からなくなり、歩行者に諏訪神社の場所を聞くと、右に曲がって左に下りて右に行くと……、との説明。とにかく小豆沢公園前で右折、正面に東京メガシティーが現れ、地図上の拠点が見つかる。
ここから新河岸川沿道に出て北上、浮間橋を渡り、やっと本来のコースに戻る。ここから先の荒川土手は省略し、「人と緑と太陽の道」という格好いい名称の道を歩き、浮間公園に到着。すでに休憩していた面々と合流、オランダ風の風車を眺めながらやっと落ち着く。水辺に狂い咲きしたアヤメに驚く。
帰り道でもコースを間違え、一本手前で左折、志村橋を渡る予定が、平成橋を渡り、17号線手前の細い並木道を辿り、志村坂下、志村3丁目を通り、薬師の泉庭園に到着した。
ここは、志村三泉(薬師、見次、出井)の一つといわれ、徳川吉宗が「清水薬師」と名付けたところからという。今でも清泉が湧き出ており、こじんまりした庭園だが、癒される思い。紫式部やホトトギスなどの可憐な花が印象に残った。8キロの予定だったが約12キロ歩いた。ここで解散し、志村坂上駅にそれぞれ向かった。
10月17日(土)午前10時=約10㌔=
久我山駅(久我山中央緑地)集合→兵庫橋公園→玉川上水→禅林寺(森鴎外・太宰治の墓)→諏訪神社→深大寺(休憩)→武蔵野の路→調布駅解散
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深大寺に到着。釈迦堂、池の鴨や鯉を眺めた。
◎第590回[玉川上水緑道と武蔵野に秋を探しに]
10月17日(土)大勢のウォーカーに混じって久我山の駅を出て、神田川沿いに久我山中央緑地へ到着。もう暑くはなく、さわやかな風が吹き、広葉樹が色付き始め、すっかり秋になった。京王の受付で地図をもらって仲間を探す。もう3人も来ていた。ベンチの一角で店開きし、目印の旗持ち、会報配り、名簿記入、土休券配布と、手分けしてやってもらう。
明日の下見を数人にお願いし、10月31日の土休券を販売し、47人、体操をしてグループごとに出発する。神田川から宮下橋公園に入り、人見街道を越えて玉川上水沿いを歩く。兵庫橋、牟礼橋、宮下橋、井の頭橋と進み、鯉がうようよ泳ぐ新橋を渡って上水を離れ、明星通りを進む。ウォーカーの流れに乗って大通りを左折、狐久保を右折、追い越し禁止状態で細い歩道を行く。禅林寺を過ぎ八幡大神社を左折、連雀中央公園を回って、三鷹通りを南下する。
人見街道、東八道路を越え、諏訪神社を過ぎると金網の中に芝生の公園があり、若い木もあって、ピンクの桜の花が咲いていた。今秋初めての十月桜だ。
小高い芝生の丘があったが、それは調布市総合体育館だそうだ。地下にあるのかな。お椀状なのかな。
「右、神代植物園正門」の石標があり、塀沿いに石畳の歩道が続き、橋をくぐると、間もなく深大寺に到着。釈迦堂、池の鴨や鯉を眺め、門を出る。鬼太郎茶屋がすっきりきれいになっていた。深大寺信号を渡り、坂を上り下る。橋場橋手前を右折し、野川に沿って御塔坂橋を左折、広く美しくなった武蔵境通を南下し、広大な電気通信大学を見ながら下石原交番を左折、甲州街道を進む。調布駅入口信号を右折、ゴールの駅階段を1列に並んで進み、スタンプとマグネットクリップを頂き、解散した。
帰りの電車で、席を譲られてびっくり。そんなに憔悴していたのかな。名実ともに間違いなく老人になっちゃったのだな。 [KM記]
10月10日(土)午前10時=約12㌔=
田園都市線江田駅コンコース受付・集合→鴨池公園→ささぶねのみち→都筑中央公園→横浜市歴史博物館→大塚・歳勝土遺跡公園→都筑民家園(休憩)→大善寺→徳生公園→くさぶえのみち→驚神社→西勝寺→たまプラーザ テラス サウスプラザ・ゴール・解散
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都筑中央公園では市民マラソンが実施され、仮装ランナーとも出会った。
◎第589回[江田~たまプラーザ やさしい緑の薫る街を巡る]
10月10日(土)午前10時、田園都市線江田駅コンコースで受付を済ませ集合したのは47人。台風一過、秋晴れを期待したのだが、実際には雨模様。雨具を持たず戦々恐々の中で、打合せを済ませ、体操は鴨池公園で行うことにして、早速スタート。
鴨池公園の鴨池は濁っていて鴨も泳ぎにくそうだった。ささぶねのみちは都築中央公園と結ぶ道。道沿いにせせらぎが流れ、かつて丘に挟まれた谷すじだったようだ。都筑中央公園は広大で起伏に飛んでいる。ちょうどここで市民マラソンが実施され、仮装ランナーとも出会った。
ここから横浜市歴史博物館に向かうコースだ。北に向かいコースを省略して牛久保西公園に直接向かった怠け者もいた。大半は横浜歴史博物館、大塚・歳勝土遺跡公園、都筑民家園、大善寺、徳生公園、くさぶえのみちとコースどおりに歩いた。
かつては雑木林のしがない丘陵地帯で狸や猪のすみかであったが、今では瀟洒な住宅地域で、ビルの下には小奇麗な店舗が立ち並んでいる。横浜市営地下鉄ブルーラインが通り、交通も至便な地域になっている。
驚神社、西勝寺と続くが、ここからたまプラーザ テラス・サウスプラザまでの坂道がきつい。やっとの思いでゴールにたどり着き、「300cc入るふたつき携帯コップ」を景品にいただき解散した。
起伏の激しいコースだったが、途中の公園はバラエティーに富み、施設や遺跡も十分に整備され、もう一度歩きたいと思える素晴らしいウォーキングコースだった。
10月3日(土)午前10時=約9㌔=
四ッ谷駅受付・集合→聖イグナチオ教会→尾張徳川家中屋敷跡→清水谷公園→紀州徳川家上屋敷跡(グランドプリンスホテル赤坂)→市谷亀岡八幡宮→お札と切手の博物館(休憩)→自證院→消防博物館→須賀神社→西念寺→新宿歴史博物館→四ッ谷駅・解散
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写真は皇居桜田濠の中で作業を実施している珍しい風景。
◎第588回[尾張・紀伊徳川家と四ツ谷駅周辺の歴史散策]
10月3日(土)午前10時、四ッ谷駅で受付を済ませ、駅前に集合したのは、48人。雨が降り始め、急遽、店前の庇に避難しながら打合せ。
コースは、聖イグナチオ教会、尾張徳川家中屋敷跡、清水谷公園、紀州徳川家上屋敷跡(グランドプリンスホテル赤坂)、市谷亀岡八幡宮、お札と切手の博物館、自證院、消防博物館、須賀神社、西念寺、新宿歴史博物館、四ッ谷駅解散となっているが、傘を差して、大勢で歩くのに、嫌気が出てコースを変更、新宿通を皇居に向かうことにした。およそ20人がついてくる。
道が広く、歩道もしっかりしている新宿通は歩き易く、あっという間に半蔵門に着く。半蔵門からは左回りでお濠巡り。まず、桜田濠! 半蔵門から桜田門まで一番皇居周りでは長いお濠だ。そのお濠の中に珍しく人がいる。作業船が出て、土嚢が積み上げられている。どうも石垣の修繕らしい。よく見ると確認できるだけで3ヶ所、作業をしている。
お濠の水は相変わらず、ドロンとしていて今にも悪臭がにおって来そうだ。日本の中心地! この水を呑めるぐらい美しくする技術を発揮してほしいものだ。
日比谷で地下道に入る。東京駅周りの地下道は発展している。日比谷駅、二重橋駅、大手町駅と地下鉄に乗らなくとも地下道を歩いて通れる。その大手町で解散。
一方、コースにしたがって歩いた方たちは、まず聖イグナチオ教会に入り、天井の模様に驚いたようだ。「聖イグナチオ」と聞くと古い時代の方かと思っていたが、15世紀の人。スペイン生れで、日本でも有名なフランシスコ・ザビエルと大学時代の同窓生とのこと。
急に身近な感じがするが、それでも600年近く離れている。
雨の中のウォーク、黙々とコースを歩き、無事終了した。
9月26日(土)午前10時=約13㌔=
西武拝島線東大和市駅受付→東京都薬用植物園集合→小川橋→一宮神社→玉川上水駅→上宿橋→残堀川→昭和記念公園上水口→コスモスの丘(お弁当)→日本庭園→西立川口解散
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見渡す限り全面に咲く素晴らしいコスモスの景観
◎第587回[薬用植物園と昭和記念公園]
9月26日(土)午前10時、西武拝島線東大和市駅で受付を済ませ、東京都薬用植物園入口に集合したのは、42人。打合せを30分遅らせ、その間、薬用植物園の見学に当てた。昭和記念公園の入場料を集めたところ、32人が入場することになり、他の方はそのままリレーウォークに参加したり、玉川上水駅で解散したりすることになった。
小川橋までは自動車道路で面白くもなんともなかったが、ここから玉川上水緑道。水量が多く見えたが、よく見ると底は浅い。こんなところで入水してもなかなかあの世にはいけないね、などの物騒な話をしながら木陰に恵まれた歩きやすい緑道を快適に歩く。橋を見るたびに名前を確認。西中島橋、上水小橋、清願寺橋、先手橋,宮の橋、金比羅橋、見影橋、新家橋と続き、すずかけ橋がやっと見えた。この橋は残堀川に架かる橋で玉川上水の北岸を渡るもの。南岸を渡る橋は、上宿橋となっている。満々とたたえる玉川上水は上を流れ下を流れる残堀川は渇水状態といえるほどちょろちょろとした川の流れ! 何だか引力に反した現象を不思議な思いで眺め、これが江戸時代に造られたと思うと人間の英知、進化しているとは到底思えない。
ここから左折して残堀川沿いに遊歩道を結構歩いて昭和記念公園上水口にたどり着く。しんがりを歩く会計をしばらく待って団体入園券を購入。入園した。ところが高低差のある場内の地図は平面となっているため、目指すコスモスの丘に行くのに迷う。とにかく西に向かえばとこもれびの丘を優雅に歩くがいつの間にか日本庭園の南側に出る。本来は北側を歩く予定がこもれびの里に出てしまい、今度は北上、やっとコスモスの丘にたどり着いた。
見渡す限り全面に咲くコスモスの景観は素晴らしい。未だ7分咲きと見られるが、ピンク、白、 黄色、青と色とりどりのコスモスが我々を迎えてくれた。丘の頂上近くで弁当を開き、全面に広がるコスモスを眺めながらの食事は平和そのもの。こんな贅沢をしていいのかと秋晴れの好天の中で思いを新たにした。
ここで現地解散。それぞれ、公園の雰囲気を満喫しながら西立川駅に向かうが、途中、似た人に会い、怪訝な気持になるが、やはり当人。コスモスに彩られると皆さん10歳は若返るようで別人に見えるから不思議だった。
9月19日(土)午前10時=約12㌔=
聖蹟桜ヶ丘駅(西口)集合→関戸橋→府中多摩川かぜのみち→是政橋→円照寺→東方公園(休憩)→三沢川→京王よみうりランド駅解散
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府中多摩川かぜのみちでは真っ赤な彼岸花が咲き誇っていた。
◎第586回[多摩川の梨畑と果樹園の田園を歩く]
9月19日京王線聖蹟桜ヶ丘駅西口を出ると大勢のウォーカーで賑わっていた。受付で地図をもらって皆を探す。皆は駅前の隅っこで屯していた。10月10日東急土休券の申し込みをして、本日の出席者は48人、午前10時、次回はお弁当持参などを打合せ、体操は省略してコースどおり各自出発する。
川崎街道を左折、ピンク色の京王の案内矢印二従って左折、ろくせぶ公園を通り抜け、大河原公園に入って左折。巨大な関戸橋を渡ってその下をくぐり、多摩川対岸の府中多摩川かぜのみちへ出る。
土手には真っ赤な彼岸花や黄色や白い花が咲き、爽快な秋の風が吹き渡っていた。
土手を下りて多摩郵便局信号を渡り、多摩南町公園に入り緑道を進む。左折して福祉センター前を右折、下河原緑道を進む。重そうに垂れ下がった稲穂の波がネットの下で揺らいでいた。府中郷土の森博物館に沿って右折し、いこいの森公園に入る。ここでトイレ休憩。会長は枯れかけた蓮池の鴨達を眺めながら持ち込んだ梨10切れを10人に分配。つかの間の秋を味わったそうだ。
電車が並ぶ交通遊園を見て二ヶ村緑道を進む。
進行方向右前方に大きな青っぽいゲートが見えてきたが、それが是政橋だった。この橋を渡って地図B面に進む。川の中州の浅瀬に白鷺が30羽ほど屯してお食事中。下流側の歩道はまだ工事中で通れない。
府中街道の細い歩道を1列縦隊で歩き、大丸用水を右に曲り、南武線の踏切を渡り、川崎街道の信号を渡って城山公園に入る。会長は九の丸から八の丸まで延々とした上り坂を背中を押されながら歩き、上りきった広場で足を伸ばして休憩。息を整えるのに20分近くかかったそうだ。
