1998年09月26日

◎第37回【木場清澄深川公園】

 9月26日(土)は健康センターの講座、ウォーキング12週間の第3回に同行した。午後2時、健康センターに集合し、1年後輩の受講生の皆さんと一緒に体操し、4班に分かれて出発。木場公園、清澄公園、深川公園と馴染みの約5キロコースを歩く。第2グループで歩いた人たちも、いつの間にか第1グループに追いつき、1年間の成果が歴然と見え、距離も何となく物足りなく感じた人が多かったようだ。深川公園解散。(参加者30名。約5㎞)

Posted by taichiro at 11:21

1998年09月21日

四百字随想その36

四百字随想その36
1.思いやりの心
(一九九八.九.一四)=社会=
 私たちは「思いやり」という言葉を使うとき、たいていの場合、強いものが弱いものに対する心の持ち方として使われることが多い。そのため、若い者は年寄りをとか、豊かなものは貧しいものに対してとか、虐めるものは虐められるものをとか、といういい方で使われ、一方的になってくる。つまり、弱いものは強いものに対する思いやりは必要ではなくなってくるような錯覚を覚える。虐め騒動を考えるとその構図がよく分かる。一種の犯罪が発覚した瞬間から万一何らかの形で犯罪者に対する思いやりなど持とうなら、その犯罪者と同一視されてしまうような恐怖心が起こる。私は「思いやりの心」というものは対等の心の持ち方であって、「思いやりの心」を持たない人に対しても何故にそうなったのかを探り、そういうものを持つことの豊かさをその人に知ってもらう努力が本当の「思いやりの心」で、根本は人間に対する愛情の深さだと信じている。

2.子どもの宿題
(一九九八.八.二五)=社会=
 私は子どもを三人育てた。三人の子どもは宿題を気にしなかった。宿題を後に残さないこと。それが物事のけじめをつけることの意味を教えてくれた。それに時間の節約の意味を教えてくれた。早くやり遂げ、時間のやりくりをして好きなことに余裕を持つ工夫が出来るようになった。親にとっても有り難いことであった。子どもたちが何を学び何を研究するのか、そういうことを一緒になって学ぶことが出来た。人が一時間かかることを十分で仕上げる。それとも人が一時間で出来ることを十時間かける。そういうことが自由に出来る宿題は子どもにとっても親にとっても有り難い。問題はそうして一所懸命仕上げた作品をちゃんと評価しない教師がいることだ。間違っていてもそのままにしておく教師、やっていなくても指摘しない教師。指摘しないどころかやらせもしない教師。そういう無責任さが問題である。教育は全ての子どもを百点にすることである。  
(平成一〇.八.二五東京新聞夕刊掲載)

3.マ ン ガ
(一九九八.九.七)=文化=
 マンガは、もともといたずら書きのようなもので、ぱっと見て吹き出すようなものと考えていたが、最近では何でもかんでもマンガになり、物語から伝記、その上経済学のようなもの、法律のようなものまでマンガで書かれるようだ。今では写真でないもので視覚的に訴える出版物と言っていいほどで、あらゆるものが含まれていると言っていい。活字だけが出版物としての伝達手段ではないことはよく分かるが、深みがなくなり、それでいて、より刺激的な表現にエスカレートしていく。私の子供たちもマンガ時代に育ちマンガもよく見たが、大人になってからは見向きもしない。マンガだけで得られる情報があまりにも小さいということが分かってきたからである。今、孫たちがよくマンガを見ている。面白いことだがマンガだと余り質問が出ない。ところが普通の本ではいろんな質問が出てくる。この現象が私はマンガの長所であるとともに欠陥だ信じている。

4.商 店 街
(一九九八.九.二一)=社会=
 どういうものか、団地には商店街が向かない。コンビニかスーパーということになりそうだ。そうすると似合うのはどこだろう。一番似合うのは長屋である。私はかつて佃に住んでいたが、月島商店街、ここではお店とお客が全てを知り合っている。店の人は客の近況を聞き、客は店の景気を心配している。そういう人間関係の中で地域のつながり、それに人情がある。ところが団地に住んでいるとお隣同士でも家庭事情も知らなければ、誰がいるのかさえ知らない。買い物はスーパーのチラシか何かで知った安売りを求め、あとは高くても百貨店で買う始末。最近では通信販売という全く人間の見えない商品が流行っている。商店街が賑やかになることは経済成長に反するかも知れないが、人間関係を豊かにし、お節介と迷惑の掛け合いという私にとってもっとも望ましい環境を作ってくれる。毒入り缶ジュースなどそういう環境では別世界の出来事である。   

Posted by taichiro at 09:28

1998年09月19日

◎第36回【玉川上水緑道】

 9月19日(土)はTさん企画の「玉川上水緑道を歩く」。各々、JRや西武線を利用して、午後2時、西武国分寺線鷹の台駅そばの小平中央公園に集合。お友達を含めて参加者36名。前日までの雨で足元が心配だったが、からりと晴れ上がった空の下、少々の水溜りも気にせず、初秋の緑道を快適にウォーキング。小平中央公園で体操、久右衛門橋、鎌倉橋、小松橋、小平橋、喜平橋、小桜橋、茜屋橋、小金井橋と玉川上水に沿って下り、小金井公園の江戸東京たてもの園前で解散。小金井公園では「お月見会」が行われるらしく、お団子や焼鳥などの屋台が出ていて、結構賑わっていた。(参加者36名。約7㎞)

