2007年09月30日

◎第488回[GNP10周年記念赤城バスウォーク]

9月29日(土)午前7時50分(A班担当)
江東区役所前集合→(バス)→赤城山大沼(標高1.400m)→大沼一周(約4.5kmの遊歩道、ガイド60分コース)→食事→(バス)→覚満淵一周(0.5kmの遊歩道、30分コース)→(バス)→群馬フラワーパーク→(バス)→江東区役所前解散
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大輪のコスモスが乱れ咲く群馬フラワーパーク

◎第488回A[GNP10周年記念赤城バスウォーク]
 9月29日(土)午前7時50分、予定の参加者46人を乗せ、江東区役所前からバスは出発。一路赤城山大沼(標高1.400m)を目指した。
 予定を変更して、まず、覚満淵一周ということで、覚満淵に向かう。途中の遊歩道は整備が行き届き、おがくずを敷き詰めた道は柔らかくて歩きやすい。ちょろちょろと流れる小川には、真新しい木橋が架かり、楽しい。湖畔に着くと絵に描いたような湖面に鴨が2,3羽浮かんでいる。その湖面に見る見るうちに靄がかかり、真っ白になっていく。先行隊の姿が、白装束になってまるで天国にさまよいこんだ気分になる。一周500メートルぐらいの遊歩道だったが、元に戻ると、すっかり靄が晴れ、遠くまで見渡せる湖面は澄み切って、そのまま飲料水にしてもおかしくない。
 青木別館で食事をして、今度は大沼一周。途中、赤城神社で記念撮影をして、遊歩道に向かう。ところがこの遊歩道、入口が鎖で閉鎖されている。果たして歩けるのかどうか、見当もつかなかったが、とにかく踏み込んでみる。道は狭く、そのまま湖畔に落ちてしまうのではないかと見まがう道。人があまり歩いていないのか、雑草が生い茂り木の根が張り出している。湖面を見る余裕もなく足許を見つめ、踏みしめる拠点を探しながら歩く。何時、途切れるのか心配しながら歩くが、一人しか通れない道では、健脚組も追いついてこない。
 やっと半周ほど回った地点で少々広くなった道に出て、そこでみんなを待つ。紅葉をつけた木を一本見つけ、仰ぎ見て秋の訪れを実感。ここで、健脚組にバトンを渡したところ、この先は遊歩道がなく自動車道。わき目も振らず、どんどん歩き始める。途中、橋があってこの川から湖水が流れ出している。
 橋を渡った先に遊歩道が続いているにもかかわらず、健脚組は自動車道を歩いたが、こちらは湖畔を歩く。こちらの遊歩道はなかなか整備され、歩きやすく、途中には祠やモニュメントもあり、観光客のメーンコースになっているようだ。
 やっと青木別館に到着した頃、バスが青木本館まで迎えに出たとの連絡が入り、逆に戻るよう要請した。どうも健脚組が自動車道で行き先を間違えたらしい。
 午後2時、バスに乗り込み、今度は群馬フラワーパークに向かう。途中の山道、右に左にカーブが激しく、眠りを誘う。振り返ると赤城の山は真っ黒な雲に覆われている。われわれの居る頃だけ晴れていた模様。お日様もGNP10周年を祝ってくれたようだ。
 群馬フラワーパークは広大だ。コスモスと彼岸花がわれわれを出迎え、展望台で歓声を挙げる。温室に入ったりしながら三々五々散策を楽しみ、コーヒーやアイスクリームで疲れを癒す。
 午後4時、バスに乗り、帰路につく。高速道路は思ったより混むことがなく、6時30分には東京駅に着いた。今夜は「江戸天下祭」のメーンイベント、山車と神輿の練り歩きが見られるということで、ここで途中下車を要請し、30人ほど降りる。残りのものは江東区役所前で無事解散した。
 天下祭の行列にも無事、出くわし、山車14台と神輿9台をたっぷり見せてもらった。雨模様のため、人形にはビニールや傘がかぶせられ、華麗さや豪華さには水をさしていたが、周りを囲む人出や半被姿の姉さん、兄さんの威勢のいい掛け声に圧倒され、見ているわれわれも興奮してしまい、秋の夜長を十分楽しんだ。