この城山公園を省略して城山通りの坂を登って中央図書館へ。延々と登って城山公園信号を左折、向陽台1を左折、くねくね曲って東方公園を過ぎ左に曲って稲城福祉センター入口を左折、市役所の前を渡り、JA東京みなみへ。梨の試食で人だかりになっているのを通り抜け三沢川に沿って進む。馬橋を渡り川の右岸を進む。梨畑、本郷公園を過ぎ西の橋を渡って左岸へ。きれいに整備された花壇のある三沢川親水公園、勢いよく伸びた朝顔に3階のベランダまで覆われた家を眺めて、矢野口橋を渡り、新田橋を右に入るとゴールの京王よみうりランド駅が見えた。
受付でスタンプとメンソールウエット爽快テイオーをいただき解散した。はじめから皆に遅れ休憩もしないで歩いたが、歩数は19,928歩。しっかり歩きは14,106歩だった。そのまま乗車して新宿で食事して帰宅。 [KM記]
9月12日(土)午前10時=約12㌔=
奥沢1丁目公園・集合(自由が丘駅徒歩5分)→九品仏川緑道→ねこじゃらし公園→等々力5丁目→深沢公園→中の橋→呑川本流緑道→呑川駒沢支流緑道→駒沢オリンピック公園(休憩)→自由通り→駒沢大学駅・解散
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五重塔の宝輪のような「オリンピック記念塔」と屋内競技場
◎第585回【九品仏川・呑川・駒沢支流追跡】
9月12日(土)午前10時(第135回参照)=約7㌔=
自由が丘駅に着くと結構ひどい雨。地図に書いていた集合場所の奥沢1丁目公園という名は間違いで、本当は奥沢2丁目公園だった。
集合場所に着いていたISさんに電話して、皆さん駅南口へ戻ってもらう。駅舎の庇の下に集まって西武土休券の配布、邪魔になるのでガード下で打合せをしてザザ降りの中へ出発する。
雨に煙る九品仏川緑道へ出ると、YIさんから電話が入り北口にいるそう。直接休憩場所の駒沢オリンピック公園へ行くよう話しながら駅へ戻るとKTさんと会って、もう皆には追いつけないので近道の自由通りを歩くことにする。[先発隊も大井町線との交点で豪雨に出会い建物の中で雨宿り! 15分ぐらい待ってコースを端より学園通を北上、呑川本流緑道に突き当たり右折した]
呑川本流緑道へ右折し、すぐ呑川駒沢支流緑道を入る。しっぽり雨に濡れた緑道は物思いに浸るのに似合う。自由通りを渡り、昔の都立大学は駒沢ハウスという落ち着いたアパート群になっていた。
駒沢オリンピック公園の手前「やくも街かど公園」で後から来るであろう皆を待つことにする。会長に電話しようとしたら、今来た道の彼方に傘を差した見慣れた一群が見え、ずんずん近づいてきた。たいした差がなくやってきた皆、さすがはGNP!と感心する。にぎやかに合流して広い公園へぞろぞろと入る。
「ここは深沢公園?」と聞かれて不審に思ったところ、ねこじゃらし公園、等々力5丁目、深沢公園、中の橋は省略したそうな。
屋内競技場の脇から入ると先方に、五重塔の宝輪のような「オリンピック記念塔」が望めた。駒沢通を陸橋で越え、雨が当たらない陸上競技場出入り口で休憩。
階段で地面に下り、秋色の林を抜けて、学生たちが運動している姿を眺めながら、色んな植物が植えられた脇を通り、駒沢1丁目公園から自由通りへ出て、駒沢ガーデンハウスを過ぎ、玉川通を右折すると、田園都市線駒沢大学駅に到着、そのまま解散した。今日は1万歩にならなかった。雨降りだから仕方ないか……。 [KM記]
9月5日(土)午前10時(第84回参照)
公団金町駅前団地広場(JR金町駅北口徒歩2分)集合→葛西神社→江戸川堤防→東金町5丁目→水産試験場跡(オニバス見学)→花菖蒲園→水元大橋→伝五郎の松(昼食、第1次解散)→メタセコイアの森→水生植物園→水元かわせみの里→大場川閘門橋→自由広場→冒険広場→香取神社→南蔵院(しばられ地蔵)→東水元公園→金町駅解散=約13㌔=
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花壇で彩られた水元公園のメーンロード。
◎第584回【水元公園巡り】
9月5日(土)午前10時、金町駅北口を出ると、東急の先に100円ショップなど出来て随分きれいになっており、前回集合した”みだりにたむろしてはいけない「公団金町駅前団地広場」”は緑にあふれ、秋ぐちの蚊もいっぱい集まってきた。集合した45人、早々に打合せを済ませ、体操もしないで葛西神社へ向かう。
葛西神社境内に露店が出ていたのでそのまま通り抜け、日当たりのよい江戸川堤防の上を歩く。都立水元公園釣仙郷入口から桜並木に下り、東金町5丁目から水元公園に入る。ごんぱち池のアサザ、オニバスは見損なったが、今日は行楽日和の真っ只中。小合溜対岸のみさと公園(埼玉県)も人がいっぱいだった。ゆったりした小合溜に沿って水元大橋を渡り、反り返る裸婦像を眺め「涼亭」の前で若干が留まり、大半は水元公園一周へ向かう。
メタセコイアの森、芝生広場から続く石畳の記念広場を過ぎ、草刈作業中の人と話した後、けもの道を抜けてバードサンクチュアリを覗く。水は相当濁っていた。アシ、マコモ、ハスなどが茂る水生植物園を眺め、小合溜に沿って延々と歩く。
かわせみの里が見えたと思ったら、そのそばに黄色の旗を先頭にした一群が見えた。わがGNPの元気組は一気に近づき、口々に「食事中のかわせみを見た!」と大喜びで自慢する。私も急いだが、残念ながら既に遅く、三脚を構えた二人の人間と、彫刻のようなアオサギがゆったり周りを見回していただけだった。
裏に回り、明治43年建造、レンガ造りアーチ橋の大場川閘門橋に着く。歩行者と自転車専用となっている橋を脇から覗くと、閘門の堰板を必死で差し込んでいる二人のブロンズ像があった。ひなびた閘門橋と平行する葛三橋は車がひっきりなしに通る。
江戸時代、この辺りは古利根川(現在の中川)、小合川(現在の大場川、小合溜)が入り込んだ複雑な地形で古利根川の氾濫地域であり、古利根川と小合川の逆流を防ぎ、水田の水源確保のため、さらに岩槻街道の流通路として閘門と橋が造られたとのこと。
水元公園に戻り、大場川から落ちる滝を眺め、かわせみの里に降りて揚水工事完成の碑を眺め、さっきのアオサギを確認すると同じ場所にいた。繋がれているのかなと考えながら通り抜け、ポプラ並木に沿って戻る。広場でバーベキューを楽しむ大勢の人の中を通り、広大な芝生広場を流れるせせらぎを見て、そのきれいな流れが水路にいくと水面がレンガ色に変っているのを覗く。小合溜に沿っていくと再び涼亭。既に皆は持参したお弁当で食事中だった。
帰途は伝五郎の松をもう一度見学し、外溜に沿ってさくら堤下の細道を進み、途中放し飼いの可愛い雄鶏を眺め、白い板橋を渡って堤に上り、下って南蔵院へ。荒縄で縛られたしばられ地蔵尊を拝み、解き縄入れを覗き込んで、時折吹く涼風に癒されながら、日差しの中を集合場所の公団金町駅前団地へ戻り、金町駅で解散した。歩数は2万歩を越えていた。[KM記]
[伝五郎秘話]
よく氾濫を繰り返していた小合川のほとりに堰作りの名人伝五郎が居たが、小合川の自然を愛し、頑として堰を作ることに反対していた。地元の庄屋は説得に当たり完成の暁には自分の娘を嫁に出すと約束した。ところがその娘は伝五郎の兄太一郎と恋仲にあり、その挟間に立って完成した小合溜に身を投じてしまった。嘆き悲しんだ伝五郎はその場所の松の畔でたたずんだまま、朽ち果てた。兄太一郎は不憫な弟の気持を思いやり、その松を「伝五郎の松」と名付けたという。
(インターネットで調べても水元公園管理事務所に尋ねても由来が判明しないため、勝手にGNPで創作した秘話です)
8月29日(土)午後4時=約7㌔=
田町駅前(JR田町駅南口徒歩1分)集合→芝浦工大跡地→芝浦ふ頭→旧芝離宮恩賜庭園→汐留シオサイト(休憩)→新橋→日比谷公園→和田倉噴水公園解散
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夕闇迫る和田倉噴水公園の雄大な噴水。
◎第583回[夕涼み都電を歩こう17(2系統)]
まだまだ暑さが残る中、田町駅芝浦口は海江田万里候補の選挙演説の真最中。すっかり様変わりした田町駅東口(芝浦口)2階のデッキに集合したのは初参加者を含めて45人。会長が寄り道して購入した東急土休券のセットと配布。今回で夕涼みウォークが終わり、来週から朝10時集合になること、本日参加したKTさんの紹介をして出発する。
エスカレーターを下り、新芝橋、豊洲に移転した芝浦工大の跡地を過ぎ、渚橋を渡ると芝浦アイランド。運河にテラスがあり高層住宅が立ち並び、別世界が広がっていた。
体操をするためプラタナス公園へ入ろうとすると、また海江田組に会い、応援を送ったり、握手したりと大騒ぎしたが、翌日の衆議院選挙で見事当選! 民主党大勝の一幕を見届けた。ようやく体操して歩き始める。
高速下をくぐって、交番前を入りオンワード前を進み、ゆりかもめ下の道路の簡易階段を上下して左折。人通りの少ない歩道をゆりかもめに沿って北上する。
芝浦ふ頭駅、バーク芝浦、日の出駅とゆりかもめの高架下を歩き、新浜崎橋を渡る。ここから浜崎橋をとおしての眺めはなかなかのもの。
竹芝駅を過ぎ、芝浦ふ頭公園横の客船ターミナルで休憩。公園には帆船に模したオブジェが空に向かって聳えていた。十分涼んで出発。
四季劇場へ向かう人の群れに逆らって芝商高前を進み右折。アクティ汐留の整備されたイタリア庭園に入り、東京ツインパークスから2階通路に上がり、汐留駅、人でごった返す日本テレビ、汐留シオサイトを眺め、左折して新橋駅の人ごみを抜ける。
JRガードをくぐり、西新橋を右折、日比谷通に出る。台風11号の前兆か、涼しい風が吹き、汗は出るけれど心地よい。日比谷公園を通り抜け、祝田橋から皇居外苑の中を進み、和田倉噴水公園に到着。クールダウン体操をして解散した。
汗で濡れた服が冷たくて風邪を引きそうなので、東京駅のトイレで早々に着替えて帰宅した。
8月22日(土)午後4時=約10㌔=
江戸川公園(江戸川橋駅1a番出口徒歩1分)集合→関口台公園→新大塚公園→教育の森公園→窪町東公園→簸川神社→千石駅→富士前公園→車庫跡公園(休憩)→動坂上→道灌山下→よみせ通→へび道→上野動物園前解散
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江戸川公園入口のスケッチ画
◎第582回[夕涼み都電を歩こう16(20系統)]
8月22日(土)午後4時、江戸川公園に集合したのは、47人。1週休んだせいか、いつもの顔ぶれが新鮮に見える。打合せと体操をして、スタート。
江戸川公園の中心部からジグザグの階段があり、関口台に上る。この坂道が炎天下の中では結構きつい。上ってしまうと今度は下り。日陰を求め高速道路の下を歩き、右折して音羽通を渡り、筑波大付属高とお茶ノ水女子大の間を通り抜け教育の森公園に到着。
木陰の多い散歩道を快い気持で歩き窪町東公園を縦断。簸川神社に向かう。読みにくい名前は「ヒカワ」という。ここから千石駅まで路地を西に向けて突き当たると右か左に曲がりまた西に向けて歩くというジグザグ行進。左側に不忍通というかつての電車道を頼りに無事中山道に着き、渡って直進、本郷通を渡り、左折。旧電車道の不忍通を一寸歩き、右折して車庫跡公園で休憩。
ここは公園の名前からもわかるとおり、以前は都電の神明町の車庫跡。そのため児童の教育の場として、この公園内に都電を置いている。都電6000形一両と、貨物車の乙2号一両が保存され、この6000形は290両が製造され、台数としては一番多い車両とのこと。この公園にはじゃぶじゃぶ池があり、憩いとふれあいの場として近所の子供たちが遊んでいた。
ここから、動坂上、狸坂、道灌山下と歩き、よみせ通に入り、南下。くねくねと曲がりくねったへび道を歩く。へび道は、今は暗渠(地下の水路)になってしまったが、藍染川が流れていた場所。つまり道路のあるところは、元は川だったということ。藍染川は上野の不忍池に注いでいた川。へび道がくねくねしている理由は元が川だからである。
池之端に出て、上野動物園正門前に到着。ここで解散した。=約10㌔=
8月8日(土)午後5時=約7㌔=