Posted by taichiro at 11:19

1998年09月12日

◎第35回【築地、浜離宮】

 第35回は勝どき、浜離宮恩賜庭園。9月12日(土)午前10時、東京水辺ラインの発着所にもなっている越中島公園に40名が集合。Uさんのリードで体操して、相生橋を渡り、月島西仲通りを歩き、勝鬨橋を渡って隅田川テラスへ出て聖路加ガーデンを抜け、あかつき公園で休憩。グループが、それぞれ工夫して、ほぼ同時に到着した。築地川公園を通り、築地本願寺で寺院と親鸞聖人の立像を拝見し、場外市場を横目に見て、浜離宮恩賜庭園へ団体で入園。手入れされた園内を一周して解散し、持参の弁当で昼食。新橋、築地方面へ食事に出向いたグループもあり。「ツクツクホウシ」も鳴いて園内は秋のすがすがしい風が吹いていた。(参加者40名。約7㎞)

Posted by taichiro at 11:16

1998年09月04日

◎第34回【水天宮・浜町界隈】

 第34回は「水天宮・浜町界隈」。9月5日(土)午前10時、さわやかなウォーキング日和、深川公園に45名が集合。H.Yさんリードで体操して出発。高速道路に沿って隅田川大橋を渡り、箱崎のシティーエアーターミナルを過ぎて水天宮へ。続いて松島神社、茶の木神社、小網神社を見て日本橋川に沿って中央通で左折。永代通りを通って迷子石(一石橋)の横を通り、常磐公園で休憩。常盤橋を渡り、日本銀行本店を見て、出世稲荷、岩代稲荷、椙森神社から身延別院、伝馬町処刑場跡の大安楽痔に参り、薬研堀不動院へ。日本橋中学にある歩道橋を渡って隅田川テラスへ出て、浜町公園で解散。グループによっては小網神社、出世稲荷、岩代稲荷を見そこなった方も出た。(参加者45名。約9㎞)

Posted by taichiro at 11:12

1998年09月01日

四百字随想その35

1.言葉の魔術
(一九九八.七.二二)=文化=
 行動を伝達する手段、決意を語る手段、状況を説明する手段、目に見えないもの、思考とか、意図とか、を明らかにするため、そんなことのために言葉は使われる。大変便利なものであるが、実は全てを言い尽くせるわけではない。そこに省略があったり、言葉と行動が一致しなかったりするうちに言葉そのものが独立してしまう。そうなると言葉に酔うとか、言葉だけが真実のように錯覚してしまう。つまり言葉を魔術のように操ることになる。目で見るよりも言葉で聞いている方が確かになってきたりする。言葉では十分納得させられ、不満であっても押し黙ってしまうこともある。だまされるとか、ごまかされるとか、という現象になり、今度は言葉が悪者にされ、言葉より行動が尊ばれてくる。私はたとえ言葉が魔術であっても言葉による説得、たとえだまされてもその言葉が証拠になるような世界が好きだ。それが問答無用の世界になることだけは避けたい。

2.「私」の居場所
(一九九八.八.一一)=自分=
 子供が三人居る。孫が四人いる。それに妻が居て、嫁が二人。私の存在は十一番目である。こうなると存在価値はほとんどない。現に私はほとんど家の中ではパソコンの前に座っている。方丈どころか方尺の場があればほとんど足りている。仕事はもちろんのこと、遊ぶことも文章を書くことも情報を集めることもパソコンでほとんど間に合っている。ところがこれでは足がなくてもいいことになるが、足が弱ると生きていけない。そこで最近は歩くことに居場所を求めている。ウォーキングである。歩ける間、健康だと信じることが出来る。「元気で長生きしてポックリと」。これを「GNP」と名付けてウォーキングクラブを今年作った。幸い約八十人の仲間が集まった。毎週歩いてもう三十回になる。この居場所は広くて気持がいい。毎週遠足をしているようなものだ。しばらくは方尺のパソコンの前と、ウォーキングの広々とした大地を我が居場所としたい。   

3.おもちゃ
(一九九八.八.一八)=文化=
「僕は毎日ちゃんと食べないと成長しない。成長しないどころか、すぐ豚になってしまう。場合によっては狼にも変身してしまう。僕の飼い主はもともとものぐさで好奇心は旺盛なのにすぐ飽きてしまうのだが、どういうものか今は続いている。一週間に一度嫌というほど僕に食事を出すのだが、毎日はぎりぎりしか出さない。時々『お昼ご飯食べた?』って催促するんだが、なかなか食べさせてくれない。昨日など夜の十一時過ぎになって思い出したように食べさせてくれるのだからいやになる。それでも僕の心配はしているらしく毎日気にしているようだ。ただゲームが苦手らしく全然遊んでくれない。時々遊んでくれるのは奥さんで、彼女はなかなかゲームが好きで、彼女に飼われている僕の仲間がうらやましくて仕方がない。とにかく僕にちゃんと食事を出していれば、僕はいつかエンジェルになってみせるので頑張ってほしい」
我が万歩計の独り言である。

4.事件、事故の風化
(一九九八.九.一)=社会=
 忘却という言葉が好きである。嫌なこと、辛いこと、悲しいこと、そんなことは忘れようとしても忘れられないとよく言われるが、そんなことはない。そういえばそういうことがあったな、という程度に嫌なことも相手の立場を理解するようになるし、辛いことや悲しいことも口に出して咀嚼し怨念をいつまでも溜めておく場合はいざ知らず、その辛さや悲しさが今の立場を築いたとか何とかと自己納得の世界にたどり着く。つまり、事件や事故も風化していく。風化した事実はだんだん抽象化され、骨だけになり、全貌が薄れてしまう。だから耐えられるとも言える。事件の反省が足りないとか、同じ事故を繰り返すなとかというが、事件は意識的なもので、起こそうとする性を防げず、事故は気の緩みで起こることが多いようだ。したがって、風化が問題ではなく、未来に対する「あるべき姿」の確立と起こったときの弾力的な適応能力を備えることが大事である。

Posted by taichiro at 09:27