1999年07月31日

80.狭山、境コース

 7月31日(土)午前10時、西久保公園(JR三鷹駅徒歩10分)に集合したのは36人。Y.Yさんのかけ声で体操。ほんの少し玉川上水を歩き、グリーンパークに右折。井の頭通りに出て左折、しばらく境浄水場横を通って、関町5丁目で多摩湖自転車道に入る。ここから先は全くの一直線。多摩湖からの水を境浄水場に送る水道の上に造られた道である。ほとんど樹木が立ち並び、木陰になるところが多く、この暑い最中、自転車を楽しむ人、散歩を楽しむ人、それにウォーカーにも結構出会う。途中、花小金井駅横で休憩。
 全員揃ったところで、小平ふるさと村に向かう。このふるさと村には昔の郵便局、200年前の旧家などが移築され、その上、300年以上前の民家などが建築されているのを見学。小平駅で解散した。
 ここから有志28人が電車で武蔵大和駅まで行き、狭山自然公園で雄大な多摩湖を眺め、その後、木陰で弁当を広げた。=約7㌔=

Posted by taichiro at 14:53

1999年07月26日

四百字随想その46

1.贈り物もらい物
(一九九九.七.五)=季節=
 私は中元、お歳暮を贈ることにしている。ただし、中元には一年間、毎週書いたこの発言の原稿をまとめて「四百字随想」と称して知人や友人に送っている。とうとう今年は第四集になった。書いたのはもちろん自分であるが、編集から印刷、製本、発送まですべて手作りである。ささやかなものであるが、気持としては最大限のものと自負している。お歳暮には「カレンダー」を送っている。これは印刷会社に発注しているが、独自のものとして簡素で使い勝手のあるものにしている。同じもので、その年、その年に違うもの、これは送り始めて五年になるが、いつの間にかフアンもでき、辞められない歳暮である。私の場合、贈り物をするということは自分のアイデンティティーの発露をする場と心得、同時に相手に対する感謝の念を込めているつもりである。義務的なものでもなく、儀礼的なものでもない。もらい物の場合も毎年、同じものが来ることがうれしい。

2.高校野球
(一九九九.七.一二)=社会=
 私が高校野球を初めて見たのはいつのことだろう。当時、関西に住んでいたが、今は亡き父の母校、小倉高校が三連覇を達成するかどうかの甲子園に父が連れていってくれたときだ。確かピッチャーは福島。優勝して校歌が歌われたとき、父の目に涙がたまっていたのを不思議な感覚で眺めたのを鮮明に覚えている。成人してからも職場が西宮にあった期間が四年近くあったため、高校野球はよく見た。その上、関東に来てからもどういう訳か因縁のある高校が優勝する。習志野高校の時は津田沼に住んでいた。堀越学園が優勝したときは学校から五分ぐらいの場所に住まいがあった。桐蔭高校に栄冠が輝いた時は地元に職場があり、いろいろ接触した覚えがある。そして、最後の職場となった板橋では帝京高校。そのたびに熱狂したのが自分だったような気がしているが、これは初めて見た父の涙がいつまでも持続して、熱くなる快感を追求しているのかもしれない。
 

3.私の避暑法
(一九九九.七.一九)=季節=
夏、東京を離れなくなって、三年になる。つまり、私の避暑地は東京である。夏、東京は暑いようであるが、案外涼しい。ことに人々が少なくなるお盆のシーズン、東京は車が少なくなり、ビルの冷房も少なくなるせいか、日中、町中を歩いていても暑くない。日差しの強さはなるべく避けるようにはしているが、歩くことにはスピードを落とさずに、汗をいっぱいかくことにしている。その汗を我が家の風呂とシャワーで落とし、昼寝をする。睡眠をよくとると体はいつも元気である。食欲も十分ある。今年は地元に墓地も作った。お盆らしきこともこの東京で出来そうだ。暑いとき、思いっきり暑さに浸りきること。これが私の避暑法である。暑さに負けない体力を付けること。これは暑いときにしかできない。難しいことをしているわけではない。ただ思いっきり歩く。楽しく愉快にそして豊かに。こんな簡単なことで、この東京で、暑さを乗り切ってみるつもりである。

4.花  火
(一九九九.七.二六)=季節=
花火。見ていると気持がいい。音とともに期待していた以上に開く花火の華麗さ。驚き、そういうものに我を忘れる境地。いくつになっても没頭できる。ところが終わった後の空しさ。夜空が黒ければ黒いほど先ほどまで描かれた光の競演がいったい何であったか、考え込んでしまう。今住んでいる東京の近辺だけでも花火大会は毎週実施されている。家にいても音が聞こえてくる。屋上近くまで行くと花火が見える。気持だけでいうと楽しい。しかし、そこで失われていくもの。いったい、何か得られたものがあるのかどうか。確かに私自身、何も失わずにただ喜んでいればいいが、実際には作る人もいれば実行する方もいればお金を出す人もいる。目に見えて、そして瞬く間に消えていくものに熱狂してそして満足する。残るものは燃えかすとゴミの山。人間が空しいものに挑戦して、そして満足して、また同じことをする生き物であることを花火は象徴しているようだ。