新宿御苑新宿門(新宿御苑駅1番出口または新宿3丁目駅C5出口徒歩2分)集合→多武峯神社→左門町→信濃町→権田原→北青山一丁目→赤坂八丁目→東京ミッドタウン(休憩)→飯倉→神谷町→芝公園みなと図書館前解散
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桧町公園では蒲の穂が池の中から見えた。
◎第586回[夕涼み都電を歩こう15(33系統)]
=約9㌔=
8月8日(土)午後5時、新宿御苑新宿門に集合したのは47人。来週のお休みや次回の集合時間は午後4時になることなどの打合せの後、体操をしてスタート。
御苑横に続く緑道は樹木が生い茂り涼しい。快適な気分で四谷4丁目交差点手前の路地に入る。多武峯神社を横目に見ながら外苑東通を渡り、慶應医学部前を通り、中央線と高速道路を跨ぐ跨線橋を渡ると目の前が外苑。
これを半周していちょう並木に出る。冬の黄金色に輝く並木とは一変して濃緑に覆われた並木はまるで日食のように陽を遮り500メートル続く。青山通から外苑東通に入る。複雑な地形になっている乃木坂陸橋を越えると別世界、東京ミッドタウンだ。
かつて、ここは、江戸時代、萩藩毛利家下屋敷だった。明治時代に陸軍駐屯地となり、終戦後には米軍将校の宿舎、日本に返還された後は防衛庁の檜町庁舎として、実に400年あまりの間、一般には閉ざされた土地として使われていた。その場所が再開発によって甦り一般に開放されたのが2年前。今でも当時の樹木や石垣が形を変えて使われている。
桧町公園で休憩。蒲の穂が池の中iに生えていた。ここで兎が出てくると出雲の話になるが、さすがに兎はいなかった。
六本木からそのまま外苑東通を歩き、物々しい警護をしている狸穴のロシヤ大使館を眺めながら飯倉で左折。神谷町で右折。芝公園みなと図書館前に到着。ここで解散した。
8月1日(土)午後5時=約8㌔=
礫川公園(後楽園駅または春日駅5番出口徒歩1分)集合→東京ドーム→飯田橋高層ビル街→西神田→一ツ橋→神田橋公園(休憩)→常盤橋→呉服橋→八重洲→数寄屋橋解散
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ソニービル前に大きな水槽が設置され、ちょっとした水族館。
◎第580回[夕涼み都電を歩こう14(17系統)]=約8㌔=
8月1日(土)午後5時、礫川公園に集合したのは、46人。ところが会報持参人が届かない。とりあえず、MNさんの体操を先に始め、やっと終了した頃、タイミングよく会報到着。早速、個別に配布したところで簡単な打合せ。そそくさと出発した。
まず、東京ドームを半周。イエローボックス(場外馬券発売所)の閉鎖時間に行き合わせたのか、競馬新聞に目を留めながら歩く群衆を掻き分けながら飯田橋に向かう。馬券の買い方も知らない品行方正なGNP一行に「馬券とは!」とちょっとした薀蓄を語りながら小石川橋を渡り、別世界に出る。正面にメトロポリタンエドモンドホテルを眺めながらアイガーデンテラスに入る。ガーデン・エアータワーとか横文字の高層タワーが続き、日本と思えない街並みになり、コンクリート道にもかかわらず、深い並木に囲まれ涼しい道になっている。様変わりした飯田橋高層ビル街を抜け、新川橋から西神田に出る。ここから南下、共立女子大横から左折。美土代町まで直進、ここで右折して神田橋公園で休憩した。
この後は、一種の橋めぐり、鎌倉橋、竜閑橋、新常盤橋、常盤橋、一石橋、呉服橋と続く。神田川に架かる橋のことだが、神田川はよどんでいてどぶくさい臭いがしている。流れのない川の流れを流暢にする方法はないのだろうか。外堀通の正式名称は「東京都道405号外濠環状線」といい、皇居(旧江戸城)外濠に沿った環状の特例都道である。延長12375m、外堀通の起点と終点は東京駅前。その東京駅前を歩き、八重洲通、鍛冶橋通を越え、晴海通を渡った目の前が「数寄屋橋ここにありき」の碑が建つ数寄屋橋で解散した。その向側のソニービル前に大きな水槽が設置され、ちょっとした水族館。大きなエイが泳ぎ、その横で小魚が群れを成して泳いでいる。さまざまな魚が同居している姿は、平和そのもの。いつまでも見飽きない見世物を見ているうちに夜の帳が訪れてきた。
7月25日(土)午後5時=約8㌔=
音無親水公園 (王子駅北口徒歩3分)集合→王子神社→金剛寺(紅葉寺)→八幡神社→西巣鴨→掘割→庚申塚→江戸橋通→江戸橋公園(休憩)→明化小→指ヶ谷小→柳町小→礫川公園解散
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王子神社境内でラジオ体操をするGNP一行
◎第579回[夕涼み都電を歩こう13(35系統)]
7月25日(土)午後5時、音無親水公園 に集合したのは、44人。飛鳥山にケーブルカーがついたということで、試乗したかったが、午後4時までで終電とのこと。打合せは公園で行ったが、体操は王子神社に上り、境内でMNさんの指揮のもと、元気よく行う。
王子神社の境内に「おみくじの神歌」が掲げてあった。その内の大凶の部に興味を持ったので、2,3紹介してみる。
人目には見えねどひとりつつしめよかくりに神の在すと思いて
邪しまの心ますますさかりにて人を羨み世をばかこちて
吉事をば願えど身をば怠りて何つとむべき業を知られず
音無橋をくぐり、石神井川緑道を歩き、金剛寺(紅葉寺)境内に入る。可愛い七福神の石像が印象的。それにまるで緑のくらげが浮かんでいるように見える松の盆栽が不思議だった。
滝野川橋を越え、けやき緑地の先にある小さな階段で石神井川を離れ、八幡神社に向かう。少々寂れている滝野川八幡通商店街を通り、白山通を越え、明治通を少し歩き掘割から旧中仙道に入る。庚申塚から折戸通、江戸橋通を歩く。通りの由来となっている江戸橋を渡り、左折。江戸橋公園で休憩する。
ここからは文京区の小学校めぐりのような様相になり、まず、明化小学校まで直進。突き当たって右折。すぐに左折。この繰り返しで指ヶ谷小学校、柳町小学校と突き当たる。すぐ横を白山通が続いているのだが、そこに入らないようにウォーキングしているようなものだ。小石川3丁目で大通りに出て、こんにゃくえんま前、富坂下と人通りの多い道を歩き礫川公園に到着。ここで解散した。=約10㌔=
7月18日(土)午前17時=約8㌔=
金王八幡宮(渋谷駅徒歩5分)集合→渋谷氷川神社→広尾北公園→笄公園→十番稲荷神社→狸穴公園→芝公園(休憩)→塩釜神社→桜田公園解散
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渋谷とは思えない静寂さをたたえる金王八幡宮。
◎第578回[夕涼み都電を歩こう12(6系統)]
=約8㌔=
朝からむしむし暑い真夏日、今日から恒例の夏バージョン「夕涼みウォーク」である。
毎年のことだが、7月18日(土)午後5時集合ということで、時間割の変更があると午前中の過ごし方が違ってくる。7時前に目が覚めるが、そのままだらだらとテレビを見てしまう。やっとの思いで10時過ぎ、床から離れる。いろんな整理がたまったままだが、手がつかない。
渋谷駅周辺はなかなか覚えられないので、午後3時、用意を始め、3時30分、家を出る。
銀座線終点で下車、明治通を通路で越え、歩道橋を渡り渋谷警察を見て路地に入り、六本木通の一つ裏の道を進むとこんもりした森があり、金王(コンノウ)八幡宮にスムースに4時20分には着いてしまった。まだ早いので目の前にある豊榮稲荷神社を見学する。渋谷周辺にあった色んな神々が合祀されているとのことで、石碑がずらっと並び、赤い鳥居が連なっていた。
金王八幡宮に集合したのは40人。児童公園で明日の下見、8月15日のお休みなどを打合せ、MNさんの体操をして出発。正面の階段を下りて直進、鬱蒼とした森へ突き当たり長い参道を見下ろして、薄暗い氷川神社の森を抜ける。国学院大、東京女学館に面した頻繁にバスが通る道を進み、日赤医療センターへ突き当たり左折。
日赤通をちょっと通り、広尾ガーデンヒルズを横に見て細い堀田坂を下る。くにゃっと曲ると外苑西通り、日赤病院下信号を渡り人出の多い笄(コウガイ)公園で休憩する。笄小学校横の細い坂を上がり、警官が番をしている中国大使館前に出て信号を渡り、狐坂を下る。狸坂を見上げて左折、鳥居坂下の信号を渡る。麻布十番温泉がなくなっていた。
十番稲荷の七福神の石像を覗き左折。信号を渡って狸穴公園を過ぎ、道なりに進むと、麻布タワーへ出る。桜田通を渡り右折、すぐ左に曲り時代劇の料亭のような「とうふ屋うかい」を横目に坂を下ると、東京タワー下信号。弁天池を渡って段々を上がると、目の前に東京タワーが聳える広い芝生の公園に出た。バラの花が残っていた。旧徳大院霊廟総門に下り、しだれ桜の脇で休憩。落日はしたがまだ明るい。若干解散し、半数以上はゴールへ向かう。
増上寺前の信号を渡り、港区役所前の長い緑道を北上、赤レンガ通に出て、塩釜神社を通り抜けると、道の両側に建物が何にもない場所があった。看板を見ると、東京都建設局の環状第2号線の道路トンネル工事が行われており、工区は新橋4丁目から虎ノ門外堀通に抜ける約8ヘクタール。新橋第1工区の工期は20年3月から22年3月までとのこと。こんな街中で大工事が進んでいる。新橋はまだまだ変化していくようだ。
ようやく、ゴールの宵闇迫る桜田公園に到着。体操をして解散した。汗をかいたシャツが冷たくて、コーヒー店で着替えすっきりして帰宅した。
7月11日(土)午前10時=約8㌔=
豊洲公園(ゆりかもめ線豊洲駅徒歩5分)集合→新豊洲→市場前→有明テニスの森→有明→センタープロムナード→潮風公園(ガンダム見学・休憩)→東京ビッグサイト解散
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潮風公園に現れた身長18メートルの巨大ガンダム
◎第577回[豊洲からガンダムを見に行こう]
7月11日(土)午前10時=約8㌔=
豊洲公園に集合したのは、49人。来週からしばらく夕涼みウォークということを伝え、体操をしてスタート。新豊洲、市場前、有明テニスの森、有明とユリカモメの高架下を歩く。歩道は広く、周りは土盛りが出来ているだけで、ほとんど未開発。東京オリンピックが実現した暁には選手村になるという看板が出ていた。
有明を過ぎたところでセンタープロムナードに入る。国際展示場前までは木陰があって意外に涼しいが、途中から工事中の塀が出来て横道にそれる。樹木移植工事のため、9月いっぱいまで歩けないとのこと。パレットタウンを過ぎて右折し、フジテレビ前に出て、左折。潮風公園に向かう。この辺に来ると続々と人出の波。
巨大なガンダムが見えてきた。人波に流されながらぞろぞろと歩くと囲いがあり、その中がガンダムの居場所。まず、お尻から拝見。素材は鉄骨と強化プラスチックで、高さはアニメの設定と同じ18メートルとのこと。この製作はバンダイナムコグループが行ったとのことで、準備は1年ほど前から始まり、両目など50ヶ所から光を放ち、頭部も動き、胸や背中などから排気に見立てた霧も噴出するという。本日は公開初日で1万人ぐらいの人出。頭部が動くシーンだけは見学できたが、他の動きは見学できなかった。見た目では今にも動きそうな雰囲気があったが、実際には立像である=写真=。
ここで第一次解散とし、ゴールの東京ビッグサイトには有志だけで向かった。
7月4日(土)午前10時=約8㌔=
代田橋駅(京王線)集合→玉川上水緑道→笹塚駅→玉川上水第二緑道→初台→参宮橋駅→明治神宮(見学・休憩)→原宿駅→代々木公園一周→原宿駅解散
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初台駅近くの玉川上水緑道を歩くGNP一行
◎第576回A[玉川上水緑道と代々木公園]
7月4日(土)、今にも降りそうな梅雨空の中、大原稲荷神社を見ようと少し早めに代田橋駅に着く。駅北側の鬱蒼とした森に古めで威厳のある社があり、境内を掃除する人と挨拶する。山奥に来たような感じになった。
踏切を渡り、南口を過ぎて玉川上水緑道へ向かう。ゆずり橋の手前にコバルト色の小さな可愛い三輪カーがぽつんと淋しくいた。 暗い空のせいか、緑道は薄暗く、お地蔵さんの表情も読めない。夕闇が垂れ込めているようだ。
