2005年09月24日

◎第387回[高麗彼岸花を愛でよう]

9月24日(土)午前10時=約10㌔=
高麗駅(西武線)集合→高麗石器時代住居跡→高麗橋→元宿→聖天院→高麗神社(休憩)→野々宮神社→満蔵寺→巾着田(昼食)→高麗駅解散
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写真は、巾着田で群生しているマンジュシャゲ。別名 彼岸花

◎第387回[高麗彼岸花を愛でよう]
9月24日(土)、早朝から台風17号の影響か、雨が降っている。台風そのものは未だ伊豆諸島の南部にあり、もし本土に上陸しても25日以降とのこと。でも空が少し明るい! 今日中には来ないようだ。皆さん、土休券を持ってるし! 日曜日に順延ならできるけど、日曜日のほうが危ない。それに雨が降っていると涼しい。よし、実行だ。ということで、我が身に宣言し、電話やメールには決行で対応することに! 12人の方から電話やメールがあり、その内、来ない方は4人だった。
 集合場所の高麗駅前に集まったのは31人。打合せと体操をした後、コースを逆にして、まず、巾着田に向かう。途中、高麗川を渡る仮橋は、一つの橋ではなく、河原の中で流れのあるところだけ、アルミの橋を架けたもの。おかげで鹿台堰魚道を間近に見ることができた。これは魚の遡上する性質を利用して魚道を人工的に作ってあるもの。対岸に渡るともう堤防には彼岸花が真っ赤に色づいていた。
団体料金で入場。早咲き群生地を歩く。葉のない茎からいきなり赤い花が咲く。曼珠沙華は法華経に由来し、「天上の花」「赤い花」という意味。一本の茎を共有しながら花と葉は決して出会わない。韓国では「サンチェ(相思華)」というらしい。「花は葉を思い、葉は花を思う!」ロマンチックな花だ。今度はコスモス畑に入る。こっちの色は淡い、ピンク、黄色、それに白、いずれも淡く可憐に咲き誇っていた。
あいあい橋で再集合。約半数の16人で高麗神社に向かう組を結成。再出発する。本来のコースは満蔵寺、野々宮神社を回遊するつもりだったが省略して、直線的に高麗神社へ向かい、休憩所で弁当にした。
折から高麗郡建郡1300年記念事業ということで、展覧会が開かれ、高句麗と高麗郡との関係を解明していた。それによると8世紀のはじめ、ここを高句麗人の移住地としたとのこと。当時の高麗王若光を祀ったのが高麗神社で、代々その子孫が神社に奉仕したという由緒のあるものだ。
高麗家住宅を見学した後、雷門のある若光の菩提寺、聖天院を眺め、本道のカワセミ街道はなるべく避け、わき道を歩いた。わき道は、何となく落ち着いた風情があり、季節の花が咲き、オクラや栗の実、どんぐり、柿などが実り、秋の成熟期を満喫した。
高麗橋を省略し、人道橋の鹿台橋を渡り、高麗駅に到着。
途中、若干の雨にも遭ったが、ぬかるみもなく、無事決行できて幸せであった。

Posted by taichiro at 2005年09月24日 18:52