Posted by taichiro at 11:43

2007年09月24日

◎第487回[事件を追って半七が歩いた江戸名所]

 9月22日(土)午前10時 =約10㌔=
昭和館(メトロ九段下駅2番出口徒歩1分)集合→九段坂→御宿稲荷→湯島聖堂→神田明神→天野屋→お玉ヶ池跡→十思公園(伝馬町牢屋敷跡)→両国橋→亀戸天神解散
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両国国技館前に連なる力士の幟。

◎第487回[事件を追って半七が歩いた江戸名所]=約8㌔=
 9月22日(土)午前10時 、九段下の昭和館に集合したのは、44人。来週の赤城行の注意点や10周年記念の開催場所が砂町文化センターで1月19日に行うことが内定したことなどの打合せを行い、体操をしてスタート。
 竹橋方面に向かい、お濠端を歩くが、淀んだお濠の水は悪臭さえ感じられ、流れが機能していないようだ。途中、和気清麻呂像が建っていたが、勤皇の忠臣とされ、昭和16年に建立されたもの。
 鎌倉橋の近くに御宿稲荷(ミシュクイナリ)がひっそりと建っていたが、普通ではなかなか気づかない。そこから北上して小川町を越え、ニコライ堂を仰ぎ見て聖橋を渡ると、湯島聖堂。中には入らず、そのまま神田明神に向かい、鳥居前で休憩した。
 門前に天野屋があるが、これは江戸末期から店を構える甘味処。甘酒が天下一品らしい。そこからくねくねと南下。お玉ヶ池跡に出る。
 お玉ヶ池はかつては不忍池よりも大きかったそうだが、今ではお玉稲荷の横に1メートル四方の池がわずかに痕跡を示しているだけだった。続いて十思公園に玄関から入る。まるでお屋敷に入っていくような錯覚を覚える門構えだが、中に入ると公園そのもの。ここが伝馬町牢屋敷跡とは思えない佇まいだが、ここで吉田松陰が処刑されたと聞くと、そんな気になってくる。若干の休憩を取り、水を飲む。そういえばこの辺は小伝馬町、大伝馬町という地名がつけられたまま、今でもそう呼ぶ。
 江戸通りを直進。浅草橋手前から、洋品雑貨の問屋街を歩く。値段を見ると、こんなに物が安いのかと感心させられ、百貨店でものを買う気が知れない。
 両国橋を渡ると国技館前。本場所中とあって、幟が林立、朝青龍ののぼりは見当たらず、少々寂しい。
 一人横綱で4年間も頑張った者に対する処遇を相撲協会は忘れてはいないか。サッカーを故郷に帰って楽しんだぐらいで云々するのは筋違いだ。日本人力士も育てられない親方連中の方がよっぽど情けない。
 安田庭園に到着、ここで解散した。
 本日のコースは半七捕物帖に出てくる舞台を回ったものだが、江戸時代の風情が、未だに残っている感じがあって、意外に心地よかった。

Posted by taichiro at 01:19

2007年09月16日

◎第486回[新宿の歴史と箱根山からの眺望]

 9月15日(土)午前10時 =約10㌔=
 京王新宿駅西口集合受付→策の井跡→常円寺→成子天神社→甘泉園公園→水稲荷神社→穴八幡宮→都立戸山公園(箱根山地区)→鬼王神社→新宿駅西口解散
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成子天神社の富士塚は富士登山の簡単な実践になる。