TCさんが駅前で案内に立ってくれ、ぞろぞろとみんなが集まってきた。早く来た人に「橋の上流が深山幽谷だよ」と案内する。午前10時、玉川上水緑道に集合したのは、50人。まず、4月から6月までの第2四半期13回の例会に皆勤した13人の会員に記念品(レジャーシート)を差し上げ拍手で称える。会長からシンポジウムの報告、下見の予定などの説明があり、MNさんの体操をして、じっとりと湿気の高いなか、出発する。
この辺の玉川上水は蛇行していたようで、笹塚駅前に接触したかと思うと直角に右折れ、五条橋で左に折れる。
ここから「玉川上水旧水路緑道」と名前が変わり、比較的なだらかな曲線を描く。初台駅の近くに遊具が置いてあり、トイレもあったので、ここで小休止。人工的な水の流れが設置されているのを眺めていると、後続組が大挙してやってきた。後続組は途中で休憩したとのことで、一緒になって山手通を渡り、高速道路をくぐり、右折して参宮橋に向かう。
明治神宮北門から神宮に入り、うっそうとした砂利道を踏みしめる。いつものことだが、神域に入るとどんな暑い日でも涼しく感じられ、身も心も清々しくなるのが不思議だ。本殿にお参りすると、白無垢のお嫁さんと婿どのがいて、外人観光客や若いギャルが取り巻いて喜んでいた。
そのまま南参道を歩き、一の鳥居前にたどり着く。
コースはここから代々木公園一周となっているが、変調を来たしてきた頭の具合を考慮して、中断。元気のいい他の会員を見送る。
代々木公園一周は約3.5キロ。その間を利用して一の鳥居横の茶店に中断したお二人と入り、40分ほどで完歩した連中が戻るまで歓談。いかにも完歩したつもりになって解散した。
日照りもなく、風もあり、歩きやすい天候だったが、やっぱり汗びっしょりになった。
=約8㌔=
6月28日(日)午前10時30分から国立Olympic記念青少年総合センターでシンポジウム「12週間ウォーキング教室の20年」が開催され=写真=、全国から約250人の聴衆が集まった。
内容は次のとおり。
健康センターとしての企画運営 健康センター理事長 秋山 邦彦
参加者の前後の健康診断結果 共立女子大学教授 川久保 清
自主グループの活動状況 GNP代表 村田太一郎
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6月27日(土)午前10時=約8㌔=
鶴見駅集合→トゥイニー・ヨコハマ(見学)→日産自動車横浜工場エンジン博物館(見学)→新子安駅解散
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昔懐かしいダットサンの可愛い姿
◎第575回[京浜臨海部産業観光もの知りウォーク]
6月27日(土)午前10時=約8㌔=
むしむしと暑いJR鶴見駅に集合したのは41人。しばらくは駅舎の庇の下に集まっていたが、バス停脇の木陰に移動、打合せと体操をして、真夏日という暑さの中へ出発する。小田急経堂駅からの私鉄リレーウォークにも2人参加した。
京浜急行を過ぎ、東口中央通のしっかり木陰のある並木道から地下道にもぐって右折。地上に出て第1京浜を行くと少し道幅が狭くなった。国道駅へ左折し暗いトンネル街を出て右折、旧東海道を進む。街道には朝の早い魚屋が点在し、もう店仕舞いにかかっていた。
生麦事件発生現場を眺め左折、歩道橋を上り下りして首都高大黒線下の陰を延々と歩く。ヤマタネ、味の素、日産自動車、三菱レイヨンなどの工場や倉庫が続く。黄緑色のコース案内人に導かれ、門を入ると東京電力横浜火力発電所。正面に大きなエントツ2本と小さ目のプロペラが立っていた。トゥイニー・ヨコハマの建物に入り、ミニタオルをいただき、見学がてら涼む。クイズに答えてメモ帳をもらった人もいた。
長居すると出たくなくなるので、また暑い中へ出発。コースどおりは日向なので、今来た日陰の道を新興駅まで戻り左折。ヨコレイ物流、高島屋、新日本石油などの倉庫や上屋が続く中を左側の多少陰のある方をひたすら歩く。古めの建物が見えて、共同防災センター前で対岸に渡ると日産自動車工場ゲストルーム、エンジンミュージアムだ。可愛いダットサンや沢山の歴代エンジンが展示され、車好きにはたまらない博物館だろう。スカイラインのミニカーをいただき、冷たい水を飲んで涼む。
あと1.5キロ、と、また炎天下へ出発。リュックの汗よけグッズを売っていたおじさんを冷やかし、恵比寿町の歩道橋を渡って右折、新子安駅を目指す。昭和電工をすぎ、えびすばしを渡ると日本ビクター本社の平屋の建物があり、壁に「蓄音機に耳を傾ける犬」の銅板が懸かっていた。
坂道を上ると下に線路があった。貨物引込線らしい。階段を下りて高速道路をくぐり、階段を上がって第1京浜を渡る。黄緑色のコース案内人に導かれ、階段を下ると新子安駅、小さなうちわとスタンプを押してもらい解散。JR、京浜急行と各々帰途に着く。
いよいよ真夏のウォーキングだ。身体中から汗が噴出し、シャツもズボンもびっしょり。熱射病対策に日傘や冷凍タオルも必要なようだ。
6月20日(土)午前10時=約12㌔=
新宿駅京王西口集合→靖国通→区立新宿歴史博物館(有料)→消防博物館→お岩稲荷→赤坂御用地→神宮外苑銀杏並木(休憩)→表参道→渋谷駅(井の頭線出口)解散
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外濠公園で見事に咲き誇る紫陽花。
◎第574回[都心の風情と神宮外苑を歩く]=約12㌔=
6月20日(土)午前10時、雑踏を極める新宿駅京王西口に集合したのは58人。騒音の激しさに辟易して、急遽、新宿御苑新宿口に再集合した。28日のシンポジウムの件、夕涼みウォーク下見の変更などの打合せを行い、MNさんの体操を実施した後スタート。
本来の京王沿線ウォークのコースを避けて、四谷坂道コースをたどった。下ると必ず上りがあり、階段も上ったり下ったり、一体いくつあったのだろう。うろ覚えでも七つぐらいあった。
あまりにも多い坂道のせいか、町名も昔のままが多く、家並みも古くさい木造のものと瀟洒なコンクリート建造物が混在。やっとの思いで、本塩町の大通りに出る。
新宿通を横断すると目の前に迎賓館が現れる。若葉東公園の向かい側にある四谷見附公園で一休み。すると目の前の道をぞろぞろと制服を来た小学生とその父母らしき正装した一行が通り始める。何事かと興味津々で、誰かが聞き出すと学習院初等科の父親参観日の帰り道とか。
延々と続き、途切れそうにないので、痺れを切らして向かい側に渡り東宮御所寄りを歩き始めると、みなみもと公園前で歓声が上がった。よく見ると、まず雅子様を確認、続いて愛子様をみつけ、もっと凝視すると皇太子殿下もいらっしゃる。しばらく立ち止まって眺め、東宮御所前に着くと、皇太子ご一家も横断歩道を渡り、目の前でお会いする。その距離2メートルあまり。笑顔の素敵な雅子様、可愛らしい愛子様。にこやかな皇太子殿下。コースを外れたウォーキングで思わぬ僥倖に恵まれ、感激する。
そうなるとその話に夢中になり安鎮坂を上ったのも忘れて、外苑東通を左折。青山一丁目手前で、いきなり事故! 何と靴底が分離! ぺたぺた音がし始めると、もう歩けない。思い切って靴底の表面をはがす。はだしになるわけにも行かず、ついに中断。青山一丁目から帰路についた。
他のメンバーは青山通の裏道を歩き、青山学院に突き当たり、青山通に戻り、ゴールの井の頭線の渋谷駅に到着。景品をいただき、解散した。
6月14日(日)午前9時30分、副都心線新宿3丁目駅E1番出口に集合したのはゲストを入れて16人。本日は番外編ということで自由歩行とした。
コースは、東新宿、新宿中央公園、明治神宮宝物殿(見学・休憩)、北参道、表参道、副都心線明治神宮前駅ゴールとなっている。
連日組の中には途中を省略して単純に明治通を直進。明治神宮御苑に入苑してちょうど手入れ中で、こういう作業で鮮やかな菖蒲田=写真=となる有様や清正井を楽しんだものもいた。
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6月13日(土)午前10時=約8㌔=
千鳥ヶ淵公園自由の群像前(半蔵門駅東口徒歩7分)集合→桜田門→日比谷公園→新橋→浜離宮恩賜庭園(見学・休憩)→築地市場→勝鬨橋→月島解散
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都心のオアシス浜離宮恩賜庭園の景観
◎第573回[都電を歩こう11(11系統)]=約8㌔=
6月13日(土)午前10時、千鳥ヶ淵公園自由の群像前に集合したのは56人。打合せと体操の後、スタート。お濠側と対岸組に分かれて出発。
信号のないお濠側組はB班中心だったが、桜田門、日比谷公園と先着。日比谷公園では、お菓子の「三笠山」を話題に三笠山に上り、はるか下を通り抜けるA班を見下ろす。
新橋4丁目からほぼ一直線で途中、建設中のトンネルを抜けて浜離宮恩賜庭園中の御門に到着。半額組22人と正当額組11人で入園、花菖蒲を中心に見学した。
古木と池の調和が絶妙でいつ見ても落ち着いた雰囲気。船着場から上がってきた外国人観光客も感嘆の眼でカメラに収めていた。帰りは正門から出場。
ここでも築地市場側と対岸組に分かれて出発。市場側組は場内と場外の歩行者天国になっている境界道の中心を歩く。場外の喧騒を眺めながら小さな波除神社に軽く手を合わせ、縁日の屋台をキョロキョロ見ながら勝鬨橋に到着。ここで、対岸組と遭遇。
一緒になってゴールの月島仲通商店街(通称もんじゃ通)に入り解散した。
6月6日(土)午前10時=約7㌔=
代々木駅西口集合→国立能楽堂→鳩森八幡神社→神宮外苑(休憩)→東郷神社→竹下通り→原宿駅前→明治神宮御苑(花菖蒲)→代々木駅解散
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明治神宮御苑で見事に咲き乱れる花菖蒲
◎第572回[花菖蒲と代々木の歴史を訪ねて]
6月6日(土)午前10時=約7㌔=
JR代々木駅西口にゲスト1人を入れて49人が集合した。
駅は傘をさした人で混雑しておりストレッチもできずになんとなく出発する。
この雨ふりはウォーキングが終わるまで、ずっと続いた。
さて、駅のガードをくぐり青山街道と書いてある踏切を渡り、次の信号を左折し、国立能楽堂を回り込んで鳩森八幡神社へ出た。
ここで軽く手を合わせ直進し外苑西通りへ出る。
この観音橋の信号から短縮ルートにしようと、歩き始める前に数人で密約していたが、真面目さがたたり結局正式ルートをきちんと歩くことになってしまった。
まっ!いいか! 今日の総距離は約7,8キロメートルだもんね。
そして神宮外苑に入り、何せこの天候なので薄暗いイチョウ並木を通り抜ける。
さらに前進。東郷神社では、境内で新郎新婦が写真撮影のポーズをとっていた。
原宿駅を過ぎ、いよいよ明治神宮御苑(菖蒲田)へと足を運ぶ。
東門で拝観料を支払い、木立の中をぐにゃぐにゃ歩き、やっと花菖蒲の場所へ到着。
じっくりと花を観賞した後は、ゴールの代々木駅へ向かい、いつものバッジを受け取り解散した。 [AM記]
一方、参加者のあまりにも多いのに辟易した有志4人で7月4日のための下見がてら、代々木→明治神宮→参宮橋→初台→玉川上水緑道→大山町→東北沢→駒場野公園→西郷山公園と雨の中を歩き通した。
5月30日(土)午前10時=約13㌔=
宮崎台駅(田園都市線)集合→菅生緑地→保木公園→王禅寺→王禅寺ふるさと公園(休憩)→鶴亀松公園→新百合ヶ丘駅解散
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生田緑地ばら苑の彫刻は今にも降りそうな曇天の中でも不思議なことに光り輝いていた。
◎第571回[宮崎台駅から新百合ヶ丘駅まで]=約13㌔=
5月30日(土)午前10時、宮崎台駅に集合したのは43人。会長は何を考えていたのか、渋谷に出ずに新宿に出てしまい、ままよと向ヶ丘遊園に向かったそうだが、惚け現象が心配だ。
その内、20人はコースを離れて生田緑地ばら苑に向かい、艱難辛苦してバラ苑に到着して薔薇の鑑賞。
もともと小田急向ヶ丘遊園として運営されていたものを平成14年川崎市が引き継ぎ、市民ボランティアが維持管理。現在130種4,700株のバラが植わっている。そのバラには克明に名前と出産地が記され、鑑賞者の便に供している。
