2004年10月11日

◎第339回[東浦和見沼田んぼ巡り]

10月11日(月)午前10時=約10キロ=
見沼通船堀公園(武蔵野線東浦和駅徒歩3分)集合→見沼通船堀→見沼用水路→見沼氷川公園(休憩)→氷川女体神社→総持院→見沼自然公園→見沼くらしっく館解散
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写真は見沼くらしっく館で行われた旧坂東家の茅葺屋根差し替え作業

◎第339回[東浦和見沼田んぼ巡り] =約10キロ=
10月11日(月)午前10時、見沼通船堀公園に集合したのは32人。本来の実施日は9日だったが、当日、台風21号が関東地方に来襲したため、本日に順延したもの。雨模様だったが、集合時間には何とか雨は落ちていない。打合せの後、体操のつもりが突発的に会長とS.Kさんの誕生祝。花火が打ち上げられ、皆で「ハッピーバースデー」を合唱。会長とS.Kさん、感激して打ち震えていた。
公園を通り見沼通船堀を歩く。

「そこかしこ 枯れ葉はく音 通船堀」 利

この堀は国指定の史跡。今から270年前に出来たわが国最古の閘門式運河で、東西の代用水路と芝川を結び3メートルの水位差を調節して船を通したという。その船が当時の差配、鈴木家に2分の1に縮尺されて展示されていた。舟偏に帯と書いて「ひらた」と読む「ひらた船」。この船で江戸との間で交易が行われたという。
続いて見沼代用水西縁を歩く。見沼は、昔、自然の沼だったが、17世紀初め、灌漑用溜井になり、その溜井が干拓され田圃になったそうである。この水田を潤すために利根川から水を引いたものが見沼代用水で西縁と東縁があり、総延長62キロという広大なもの。当時の人知の素晴らしさを垣間見ることができる。
案山子のモニュメントと「案山子の歌」が飾られている見沼氷川公園に入り、思わず、「案山子の歌」の合唱。美声に周りの人が驚いていた。しばらく休憩して氷川女体神社を見学。「女体」を探したが、見当たらなかった。
芝川を越える見沼大橋を渡り、トラスト竹林を眺め、総持院に入る。ウォーキング姿(?)の遍照法師の銅像が祀られ、近親感を持つ。
今度は東縁を歩く。自動車道でない右側を無理して通ってみるが、あまり人が通らないせいか、草木が身体に障る。ほうほうの体で見沼自然公園に到着。弁当を開く。水溜りでわざわざ靴を濡らしはしゃぐ幼児を微笑ましく眺め、蚊と蜂の襲来を避けながらお握りをほお張り空腹を癒す。締切橋を渡り見沼くらしっく館に到着。
ちょうどこの日、10年に1度の旧坂東家住宅の屋根替えの公開日。茅葺の屋根の全面取替えは50年に一度といわれているが、その間に傷んだ部分の差し替えが行われる。この伝統技術を持った職人は少なくなっており、後継者問題は深刻になっているとのこと。約1ヶ月かかるといわれる差し替え作業=写真=の一端をしばらく眺めていたが、根気を必要とし、替えるものと替えないものをその場その場で判断する手作業は一種の芸術といっても差し支えないようだ。
こんな素晴らしいものを見学した後、庭で整理体操を行い、1時38分のバスに乗り込み、大宮駅に出て解散した。

Posted by taichiro at 2004年10月11日 12:38