◎第486回[新宿の歴史と箱根山からの眺望] =約10㌔=
 9月15日(土)午前10時、秋とはいえまだまだ暑い中、京王新宿駅西口前に集合したのは44人。ちょっと遅刻した会長を待って地上へ上がり、歩道で赤城旅行の集合時間厳守を申し合わせて、体操は省略して自由歩行で出発する。
東京モード学園が異様な姿で竣工間近に圧倒され、新都心歩道橋を渡る。常円寺に参り、また青梅街道を進む。
 成子天神社の参道に入り本殿の脇に回ると、赤い橋の向うの鬱蒼とした林の中にこんもりした山。A班の元気連が風のように下りてきた。「成子天神社の富士塚」の頂上には女性(このはなさくや姫とか)の像があり、大勢が登っていて渋滞していた。
 コースに戻り、蜀江坂を上り、末広橋から神田上水に沿って進む。中央線をくぐり、すぐ右折。柏木不動尊の小さな祠を見て線路に沿って進み、淀橋市場を過ぎる。
 今度は山手線のガードをくぐり、海城中高校の学園祭を横目に、くにゃくにゃ行くと公園に入る。何か見たことがある建物に出て案内板を見ると、何とここは戸山公園。新宿スポーツセンターだった。数人のウォーカーが頭をひねっていたので「今ここに居るんですよ」と教えてあげる。
 センターでトイレ休憩すると猛烈に疲れが出てしまったので、近道して明治通りを南下、大久保通りからコースに戻る。
 正規のコースは、早稲田通りから甘泉園、大隈庭園、穴八幡宮、箱根山を通る。
 接骨院の信号を左折して小泉八雲記念公園に立ち寄り、鬼王神社を覗く。

   「秋暑し 水鉢のせし 鬼の顔」  利

 靖国通りを右へ、大ガードをくぐって、人でごった返す新宿西口に到着。地下に下りて出発した京王の受付にゴール、小物収納ケース「カラポケ」をいただく。A班の数人が既に休んでいて、間もなく次の数人も到着した。そのまま「お疲れ様」と解散した。

Posted by taichiro at 10:29

2007年09月09日

◎第485回[秋川のいなか道と白萩の美しい大悲願寺]

 9月8日(土)午前9時10分 =約9㌔=
 ホリデー快速おくたま3号(最前列)新宿8:19→中野8:24⇒秋川駅(9:10)集合受付→武蔵引田駅→秋川のいなか道→武蔵増戸駅→横沢入里山保全地域→大悲願寺→武蔵五日市駅解散
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横沢入里山保全地域で稔る田圃の稲。

◎第485回[秋川のいなか道と白萩の美しい大悲願寺]
 9月8日(土)午前9時10分、台風一過、かんかん照りの夏の空が戻ってきた五日市線秋川駅に集合したのは36人。
 単線で1時間に3本ほどの電車が到着すると、改札からぞろぞろとウォーカーが出てきて、JRの受付が溢れかえる。しばらくするとみんな出発して駅前はガラガラになった。早々に打合せ、体操は省略して出発する。
 大通りを北上、信号を左折すると小ぢんまりした桜並木が木陰を作っていた。圏央道の上を越え、そのまま行くと秋川高校の大きな敷地に出る。角を曲がると今秋オープンのイオン日の出ショッピングセンターの大きな施設が景色いっぱいに広がる。工事中の角を曲がり南下。
 JR手前を右折。日当たりの良い線路沿いの道を進む。武蔵引田駅を過ぎ、線路を渡ってこれまた日当たりの良い農道「秋川のいなか道」を進む。木陰がなく流石に暑い。台風の被害か、栗の木が途中からボッキリ折れて実の入ったイガが散乱していた。
 もう耐えられなくなった頃、武蔵増戸駅前に出た。仲間が結構休んでいた。冷たいミルクココアを飲み少し元気になる。「今日は暑いからゆっくり歩こうね。熱中症が心配だから」と言い合って進む。冷凍みかんを頂き気力が出てきた。道路下の涼しげな沢から心地よい涼風が吹いてきた。
 JRのお兄さんの誘導で、横沢入里山保全地域へ向う。左手の林の中に石仏が並んでいた。里山保全地域の入口の看板によると、かつては7つの谷戸と中央の湿地では稲作が行われていたが、近年耕作されず荒廃が進んでいたそうで、東京都は、ボランティアやあきる野市と共に自然と人間が共生する身近な自然「里山」を復元し、保全しているそうである。田圃には稲が稔り、湿地にはがまの穂が伸びていた。稲穂の中に5年1組、5年2組の名札が立ててあった。
 元の道に戻り少し行くと大悲願寺に到着。「お抹茶に白萩饅頭をどうぞ」とあったが、300円とのことで通過、境内に入る。