園内の彫刻はバラの中に調和して建てられ、今にも降りそうな曇天の中でも不思議なことに光り輝いている。開花時期の春と秋だけの限定開園となっているが、十分堪能しバラの香りに酔いしれて向ヶ丘遊園から帰宅した。
残りの23人はコースに乗って、菅生緑地、保木公園、王禅寺、王禅寺ふるさと公園、鶴亀松公園と歩く予定だったが、あまりの人混みに辟易して、清水台から左折せずにそのまま直線的に歩き小田急新百合ヶ丘駅に到着して解散。まともにコースどおりに歩いたのは数人にとどまったようだ。
5月23日(土)午前10時=約10㌔=
美竹公園(渋谷駅東口徒歩7分)集合→水野学園→表参道→原宿団地北→勢揃坂→明治公園→国立競技場→いちょう並木→高橋是清翁記念公園(休憩)→赤坂見附→永田町→清水谷公園→千鳥ヶ淵公園→昭和館解散
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黄金色の銀杏からは想像できない緑青の豊かなイチョウ並木はなかなかの見もの。
◎第570回[都電を歩こう10(10系統)]
5月23日(土)午前10時=約10㌔=
渋谷駅に着いて構内案内図を見ると地図になかった13番出口が見つかり、13番出口を出ると目の前が美竹公園。もっとも13番出口まで改札口から5分近くかかったが、便利になった。
この美竹公園に集合したのは58人。打合せと体操をしてスタート。元都電通とは離れてじぐざぐと歩き、表参道に出る。そのまま横断して路地を歩く。原宿団地北に突き当たり、キラー通を横断。熊野神社を横目に見ながら勢揃坂を下る。
明治公園から外苑に入り、国立競技場の回りを半周していちょう並木通に到着。黄金色の銀杏からは想像できない緑青の豊かな並木はなかなかの見もの。ちょうどその緑の中で花嫁、花婿の撮影があり、微笑ましかった。
青山通を横断、一線右側の道を青山通に沿って歩く。イラク大使館、ドイツ文化会館、カナダ大使館を裏から眺めながら高橋是清翁記念公園に到着、ここで休憩した。
こんどもそのまま裏道を歩き、外堀通を横断。赤坂見附で歩道橋を渡り諏訪坂に出て平河2丁目で左折。下って清水谷公園に入る。下ると必ず上りがあると分かりながら階段で上り文芸春秋社の巨大な建物を眺めながら半蔵門に出て千鳥ヶ淵公園に入る。
新緑に包まれた公園を汗まみれになって昭和館に到着。暑さのせいかくたくたになってしばらく座り込んでから解散した。
5月16日(土)午前10時=約8㌔=
日暮里駅北改札口受付集合→天王寺→日暮里繊維街→藤の大滝→荒川公園→荒川区自然公園→若宮八幡宮→ふるさと文化館→素盞雄神社→南千住駅解散
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浅草三社祭りでiこやかに神輿を担ぐ女性の姿
◎第569回B[芭蕉旅立ちの日(碑)と下町商店街散策]
5月16日(土)午前10時、日暮里駅北改札口前に集合したのは、52人。JRコースの混雑を避けてHKさんが用意した「ほっとする街、懐かしい街日暮里~湯島」を歩く。
夕焼けだんだんを下って谷中銀座からよみせ通に入る。途中で左折して細い道をくねくねと歩き、急階段を上る。観音寺の築地塀がすごい。瓦を何枚も築地で重ねたような塀で今にも崩れそうな感じだが、関東大震災にも耐えた頑丈なもの。端から見ると幅が60センチぐらいある。
三崎坂を左折して宗善寺に突き当たり、右折。三浦坂は急な下り坂。途中ユニークなお店「ねんねこ屋」があるが、残念ながらお休み。「ごめんね!」というコメントが印象的。ある人の表現によると「ナマネコのためのお店でなく猫グッズ専門店」とのこと。
根津神社で休憩。先日までツツジで賑わった光景が嘘のように人出も少なく、静かな境内だった。
お化け階段を上り言問通に出て左折。不忍池に出て「下町風俗資料館」前で第1次解散。
浅草で「三社祭」があるということで、浅草まで足を伸ばす。仲見世通はそのままでは歩けないほどの人出。やっとの思いで浅草寺前まで出たが、もう動けない。しばらくそのまま立ちんぼで神輿を待つ。やがて威勢のいい神輿の行列がやってきたが、よく見えない。手を伸ばし、やみくもにシャッターを切るが、どんなものになるか見当もつかない。
いつの間にかGNPの仲間からはぐれ、居るのは見知らぬ人ばかり。そのままとぼとぼと電車に乗って帰宅した。=約10㌔=
5月16日(土)午前10時=約8㌔=
八幡山駅(京王線)集合→希望丘公園→烏山川緑道→石仏公園→豪徳寺(休憩)→松蔭神社→目青不動尊→北沢川緑道→駒場東大前駅解散
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◎第569回A[烏山川緑道で草花と神社仏閣を訪ねて]
5月16日(土)京王沿線ウォークに集まったのは僅かに6人。八幡山駅で受付(地図・スタンプカードを貰う)を済ます。GNP会報を受取り、個々に出発する。
駅前をスタートし、松沢病院の広大な敷地を左に見ながら歩道を進み、住宅地を抜けると烏山川緑道に入る。
いきなり新緑の鮮やかな色彩の木々が目に飛び込む。木々に囲まれた緑道を暫く歩く(ついつい森林浴のつもりで深呼吸をしてしまった)。木々がとぎれるとツツジは既に終わっているが、いろんな花が咲き乱れ、目を楽しませてくれる。いつもであれば、花の名前を教えてくれるA班のお姉さん方がいない、綺麗な花なのに名前が分からないのが残念!
烏山川緑道を外れたり、戻ったりとしながら勝光院、豪徳寺、松陰神社、目青不動尊と訪ねる。
印象的だったのは豪徳寺。さすがに、「彦にゃん」で有名な彦根藩主、井伊家の菩提寺となっている豪壮なたたずまい。長い山門の両側に新緑に彩られた松が整然と並び、広い境内と高い木々。一抹の清涼感を感じさせてくれる。ここは、江戸で亡くなられた井伊家の藩主、藩主夫人達のお墓となっている(また、福を呼ぶ招き猫でも有名=写真=)。
烏山川緑道から北沢川緑道に入り、駒場野公園を抜けてゴールの駒場東大前駅に到着。スタンプを押して貰い、キッチンペーパーのお土産を頂いて、帰宅の途に着く。[TC記]
5月9日(土)午前10時=約10㌔=
音無親水公園(JR王子駅西口徒歩1分)集合→飛鳥山公園→地震の科学館→旧古河庭園→六義園(見学・休憩)→富士神社→天祖神社→吉祥寺→根津神社→本郷通→言問通→礫川公園解散
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六義園池の端で豪華に花開くツツジ。
◎第568回[都電を歩こう9(19系統)] =約10㌔=
5月9日(土)午前10時、前回のゴール音無親水公園に集合したのは、49人。はじめは狭い親水公園の渓谷で打合せのつもりだったが、上を見上げると鳩の群れが枝に止まりGNP一行を見下ろしている。彼等にはところ嫌わず糞攻撃が出来る。糞害に恐れをなして、急遽、飛 鳥山公園まで歩いて噴水のそばで、打合せを実施。
MNさんの体操をした後スタート。天候に恵まれたが、すでに夏の兆し、後で聞くと今年最高の気温28度に達していたとのこと。日照りの中は当然30度を超えていた。
七社神社はこじんまりした境内だが、なぜか落ち着いた雰囲気を感じる。細い裏道には近所の人が丹精をこめた草花が咲き乱れ、目を楽しませてくれる。
上中里駅の手前から細い坂道を上がると滝野川公園。周りには体育館や地震の科学館があり、中央には滝のある人工池があってなかなかの風情だ。平塚神社前から本郷通を横断。染井坂通を左折して妙義神社に立ち寄る。境内では珍しくクレマチスが咲き乱れていた。
ここから本郷通に出て山手線を越え、六義園に入る。見学を兼ねて休憩。ツツジとサツキの違いは、何と咲く時期が違うというだけのこと。ツツジは一般的に5月に咲き、サツキは6月に咲く。「サツキが6月とはこれいかに」という感じだったが、サツキを旧暦で表現しているということで納得した。
富士神社の富士塚、天祖神社の長い境内を歩き、横に見えているのに本郷通にいったん出てとんぼ返りのように吉祥寺境内に入る。雨だれがかかっているせいか、泣き顔に見える大仏を拝み、薪を背負って本を読む二宮尊徳像を眺め、横門から出る。すぐ横に458号線が通っているにもかかわらず、道に出ることが出来ない。私道のような小さな道を通ってやっと458号線に出て徳源院前から日本医大前まで一直線。
左折して根津神社境内に入る。下見のときは身動きできないほどの人出だったが、今日は閑散としていた。つまり、ツツジが散ったせい。正門から出てすぐ左折、急坂を上ってくにゃくにゃ歩くのは東大のせい。やっとの思いで本郷通に着き、今度は言問通を下り、こんにゃくえんま前で左折。礫川公園にたどり着き、体操をして解散したが、真夏を思わせる日差しの中で結構疲れてしまった。
5月2日(土)午前10時=約8㌔=
赤羽公園(JR赤羽駅東口徒歩3分)集合→岩淵橋→旧岩淵水門→荒川治水資料館(見学)→熊野神社→志茂銀座→北運動公園→神谷銀座→清水坂公園(休憩)→十条銀座→富士神社→名主の滝公園(休憩)→音無親水公園解散
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真っ赤に彩られた勇壮な旧岩淵水門。
◎第567回[都電を歩こう8(27系統)]
5月2日(土)午前10時=約8㌔=
南北線赤羽岩淵駅で下車、赤羽東本通を南下。ステキな教会の尖塔を見ながら赤羽消防署を左に入ると、集合場所の赤羽公園に到着。子供を乗せた馬の像を中心に藤棚などが配置されきれいな公園に51人が集合。メトロの葉書が1枚しか当たらず取りやめることなど打合せし、HWさんの体操をして出発する。
きらきら輝く快晴の中、ダイエー、スズラン通と進み、元都電通の北本通を通って八雲神社を覗き、新河岸川を岩淵橋で渡る。急に視野が開け、広々とした荒川河川敷に赤い旧岩淵水門、青い岩淵水門が見えた。坂を下りて水門先の公園を回って荒川治水資料館に入館、見学する。
今度は志茂橋を渡り裏から熊野神社に参り、志茂銀座を南下する。
北本通に出て高いエントツの北清掃工場へ曲り、北運動公園、教育未来館、神谷銀座と歩き、右折直進し、トンネルをくぐり清水坂公園で休憩する。鯉のぼりがはためき、子供たちが大勢遊んでいた。
富士見銀座、十条銀座と進み左折、富士神社で登山し、十条台小学校を左折、階段を下り名主の滝公園へ入ってちょっと休憩。王子稲荷、王子神社を仰ぎながら音無親水公園に到着、解散した。
今日は日差しが強かったせいか、汗をかいたし大いに疲れた。また暑さ対策の時期になった。
4月25日(土)午前10時=約8㌔=
八広公園(京成八広駅徒歩5分)集合→いろは通商店街→曳舟文化センター→新タワー建設予定地→墨田区役所1階ロビー(休憩)→吾妻橋→誓教寺(葛飾北斎の墓)→下谷神社→上野駅解散
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墨田区役所ロビーに飾られた折鶴の絨毯。平和を祈念したモニュメント。
◎第566回[都電を歩こう7(30系統)]=約8㌔=
4月25日(土)午前10時、降りしきる雨の中を八広公園に集合したのは、さすがに少なく41人。小さな東屋で打合せ、半分以上は傘を差したまま、話を聞く。体操を省略してスタート。
四つ木橋南で水戸街道を渡り、玉の井いろは通商店街を歩き、東武伊勢崎線に突き当たり、そのまま線路沿いを通る。途中東向島駅前に出るが、ここは玉の井駅だった。玉の井は遊郭のあるところで有名だったが、この地名を避けて今では東向島という味気ない地名になっている。
続いてユートリアで休憩、というより雨宿り。ガラスがふんだんに使われている瀟洒な建物だが、これも区の施設。バブル時代の遺物ともいえるが、これからこういう建物は公共施設としては考えられない時代になってきた。
曳舟文化センターも立派な建物だが、これは横目で眺めたまま曳舟川通を少し歩き京島1丁目から京島2丁目まで曲がりくねった道を通る。四つ目通に出るが、江東区を通る四つ目通に繋がっているとは信じがたい。押上駅交番前に出てやっと認識できる。
ここから北十間川だが、東京スカイツリー建設中で広大な土地の中で、ニョキニョキとクレーンが立ち上がっていた。2年後の平成23年には完成とのこと。その際には610メートルの超高層タワーがお目見え!
