2007年09月24日

◎第487回[事件を追って半七が歩いた江戸名所]

 9月22日(土)午前10時 =約10㌔=
昭和館(メトロ九段下駅2番出口徒歩1分)集合→九段坂→御宿稲荷→湯島聖堂→神田明神→天野屋→お玉ヶ池跡→十思公園(伝馬町牢屋敷跡)→両国橋→亀戸天神解散
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両国国技館前に連なる力士の幟。

◎第487回[事件を追って半七が歩いた江戸名所]=約8㌔=
 9月22日(土)午前10時 、九段下の昭和館に集合したのは、44人。来週の赤城行の注意点や10周年記念の開催場所が砂町文化センターで1月19日に行うことが内定したことなどの打合せを行い、体操をしてスタート。
 竹橋方面に向かい、お濠端を歩くが、淀んだお濠の水は悪臭さえ感じられ、流れが機能していないようだ。途中、和気清麻呂像が建っていたが、勤皇の忠臣とされ、昭和16年に建立されたもの。
 鎌倉橋の近くに御宿稲荷(ミシュクイナリ)がひっそりと建っていたが、普通ではなかなか気づかない。そこから北上して小川町を越え、ニコライ堂を仰ぎ見て聖橋を渡ると、湯島聖堂。中には入らず、そのまま神田明神に向かい、鳥居前で休憩した。
 門前に天野屋があるが、これは江戸末期から店を構える甘味処。甘酒が天下一品らしい。そこからくねくねと南下。お玉ヶ池跡に出る。
 お玉ヶ池はかつては不忍池よりも大きかったそうだが、今ではお玉稲荷の横に1メートル四方の池がわずかに痕跡を示しているだけだった。続いて十思公園に玄関から入る。まるでお屋敷に入っていくような錯覚を覚える門構えだが、中に入ると公園そのもの。ここが伝馬町牢屋敷跡とは思えない佇まいだが、ここで吉田松陰が処刑されたと聞くと、そんな気になってくる。若干の休憩を取り、水を飲む。そういえばこの辺は小伝馬町、大伝馬町という地名がつけられたまま、今でもそう呼ぶ。
 江戸通りを直進。浅草橋手前から、洋品雑貨の問屋街を歩く。値段を見ると、こんなに物が安いのかと感心させられ、百貨店でものを買う気が知れない。
 両国橋を渡ると国技館前。本場所中とあって、幟が林立、朝青龍ののぼりは見当たらず、少々寂しい。
 一人横綱で4年間も頑張った者に対する処遇を相撲協会は忘れてはいないか。サッカーを故郷に帰って楽しんだぐらいで云々するのは筋違いだ。日本人力士も育てられない親方連中の方がよっぽど情けない。
 安田庭園に到着、ここで解散した。
 本日のコースは半七捕物帖に出てくる舞台を回ったものだが、江戸時代の風情が、未だに残っている感じがあって、意外に心地よかった。

Posted by taichiro at 2007年09月24日 01:19