「白萩の こぼれぬうちに 悲願かけ」  利

 11時過ぎだが、涼しい観音堂の裏でお弁当にする。欄間に極彩色の彫刻で地獄と極楽が描かれ、華やかだ。番号の付いた石仏が大勢並んでいた。
 充分休憩して、ゴールの武蔵五日市駅を目指して歩き始める。きれいな緑色のイガの中の栗の実はまだ青いのかな、と考えながら眺めて歩く。だらだら坂を上がると新しい広い道に出た。左折すると大きな武蔵五日市の駅舎が見えた。12時到着、バッジを貰ってそのまま解散した。

Posted by taichiro at 11:06

2007年09月01日

◎第484回【上野、谷中、、千駄木】

 9月1日(土)午前10時 =約10㌔=No.134参照
 不忍池弁天堂(上野駅徒歩5分)集合→上野公園→鴎外荘→天眼寺→へび道→よみせ通→谷中銀座→富士見坂→諏訪台通→西日暮里公園(休憩)道灌山通→狸坂→団子坂→やぶ下通→千駄木だんだん→解剖坂→日本医大前→根津神社解散
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 「根津池や 亀静かなり 滝の音」

◎第484回【上野、谷中、、千駄木】=約8㌔=
 9月1日(土)午前10時、不忍池弁天堂に集合したのは48人。生憎の小雨で、藤棚の下で打合せ。体操を省略して出発。天候のせいか、8月の猛暑は感じさせず、傘を差したり、窄めたりはしたが、快適に歩く。
 不忍池は一面蓮の葉っぱに覆われ、蓮が開花。緑とピンクのコンビネーションが素晴らしい。上野水上動物公園通りを歩き、鴎外荘で左折。天眼寺を横目に見て、へび道に入る。
 このへび道、元は、不忍池に注いでいた藍染川の流れていたところで、そのため、くねくねとした特徴のある道だ。そのままよみせ通に入る。目立ったお店は10円饅頭を今でも売っている。途中から右折して今度は谷中銀座に入る。この商店街、どういうものかあちらこちらからいい匂いがしてくる。短い通りなのに約60軒のお店が犇めいている。
 夕焼けだんだんの手前で左折。富士山のマークがついている珍しい街灯のある富士見坂へ右折して上りきると、目の前が諏訪神社。ここで休憩した。源為朝の山車で有名だが、その源為朝が公開されていた。大変な美男子で、今で言う「イケメン」。当時でも女性にもてはやされたと想像できる。
 西日暮里公園を縦断して階段で道灌山通に出る。

   「松虫の 今は寂しき 道灌山」  利

 途中工事中で、一本裏道を歩いて不忍通を渡り、狸坂を上る。途中に高村光太郎住居跡があったはずだが、その碑は今はなく、左に曲がった地点に兄の高村光雲住居跡がある。団子坂上から鋭角に右折。鴎外記念図書館を右手に見ながら藪下通を歩き、また右折して千駄木だんだんを上る。
 この「だんだん」歩幅にちょうどよく高さも緩やかなため、歩きやすい。ところが左折して今度は下りの階段は高さが不同で幅が狭く歩きにくいこと夥しい。近くにありながらこれほど違う階段も珍しい。
 その途中、「千駄木ふれあいの杜」があり、中に入った。この杜、屋敷森ということで、平成13年に文京区が開設した市民緑地とのこと。スダジイやムクノキ、シラカシ、イイギリ、ヤマモミジ、ヒサカキ、サザンカなどが生育され、倒木からキノコが生え、観察の対象になっているようだ。
 小さく一周した後、日本医科大学の敷地のような解剖坂を上り、左折して日医大つつじ通を左折。右側の根津神社に入り、参拝。境内で体操をして解散した。

Posted by taichiro at 17:34