そんなことを考えながら源森橋を渡り、右折して突き当りが墨田区役所。1階ロビーに入るといつものことだが折鶴で作られた巨大な絨毯が、3階からの吹き抜けに飾られてあった。もう18回目になるというから歴史的にも価値が出ている。本来はここは休憩場所だったが、雨脚も強くなってきたので、ここで解散。
吾妻橋から上野駅までのコースは後々のお楽しみにした。
4月18日(土)午前10時=約8㌔=
新宿御苑新宿門集合→大木戸門→四谷四丁目→曙橋→新坂→杉大門通→四谷三丁目→津ノ守坂通→三栄通→四ッ谷駅→市ヶ谷駅→ライト工業→東郷公園(休憩)→代官町通→北桔橋門→皇居東御苑二の丸庭園解散
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皇居東御苑二の丸庭園の鮮やかなつつじの群像
◎第565回A[都電を歩こう6(12系統)]
4月18日(土)午前10時、新宿御苑新宿門に集合したのは、38人。折から麻生太郎総理大臣主催の観桜会が開かれたとかで、大勢の警官が警備に当たり、園内に入れない。新宿門前の通路で打合せ。体操は省略して大木戸門に向かう。
ぞろぞろと観桜客が帰る中に大きな武蔵丸親方を見つけ、スナップ。外苑西通で左折。住吉町で右折。新坂、杉大門通を歩き、四谷三丁目、津ノ守坂入口から三栄通で四ッ谷駅に出る。外濠公園グランドを通り、市ヶ谷見附で中央線を横断。
外濠公園の土手の上を歩き、ライト工業横で右折。東郷公園に入り、休憩。三番町、千鳥ヶ淵と通り、代官町通から右折して北桔橋門から皇居東御苑に入る。江戸城天守閣跡、汐見坂を下ると目の覚めるような鮮やかなつつじの群像が開け、ここが二の丸庭園。
しばらく中央の休憩所に屯して、真っ赤な中にきらっと光る白のつつじ、紫色のつつじに堪能して解散した。=約8㌔=
4月18日(土)午前10時=約10㌔=
取手駅東口受付集合→壁画アート→本多作左衛門重次墳墓→本願寺→埋蔵文化センター→かたらいの郷→利根川河川敷→旧取手宿本陣→長禅寺→取手駅東口解散
◎第565回B[アート・歴史・観光のまち・とりで宿めぐり]
4月18日(土)午前10時、JR取手駅の東口に降りて、すぐに受付を済ませた。出席者12人が揃ったところで出発する。今日は雲が少しかかっているが、薄日が射し、ウォーキング日和である。駅をぐるりと西口に回りこんだ所に「梟家族」と題した梟2体が立っている像を見かけた=梟は取手市の鳥=。何とも微笑ましい顔をしている。JRの企画なので、もっと多くの人がいて歩きにくいと思っていたが、割合少なめで歩きやすいし、ポイント毎に黄色い上着を着たスタッフが声かけをしてくれ、地図を片手にどんどん進む。半分ほどの場所、かたらいの郷(多目的福祉施設)で休憩を取った。
後半は、利根川の土手を歩く。河川敷には、野球グランド、テニスコート等、整備された運動公園が広がっており、目に映る緑が心地良く、とても気持ちよく歩けた。
ゴールは、スタートと同じ東口で、バッジをもらい、紙コップに入った麦茶を受け取り、各々解散した。[AM記]=約10㌔=
4月11日(土)午前10時=約8㌔=
永代橋西詰集合→鉄砲州→銀座→新橋→芝公園(休憩)→赤羽橋→一の橋→三の橋→有栖川記念公園解散=約9㌔=
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芝公園で咲く「キクモモ」
◎第564回[都電を歩こう5(5系統)]
4月11日(土)午前10時、永代橋西詰の広場に集合したのは57人。打合せと体操を実施した後、スタート。テラスに下りて長閑な隅田川を眺めながら中央大橋をくぐり、南高橋手前から地上に出て、鉄砲州稲荷に着く。ここから銀座1丁目まで直進。ここで左折。晴海通をくぐる。つまり地下道を通ったのだが、暗くて飲み屋街があってなんとなく終戦直後にタイムスリップした感じ。天下の銀座に未だ残っている雰囲気を感じるのもウォーキングの効用だ。みゆき通で右折する予定が左右の変化に見とれているうちに二筋ほど通り過ぎあわてて右折、中央通でみゆき通に戻る。今度は山手線のガード下を歩く。薄暗くて店舗の裏道だ。新橋近くで第一ホテルの脇を通り、赤レンガ通に出る。そのまま芝公園に着き、休憩。八重桜が残る広々とした公園でしばらく歓談した後、赤羽橋、一の橋、三の橋と歩き、起伏の激しい道を少々へばりながら有栖川記念公園に到着。
近くに大使館が多いせいか、さまざまな異国人が子供連れで散歩している姿を眺めながら整理体操をして解散した。=約9㌔=
4月4日(土)午前10時 [第78回逆コース] =約9㌔=
中野駅北口受付→中野区役所前公園(集合・打合せ・体操)→中野通り→新井薬師→哲学堂公園(休憩及び見学)→上高田公園→青原寺交番前→東中野駅→神田川→蜀江坂→成子天神下→新宿中央公園解散
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神田川両岸から咲き誇り、川面が半分しか見えないほどの景観
◎第563回[中野・哲学堂・新宿]
4月4日(土)午前10時、中野駅北口で受付をすませ、中野区役所前公園に集合したのは、53人。
第1四半期の皆勤者22人に「ナンプレブック」を贈呈。打合せと体操を実施してスタート。
約3キロにわたる中野通の桜並木は見事に満開。新井薬師前を通り、哲学堂公園に入り、休憩と見学。花見客がシートを敷いて、場所の確保に大童。未だメンバーが集まらない先から盛り上がっているグループもいた。池のほとりは静かな花見のそぞろ歩き。10分ほどの休憩の後、工事中の妙少寺川を渡り、上高田公園を横に見ながら山手通を横断。東中野駅の西側を通り、神田川に着く。
神田川の東側はほとんど桜並木が連なって見事な満開。ところが中間点で両岸から咲き誇り、川面が半分しか見えないほどの景観もあった。青梅街道を横断して、今度は新宿中央公園に入る。ここも花見の名所。ところ嫌わず、花見客のシートで埋まっていた。解散場所としていた水の広場は、フリーマーケットが、広場いっぱいを占め、体操をする余地がないため、手前で屯。天気に恵まれ、花吹雪もない絶好の花見時をお互いに称えあいながら、軽い整理体操を実施して解散。三々五々ランチタイムとなった。=約9㌔=
3月28日(土)午前10時=約8㌔=
御茶ノ水駅臨時改札口集合→法真寺→東大(赤門・安田講堂)→弥生美術館・竹久夢二美術館→不忍池(休憩)→旧岩崎邸庭園→湯島天神→麟祥院→霊雲寺→神田明神→おりがみ会館→御茶ノ水駅解散
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江戸通の街路樹はこぶしの花が満開。
◎第562回[都心の史跡と文化を訪ねて]=約8㌔=
3月28日(土)午前10時、御茶ノ水駅臨時改札口で受付を済ませ、湯島聖堂大成殿前に集合したのは、臨時参加の方を入れて53人。前週の遠征状況などの打合せと体操を済ませ、早速スタート。
今回もJRの作ったコースは混雑が激しいので、これを避け、別コースを歩く。まず、工事中の聖堂内を歩き、孔子像を眺め、正門から出て、聖橋をくぐり、御茶ノ水橋を渡る。途中からマロニエ通に入り、左折して男坂の階段を降り猿楽通を歩く。
起伏の激しい場所で途中の錦華公園はその起伏を利用して造られている。富士見坂から神保町に出て、神田すずらん通を通り、明大通で右折。正則学園の手前で左折して直進。司町、須田町1丁目で右折、神田駅を越えて今川橋で左折。紺屋町を通り、岩本町1丁目で右折。十思公園に入り休憩した。
この公園も工事中で殺風景だったが、数本の桜が2分咲き、来週が見ごろのようだ。小伝馬町から江戸通を歩くが、街路樹のこぶしの花が満開。純白の花は、白木蓮に似ているが、小ぶりで花弁が開いているところが違う。中央通を越え、日銀通で左折。重厚な日本銀行の建物を右手に眺めながら西河岸橋を渡り、永代通に出る。
東京駅丸の内北口で解散する予定だったが、メトロ大手町駅の入口があったので、ここで解散することにして、JRガード手前でクールダウン体操を実施した。
3月20日(金)午前8 時=約10㌔=
[初日]東京駅集合→上越新幹線8:24発→10:38新潟10:59→鶴岡12:47着→鶴岡市内ウォーキング→酒田泊
[2日目]酒田駅→相馬楼→山居倉庫(庄内米歴史資料館)→旧鐙屋→本間家旧本邸→本間美術館→酒田駅解散→市内見学→酒田18:00発→東京22:28着
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山居倉庫に向かう。ここは米蔵。数えてみると12戸の巨大で豪壮なもの。裏側には41本の欅並木が米蔵を挟んで続き、対照の妙が素晴らしい。
◎第561回A[酒田雛街道ハイキング]
3月20日(金)午前8 時24分東京駅上越新幹線に乗車した一行12人。新潟10時59分発の特急いなほ3号に乗り換え、鶴岡12時47分到着。水の食卓といわれる「百けん濠」で昼食。その後、致道館、庄内神社、鶴岡公園を散策。南岳寺まで足を伸ばし、即身仏を見学。帰りは鶴岡商店街雛めぐりをしながら鶴岡駅に戻り、酒田駅に向かう。酒田で夕食の後、ホテルで宿泊。本日の歩行約20,000歩。
2日目はホテル8時出発、最上川に面した海洋センターまで歩き、朝食。一度、ホテルに戻り、荷物をまとめてホテルに預け、酒田駅で受付。ところが本日の参加者、全員で60人とのこと。何とGNPメンバーが5分の1を占めていた。歩行は全くの自由とのことで、市内地図と景品をもらい、12人だけで歩く。まず行ったのは本間美術館。7つの見所があったが、一番の見所は庭園の門から眺めた鳥海山。真っ白になった緩やかな頂は優雅で美しい。続いて本間家旧本邸に向かう。木造の2階建て。贅を尽くした建造物は古くても味のあるもの。建具の一つ一つに意味があり、欄干一つでも木目を生かして創られている。昼食後、相馬楼に向かう。料亭となっているが、どうも昔は格式のある遊郭らしい。その名残か小部屋がいくつもある。続いて山居倉庫に向かう。ここは米蔵。数えてみると12戸の巨大で豪壮なもの。裏側には41本の欅並木が米蔵を挟んで続き、対照の妙が素晴らしい。最後の見学場所は旧鐙屋。廻船問屋としてその名を残している。いずれの場所でも由緒あるお雛様が飾られ、雛街道として今や庄内地方で観光資源になっていた。酒田駅18時発に乗り、東京22時28分定刻到着。この日も約20,000歩に達した。=約20㌔=
3月21日(土)午前10 時=約10㌔=
笹塚駅集合→清岸寺→多田神社→酒呑地蔵→幡ヶ谷不動尊→玉川上水緑道(休憩)→東京ジャーミー→古賀政男音楽博物館(有料525円)→駒場公園(旧前田公爵邸)→駒場野公園→駒場東大前駅(西口)解散
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浄土宗清岸寺では、たくさんの石塔、大勢の地蔵様たちが並び、にぎやか。
◎第561回B[早春の都心に歴史と異国情緒を探しに]
3月21日(土)午前10 時=約10㌔=
昨日からの風雨も去り、すっかり晴れ上がった笹塚駅北口の駅前広場の京王受付で京王沿線ウォーキングの地図を受け取る。午前10 時、東京残留組38人が集合、打合せをして体操は省略して出発する。
10号通り商店街を眺め、中野通を渡り北上、浄土宗清岸寺に立寄る。周囲のビルや住宅の中にぽっかり異空間が広がり、がっちりした幡ヶ谷観音菩薩やたくさんの石塔、大勢の地蔵様たちが並び、本堂からは念仏も聞こえてきて不思議にほっとする。お彼岸のお参り客も多いようだ。
笹塚3からわき道に入り、住宅街を進む。新山小学校、南台3丁目公園と過ぎ、多田神社に参拝。20年以上も前に子育てしていた町だが、鳥居や石柱、社務所もすっかり立派になっていて記憶が戻ってこない。子供が屋根に上って叱られた場所など確認できなかった。神社を抜け、コースを外れて、寶福寺、多田小学校を回り、通学路だった租税資料館横の坂を下りる。方南通を左折、住んでいたアパートは色こそ塗り替えられていたが昔のまんま。昔の我が家を見たことで良しとして、方南町から帰宅した。
コースは渋谷区本町の酒呑地蔵、不動通商店街を通り、幡ヶ谷不動尊を眺め、山手通から甲州街道を越えて玉川上水緑道に入り、五條橋から井の頭通りへ曲り、東京ジャーミー、古賀政男音楽博物館を通り右折。上原2を左折して、駒場公園(旧前田公爵邸)を通り抜け、駒場野公園手前から井の頭線駒場東大前駅(西口)へゴールとなっている。 [KM記]
平成21年3月14日(土)午前10時=約8㌔=
錦糸公園噴水広場集合→錦糸橋→亀戸公園→緑道公園→新開橋→境川→南砂緑道公園→区役所→大横橋→木場公園(休憩)→鶴歩橋→和倉橋→赤札堂→永代橋→茅場町→日枝神社解散

大横川に咲く河津桜は満開。雨模様にも負けず鮮やかな朱色は、薄桃色のソメイヨシノに比べ強い印象が湧く。
◎第560回[都電を歩こう4(38系統)]=約8㌔=
平成21年3月14日(土)午前10時、昨晩からの雨が降り続き、錦糸公園はぐちゃぐちゃ、とりあえず地下鉄錦糸町駅の階段下に集まり、会長からホワイトデーのお菓子を配る。通路に集合した46名は、次回は酒田と笹塚になること等を打合せ。体操は省略して雨の中へ出発する。
錦糸橋を渡り、すぐに右折。京葉道路を少し歩き、カーブしている貨物線の下で右折。亀戸公園の中を通って左折、今度は亀戸南公園を斜めに通り抜けて亀戸緑道公園と大島緑道公園を通る。この緑道公園は、38系統の都電軌道跡をそのまま緑道にしたもの。ところどころにそのまま軌道を残してあったり、電車の車輪が記念に置いてあったり、当時の雰囲気を醸し出している。
新開橋を明治通で渡り、そのまま直進。途中、休んでいるKAさんが8階のベランダから顔を見せ、互いに手を振って久しぶりの挨拶を交わした。境川を渡り、弾正橋を越え、南砂3丁目から南砂緑道公園に入る。ここもかつての城東電車の軌道跡地。停留所跡だけが膨らみ、面白い緑道だ。
白木蓮が満開とのニュースに、そのまま、永代通を渡り、直進して潮風の散歩道に入る。暗い雨空に向かって咲く白木蓮は満開。残念ながら雨空では清楚に白さが映えない。それでも散歩道沿いにいっぱい咲く白木蓮は完全にひとつの名所として区外からも楽しむ人が訪れるようだ。東陽橋の下をくぐり、久しぶりに健康センターに立ち寄り、休憩した。
休憩した後、また散歩道に戻り、南開橋から地上に上がり、州崎緑道公園を歩き、沢海橋から大横川河畔に出る。河畔に咲く河津桜は満開。雨模様にも負けず鮮やかな朱色は、薄桃色のソメイヨシノに比べ強い印象が湧く。そのまま木場公園に入るが、雨脚が急に激しくなったので、ミドリアム前で解散した。
3月7日(土)午前10時=約11㌔=
池袋駅メトロポリタン口集合→自由学園・明日館→上り屋敷公園(打合せ・体操)→立教大学正門→下田橋→谷端川緑道→御嶽橋→御嶽神社・三社神社→池袋の森(休憩)→長汐病院→池袋中央通商店街→氷川神社→西前橋→下板橋通→南板橋公園解散
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池袋の森公園は小さい小さい公園だけど自然観察池では蛙が息づいていた。
◎第559回 [花と歴史の薫るレトロな街並み散策]
=約11㌔=
3月7日(土)午前10時、池袋駅メトロポリタン口に集合、各自受付を済ませる。朝からきれいに晴れ上がった中、集まったGNPメンバーは57人。広場のコーナーで会長の報告・連絡事項(4月分の駅からハイキングの申し込み等)を受けた後、上り屋敷公園へ向けてスタートする。
ホテル・メトロポリタンの横を通り、住宅地の細い路地を右に左に曲がりながら進んで行くと、由緒ありそうなたたずまいの建物の前を通る。自由学園明日館(ミョウニチカン)で、80年前に建てられた建築物は国の重要文化財に指定され、現在も使用されている。横目で眺めながら、目的の上り屋敷公園に入る。
MNさんのリードで、体操、ストレッチで体をほぐし再スタートする。西池袋公園を通り、立教通りに入る。道路の両側の建物(校舎)は赤煉瓦作りで、落ち着いた雰囲気の中にも豪華さを漂わせている。立教には大学だけでなく、小学校、中学、高校も配置されている。学年末の休みの時期に入っているためか、ひっそりして学生の姿は見かけなかった。こんな雰囲気の所で勉強する学生達は、どんなセレブの家庭のお坊ちゃま、お嬢ちゃまがたなのだろうか?