Posted by taichiro at 09:37

1999年07月24日

79.善福寺川再挑戦

7月24日(土)午前10時、方南町駅のホーム上に集合したのは40人。前回、大雨の中を辿り帰った道を逆行して善福寺川につき、そのまま済美公園に入って体操。雨宿りした杉並郷土資料館を横に見て、木陰の多い和田堀公園を快適に歩く。宮下橋を越え、大宮八幡宮の森はショートカット。川沿いに進み、天王橋を過ぎ、善福寺川緑地公園で休憩した(Cグループはここから荻窪駅に向かい解散)。

ここから先はこれまでと打って変わり、日陰の少ない細い川沿いの道になり、環八、JR中央線の下とひたすら我慢して歩き、その上、Aグループは二次休憩場所の関根文化公園をうっかり通りすぎてしまい、そこで小休止したBグループとハンデが付いてしまった。善福寺川を占領している小学校までの間、苦行が続く。時たま、川面に浮かぶかもの親子連れ、鯉の群に目をやって何とか心を和ませながら、やっとの思いで善福寺池の下の池にたどり着く。
正午になると陽差しはますます厳しくなり、善福寺池の湧水も早々に見て、炎天下、空腹をこらえながら、やっとこさっとこ吉祥寺駅に到着。真夏の日中は、長い距離は無理と実感する。=約12㌔=

Posted by taichiro at 14:51

1999年07月17日

78.新宿・哲学堂・中野

 7月17日(土)午前10時、新宿中央公園、水の広場に集合したのは49人。Y.T新副会長の挨拶の後、H.Wさんのかけ声で体操。成子坂、蜀江坂と狭い道を大久保通りまで歩く。この蜀江坂は平将門の弟将頼の蜀江錦の袖が切り落とされた場所とのこと。その後、神田川遊歩道を少し歩き、JR東中野駅を横目に見ながら山手通を渡り、商店街に入る。この辺りは寺町といわれるほどお寺の多い場所だが、どこにも立ち寄らず、一路、哲学堂を目指す。妙正寺川にたどり着くと目と鼻の先が哲学堂。木立の多いこの公園で休憩。
 ここには六賢台や四聖堂など哲学的雰囲気を醸す建造物が所狭しと点在し、しばしの哲学にひたる。その後、新井薬師に参拝。大木になった桜並木の中野通りを歩き、早稲田通りを右へ。団体で道路を清掃中の中学生に感心しながら囲町公園に到着。体操をして解散した。=約9㌔=

Posted by taichiro at 14:50

1999年07月10日

77.清瀬中里コース

 7月10日(土)午前10時、清瀬駅北口(西武池袋線)に集合したのは43人。すがすがしい梅雨の晴れ間、大木に育ったけやき通りを通り、清瀬市郷土博物館に入場して約20分間、農機具や写真展を見学。
 その後、しばらく農道を歩き、氷川神社に到着、ここでH.Wさんのかけ声で体操。いよいよ清瀬中里緑地保全地域に入り、人一人通るのもやっとの
 垣根と垣根の間の道や、鬱蒼とした雑木林に沿った空堀川沿いの道、まだ道になっていない工事中の小川の縁、農家の縁先の庭の中、農道などを右往左往しながら清瀬金山緑地公園に到着。ここで休憩した。

 Cグループの一部はここから清瀬駅へ向かうことにしたが、他は清瀬御殿山緑地保全地域に向かう。この頃になると日差しが強くなり、木陰のない一般道や農道では歩き辛く、雑木林や並木道に入るとほっとするという繰り返し、長命寺で2度目の休憩。時折吹く風に一息つく。
ここからBグループの一部は清瀬駅に向かい、他は屋敷林や畑道を楽しみながらコースをたどり、志木街道を清瀬駅に向かって戻る。途中、水天宮で整理体操をする。
 ケヤキ通りに入ったところで採れたてのトウモロコシやジャガイモ、枝豆の露店があり、皆さん、買い物をして清瀬駅で解散した。
=約12㌔=

Posted by taichiro at 14:48

1999年07月03日

76.半年記念懇談会

雨降りの7月3日(土)午前10時、富岡区民館に集合したのは65人。
U先生の講演の表題は「健康と運動」。最新のデータに基づく実証的な話で楽しかった。とくに息を止めてする運動と息を止めないでする運動との違い。それが血液に関係し、皮膚の色にも影響する話は興味深かった。
講演会終了後、簡単な軽食を食べながらの懇談会。半年間のあれこれに話の花が咲いた。途中、第2クール、4月から6月までの皆勤者8人を発表、記念品を差し上げた。
終了後、近隣ウォークを実施する予定であったが、雨足が強く、中止。正午、ここで解散した。

番外でリバーサイドウォーク
  京王・小田急等が主催する「多摩川リバーサイド・ウォーク」の第2回目が7月4日(日)に京王線「聖蹟桜ヶ丘」駅から小田急線「和泉多摩川」駅まで約13㌔のコースで行われたが、GNPの番外編として11人が参加した。
 当日は予報に反して、快晴。木陰のほとんどない多摩川べりを約4,000人の参加者に混じってウォーキング。まるでアリの行列のようなウォーカーの人並みが続く。
途中、橋の下で2度ほど休憩を持ったが、結構、強行軍で、目的地「和泉多摩川駅」に到着したときは、やっとの思いだった。

Posted by taichiro at 14:47