霜田橋で右折し谷端川(ヤバタガワ)緑道に入る。2m幅ぐらいの細い道だが両側にツツジが植えられ、ところどころにバラ、藤のトンネル状のアーチが架かっている。花の咲く季節はさぞかし見事であろうと思い馳せながら、歩みを進める。レンガ状の化粧タイルの道になっており、足下がとても綺麗でしかも歩きやすい。余りにも気持ちよく歩いていたためか、緑道から離れる場所を通り越してしまった。御嶽橋で緑道を離れる予定が、約300m通り過ぎてしまう。予定とは異なる所を歩き、劇場通りに出る。劇場通りを川越街道に向かって歩き、川越街道の高架下を抜けて、当初予定の公園に向かい、公園で休憩を取る。
一休みしたら、元気を回復! 全員 同時出発。池袋中央商店街を歩き、池袋の鎮守氷川神社に向かう。氷川神社は長い参道があったが、横手から潜り込む。池袋富士(富士塚)を遠目に見ながら、氷川神社を抜け西前橋で 再び谷端川緑道に入る。
東武東上線が傍を走っており、広大な電車車庫もある。この付近の緑道には車両、運転席など電車からみの遊具が設置されていた。下板橋駅で踏切を渡り、緑道ともおさらばし、終点の南板橋公園に向かう。
公園が見えてきて、ホットする。大きくはないがゆったりとした公園だ。各自、足のストレッチ等をし、疲れをほぐす。今日は久々振りの快晴で、日射しも暑く感じられるような陽気だった。気分良く歩けたからか、A・B・C班のみんなが一緒に歩き、完走する。 [TC 記]
2月28日(土)午前10時=約10㌔=
渋谷公会堂(渋谷駅徒歩10分)集合→国立代々木競技場→神宮橋→東郷神社→熊野神社→外苑前駅→いちょう並木→噴水広場(休憩)→権田原→若葉東公園→弁慶堀→永田町駅→三宅坂→桜田門→日比谷公園解散
◎第558回[都電を歩こう3(9系統)]=約10㌔=
2月28日(土)銀座線終点渋谷駅で降りてくるくると階段を下りるとモアイ像の前に出た。自分としてはハチ公前に出る予定だったので一瞬混乱した。渋谷は未だに良く分からない。
ぐるっと回ってハチ公の雑踏を抜け、スクランブル交差点を渡り、一人で西武、丸井、勤労福祉会館前と公園通りを進む。バウムクーヘンの一部のような渋谷区役所を過ぎ左折、広場へ入る。植え込みに日中友好記念の「緑萼梅」という名の緑色の梅の花が満開だった。
雨の予報が外れ、すっかり晴れ上がったCCレモンホール前の広場にゲストのETさんを含め50人が集合。本日は会長が転んで身体中が痛くて欠席することを皆さんに伝え、Wさんの体操をして出発する。今回は、都電第3弾、9系統路線のうち、Nさん立案の渋谷から日比谷公園までを歩く。
NHKを横目に代々木公園に入り、サーカスのテントを眺めながら右折、神宮橋を渡る。原宿駅前のものすごい雑踏を歩道橋で抜けて神宮前を左折、東郷神社を横目に明治通を通り、また歩道橋を渡ってキラー通りを行く。外苑西通を越え、熊野神社を過ぎ、秩父宮ラグビー場を右に曲ると外苑前駅。青山通を少し歩いて銀杏並木へ入る。枝だけの4列の並木が整然と並び、所どころ青いツタが巻き付いていた。歩道緑地帯改良工事中で歩道の半分が掘り下げられていた。土壌を改良しイチョウの木を元気にするためだそうな。突き当りの噴水の前に既にA班が休憩していた。B班も休憩。
権田原交差点を渡り、明治記念館脇の安鎮坂を下る。東宮御所前の洒落た交番、南元町公園、若葉東公園と進み、紀ノ国坂を下る。高速道路越しに弁慶堀を眺めると、真っ白に綿を被ったような木があったが、何だろう。弁慶堀の対岸の遊歩道を覗き、高速道路で蓋をされた隙間から高層ホテル群を仰ぎながら進み、弁慶橋信号を渡る。この辺りはすり鉢の底のような地形なのかも知れない。
青山通のダラダラ坂を上り、歴史薫る赤坂見附跡を眺め、最高裁判所手前の隼町で信号を渡る。三宅坂のカーブから、地下を走る高速道路の騒音を聞きつつ、普段通らない内堀通の外側を歩く。国会議事堂前のだだっ広い交差点をぐるっと回って、ごっついコンクリートの網籠のような警察総合庁舎に沿い、桜田門信号を渡る。東京名所レンガ造りの法務省建物の植え込みに米沢藩上杉家江戸藩邸跡の説明塔が建っていた。祝田橋信号を渡り、ゴールの日比谷公園に到着。A班は既に解散していた。満開の寒桜を見ながら体操をして解散。日比谷公園では下向きに咲く寒緋桜が鮮やかだった。
平成21年2月21日(土)午前10時=約10㌔=
上野駅入谷改札口集合→浅草通→松葉公園(打合せ・体操)→矢崎稲荷神社[福禄寿]→雷門→浅草寺[大黒天]→浅草神社[恵比寿]→馬道通→吉原神社[弁財天](休憩)→飛不動[恵比寿]→吉野通→南千住駅解散
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写真は吉原弁財天
◎第557回[上野周辺七福神めぐり]
=約10㌔=
2月21日(土)午前10時、上野駅入谷改札口で受付を済ませ、松葉公園に集合したのは52人。打合せと体操を実施して、スタート。雨という予報だったが、天気は回復し、快晴。気温は上がらなかったが、快適なウォーキング。
まず矢先稲荷神社で福禄寿を拝み、右折して国際通まで直進。左折して少し歩き右折して伝法院通を通り、仲見世通から浅草寺に入り、大黒天を拝む。すぐ隣の浅草神社で今度は恵比寿様を拝む。言問通を横断して馬道通の一筋左側の通りを直進。左折して吉原弁財天を探すが、なかなか見つからない。右往左往してやっと見つけ久しぶりに弁天様に出会うが、かつて福福しく感じた吉原弁天、少々顔が細くなって目がきつくなっている。こちらが年をとったせいか、それとも何か加工されたのか、印象が違ってきた。前の小公園で休憩。日陰と日向では全然違う冷え込みで、日向にほとんどのものが屯した。続いて鷲神社で、寿老人を拝む。この界隈も前は朽ち果てて今にも倒れそうな家屋があったが、きれいに整理され、跡地は駐車場になっていた。このあとは半分以上がシャッターに閉ざされているいろは商店会を通り、吉野通で左折、直進して南千住駅の陸橋を渡り、延命寺に入る。ここはかつて小塚原の処刑場だったところで、江戸時代には酸鼻を極めたとのこと。安政の大獄といわれた処刑者や二二六事件の処刑者も埋葬されている。延命地蔵、俗に首切り地蔵といわれる地蔵は花崗岩の坐像で高さ3.6メートル、1741年に建立されたもの。今ではその横に愛犬、愛猫の卒塔婆が掲げられているが、違和感を持った。
ここで解散。それぞれ昼食に向かった。
平成21年2月14日(土)午前10時=約11㌔=
ビッグボックス前広場(高田馬場駅徒歩1分)集合→諏訪公園(打合せ・体操)→西早稲田→グランド坂下→大隈講堂→天祖神社→鶴巻南公園→榎町公園→赤城神社→白銀公園(休憩)→筑土八幡神社→神楽坂→若宮公園→白百合学園→北の丸公園→皇居東御苑→大手門解散
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皇居東御苑梅林坂から眺めた満開の白梅
◎第556回[都電を歩こう2(15系統)]=約11㌔=
2月14日(土)午前10時、ビッグボックス前広場に集合したのは、何と58人。2月にもかかわらず初夏の陽気。後で聞くと都心の温度は25度とか。打合せを広場前で実施した後、諏訪公園に向かう。途中、人一人しか通れない路地や階段を下りたり、階段を上ったりしながら捨て猫が屯する公園に到着。4ヶ月に亘る世界旅行ですっかり垢抜けたN女史の久しぶりの気合のかかった体操で体をほぐす。あまり一所懸命に取り組んで歩く前から一歩きしたような気持になってダウンコートをお腹に巻いて出発した。
明治通を渡り、目に障害のある人のために路上にあるぶつぶつの目印をたどりながら歩く。突き当りを左折して、早稲田通を渡り裏道を通り、西早稲田で一瞬再び早稲田通をかすめ、グランド坂通を下る。新目白通の手前で右折、今度は大隈通を歩き、大隈講堂を眺め、早大正門を通り、天祖神社、鶴巻南公園を眺めながら外苑東通に出る。正面に見える済松寺は徳川家光が建立したもの。臨済宗のお寺で風格がある。人間一人しか通れなくて金網で囲まれた路地を抜けて小さな殺風景な榎町公園に入る。
ここから赤城神社までの道はほとんど直線。ところが緩やかに上っている。こういう道、意外に苦しい。黙々と歩いて届いた先が階段。大した段数はないが、上り坂を歩いた身には息切れがしてしまう。そこにある赤城神社は見る影もなく工事中で仮設の塀に囲まれていた。またまた狭い道をくねくね歩いて白銀公園に入り、休憩。この公園、国際色豊かで混血の幼児たちが大勢遊んでいた。初夏の陽気になっているせいか、元気よく遊んでいる子供たちは公園の佇まいに程よくマッチして休んでいても楽しい。
つづいて筑土八幡神社参拝。急な階段を手すりにつかまりながら下って今度は神楽坂に向かう。神楽坂はもともと料亭街として発展していたが、その料亭もほとんどレストランになっている。そんな路地を通り抜け、若宮公園を横目に眺めながら牛込橋を渡る。瀟洒な白百合学園、靖国神社の大鳥居を見ながら田安門から北の丸公園に入る。吉田茂像の手前で一休み。寒緋桜と寒桜が満開。その違いを間近に観察。寒緋桜のほうが紅いことが分かった。
北拮橋門から皇居東御苑に入る。この橋の「拮」という字、「はねる」という意味で、よく見ると城側に綱を通す穴があり橋をはね上げたことが分かる。入ってすぐ左に折れて梅林坂に向かった。ちょうど太田道灌が植えたといわれる梅林は真っ盛り。貫禄のある黒ずんで曲がりくねった樹木と紅梅、白梅とのコントラストは見事。
二の丸庭園を散策して大手門で解散した。
平成21年2月7日(土)午前10時=約9㌔=
田端駅北口集合→東潅森稲荷神社→尾久銀座→熊野前→首都大学東京→尾久の原公園(休憩)→尾竹橋公園→荒川自然公園→荒川公園→三ノ輪駅解散
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尾久の原公園の湿地に架かる木道。
◎第555回[田端・尾久下町のレトロな街並を訪ねて]
2月7日(土)午前10時、JR田端駅北口を出て新田端大橋を渡り、JR東京支社ビル前で受付、広場に集合したのは56人。快晴ながら冷たい風が吹く中、広場で2月19日下町舞台ツアーの申込、今日の別コースの説明等打合せ、体操をして出発する。
新田端大橋から下の道へはそのまま真っ直ぐ進めず、スロープを下りてガードをくぐり、橋の下の道へ戻る。滝野川4小を過ぎ、東潅森稲荷神社で鉄パイプの赤鳥居をチラッと覗いて東北本線をくぐり、田端新町2で明治通を渡る。二又を右に進み、尾久銀座へ入ると、老若男女結構人出が多く活気がある商店街だ。JRコースが左折する分岐で、右手は川の手もとまち、GNPは、「はっぴいもーる熊野前」へ直進する。東尾久8で都電荒川線へぶつかり右折、日暮里・舎人線が上を通る尾久橋通を熊野前交差点で渡って、首都大学東京の前を過ぎ、尾久の原公園へ入る。
この辺り一帯は、かつて旭電化の工場と隅田火力発電所があり、太平洋戦争が始まって4ヶ月、昭和17年4月18日、本土初の空襲を受けアメリカ軍B25爆撃機の標的にされた。戦後、工場の転出後跡地利用をめぐって紛糾し、何年かの月日が経つうちに雨水が溜まりヨシなどの湿生植物が生い茂り数多くの動植物が回帰。特にトンボは希少品種を含む30種、野鳥も60種以上が確認された。自然保護団体などの努力により、平成5年、自然を活かした「尾久の原公園」としてオープンした比較的新しい都立公園である。水深が分からない広い湿地では、鳥たちが歩いているのか泳いでいるのか、のどかに遊んでいた。湿地に架かる木道でじーっと水面を眺めるお年寄り、広々とした芝生で走る幼児、若者ものんびり歩いていた。近くの学校や幼稚園の子供たちが自然観察に良く来るそうだ。
公園をぐるりと回って隅田川の土手に出て、カミソリ堤防の内側を歩く。まだ整備されておらず、ボロボロの建物や設備がそのままになっていた。尾竹橋で前に進めなくなって上がり、細道をぞろぞろ、くねくねと歩く。集団迷子にもならず、第七峡田小を過ぎ、突き当たって右折、町屋ひろば館北を左折、荒川第五中を右折、予定コースにある町屋ひろば館を過ぎ、京成本線をくぐって、ようやく荒川自然公園へのスロープに辿り着き、ほっとして上る。三河島水再生センターを眺めながら公園に入り、交通園前の広場で休憩する。
園内の名残のばら、梅を楽しみ、池では人懐っこい白鳥に噛み付かれ、オオムラサキの飼育舎を眺め、「万両・千両・百両・十両・一両」の説明板を読み、自然公園を出て坂を下る。都電を渡って区役所東を左折、荒川区役所に隣接する荒川公園に入って解散した。それぞれ明治通へ出て日比谷線三ノ輪駅へ向う。
予定した川沿いの道が通れず、おろおろしたせいか、三ノ輪駅までの道が随分長く感じた。迷ったけれど、渋滞の追越禁止よりもずっと快適だった。お昼を食べて元気になって帰宅。
平成21年1月31日(土)午前10時=約10㌔=
錦糸堀公園集合→猿江恩賜公園→猿江神社→小名木川→森下文化センター→芭蕉記念館→新大橋→浜町公園(休憩)→甘酒横丁→水天宮→霊岸橋→亀島橋→桜川公園→築地川公園解散

猿江神社では狭い境内の中に仮設の舞台が立ち上がっていた。
◎第554回[都電を歩こう1(36系統)]
平成21年1月31日(土)午前10時、本来の集合場所は錦糸堀公園だったが、雨降りのため、急遽、雨宿りのできる竪川河川敷公園に変更。少年野球チームの喧騒と同居しながら45人で打合せ。3月20日からの酒田雛街道の会費集金、3月分JRの申込などの伝達を行い、体操は省略してスタート。
まず猿江恩賜公園の日本庭園に入った。この公園にはよく入るが、日本庭園まで行く機会が少ないため、落ち着いたしっとりした雰囲気に参加者は歓声を上げ、出口近くには紅白の梅花が儚げに咲いていたのが印象的。
つづいて猿江神社では狭い境内の中に仮設の舞台が立ち上がっていたが、これはどうも節分の豆まき用らしい。小名木川の沿道を歩くつもりだったが、水溜りがあり足許がおぼつかないので省略して直進。森下文化センターに入り休憩。今では「のらくろ館」として有名で田河水泡さんの生い立ちや作品が飾られている。
ここから西進、芭蕉記念館で右折、新大橋を渡る。風が激しく傘がひっくり返り大変。幸い雨脚が少なくなってきたので傘をすぼめて歩く。
浜町公園、甘酒横丁は省略して水天宮、霊岸橋と渡り、亀島橋脇にある堀部安兵衛武庸之碑を見る。34歳で亡くなったと記載されており、当時禄高二百石。吉良邸に乱入と記されているのが印象に残った。
そのまま新大橋通りを歩き入船橋からゴールの築地川公園に入る頃にはすっかり雨も上がり、無事解散。三々五々築地の場外に入り、お寿司の昼食にありついたようだ。=約10㌔=
首都高10号晴海線豊洲出入口が2月11日開通するが、それに先立ち「首都高スカイウォーク in 晴海」が1月25日(日)に開催された。この日、GNP有志7人もこの行事に参加。午前11時、ゆりかもめ新豊洲駅横の首都高豊洲出口に集合、自由歩行で出発した。快晴で澄み切った青空の下、富士山もくっきりビルの合間から眺めることが出来た。今後二度と歩けない高さから新しい豊洲や臨海副都心が睥睨でき、出口道からこれも普通は通れない保安道路をくぐり入口道に出て下った。約2㌔足らずの道程だったが、1時間余り楽しんだ=写真=。
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平成21年1月24日(土)午前10時=約8㌔=
大井町駅集合→在宅サービスセンター→天祖神社→なぎさの森→グリーンスタジアム→大井埠頭中央海浜公園→京浜運河緑道公園(休憩)→しながわシーサイド駅→東品川海上公園→天王洲公園→東八つ山公園解散
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大井埠頭中央海浜公園内自然観察舎前で休憩。
◎第553回[旧東海道と品川の歴史を訪ねて]
=約10㌔=
平成21年1月24日(土)午前10時、大井町駅で受付を済ませ集合したのは、53人。駅前の雑踏の中で簡単な打合せ。JRコースを避けて「なぎさの森」に向う。
途中、東芝病院から天祖神社までの道は自分の位置が確認できず、戦々恐々の心境だったが、方向感覚はそんなに違っていなかった。
なぎさの森の運河側にはモニュメントが設置され眺めも絶好だったが行き止まり。仕方なくバックしたが、後続隊と顔を見合わせると、おもはゆい気分になり、思わず苦笑してしまう。自然観察舎前で休憩。
グリーンスタジアムは省略して大井埠頭中央海浜公園を歩き、京浜運河緑道公園を通り、八潮橋を渡って対岸に出てJRのゴール、しながわシーサイド駅に着く。
ここからさらに天王洲通を歩き、東品川海上公園に入る。続いて天王洲公園を通り、天王洲アイル駅前から左折、ふれあい橋で天王洲運河を渡り、古くさい楽水橋を渡ると目の前がゴールの東八つ山公園。
そんなに長い距離ではなかったが、意外に疲れる。天候に恵まれ、春と見紛うほどの陽気のせいかもしれない。簡単な屈伸運動をして解散。それぞれ品川駅に向かい帰路に着いた。
平成21年1月17日(土)午前10 時=約12㌔=
久我山駅集合→井の頭恩賜公園→山本有三記念館→玉川上水緑道→牟礼の里公園→大盛寺別院(三木露風の墓)→高源院(烏山の鴨池・休憩)→医王寺→八幡山駅解散
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高源院の中にある「烏山の鴨池」
◎第552回[武蔵野の冬と烏山寺町を訪ねて]
=約12㌔=
平成21年1月17日(土)午前10 時、久我山中央緑地公園で受付を済まし集合したのは53人。打合せと体操を済ませ、京王ウォークの雑踏を避け、人見街道を直進、玉川上水を牟礼橋で渡り、小さな祠のような御嶽神社に到着。
ここから寺町通を歩き高源院に入る。この中には「烏山の鴨池」といわれる名園があり、おりしも薄氷の張った池の中に鴨の親子が屯。氷の上を歩く鴨が足を滑らせて腹ばいになる姿に思わず拍手喝采。見とれているうちに仲間からはぐれ、そのまま寺町通を南下。
中央高速をくぐり、甲州街道を渡り、千歳烏山駅入口の交差点で、烏山通を歩いた仲間に遭遇。そのまま念仏堂、烏山神社を眺めながら休憩場所の世田谷文学館を目指した。ところが回りが工事中で小さな仮道路を訳も分からず不安いっぱいで歩き目の前に瀟洒な建物が見えたところ、それが文学館!
中に入ると広々とした空間があり、天井が高く明るい。これが公共施設かと信じられないほど立派。ロビーでくつろぎ、喫茶室でコーヒーをいただく。喫茶室から眺める日本庭園は清楚で落ち着きがある。2階の展示室には上がらなかったが、常時、様々な企画展が催され、世田谷区の文化向上に寄与しているようだ。
ここから芦花公園に向かい、蘆花恒春園を見学。徳富蘆花の旧居跡で蘆花の生い立ちや文学活動の展示もあり自然の佇まいはかつての武蔵野の面影が残っている。ここでもぼやぼやしているうちに仲間からはぐれ、とぼとぼと環八通を北進。
ゴールの八幡山駅に到着。仲間に出会い景品のホッカイロと紙石鹸をいただき、解散した。
平成21年1月10日(土)午前11時=約8㌔=
亀戸天神集合→(自由歩行)→砂町文化センター午後1時再集合→第12回定時総会(午餐会)
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冬の亀戸天神全景
◎第551回[亀戸天神参拝及び定時総会]=約8㌔=
平成21年1月10日(土)午前11時、亀戸天神の境内に殆どの方が元気で明るい顔で集合。お互いに新年の挨拶を交わし、間違って2度、3度と交し合って苦笑する姿もあった。境内は冬景色に覆われていたが、すでに早咲きの紅梅、白梅もほころび始め、折からの青空に輝いていた。打合せ等は総会の席上で行うことにして、早速、自由歩行ということで、総会会場の砂町文化センターを目指してスタートした。
コースは香取神社、亀戸水神社と参拝して亀戸中央公園を巡り旧中川の遊歩道をふれあい橋、中川新橋、虹の大橋とくぐり、大島小松川公園に入る。広大なこの公園はよく整備され、すっかり定着してきた。その後、中川船番所資料館で休憩。仙台堀川公園を辿って砂町銀座に入り砂町文化センターに到着。
ただし、コース通りに歩いたのは、A班の一部で、大半の方は丸八通を南下、一路、会場に向った者や、直接、自宅から会場を目指した方など、自由歩行を最大限活用したようだ。
午後1時、総会会場に集合したのは57人。手際よく全員で会場の準備を終え、C班が用意した午餐会に入る。
午後1時30分、Nさんの司会で第12回定時総会を挙行。A班班長の開会の辞で開始。会長から次のような挨拶があった。「会員の絶大な支援のもとで12年目を迎えることが出来た。今後もお互いがポックリするまで元気で長生きしたい」
続いてM議長の下、議事に入り、20年行事実績、同収支報告、同監査報告、21年度行事計画、同収支予算(いずれも11周年記念特集号参照)を審議。いずれも全員一致で承認を受けた。
その後、ささやかな賞品授与式を行い、第4四半期皆勤賞として16人の方に「日焼け防止長手袋」、年間皆勤賞3人の方に「掛け時計」、年間25回以上出席者55人に「くっつきにくいしゃもじ」を精勤賞としてそれぞれ贈呈した。
最後に今回の総会の幹事を務めたC班班長の「閉会の辞」で無事終了した。